第七部 第四章 第三話 賭けと取り引きと
ライとアムドの盤上ゲーム勝負は続いていた。同時に交わされる会話は新たな事実を浮かび上がらせる。
「それじゃイルーガは、自分の意思で……」
「別段驚くことでもあるまい。奴は同じ貴族からさえ疎外されていた立場の様だからな。持たぬ者の末路はどうなるか……そして力を得た者が何をするかを知らぬ貴様でも無かろう?」
「…………」
多くの力なき民が苦しむ姿……そして力を得た者の変わりようをライはその旅で見てきた。彼らの姿を思い返すと同時にイルーガの気持ちを考えると、思わず胸が苦しくなる。
しかし、アムドはそんなライの様子に構わず話を続けた。
「……次は我の番だな。貴様が保護した双子の魔王……アレを返して貰おうか?」
「双子の魔王って……ニースとヴェイツのことか?返すってどういうことだ?」
「アレは魔法王国時代に生み出された人造魔人だ」
「!?……そんな……」
双子の魔王……いや、元魔王であるニースとヴェイツは、その出現理由が不明だった。家族の存在、そして何故魔人化したのかさえもこれまで謎のままだったのだ。
人造人間ということは初めから人の家族を持っていなかったことを意味する。これもまたライを悲しくさせた……。
「クックック……残念ながら嘘ではないな。アレはある目的の為に生み出されたもの……所有権は我にある」
「………。たとえそれが本当だとしても渡す気は無いよ。ニースとヴェイツはもう俺の大切な家族だ。少なくとも所有権と言ったアンタの元には返せない」
「そう言うだろうとは思ったぞ……。しかし、それこそ貴様の家族を巻き込み力づくで取り上げることも出来るのだがな?」
「その時は……全力で護るさ」
ライの射抜くような視線を受けアムドは複雑な笑みを浮かべた。
(我を倒す、ではなく双子を護る……か。お前はどこまでも……)
アムドはワインを飲み干しつつ盤上に駒を置くと片肘を突き体勢を崩した。
「良かろう。アレらは貴様の影響をかなり受けてしまい本来の使い方はもう出来まい。それに千年の時を経て想定外な利も得た」
「…………?」
「とはいえ、手駒が減ることは痛手には違いない。代わりに何かを差し出せば手を出さずに居てやろう」
「………何かって……具体的には?」
「貴様はラール神鋼というものを持っているな?渡せ」
「…………」
稀少なラール神鋼……これを渡すことは闘神への備えが減ることを意味する。ましてや相手は魔王……強力な武器にされる可能性もあるのだ。
「ラール神鋼は大聖霊のアムルテリアしか加工できないよ」
「構わん」
「量もあまりない。殆どはもう……」
「星具の作製に充てたのだろう?」
「!?……アンタがどうしてそれを……」
素性のことはともかく、星具作製に関しては極身近な者しか知らないのだ。
だがライの身内が情報を漏らすことはない筈……。居城はアムルテリアの防御機構があるので侵入や盗聴も無理だろう。
それを踏まえ、アムドの情報収集は異常と言える。
「ハイノック……アンタのあの能力か?」
「違うぞ、ライよ。ハイノックではない」
「じゃあ……誰かの存在特性?」
「クックック……ハッハッハッハ!丁寧に答えてやる義理はあるまい?」
「………チッ」
「どうした?駒が止まっているぞ?」
明らかに何かを隠しているアムドだが、ライは追及のしようがない。話し合いに来たと言った手前、敵対では筋が通らない。
「……わかった。そこまで知っているなら、残りのラール神鋼が少ししかないことも分かってるよな?星具は意思があるからアンタには従わないだろうし」
「構わん。必要なのはラール神鋼そのものだ」
「…………」
ライは空間収納宝具からラール神鋼の塊を取り出した。
丁度長剣が一本造れるだろう量……自分の剣にと保存していたもの。だが、ライはニースとヴェイツの為に諦めることを選択した。
加工すら出来ぬそれをアムドがどう使うのかは知りようもない。しかし、これは大きな痛手と言える。
「フッ……。では、これは手土産として貰うぞ。さぁ、次は貴様の番だぞ?」
「………」
楽しげなアムドの様子にハイノックとグレイライズは内心驚いていた。
宿敵と認めながら……いや、宿敵と認めているからこその対等。かつてアムドとこういった繋がりを持った者は存在しない。
唯一、アムドが対等に接していたのは魔法王国クレミラ最後の王・イフェルコーデ……実の弟のみがアムドと対等だったのである。
千年の時を経てアムドが出会った敵──ライはアムドとさえ奇妙な縁を繋いだことになる。
「……アムド」
「何だ?」
「闘神の復活については知ってるよな?」
「無論だ」
「そうか……。じゃあ、そろそろアンタの目的を明かす気は無いか?」
「…………」
「アンタの目的は多分、闘神……いや、外から来る神に関する何かじゃないのか?」
「ほう……どうしてそう思った?」
「デミオスの首だよ。異界の神の使者……その知識が必要なのは神に対抗する為じゃないのか?」
ライはアムドから信念を感じ取っている。確かにニルトハイムを滅ぼしたことは赦すことはできない事実──。だが、その行動は無秩序なものでないことは判る。
魔の海域で対峙した際の『世界の真実』という言葉──それは神が異世界を渡りロウド世界に来ていることに理由があるのではないだろうか……というのが、今のライの推測だった。
「我が配下に加わる気は無いのだったな」
「今の段階ではね。俺はアンタの真意が知りたい」
「フム……ならば一つ、賭けをするか?」
「賭け……?」
「貴様が我を倒すことができたならば教えてやろう」
「それは……この『戦術盤棋』の話か?」
「そうではない。改めて我と雌雄を決するという話だ」
この言葉に慌てたのはハイノックとグレイライズだ。
「お待ち下さい、アムド様!いくらアムド様でも此奴とお一人で戦うのは危険です!」
「落ち着け、グレイライズよ。いずれは戦う定めにあるのだ。それに、今すぐという訳でもない。我々にも時は必要……わかっているな?」
「で、ですが……」
「どのみち、今のこの男には余裕があるまいよ。イルーガ……そしてシウト国の内乱で手が回らん筈だ。違うか、ライよ?」
空のグラスに手を伸ばしたアムド。ハイノックは素早くワインを注ぐ。
グラスを
「我は全力の貴様を倒さねばならぬ。そうでなければ敗北の汚辱は雪ぎ去ることはできぬのだ。貴様も我を倒したかろう?これは利害が一致した故の提案だ
「それは……」
「浮かぬ表情だな……何だ?」
ライはしばらく逡巡の様子を見せるが、ようやく口を開く。
「………。今回、俺はアンタとの協力を申し出に来たんだ。闘神と戦うとなったら戦力は幾らあっても足りない。闘神を倒すでも追い払うでも、アンタとの決着はその後にしたいんだよ」
「協力だと?
