第七部 第四章 第四話 運命に追われるように


 魔王アムドとの対話を交えた遊戯を終え、一同は食事へと移る。向かった食堂は他の部屋同様に厳かな内装の広い部屋だった。


 五十人は座れるだろう長い卓は純白のクロスが敷かれ燭台が灯されている。魔石ではなく自然の火を使う辺りに拘りが感じられた。

 卓上には既に豪勢な料理が並べられている。だが、それは二人分……。


「もしかして、俺とアムドの分だけ?」

「?……貴様は何を言っている?」

「いや、臣下の分は?」

「………。臣下が主と共に食事をする訳がなかろう」


 考えてみれば現代のロウド世界でも領主や王が臣下と共に食事を行う訳もないのだが、その辺りの“ しきたり ”はライの感覚からは理解できないのだ。

 魔王に対しても物怖じしない男は当然提案を行う。


「一人で食う飯って美味いか?」

「……。食事は味覚を楽しむ物だろう」

「食事ってのは誰かと食うのが美味いんだよ。一人で食うのは只の栄養補給だろ?」

「………。面白いことを言う。他者と食すことが味覚を引き上げるとでも?根拠は何だ?」

「そんなもの感覚だよ。でも、試してみりゃあ分かる」

「…………」


 アムドはハイノックに目線で合図を送るが、ハイノックは小さく首を振った。


「失礼ながら恐れ多いことでございます」

「構わん。客人からの要望だ。応えるのが筋であろう?」

「……。わかりました」


 ハイノックは別室に控えるフェトランを呼びに行く。戻るとアムド臣下三人は幾分緊張しながら卓に着いた。

 上座にアムドが座り、脇にライとフェトランが向かい合うように座る。ライの脇にはグレイライズ、その向かい側にはハイノックという配置だ。


「これで良いか?」

「バッチリ」

「……。貴様は……」

「ん?何?」

「いや……では、食すとするか」


 客としてもてなすと言ったのはアムド自身。だが、ライの行動はやはり幾分馴染めないのも確かだろう。


 そんなアムドと共に始めた食事……。ライは一口含んだ途端、ピタリと動きを止めた。


「………。フェトランよ……毒でも入れたか?」

「ア、アムド様……。まさか、そんなことは致しませんが……」

「ふむ……では、何が……」

「美味━━━い!!」


 ライは超ご満悦だった……。


「え?な、何これ?な、何でこんなに美味いの?」

「……一々騒がしい奴よ」

「いや、だってコレ……並の美味さじゃないんだけど……」

「……普通だろう?」

「アンタには普通なの?成る程……流石はクレミラ王族、舌が肥えてる」

「…………」


 ライは食事に夢中だ。アムドと臣下は互いに顔を見合わせ幾分呆れている。


「魔人をも殺せる毒もあると知っているか?」

「ん?ああ……聞いたことはあるね?」

「それを混入されているとは考えぬのか?」

「そんなケチな真似しないだろ?アンタは決着に拘っているんだし」


 そもそも竜葡萄やディルナーチ産『みなごろし』は魔人すら酔える酒……。しかし、それが効かぬライに魔人用の毒といえど通用するかすら怪しい。


「……。我が言うのも何だが、貴様は警戒が薄すぎる」

「そんなことより、これは調味料が違うのかな……。食材は確かに良いものだけと……」

「……………」

「貴様!アムド様に対して無礼だぞ!」

「あ……ゴメン、ゴメン。でも気になるなぁ……」


 額のチャクラを開き料理の《解析》まで始めたライ。アムドは思わず笑みを溢す。


「フェトラン。後で料理の説明をしてやれ」

「ハッ」



 一同が食事を終えた後、茶の時間となる。フェトランは憤慨の表情を見せながらも主の言葉に従いレシピをライに説明している。

 どうやら現代には存在しない調味料があるらしく、ライは感心頻りで聞いていた。


「アムド様……此奴は痴れ者なのでしょうか?敵地にてこれ程無防備に……」

「クックック……此奴は特殊なのだろう」

「しかし、何というか……無礼な男ですな」

「まぁそう言うな。今日だけは客人だ」


 やはり楽しげな主の姿にグレイライズ、ハイノック、そしてフェトランも困惑気味だ。


「へぇ~……そんな調味料が……。今の時代には無くなっちゃったんだな。あ、あの~……少し分けて貰えないかなぁ……なんて」

「構わん。が、只ではな?」

「う~……。良し。じゃあ、取っておきを……」


 ライは懐から腕輪型空間収納庫を取り出しアムドの前に差し出す。


「……この程度の神具なら幾らでも保有しているが?」

「いや。この中に入ってる物が対価だ」

