第七部 第四章 第二話 勇者と魔王の遊戯


「アムド……」


 遂に対面を果たした勇者と魔王……。しかし、宿敵である筈の互いの表情には敵対の意思は見当たらない。


「ライ・フェンリーヴ。こうして貴様と面と向かうのは久方振りのことよ……。しかし、また随分と姿を変えたものだな」


 現在のライの体躯はアムドと戦った時よりも大きく成長している。魔力もまた同様……そして何より、剣術を学んだことで立ち振舞いが使い手のそれになっていた。


「アンタに負けない為には強くならなくちゃいけなかったんだよ。たとえ身体をデカくしてでもね」

「………。本当に……それだけの理由でその力を得られると思うのか?」

「?……何が言いたいんだ?」

「フッ……」


 含みのあるアムドの笑いに怪訝な表情のライ。と、ここで憤慨の声が響く。


「貴様!アムド様に対するその無礼な態度……慎め!」


 アムド臣下のグレイライズ・ナイガットは主に対するライの態度が気に入らない様子。


 そしてもう一人……。


「一介の勇者如きが……我らが王と同じ目線に並んで居られると勘違いしているのかしら?平伏しなさい!下民風情が!」


 アムド臣下の紅一点、フェトラン・イベラ。貴族服の上から羽織る白いコートが研究者の様な印象を受ける。


「へぇ……女の人か。アンタは初見だね。……ということは神聖国家に侵入したのはアンタか?」

「フン……あの程度の防壁など私にとっては有って無いようなものよ」

「……。賭けても良いけど、多分アンタは二度と入れないよ?あまり天使をナメない方が良い」

「何ですって……?」


 建物内に高まる圧力……魔人二人の敵意はそれなりに強力だ。


 しかし、ライはそれらを平然と受け流し肩を竦めている。見兼ねたハイノックが小さく溜め息を吐き場を諌めた。


「グレイライズ。フェトラン。アムド様がライ・フェンリーヴを客として招いたことを忘れるな。主君に恥をかかせるつもりか?」


 この言葉で慌てたグレイライズとフェトランは直ぐ様椅子から下りアムドに跪く。


「も、申し訳ありません、アムド様!」

「出過ぎた真似を致しました……」

「良い。二人とも我を思うが故の言動だ……許す。ライ・フェンリーヴよ……詫びとしてもてなす。それで許せ」


 王族故の態度ではあるが、ライはそんなアムドに主君たる器を見る。配下を思いやる姿は魔王の印象からは程遠いものだったのだ。


 これ程配下に慕われているのは単にクレミラ王族だからという訳でもないのだろう。この場に居るハイノック、グレイライズ、フェトランは魔法王国で反乱を起こした時よりの臣下……つまりアムドの為に命すら賭す者達。


