第七部 第四章 第五話 変化と因果


 ライの母ローナとニース・ヴェイツの双子を追い尊厳国家へと向かったフェルミナは、その後もカジームに滞在しつつローナ達を守っていた。


 とはいうものの、今のカジームには神獣とも言える翼神蛇アグナの加護がある。聖獣の頂点であるアグナがいる限り国土が侵害されることはないが、今回の問題はシウト国の内部から発生しているのだ。

 現在のカジームは発展の為に多くのシウト商人や職人の入国を許可している。何等かの策略で敵が紛れ込まないとは限らない。


 飽くまで念の為……フェルミナはライの大切なものを守る為にそう判断した。



「そういえばニースとヴェイツが居ないみたいだけど……」


 レフ族の里・集会場──森に佇む洒落た茶屋のように様変わりしたその場所では、集まった女性達が茶会を開いていた。

 そこにニースとヴェイツの姿はない。普段ローナから離れない二人が見当たらないことは珍しいことだった。


「ニースとヴェイツならアウレルと遊んでるわよ?もっとも、アウレルにしてみれば訓練なんでしょうけどね」


 エレナは苦笑いで訓練場の方角を見る。離れているので当然見えないのだが……。


 元傭兵戦士アウレルはライの手により魔人化した謂わば『成り立て魔人』。上位魔人であるニースとヴェイツからすれば遊び相手扱いであるが、それでもソコソコに渡り合っているとのこと。

 アウレルの右目に宿った存在特性【先見さきみ】──先読みの未来視にも随分慣れたようだ。


 カジームの地に於いて、アウレルは訓練相手に事欠かない。それがアウレルを順調に成長させているのもまた運命か……。


「アウレルさん、頑張ってるわねぇ。エレナちゃんへの愛よね、愛」

「ちょっ!ロ、ロロ、ローナさん、恥ずかしいこと言わないで下さいよ!」

「でも、ちょっとはそう思ってるでしょ?」

「うっ!そ、それは……ちょっとだけ……」


 顔を真っ赤に染めるエレナは両手で顔を覆った。ローナはその頭を優しく撫でる。


「良いなぁ……。私も愛されたい……」


 そう呟いたのは、レフ族女性の中でリーダー的な立ち位置に居る女戦士。

 目には赤いアイラインを入れた涼しげな瞳。耳の横だけを長めに残し三つ編みにしたショートカットが特徴的な彼女は、ライがカジームに来訪した際に【守護樹人】で出逢った人物でもある。


