第七部 第四章 第六話 遠き血族の帰還


 トルトポーリスからアステに渡り手早く調査を行ったエイルは、ライの兄シンとの対面を諦めカジームへ。

 トルトポーリスで出会ったレフ族の魔人について、エイルはリドリーとの情報確認を行うことにした。


 当時から長老だったリドリーならば何かを知っている可能性に期待したのだ。


「ふぅむ……」


 しばし考えるリドリー。思い返される記憶には全てのレフ族の民が刻まれている。


「当時我々は分断されていたことは覚えておるか、エイルよ?」

「ああ……。アステとトシューラが突然侵略したのが丁度中央の位置だったからな……大慌てだったんだよな」

「うむ。あの時……一部の者はトルトポーリス側へと逃げ込んだのは間違いあるまい。問題は当時のトルトポーリスの対応じゃな。一部の者は飛翔で戻ってきたが、家族が居た者は残らざるを得なかったと聞いておる」


 当時、カジームはペトランズ大陸の西部を縦に縦断するような広大な国土──。突然の侵略により中央から二分された際、北側の者はトルトポーリスの山脈へと逃げ延びた。

 こちらの者達は幸いながら逃げに徹した為にアステやトシューラには捕まらなかったらしい。


 レフ族達はトルトポーリスに移動していた神具【巨大飛翔船ルクア】を用い仲間達を救出しようとしたのである。


「だが……トルトポーリスは突如神具船を占拠。レフ族に選択を迫った。トルトポーリスで暮らすならば優遇するが、そうでないならこのまま去れ……と」

「……神具が欲しくて奪ったのか?」

「それも理由の一つだろうな。が……どちらかと言うとレフ族の血の力を求めたのかも知れんのぅ」


 トルトポーリスは技術や知識に関しては小国のそれでしかない。暮らす者達も只人で魔力も然程ではない。魔物が存在するロウド世界ではかなり苦労しただろう。

 魔力も知識も持つレフ族の血を取り込むことでトルトポーリスは世界に抗おうとした……というのがリドリーの推測。神具も得られるならば、より国の力を確実にできる。


 だが……トルトポーリスに残ったレフ族は自らの持つ魔法知識を封じた。世界に不都合な『神格魔法』と『神具操作』を封じられトルトポーリスは大きな利を失ったのである。


「………実際、トルトポーリスの神具船は動かせないみたいだったぜ?」

「だが、船が占拠された以上は中に積まれていた神具の一部は手に渡ったと見るべきよな。知識が無くても小型の物は慣れで使えるようになる。ティム殿から聞いた話ではトルトポーリスはどの国とも軍事協定を結んでいない。恐らく神具を用いた防衛体制があると見るべきじゃろう」


 北の海にも魔物は存在する。しかし、トルトポーリスは大国トォンを始め、アヴィニーズ、タンルーラ、そしてシウト国とも交易がある。ペトランズ大陸北部の国とは大方流通網を形成しているのだ。

 大型神具船の中には中型の神具船が幾つか搭載されていた。トルトポーリスは時間を掛けて操作を理解したと見るべきだろう。


「話が逸れてるぞ、長老」

「おっと……。当時のレフ族は神格魔法の記憶は封じたが飛翔魔法の記憶だけは封じなかった。だからトルトポーリスのレフ族は里に少しづつ戻ってきたが……儂の記憶では五人戻っておらん。それがトルトポーリスに根付いたか、他の地に逃れたかまでは分からん」

「五人……じゃあ、その中の誰かが魔人に……」

「可能性としては、だがな。が……少年となると限られる」


 五名の内、二人は若い男女。残る三名は夫婦とその子である。 


「レフ族捜しをリーファム……『火葬の魔女』に頼んだんだけど、若い男ってのはトルトポーリスで家族を持ったって聞いたぜ?で、女はシウト国に行ったんだって……ベルザーとかいう貴族のところに居るらしいけど」