「……何か言いたげな目だな、ライよ」

「………。前も言ったけど、アンタはそんなに配下を大切にできるのに、何故他人を思いやれないんだ?」

「フッ……。大事な配下とその他大勢を同列に扱えと?」

「違う。そういうことじゃない……そうじゃないんだよ、アムド。何で分からないんだ……」


 ライは憤りと悲しみの目をアムドに向ける。一方のアムドは目を閉じ僅かに微笑んだ。


「……まぁ良い。貴様は禅問答をする為に来た訳ではあるまい?客として招いたのだ……今日のみは対等に語らってやろう。フェトラン」

「ハッ。暫しお待ちを」

「では、ライよ。もてなしの用意ができるまで少し付き合え」


 椅子から立ち上がったアムドは“ 付いて来い ”と目配せし奥の扉へと向かう。ライはハイノックに促され部屋を移動した。


 向かった部屋は娯楽室──棚にはライが見たことのない、使い方も良く分からない宝具が整然と飾られていた。中にはダーツの様に今でも使われる遊具がある。

 更には数々の蔵書。魔導具ではなく紙媒体なのはアムドの好みなのだろう。


 先に部屋で待っていたアムドは一枚の板を手に卓に座る。


「今の時代にも【戦術盤棋せんじゅつばんぎ】はあるだろう?相手をしろ」


 【戦術盤棋】とは『二人零和有限確定完全情報ゲーム』……所謂チェスや将棋の様な対戦ボードゲームである。

 互いの駒を使い相手の王を取ることで勝利となるものだ。


 今のロウド世界にも【王戦盤棋】は存在する。が、千年前とは升目の数や駒の役割が違っていた。


 その後、ルールを確認したライは微妙な違いを覚え改めて対戦となる。


 勇者さんと魔王様……前代未聞のチェス対決である。


「飲むのはワインで構わんな?」

「……俺は酒に酔えないんだよ」

「魔人以上に見られる解毒作用か。が、飲める酒はある筈だが……」


 アムドに目配せされたハイノックは別室から一本の瓶を運んできた。瓶にはドラゴンの紋章がラベリングされている。


「もしかして竜蒲萄のワイン?」

「そうだ」

「前に飲んだことあるけど酔えなかったんだよ」

「まぁ飲んでみるが良い」


 ハイノックはグラスにワインを注ぎライとアムドの前に置いた。


 匂いを嗅いでから口に含み飲み込む。が……やはりライには酒ではなく果実の苦い風味しか感じなかった。


「やっぱり駄目みたいだ。悪いね」

「仕方あるまい。ハイノックよ、代わりのものを用意してやれ」

「かしこまりました」


 用意されたのは果汁ジュースだった。


「さて……先ずは小手調べからだな」

「フッフッフ。俺はちょっとばかし強いぜ?」

「ほう……それは楽しみだ」


 ライは近所でも評判の【戦術盤棋】好き……の老人相手に小遣い目当てで良く対戦をしていた。因みにその老人は然程強くなかったことには敢えて触れまい。


 一戦目───。


「……………」

「………どうした?詰みだぞ?」

「ぐぬぬぬぬ……」


 ライ、あっさり敗北。所詮趣味の範疇で手合わせしている老人とアムドでは比べものにならなかった。

 因みに公平性の為に《思考加速》は使用していない。


「くっ!もう一戦だ!」

「フッフッ……良いだろう」



 二戦目───。



 これが存外奮闘。が……再びライの敗北。


「ハッハッハ。今度は惜しかったな」

「も、もう一戦!」

「構わん。………。もう大方は理解したようだな。では、少しばかり話を交えながら勝負といこうか。何なら何か賭けるか?」

「それは良いけど……配下になれ、とかは無しね?」

「ならば、我への指図も当然無いな」

「………。まぁ良いさ。今日は話をしたいから来たんだし」



 三戦目──。



 ここからは会話を交えつつの勝負となる。


「ライ・フェンリーヴ……今の世で伝説として語られる勇者の子孫。ロイ・フェンリーヴとローナ・コルネ・イズワードとの間に生まれた子の一人。兄は『武の勇者』シン・フェンリーヴ、妹は三大勇者・【魔力の勇者】マーナ・フェンリーヴ……」

