第七部 第四章 第一話 魔王との再会


 勇者会議の場に於いてイルーガから『世界の敵』という嫌疑を掛けられたライは、混乱を与えぬようにと自ら神聖国家エクレトルに拘束を受けることを選択した。


 だが、ライはただ拘束をされているだけではなかった。イルーガの背後にいるであろう魔王アムド──その居場所を探ろうとしていたのである。


 メトラペトラとアスラバルスにのみその意図を告げたライは、エクレトルの牢に分身を残し捜索の旅に出た。



「…………。まいったな」


 イルーガの服の切れ端に《残留思念解読》を使用したライは、そこから読み取った記憶を頼りに移動。


 イルーガの服は新調したものだったらしく、あまり残留思念が残されていなかった。その為だろう……捜索には余計な時間が掛かってしまっていた。


(やっぱり千里眼が使えないのは痛いよなぁ……)


 それでも読み取れた情報では、イルーガは主にシウトと他国との国境を移動していた様だった。



 この段階でライは、アムドがシウト国内に居る可能性を既に排除している。

 ライの目を欺くならば確かにシウト国内での隠遁は有効かもしれない。しかし、アムドはそうしないという不思議な自信があったのだ。


 根拠は無い……。ただ、アムドがライの行動範囲に入る際には姿を隠さない気がしたのだ。


 そんな理由からライはシウト国境付近から他国に捜索の範囲を絞っている。結果、イルーガが行動していたのは小国アヴィニーズ近郊。


 アヴィニーズ国境は渓谷になっており、橋を渡ることが国境を越えることを意味している。崖の向こう側にある橋のたもとには関所か建造されていて所々に検問の兵の姿が確認できた。


 どのみち人目に付く訳には行かないライは、飛翔にてコッソリとアヴィニーズに入国。そのまま森の中へと紛れ込んだ。


「さて。………。どうするかな」


 イルーガの服から読み取った情報から辿れるものは既に無い。確率からすればアヴィニーズ国に居る可能性はかなり高い筈だが、既に数日……今更闇雲に捜すのも面倒だった。

 いつもならば額のチャクラの力である《千里眼》を用い捕捉するのだが──。


「………。やっぱり見えないか」


 本来、神の存在特性たる【チャクラ】に吸収された能力は神格級。並大抵の方法では妨害されない。

 しかし、アムド一派の捜索に千里眼が役に立たない。何等かの方法で妨害を受けていたのは間違いない。


 以前千里眼が妨害された際に聞いたメトラペトラの推測は、恐らく『歴代の神の誰か』が作製した神具のせいだろうと述べていた。創世神の生み出した【星具】を見付けられないのもその為だろうとも。

 神格に至る者がその能力で生み出した神具ともなれば事象神具に近い。チャクラも同等の力である為に妨害を受ける……というのが可能性の一つらしい。


 ともかく、そうなると捜索自体がかなりの労力を有する。これ以上時間が掛かるのを避けたいライは、久々に感知纏装を拡大してアヴィニーズを探ることにした。


 小国一つならば難なく覆える魔力の網……その網が途絶えるか妨害されればそこにが存在することになる。


「他のトコじゃ俺が出歩いてるとバレちゃうからね。アヴィニーズなら知り合いもいないから大丈夫だろう」


 勿論、アヴィニーズにも使い手は居るだろう。が、面識が無ければどうとでも誤魔化しは出来る。


 そうしてライは糸のような魔力をジワジワと伸ばして行く。地上だけでなく地下に入りそうな場所さえも隈無く捜し始めた。


「さてさて……鬼がでるか、蛇がでるか……。出来ればペトランズ大陸会議に間に合わせたかったんだけどね。開催日は過ぎちまったな」


 イルーガはペトランズ大陸会議が終わればクローディアを王位から引きずり落とそうと画策するだろう。

 その後に王位に就こうとしているのが誰なのかまでは判らない……。が、イルーガは恐らく暴走を始める可能性が高い。


 イルーガが歪んだのは貴族社会の風潮ともいえる重圧。力を得た今、自らを蔑んだ者達へと復讐の念が向くことになる。ライはかつて縁を繋いだ相手として、そしてヒルダの為に何としてでもそれを止めたかった。


 アムドと会うことでイルーガを止められる訳ではないことは分かっている。だが、イルーガを魔人化させたのがアムドであるならばその命令を聞く筈──。

 どのみちアムドは、闘神との戦いまでに何らかの形で決着は付けねばならない相手……だからこそこの時期に単身で行動したと言っても良い。



 そうして、ゆっくりと伸びる感知纏装にはやがて反応が。しかし……感じ取ったにも拘わらず明確に場所が分からない。その矛盾にライは再び困惑の表情を浮かべた。


(何だ、コレ……? 確かに触ってるのに何処か判らないって……)