 ローナはすっかりレフ族の女性達と仲良くなっていた。


「あら、メロディアさん。里には良い人は居ないの?」

「はい……。私、どちらかというと前に出ちゃうタイプなので敬遠されてる気が……」


 元々温厚な者の多いレフ族。その中で珍しく武人気質の女戦士メロディアは、ちょっぴり奥手な女の子さんだった。


「でも、出逢いが無い訳じゃないでしょ?レフ族には強そうな方達も居るし」

「さ、流石にアレはちょっと……」


 視線の先には明らかに空気が違う者達が歩く姿が見える。『カジーム防衛爆殺部隊』の皆さんである。


 確かに強そうではあるが明らかにメロディアの好みではない外見。モヒカン、スキンヘッド、トラ刈り等、バラエティに富みすぎている。


「メロディアさんはどんな方が好みなんですか?」


 ローナの隣に座っていたフローラは興味津々だ。フローラは長の孫という立場なのでメロディアとも仲が良いらしい。


「そうね……。こう、礼儀正しくて、優しくて……それでいて強い人が好みかな」

「じゃあ、シウトの騎士さんや【ロウドの盾】の方々とかですね?」

「そうね……。彼等は確かに好みには近いかも」

「そうなるとシュレイドさんですね」


 フローラの言葉にメロディアは茶を吹き出した。いきなり実名が出されるとは思っていなかったのだろう。


「フ、フローラ?な、何でシュレイドさん?」

「だって……シウトの騎士さんでロウドの盾所属ですし、メロディアさんとも知り合いですよね?」

「…………」


 確かにシュレイドとは顔見知りということになるのだろう。メロディアは改めてカジーム防衛の際のシュレイドを思い浮かべた。


 礼儀の正しさ、そして『独立遊撃騎士』という称号まで手に入れた実力……何より目鼻立ちも整っている。確かに申し分ない相手だ。


 しかし……。


「レフ族以外では上手くいかないと思う」

「何でですか、メロディアさん?」

「私達は流れる時間が違うから……。それに、シュレイドさんは貴族でしょう?家柄の為にも相応しい相手を選んだ方が良いと思うから」


 それはメロディアの本音だった。レフ族は他の種とは違う。伴侶として共にあることは難しいと考えていたのだ。


 しかし、そんなメロディアの考えはローナによりあっさりと否定された。


「最近ライに聞かされたんだけどね?シウト国にはレフ族の方の血を継ぐ貴族が居るんですって」

「本当ですか?」

「ええ。過去に高名な魔術師を輩出した貴族なのだけど、レフ族の血だったのかと妙に納得したわ」


 レフ族としての魔法知識を封じたベルザー家。現代でこそ騎士家系ではあるが、レフ族の血が濃い世代は魔法を使い熟す【聖騎士】を幾人も輩出したという。


 因みに……レフ族の血により未だに生きている聖騎士達は、長寿を隠す為に隠遁しエクレトルに渡ったことまではローナも知らない。


「それでも苦労はあるでしょう。でもね、メロディアさん?今はカジームが国として認識されたから乗り越えていけるんじゃないかしらね?」

「…………」

「それにシュレイドさん、今は半魔人だって言うし普通の人よりは長生きすると思うわよ?」

「………」


 レフ族が受け入れられる世界……そう考えれば里の外側に視線を向けるのも良いのではないか……。ローナはそう言っているのだ。


「………。いやいやいやいや!ローナさん、ちょっと待って下さいね?私がシュレイドさんとどうという話は突然出てきた話ですからね?」

「なぁ~んだ」

「残念です……」


 あからさまにガッカリしているローナとフローラ。その様子にメロディアはワナワナと震えている。


 と、そこに来訪者が……。


「シ、シュレイドさん!?」


 噂をすれば何とやら……。シュレイドはライから貰った転移腕輪によりカジームへと来訪を果たした。


「ん?ああ……メロディア殿。ローナ殿にフローラ殿もお茶ですか?」

「は、はい。少し休憩を……。シュレイドさんはどうなさいました?」

「キエロフ様からの命で様子を見に伺いました。シウトの問題がこちらまで及んでいると申し訳ないですからね」

「そ、そうでしたか……」

「つきましては、リドリー殿に滞在の許可を貰おうかと。家には居られませんでしたが……どちらか御存知ありませんか?」

「長は今、新しく開拓中の街を視察に……」


 そこにローナが素早く提案を始めた。


「まだ建築中でゴミゴミしているみたいですから、リドリーさんを見付けづらいかもしれないですね……。メロディアさん、案内して差しあげたら?」

「えっ?い、いや……私は見張りが……」

「それなら私が代わりにやっておくから大丈夫よ」


 エレナ、素早いアシスト。更にフローラがメロディアに近付き耳元で囁く。


「メロディアさん、先刻の話は抜きにしても案内してあげたらどうですか?里の外のお話を聞くだけでも楽しいですよ?」

「それは……まぁ……」

「じゃあ、決まりですね」


 フローラの満面の笑顔に押し切られメロディアとシュレイドは去っていった。


 振り返ったフローラが親指を立てると、フェルミナ、ローナ、エレナも同じように応える。


「メロディアは堅すぎなのよね。でも、あれで少し変われば良いけど……」


 エレナの言葉にフローラは頷いている。エレナは自分も似たようなものだったので尚更に背中を押してやりたかったのだろう。


「羨ましいのぅ、若い者は……ワシもあと百年若ければ……」


 そんな声がする方角を見ればレフ族の長老リドリーの姿があった。


「お祖父様。先程シュレイドさんが……」

「知っとるよ。だから隠れていた。何だか分からんがメロディアの為じゃろ?」

「流石は長ね……」


 妙に感心しているエレナ。シュレイドとメロディアはリドリーを捜しに向かったのだ。しばらくは帰ってこないだろう。


「まぁ、メロディアはちょっと生真面目過ぎよな。たまの息抜きも良かろうて」

「………長はどう思いますか?」

「何がですかな、ローナ殿?」

「レフ族の今後ですよ。国を開いたとなると色んな方々が来訪します。その時、他の民族の血が混じるのはどうお考えなのかと」

「フゥム……」


 しばし考えたリドリー。その間にフェルミナが茶を用意した。リドリーは礼を述べつつ席に着く。


「ワシの答えは『好きにやれ』ですな」

「好きに……?」

「左様。……。レフ族の寿命は長すぎるのですよ。長いということはそれだけ別れがある。だから我々はレフ族のみで閉じた暮らしをしていたのかもしれませんな」


 優し過ぎるレフ族は別れの悲しさも相当に辛い。その長い一生で心の負担を軽くする為に閉鎖的だった可能性もある。騙されたり裏切られたりということも含め、この世界はレフ族には厳しいのだ。


「だから私は思うのですよ。もう良いだろう、と。子孫にまでその辛さを強要するのは酷でしょう?」

「しかし、里には純粋なレフ族の血を残そうとする者も居るのでは?」

「そうですな。だから好きにさせるのです。どうすべきかは当人の心のままに……長としては無責任ですかな?」

「いえ……流石です、リドリーさん」


 魔法王国の子孫は新たな道を選んで行けば良い。これはカジームとシウトの国家間に繋がりが生まれたからこその意見でもある。


 その意味ではベルザー家は良き前例となるかもしれないとローナは思った。


「では、お祖父様……私も自由にして良いのですか?」

「……。大人になったらの?」

「私、もう大人です」

「まだまだ子供じゃな。二十年は早い。だからシウト国の、蜜精の森の、勇者の居城では暮らすのは許さん」

「……お祖父様のイジワル」


 プックリと頬を膨らませるフローラ。ローナは苦笑いをしている。


 レフ族はこの先、少しづつ種の形を変えて行くのだろう。いつか『そんな種族がいた』と伝説にされる日が来るかもしれない。

 だが、今は国が発展を始めたばかり。そうなるまでにもう少し時を必要とする筈だ。



 リドリーは思う。現代ロウド世界に於いて数々の問題はレフ族由来のものも多い。魔王アムド一派はレフ族であり、トシューラの台頭はレフ族の技術が原因でもある。


 そして……。


「お~い、長老~」


 転移により来訪したエイル。彼女の過去もまたレフ族由来の災いの一つとなっていた。


 だが……今は違う。エイルが魔王という軛から放たれたこともまた、リドリーの考えを柔軟にさせた理由の一つ……。


「命は形を変えても続いて行く……。違いますかな、フェルミナ様?」


 リドリーの問いにフェルミナは穏やかな笑顔を浮かべた。



 そして──エイルから齎されたトルトポーリスの魔人の情報もまたレフ族と関わりのある事案。


 だが……それこそが現代ロウドに於ける『長きに渡る最大の問題』であることを一同は後に知ることになる……。


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