「………。俺の家族に興味があったのか?」

「宿敵を調べることは別段不思議ではなかろう?」

「まぁ……そうだな。で?アンタは人質を取るタイプじゃないよな?何が知りたかったんだ?」

「勇者バベルについて、だ。何の情報も無いのでな」


 本来敵であるアムドに情報を流す必要は無いのだが、自分も聞きたいことがある以上無下にはできない。


「勇者バベルについては俺も良く分からない。ただ、情報が無いのは世界の改変があったからだって話だよ」

「改変……だと?何だ、それは?」

「三百年前に、バベルが一時的にロウド世界の神になって何かやったらしい。メトラ師匠……大聖霊の話では勇者の伝説は随分改竄されてるそうだ」

「………。成る程、それでか」


 盤上の駒を動かしたアムドはワインを一口煽る。


「今度は俺の質問だ。いや……それ以前に一つ。デミオスの首を返せ」

「フン………良かろう。ハイノック」

「ハッ」


 ハイノックは再び別室に向かう。戻るその手にはガラス瓶の中に液体漬けにされたデミオスの頭部があった。

 ハイノックから受け取ったデミオスの頭部はそのまま【空間収納庫】に回収。これで目的の一つは果たされた。


「………。随分あっさり返してくれたな」

「必要な情報はもう抽出してある。どうせ不要なものだ」

「アムド……」

「………。貴様は何故、そこまで他者に肩入れする?敵だった者にまで」

「デミオスは……謂わばアンタの配下と同じなんだよ、アムド。主の為に汚名を甘んじて受け、非道に手を染めた。アムドの為ならアンタ達もそうするだろう?」

「…………」

「…………」


 視線を向けられたハイノックとグレイライズは無言だった。通じる部分は確かにあると自覚はしているのだろう。


「それに、俺は嫌なんだよ。誰かが悲しむなら少しでもそれを無くしたい」

「………。随分甘いことだ。それは竜の地孵りだから持つ感情か?」

「地孵り……?」

「まさか自覚が無い訳でもあるまい?」

「いや……うん。自覚はあるんだろうな。でも、わからない」


 ライは既に自分の中に住まうウィトと自らが同一人物であることは理解している。しかし、その殆どの記憶が無い以上、自分の性格が地孵り故のものかは分からないのだ。


「ともかく、俺は俺だよ。理由はそれで良いだろ?」

「まぁ良い。それで……貴様が此処に来た真の理由はイルーガのことだろう?」

「話が早い。アムド……イルーガを解放しろ」

「クックック………解放も何もイルーガは《呪縛》などしておらんぞ?」

「…………」


 アムドの目は嘘を吐いていないことは直ぐにわかった。


「そもそも奴は気まぐれで助けただけに過ぎん。臣下としているのは奴が望んだからだが……まぁ、それも奴の企みだろうがな?」

「……どういうことだ?」


 アムドは駒に触れつつハイノックに視線を送る。主の意を理解したハイノックは静かに語り始める。

 それは、イルーガが魔人化した経緯……。



 ニルトハイム消失後──シウト国内では他国同様に魔王一派の捜索が行われていた。

 ついでに魔物の討伐なども行われていたのだが、イルーガの所属した騎士団分隊はフラハ領北部のタンルーラ国境に派兵されていたという。


「奴が何故一人だったかは知らん。が……どうやら飛竜に襲撃されたらしい。かなりの深傷を負っていた」

「そんなことが……」

「本来なら見捨てるところだったのだが、アムド様の命でここへ連れてきた」


 魔人転生が現代のロウド人に使えるかの実験体……身体に欠損があったイルーガはどのみち長くはなかったとハイノックは語る。

 【魔人転生の術】ならば魔人化の段階で欠損が修復されることもある。生きるか死ぬか……それはイルーガにとって悪運を試されるもの。


 本当に偶然……イルーガは魔王の気まぐれで命を拾ったと言って良い。


 そうして、アムドの秘術により魔獣を封じた魔石を使用し魔人化したイルーガ。一部異形化しながらも確かに生き長らえたのである。


「奴は己の力に驚くと同時にその目に狂喜の色が宿った。我はそれが気に入った。懇願され配下にしたが……まぁ十中八九、奴の狙いは神具や知識、それと我が首だろうな。クックック」


 手の中で駒を弄ぶように触るアムドだが、グレイライズは憤慨していた。


「フン……奴ごときがアムド様に及ぶ訳もないのです。身の丈を弁えぬ愚物を何度叩きのめそうと思ったことか……」

「一応、臣下の礼は取っていたのだ。それに見物だったからな……奴が進言した方法で本当に大国を手中にできるのかという暇潰しにはな?」


 人間は愚かで賢さかしい。欲望の為ならどの様な手段でも用いる。イルーガがどこまでそれを行えるか観察するのも一興だとアムドは冷たく笑った。


 アムドとしてはライの居るシウトが混乱する内にを進めるには好都合だったのだが……ライはアムドの企てをこの時点では見透せてはいなかった。



 魔王との対話は続く……。




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