 少々説明が難しいその状況……例えるなら、確かに身体を触られているのに全身の何処を触れられているのか判らないという感覚。


 それはつまり──。


「認識疎外の神具か……。でも……」


 そう……。それは【情報】の大聖霊クローダーの力を宿すライの認識さえ狂わす力。そんな神具を持ち得る存在となれば十中八九アムド一派に違いない。

 これは逆にライに確信を与えた。


「ここに居るな、アムド? 見ているのか?」


 そしてライがまず行ったのは聖獣の召喚。喚び出したのは白い体毛で包まれた小さな聖獣。

 シウト国ディコンズにてライが最後に契約を結んだのがこのワタマル。運を操作する『因糸紡いんしぼう』という聖獣である。


『どうしました?』

「悪い、ワタマル。ちょっと力を貸して欲しいんだけど」

『わかりました』


 契約によりライの運をも少し操作が可能になったワタマル。僅かならば問題は無いのだが、無理に幸運を引き上げると後に運が低迷することも分かった。これはライの力が強すぎる反動でもあるらしい。

 故にワタマルはその力をサポート程度に留めている。


「今から【神衣】を使いたいんだけど、昏倒するのを抑えたいんだ。神衣に意識を回してるとどうしても自分の存在特性が上手く使えなくてさ。だから手伝ってくれる?」

『了解しました。その程度なら反動も無いでしょう』

「じゃあ、よろしく」


 普段からワタマルのサポートに頼っていては神衣の修得に支障が出る。本当の脅威が迫った時のみの策ではあるが、今回は協力して貰うことにした。


 ライは纏装と存在特性を同時発動……ワタマルの力もあり神衣は難なく展開される。


「さて……じゃあ、やるかな」


 神格に至ったライは、それを纏った状態で深呼吸すると高らかに叫ぶ。


「俺の感知に気付いているだろう! 聞いてるな、アムド!? 話がある!!」


 ビリビリと大気を揺らす声……。しかし、周囲の生物は慌てる様子はない。

 これはアムドにのみ向けた【情報】の概念力。神格化していることで更に強力となっているので間違いなく声はアムドに届くだろう。


 そしてライはやり遂げた表情を見せるとあっさりと神衣を解除。ワタマルはこれに少し怪訝な様子を見せた。


『神衣を解いてしまって大丈夫なのですか?』

「大丈夫、大丈夫。今のは『俺が来たぞ!』って見せる為に神衣を使ったんだ。今回は戦う為じゃなく話し合いが目的なんだよ」

『そうですか……』

「で、悪いんだけど……もう少し居てくれると助かる。この後、話の流れが良くなるようにしたい」

『わかりました』


 ワタマルが居るだけでもライとの相乗効果は発生する。宙に浮いていたワタマルはライの頭上に乗ると身体を丸めた。


 直後──ライの背後に気配が現れる。


「……ライ・フェンリーヴ」

「やっぱりアンタが来たか……えっと確かハイノックだっけ?」

「ハイノック・ソレルだ」


 振り返れば金の刺繍の施された青い貴族服に身を包んだハイノックの姿があった。しかし、敵意は感じない。


「どうやって此処が分かった……と言いたいところだが、愚問の様だな」


 ハイノックの視線はライの額の目に向いている。アムドのことである……既にライの能力はかなり知られていると考えて良い。


「……それで……アムドは居るの?」

「あの御方はお前を招待すると仰有っている。付いて来い」

「それはそれは。どうも御丁寧に」

「………」


 大袈裟な礼の身振りで応えたライに小さく嘆息したハイノックだが、何も言わずに飛翔を始めた。ライも飛翔にてその後を追う。



 僅かな間飛翔を続けて停止したのはやはり森の上空。眼下の森の切れ目には崩れた石壁のようなものが見えた。

 ハイノックはそちらに下降し瓦礫の前で立ち止まる。


「ライよ……。あの方とお前の因縁は知っている。だが、この先はあの方の領域……お前は飽くまで客として招かれたことを忘れるな」

「わかってるよ。俺は争いに来たんじゃなく聞きたいことがあって来たんだ。他にも用があるにはあるけど、戦うつもりはないよ」

「…………」

「それに、アムドが招くと言ったんだろう? なら俺も客らしくするさ」


 ハイノックは改めてライの表情を窺うが、嘘を言っている様子は見当たらない。

 そして……ハイノックはライに不思議な懐かしさを感じていることに、内心困惑している。


「ん? どうしたの?」

「いや……何でもない。……。それともう一つ。我等はアムド様の忠臣……無礼な態度は極力控えろ。私はともかく、他の者が殺気立つ」

「あ~……あのグレイライズって人? 確かにうるさそうだ」

「分かっているなら良い。では、付いてこい」


 ハイノックが近くにある『紋章が刻まれた小石』を踏むと、瓦礫が砂のように崩れた。その先には丁度人一人が通れる程の狭い通路が出現。

 灯りの無い通路をしばらく進んだ二人は、やがて突き当たりの扉に辿り着く。


 ゆっくりと開かれた扉の先には、通路からは想像の付かない荘厳な光景が広がっていた。


 石造りの内装は新築された城の如きもの。魔法王国クレミラの紋章が刺繍された壁掛け、床も同様の機織りの施された絨緞が敷かれている。


 そして───。


「フッ……。よもや貴様の方から現れるとはな」


 部屋の奥に並ぶ五つの椅子……その中央。一際意匠の施された大きな椅子に座る大男。

 嫌味の無い程度に装飾が為された純白の礼服を纏い足を組んでいるその男は、言うまでも無くこの建造物の主……。


 額から二本の角を伸ばす金髪青眼の男は魔法王国の正統なる王族であり、真なる意味での魔王──アムド・イステンティクス。



 この日ライは、遂に魔王との再会を果たした。









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