「ほう……。では、中を……」

「お~っと!それを今出したら色々と大変なことになる!後で一人で確認して欲しい!」


 この言葉にグレイライズが噛み付いた。


「そんな怪しげなものを……貴様がアムド様に罠を仕掛けぬと何故言い切れる?」

「……俺がそんなことする奴だと思う、アムド?」

「フッ。違うであろうな……だが、中身が分からんのなら釣り合うかは判断できぬ」

「そっか……。………。じゃあ、何が良いかな……あ!これはどうだ?」


 取り出したのはくだんのディルナーチの酒『みなごろし』。メトラペトラをなだめる時の為にとコッソリ買い貯めしていたものである。


「ほう……これがディルナーチ大陸の酒か」

「そう言えばアムド……ディルナーチには手を出すなよ?」

「フン……。我が封じられた後に異界から渡ってきた『鬼』の一族か……。確かに興味深い技能もあるようだが、我の求める知識はあの大陸にはないことは既に把握している。気になる情報は収集済み……天網斬りという技も含めてな?」

「天網斬りまで………」


 やはりアムドの情報網は不可解な点が残る。《天網斬り》を知りながら力として求めないというのは道理としては筋が通らない。

 他にも鍛鉄技術、存在特性、精霊銃なども存在するのだ。それを直接確認した訳でもないのに事足りると言い切ったことにライは違和感が拭えない。


 とは言うものの、ディルナーチに興味を向けないのであればライとしては非常に都合が良い。勿論その言葉を鵜呑みにはできないが、思ったよりは面倒にはならなそうだ。

 それに……ライはアムド一派がディルナーチに向かったとしても阻まれるだろうと考えている。それもたった一人の手で……。


(サブロウさん、あれから修行するとか言ってたしなぁ……)


 ディルナーチ大陸最強の男・サブロウ。ライ自身手合わせをしたもののその手の内を理解している訳ではない。

 恐らく存在特性は使用できる可能性が高い。もしかすると、久遠国側の技術である【天網斬り】ですら使える可能性もあるのだ。 


 そもそも、今考えればサブロウは半精霊格だったのではないかという疑問も浮かんでくる。更に今頃はライが伝えてきた魔法の智識等は修得しているのでは無いだろうか?


 そんな未知数の存在コウガ・サブロウ……たとえアムドといえど一筋縄で行く相手ではない筈。


「まぁ、手を出さないなら良いや。で、どうする?俺は酔えなかったけど、ドラゴンや魔人も酔ってた酒だぜ?」

「……その気になれば手に入れようはあるが?」

「ところがどっこい、手元のこれは期間限定の上物……だから多分残ってないよ。来年まで待てば別だけど」

「………貴様は勇者ではなく商人か?」

「ヒッヒッヒ……毎度あり」


 今度の取引はライが一枚上手だった様だ。


「良かろう。フェトラン、調味料をくれてやれ」

「承知しました」


 フェトランは種の様な物が入った小瓶をライに手渡した。ライは酒瓶を五つほど卓に並べる。


 この調味料……何であれライは確保したかった。植物ならフェルミナやアグナに頼んで生産体制を作るつもりなのだ。気候が合えばカジームやアプティオ、アロウン等の名産にもできるだろう。


「それじゃ、この腕輪は回収して……」

「待て。中身はそれ程貴重なものか?」

「そりゃあもう、トテモトテモ ダイジナ タカラモノ」

「………。貴様がそこまで言うとなれば貴重な品なのだろう。献上しろ」

「え~……。別に良いけど……人によってはそこまでの品か分からないよ?」

「構わん。こういった余興も悪くはない」


 ライは回収しかけた腕輪をアムドに手渡した。


「代わりに幾つか願いを聞いてやる」

「じゃあ……先ずドラゴン達には手を出すな」

「言われるまでもない。あれは星の魔力を管理するに不可欠な存在。我等の時代より竜はその存在を尊重されている」

「それは……初耳だ」


 アムドの話では現在のドラゴン信仰の原点は魔法王国時代にあったらしい。と、なればエクレトルの掲げる神聖教よりも歴史が古いことを意味する。


「……じゃあ、聖獣は?あれも世界の管理者だろ?」

「何も知らぬのだな……。聖獣や魔獣はたとえ死しても『存在概念』が魂の大河に還り再び現れる」

「それはドラゴンも同じじゃないの?」

「ドラゴンの輪廻は機構が違う。軛があるのだ。一度死して再生するまでに時間が掛かる。更には竜の輪廻から外れることもあるのだ。大量のドラゴンが死すと地の均衡が崩れ魔獣が増える。対して聖獣や魔獣はドラゴンよりも輪廻がずっと早く、死しても問題はない」