 ローナ達が先程話題にしていたベルザー家のレフ族血統は、トルトポーリスからシウトへと渡った女性から始まっているらしい。

 女性はシウト国へカジームへの助力を申し出るつもりだったのだろう。だが、当事のシウト国は他国に増援を送る様な国ではなくかなり封鎖的だったという。


 それどころかレフ族を利用しようとした為、追われて逃げた先がトゥインク領内にあるベルザーの所領だった。

 逃げる際、怪我を負っていた女性を匿ったベルザー当主はやがて恋に落ち婚姻と相成った……というのがリーファムの調査の結果だった。


「不思議な縁ね……。レフ族とシウト国は昔から縁があったのね」

「おとぎ話みたいです」


 ローナとフローラは、ベルザー家とレフ族の話をうっとりと聞いている。一方、エレナは当事の世界事情が気に入らないらしい。


「レフ族をそんな扱いにする時代だったのね……三百年前って。トシューラやアステだけじゃなくシウト国まで……」

「少し前までそういう時代だったのじゃよ。だから今が幸せ過ぎる程と言っても良いな」

「ま……それもライが凄いからなんだけどな?」


 誇らしげに鼻を鳴らすエイル。フェルミナは同意し頷いている。


「………。と、ともかく、残る可能性は三名の家族。オルトリスとサリナの夫妻……そしてその子ヒイロ。ヒイロは確か男の子だった筈」

「当時幾つだったんだ、ヒイロは?」

「四十程だったか……。エイルが知らぬのも無理はないな」


 当事、レフ族はかなり広範囲に分かれて暮らしていた。それは枯渇した自然の再生と維持の為に広く行動する必要があった為。


 エイルは当時八十歳程。百歳が成人のレフ族としては子供……当然、魔法も殆ど使えない。

 南側に暮らしていたエイルが北側に暮らしている者達と面識を持つのは稀だった。


 当然リドリーは長なので面識がある。若く幼いヒイロの姿は記憶に残っている。


「リーファムはその家族のことも調べてくれたぜ?でも……」

「会いに行ったのね?」


 ローナの問いにエイルは頷いた。


「オルトリスとサリナはトルトポーリスに暮らして居たんだ。それと、そのもな?」

「娘……?ヒイロさんは男の子なんですよね、お祖父様?」

「うむ……。娘ということは後に生まれた子なのだろう。だが……ヒイロは居らなんだのか?」

「それがよ……カジームが侵略されて直ぐに姿を消したんだって話でさ?捜したけど結局見付からなかったみたいだぜ?」


 悲しみに暮れたオルトリスとサリナ。幸いにも新たな命を宿して娘が生まれた為、二人は立ち直ることができた。娘が成長した今も時折捜し続けているという。


「むぅ……。リーファム殿は何と?」

「やっぱり見付からなかったみたいだ。だから言ってたよ……多分、死んでいるか別の存在になったかだってさ」


 本来のリーファムの術ならその判定もできるらしい。が……どうしても痕跡が追えなかった。それはつまり、跡形もなく消えたか異空間に隠れたか……若しくは精霊の様な存在に変化している可能性もあるという話だった。

 トルトポーリスで感じた魔人の気配。エイルは魔人と考えていたが、何らかの追加要素が加わっている可能性は否めない。


 そして疑問は他にも──。


「気になってたんだけどさ?普通は魔人化しても子供のままってことはないだろ、フェルミナ?」

「そうね……。魔人化しても成長速度は変わらないわ。成長した後、全盛期が長く続くことになるけど……」

「でも、それだと辻褄が合わないんだよ。ヒイロってアタシと違って封印されてた訳じゃない筈だ。じゃあ、もう成人してないとおかしくないか?」


 トルトポーリスで出会った姿は子供のようなか細さがローブの上からも判った。しかし、では何故成長が止まっているのかという問題になる。


「それに関しては調べようが無いんじゃないの?」

「確かにエレナちゃんの言う通りよね……。フェルミナちゃんが分からないなら大聖霊さん達も分からないだろうし……となると、ウチのぐうたら息子に調べて貰うのが早いかも……」

