第六部 第七章 第八話 異空間の聖獣


 トシューラ国の夜空にて思いがけない再会を果たしたライとスフィルカ。


 スフィルカはエクレトルに受け入れられた為か、別れた時よりもしっかりした装備を纏っている。

 白を基調にした赤い刺繍入りの法衣に銀の胸当て……額には金のサークレットが輝いている。その手に握られているのは杖の様な形状の鎚だ。


「お久し振りですね。お元気そうで何よりです」

「はい。ライさんも……」

「世界を回っているとアスラバルスさんから聞いていたんですが、スフィルカさんはこんな時間に移動しているんですか?」

「はい。黒い翼は目立ってしまうので移動は夜の内に……。ところでライさんはこんな時間に……しかもトシューラ国で何を……」

「トシューラじゃない!デルセットだ!」

「アーリンド。気持ちは分かるけど、少し落ち着け」

「でも………」


 スフィルカの言葉に故郷を奪われた気がしたのか興奮気味のアーリンド……。ライはアーリンドの代わりにスフィルカに謝罪した。

 アーリンドの気持ちも判るが、スフィルカはこの世界に解放されてから一年も経っていない。千年近く前の記憶では、デルセットという国も存在せず知識も無いだろう。


「スミマセン、スフィルカさん……」

「何か……事情があるのですね?」

「はい」

「もし良ければお聞かせ願えませんか?微力でもお力になれるかも知れません」

「……わかりました」


 ライ達とスフィルカは一度地上に降り情報を共有することになった。


 改めての自己紹介をする中で、スフィルカは大聖霊フェルミナの存在に本当に驚くこととなる……。


「まさか、命の大聖霊様までいらっしゃるなんて……」

「私も堕天使……ごめんなさい、今は地天使というのね……。あなたが地に根付き変化する前の状態で存在していることには驚きました」

「ライさんに存在を固定して頂いたので……。力を失いたくない理由もあったものですから」

「そうですか……」


 そんな様子を見ていたアーリンド。天使を見るのは初めてらしく熱心に観察している。


「どうした、アーリンド?」

「あの姉ちゃん、天使?」

「そうだよ?」

「何で羽根が黒いんだ?」

「あのお姉ちゃんは人間を守る為に神様に逆らったんだよ。そのせいで故郷に帰れなくなって羽根が黒くなった。そういう天使達のお陰で人間は滅ばなくて済んだんだよ……。俺やお前がいま生きてるのもお姉ちゃん達のお陰なんだぞ?」

「…………」

「それに、あのお姉ちゃんは千年前から最近までず~っと眠ってたんだよ。だから、デルセットのことも知らなかった。分かったらお姉ちゃんのことは怒っちゃダメだぞ? 」

「うん……」


 アーリンドはスフィルカの前に立って素直に頭を下げている。


「ごめんなさい……」

「良いのです。ご免なさいね、物知らずで……でも、力になれるよう頑張りますから……」

「ありがとう、姉ちゃん……」

「あなたは良い子ですね、アーリンド。それでライさん……事情を……」


 ライは細かい経緯を省き要点のみをスフィルカに伝えた。

 三年前、突然姿を消したデルセットの民──しかし、痕跡があまりに残されていない為に調べに来たことを……。


「………。わかりました。私も少しならばお力になれそうです」

「何をするんです?」

「少しだけ対話を試みます。状況を考えると人間以外の力……聖獣や精霊が絡んでいるかも知れないので、漠然とした種族毎の呼び掛けをしてみます」

「聖獣や精霊……ですか……」

「はい。取り敢えずは精霊に聞いてみましょう」


 スフィルカから仄かな白い魔力が生まれ波のように広がって行く。それに呼応するように、周囲には様々な色の光が灯り始めた。


 光はスフィルカの元に集まり周囲をフワフワと漂っている。


「フェルミナ……これって……」

「はい。下位精霊ですね……スフィルカさんは精霊に呼び掛けが出来る様です」

「へぇ~……」


 幻想的な光景がしばし続いていたが、やがて光は色を薄めながら去っていった……。


「精霊達の話では、この辺りには強い力を持つ聖獣がいるそうです」

「聖獣ですか?」

「はい。しかも、かなり変わった聖獣らしくて……。精霊達の話ではその聖獣が人々をいざなったのだろうと……」

「う~ん……」


 聖獣となれば悪意で人を拐うことはあるまい。ともなれば、やはりデルセットの民は無事の可能性が高い。

 しかし、そうなると今度は聖獣を捜し接触する必要がある。


「その聖獣って捜せそうですか?」

「はい。ただ……場所が判明しても逢えるかは判らないみたいです。その聖獣は本当に特別らしいので……」


 スフィルカが精霊達から聞いたのは聖獣の特殊性──。


 まず、その聖獣の姿は判らないこと。空間を操る力を有していること。そして、臆病なこと……。


「要は恥ずかしがり屋で姿を隠している、ってことかな……?フェルミナ、どんな聖獣か知らない?」

「はい……空間を操作する聖獣は知っています。でも、【チャクラ】でも捉えられない程の力となると私も聞いたことがありません。聖獣は確かにひっそりと隠れることはありますが、精霊達でさえ姿を確認できない聖獣はとても珍しいですよ?」