「そうだ。こうして話していて俺は益々そう感じている。初めこそ国を滅ぼしているがアンタの行動はロウド世界を荒らすものじゃない。魔獣を使った術はロウドの大地を枯らさない為に考えたんじゃないのか?」
「…………」
ずっと引っ掛かっていた疑問──魔人転生による精神異常であるならばともかく、完成された【真なる魔人転生】を使用したアムド達の行動は静かすぎるのだ。
無秩序な世界を望むのならば、ルーダが行っていたようにもっと人間同士を操れば良いのである。アムド一派ならば大国を裏から操り奪うことさえ可能だろう。
しかし……イルーガの件を見る限りアムドには世界情勢などどうでも良い様に見える。もっと別の目的に信念を傾けているといった感じだった。
「クックック……貴様はつくづく面白い男だ。我が愚かな人間共と協力をすると思うのか?」
「思うさ……。アンタはこの世界が嫌いな訳じゃない筈だ。寧ろロウド世界を好きだろ?」
「我が……この世界を好きだと?」
「違うのか?」
「愚問だな……。何故下等な者達が蔓延る世界に好意を持たねばならぬのだ?」
「それは本心じゃない……違うか?」
「……。それは何を以ての言葉か聞かせろ」
「文化だよ。アンタの身の回りには文化が溢れている。この部屋一つでもそうだ。芸術も娯楽もアンタは気に入ってるだろ?」
本当に下等と断じるならば文化を破壊するのが当然だ。しかし、娯楽室を見る限り美術品や書籍も置いてある。
魔法王国時代の文化だけでなく現ロウドの品も見てとれる以上、アムドは今の文化も気に入らない訳ではない筈。
「たかが文化でそこまで飛躍するとはな……」
「アンタが王族じゃなければ飛躍しなかったさ。王はその辺り拘りがあるんじゃないかと思ったんだよ」
「されど文化……か。まぁ良い。ならば賭けの内容を変えてやろう」
「……?」
アムドは不敵な笑顔を浮かべたままライに告げる。
「賭けは二つ。貴様がイルーガの野望を打ち破ることが出来た時には我との一騎討ちをしてやろう。それが一つ目」
「いや……だからアンタと戦うのは闘神とのことが全部終わった後に……」
「そして二つ目……我を倒せたら貴様の提案に乗ってやる。闘神との戦いが終わるまでは共闘してやろう。但し、やり方は我が選ぶがな?」
「…………。いや……アンタを倒したら協力を得られないじゃん」
「心配は要らん。我は死なぬからな」
「…………」
自らを不死身だとでも言っているのかとライは混乱するしかない。実際、魔の海域で死んでいても不思議ではなかったアムドは、こうして健在……そして冗談を言っている様子もない。
存在特性か、またはライの知らぬ力か……。ともかく、アムドの提案は悪いものではない気がする。
「……わかった。その賭けに乗る」
「クックック。因みに貴様が賭けに敗けた際は全て奪い我が手駒として使い捨てる」
「ぐっ……後だしかよ……。き、汚ねぇ……」
「何が汚いものか。我がこんな戯れ事を提案してやっているのだぞ?対価としては寧ろ軽いものだ」
魔王との取り引きはやはり甘いものではない。改めてそれを思い知らされる結果となってしまった。
「さて……互いの手が止まったな」
会話をしながらも続いていた『戦術盤棋』は少し前から止まっている。
「千日手だな……勝負はこれまでの様だ」
「俺としては負けっぱなしは嫌なんだけど……」
「ハッハッハ。貴様も負けず嫌いなクチか……。だが、敗北の不快感を持つのは貴様だけではない」
「むぅ……」
「さて……食事とするか。飽くまで今日は客としてもてなす。せいぜい楽しんで行け」
魔王との賭けに幾分後悔しながらも、アムドとの会話に手応えも感じたライ。
そして勇者と魔王一派は食事へと移るのであった。
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