 聖獣や魔獣は魔力そのものから生まれる。故に存在の浄化も再生も早いのだという。


「……流石は魔法王国。そんなことまで知ってるのか。でも、魔獣はともかく聖獣には手を出さないで欲しいんだけど……」

「………。魔獣なら構わんのだな?」

「う~ん……でもなぁ」

「どのみち貴様に断りを入れる必要は無いがな。あれは魔力源として都合が良い」

「……。じ、じゃあ、聖獣には手を出さないでくれ」

「良かろう」


 ここまでの話をする限り、やはりアムドは破壊の権化ではない。魔王の称号を冠するにも拘わらず対話が通じる事実に、ライは考え方を少し修正する必要性を知る。


「もう一つ……俺がイルーガと決着を付けるまでは大人しくしていてくれるんだよね?」

「貴様の知己には手を出さずにいてやる。が、それ以外は知らんな」

「ぐ……。やっぱアンタは魔王だな」

「我には誉め言葉よ。我は魔王となる為に【魔人転生】を編み出したのだ」

「………」


 これ以上は交渉は難しそうだと判断したライは、質問に切り替えることにした。


「ずっと気になっていたことがあるんだ」

「なんだ?」

「カジームのことだよ。レフ族は長命だ……アンタ達の家族も生きているんじゃないのか?」

「………。何を言うかと思えば……魔人となった際に家族など捨てたわ」

「……臣下の三人もか?」

「我等が魔人化した段階で一族は迫害を受けたことだろう。その後どうなったかは我も知らぬし興味も無い」


 ライはチラリとアムド配下に視線を送る。しかし、全員が無表情のまま。


「臣下には好きにしろと言ってある。千年……それだけあれば迫害も無くなったであろう。もっとも、天界からの炎でどれだけ生き残っているかは知らぬがな」

「そうか……」


 カジームのレフ族とアムド達には繋がりがあると感じたのはレフ族の長リドリーの反応からだ。だが、既に千年……お互いもう考え方から違うのかもしれない。


 その時……突然ライだけが何かに反応を示す。アムドはその様子に気付き問い掛ける。


「何だ?」

「いや……これは……。くそっ!このタイミングで……」


 ライが感じたのは地中から伝わる波動……。それは以前よりも強さを増していた。


「魔獣アバドンが動きだした」

「ほぅ……。クックック。次から次へと……いや、増えた力に引かれたのか?」

「……。アンタはあれを利用する気は無いのか?」

「魔獣アバドンは吸収特化型──我が術でも捕らえられまいな」

「………。じゃあ、仕方無い。俺が相手をするけど邪魔はしないでくれよ?」

「貴様との決着の日まで我は高見の見物とする。好きに動くが良い」


 席を立ちその場から去ろうとしたライは一度足を止める。背を向けたままで質問を口にした。


「最後に……アンタ達を封印から解放したのは誰だい?」

「臣下は我が解放した。が、我を解放したのは子供だ。レフ族の子で間違いあるまい」

「レフ族の……子供?」

「そうだ。我を解放した後姿を消し見てはおらん。ただ……魔人化していた故に見た目と年齢は同じとは限らんがな?」


 カジームに魔人化したレフ族の子はいない。となれば外で捕まった子か、またはベルザー家のような混血か……。


「御馳走様。飯、美味かったよ」

「次に会う時はその命尽きる時……精々奔走することだ」

「そうするさ。じゃあな」


 ライは転移の光を残し姿を消した。向かった先はエクレトル。一刻も早くアバドンとの戦いに備えねばならない。


「アムド様」

「フッ……ベリドにアバドンか。そしてイルーガ……つくづく奴は災難が重なるらしい」

「………ですが、これは我らには好機」

「そうだ、ハイノック。ライとの約束は守ってやる。が、それ以外はよ。ハッハッハ!」


 ペトランズ大陸の空に曇天が広がる。北の地には早くも雪が降り始めた。


 ライは運命に追われるように奔走を始めた……。


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