「うへぇ……。でも、居るのが間違いないなら……」


 額のチャクラを用いて再度 《千里眼》を発動……今度は条件がかなり絞られている。更に範囲を限定し意識を集中すれば、手掛かり程度は掴めるだろうと期待しつつ確認を行った……。


 すると……すぐ間近に反応が──。


「この辺に凄く僅かな魔力反応があるんだけど……やっぱり気配がないな……」


 チャクラで捉えた聖獣の姿は恐らく兎……しかも二体一組の聖獣らしい。しかし、実際に感知で探ると気配はない。確かにこれは特殊というべきものだろう。


 しかし……近くにいるならば好都合。恐らくあちらから近付いて来たとみて間違いない。大きな力が四つ纏まっていたから様子を見に来たと考えるのが妥当な線だ。


「なぁ!聞いてるか、聖獣?少し話がしたいんだ!」


 返事はない。ただライの呼び声が夜の静寂に響くだけである……。

 それでもライは呼び掛け続けた。他に接触する手段も無い以上、聖獣の心を信じるしかない。


「三年前、お前が救ったデルセットの民が居ただろ?あの時、家族とはぐれてずっと一人だった奴が居るんだ。もし、お前が家族の行き先を知っていたら会わせてやってくれないか?」


 やはり返事はない……。期待が外れたアーリンドが涙を浮かべたその時、小さな声が森に響き渡る。


(……その子の名前は何◎▽★?)


 念話のせいか幾分聞き取れぬ声……。しかし、聖獣は確かに応えた。


「アーリンドだ。頼む……この子を」

(………。嘘は吐かない○#&?)

「俺は聖獣とも契約しているんだ。そんな卑怯な真似はしないよ」


 ライは信用を得る為に聖獣を一体喚び出した。


 それは、アステ国にある聖地『月光郷』にて契約を果たした聖獣の一体。その名を『ムクジュ』──全身真っ白のフワフワな体毛に覆われた羊型の姿で、角は樹木、長く白い尾を持った聖獣だ。

 契約聖獣の中では一番穏やかな姿をしているので選択したのだが……。


「おお……モフ……モフモフゥ~!」

『………』


 ライはピョ~ンとムクジュに飛び付き幸せそうだ!


「…………」

「…………」

「…………」

(…………)

「ああ……モフゥモフゥ最高………」

『あ、あの……ライ。皆さん、困っていますが……』

「はっ!俺としたことが!」


 『モフモフ中毒勇者』は正気に戻った!


「スミマセン。ワタクシ、トリミダシマシタ」

「…………」

「ライさんはモフモフが好きなんですよ?」

「そ、そうでしたか……」


 動じないフェルミナに対し若干困惑気味のスフィルカ。しかし、聖獣ムクジュも尻尾を振っていることからライが懐かれていることは理解できる。



「と、とにかく!これで信用して貰えたかな?」

(………ま、まぁ、悪い者ではないみたいで#◎▽。良かろう……此方の世界に案内するで○★▽)


 そう答えた姿なき聖獣は、突如ライ達の足元に真っ白な扉を発生させた。

 途端に開いた扉の中に全員が吸い込まれて行く。飛翔出来る筈のライ達は久々に落下する力に対応出来ないという感覚を味わうことになった……。



 そうして辿り着いた空間は先程居た場所と同じ景色。但し、幾つか違和感を感じる。


 一つは飛翔が出来ないこと。全体を俯瞰するつもりだったが全員飛翔が出来ない。常に浮いているフェルミナやムクジュですら足を着いている。

 二つ目は、光る壁らしきものがありその先は行くことが出来ないということだ。



「ここは………」

「どうやら異空間みたいですね。ライさん……私の紋章は感じますか?」

「大聖霊契約の?………。うん、大丈夫だ。でも……」

「やはりそうなんですね?メトラペトラやアムルテリアとは分断されている感じがしました」

「大聖霊契約まで遮るのか……凄いな……」

「代わりに世界は狭い様ですね。多分、街一つ分あるかどうかの領域でしょう」


 フェルミナの分析に従い感知を広げようとするが、纏装も発動しない。チャクラすらも開かない。


「こんな力を持った聖獣……フェルミナは知ってる?」

「いえ……やはり初めて知りました」

「スフィルカさんは?」

「私も存じ上げません」

「となると……」


 新しく生まれた新種の聖獣……何から何まで例外ばかりの存在らしい。


「で……俺達は閉じ込められた訳か。それは構わないんだけど、時間の流れってどうなってんだろ?現実と変わらないのかな?お~い!聖獣さん!デルセットの民なんだけど~?」

(悪いけど少し試したい★◎#。自分で見付けてみて◎▽★?空間の広さはデルセットの王都程度◎&★……)

「………参ったな。用があるってのに」


 翌日に控えていたトゥルク査察……時間の流れが現実世界と同じならば、既に日付が変わってしまっている。時間的な余裕はあまりない。

 といっても、ライには【ロウドの盾】が困る事態というのも想像が付かない。マーナやルーヴェスト、アスラバルスが居る以上、何とかなるだろう程度には安心している。


 今回はメトラペトラやアムルテリアも協力している筈……ライは思考を切り換えアーリンドの為だけに集中することにした。




 こうしてライ、フェルミナ、アーリンド、スフィルカは、聖獣ムクジュを伴い『姿なき聖獣』の生み出した空間を探索することとなったのである……。


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