「いや……それよりも早い方法があるよ、マーナさん」


 不敵に笑うエイルは席を立つ。


「……。どうするつもりじゃ、エイルよ?」

「直接聞くのが早いだろ?居場所は判ってるんだし」

「………。う~む……」


 どうも気乗りしない様子のリドリー。フローラは気になり理由を訊ねた。


「どうしたんですか、お祖父様?」

「いや……何となくではあるが少し嫌な予感がするんじゃ。何かを失念している気もするが……」

「何だよ、長老。ハッキリしろよ」

「う~む……ともかく、お前が強いことは理解して居るが単独行動は避けるべきよ。と……なると……」


 リドリーはチラリとフェルミナに視線を向ける。意を汲み取ったフェルミナは承諾の頷きを見せた。


「私も行きます。大丈夫だと思いますが、ローナさんは里の外には出ないで下さいね?」

「わかったわ。ごめんなさいね、心配させて……」


 そんな様子にエレナは逡巡していた。自分は役に立ちそうもない……と。


 ここカジームに来てからは本格的な修行をしている訳ではない。元々強さを守りに求めていたエレナではあるが、こんな時には実力不足を痛感する。


「私は……」

「エレナさんは私とローナさんをお守りしましょう。お祖父様にも聞きたいことがあるのではないですか?」

「フローラ……ありがとう。エイル、フェルミナ……気を付けてね?」

「ああ。ローナさんを頼んだぜ、エレナ」


 と……丁度そこにシュレイドとメロディアが帰還を果たす。


「リドリー殿、入れ違いになってしまいましたか……。ん?エイル殿も来訪を……奇遇ですね」

「丁度良い。シュレイド殿……今からエイルとフェルミナ様がトルトポーリスに向かいます。御助力願えますかな?」

「……事情をお聞きしても?」

「実は……」


 リドリーの説明を受けたシュレイド。トルトポーリスの魔人は現時点で脅威という訳ではない。緊急性は無い……が、同族を大切にするレフ族の心情を考えれば協力を惜しむ必要はない。


 とはいえ、それでは任務放棄にもなってしまう。そこでシュレイドは一つの提案を持ち掛けた。


「今回、私が同行するよりも適任者が居ます。今から呼んでくるのでお待ち願いますか?」

「適任者……ですかな?」

「私の友人でもあり、実力も申し分無い筈です。実は一度連れてくるつもりではあったのですが……」

「……貴方がそこまで仰有る方ならば大丈夫でしょう。して……その方は一体?」

「アービン・ベルザー。貴殿方の遠い親類……ということになりますね」


 シュレイドはクローディアの許可を貰いアービンを呼びに向かう。しばし後シュレイドと共に転移で現れたのは、黒髪青眼の若い男……。


 深緑の衣装に長剣を携えた長身。軽装鎧ながら右手だけは重量鎧の様な籠手が特徴的だ。

 鎧は全て暗めの赤基調。その姿は少し騎士というには異様だった。


 貴族の中にありながら騎士ではなく勇者。アービン・ベルザーは正確にはシウト国の臣下ではない。故に国を離れる許可は容易に下りた。


「お会いできて光栄です。私はアービン・ベルザー。皆さんの遠い血族にしてソフィーマイヤの子孫」

「おお……ソフィの……。良く来て下された。この出会いを神に感謝しよう」

「ソフィーマイヤもいつか来訪したいと申しておりました」

「うむ。いつでも歓迎するとお伝え下され」

「ありがとうございます」


 長リドリーと固い握手を交わしたアービン。その後、皆とも順次挨拶を行い本題へと移る。



「事情は理解しました。勇者として、そして皆さんの血族としてお力添えになれればと思います」

「じゃあ頼むぜ、『剣の勇者』?」

「こちらこそ、宜しく。エイル殿、フェルミナ殿」


 遠き血族の帰還──。そして向かうはレフ族との因縁深きトルトポーリス。特にアービンには自らの起源に繋がる地でもある。


 そしてトルトポーリスの魔人……その存在はレフ族の因果であると共に、一つの歴史と世界の問題が大きく関わるのだ……。



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