第七部 第三章 第十話 魔術師イベルドの正体


 眼前のベリドとかつての旅の仲間イベルドの容姿が酷似していることに混乱するマーナ。


 そんな中、幾分回復を果たしたリーファムは自らの推測の確認を行う為マーナに問い掛ける。


「マーナ。イベルドというのはどんな人物?」

「何よ、急に……」

「私の仮説が正しいか確認したいのよ。その上で可能性があるなら聞かせるわ。だから教えなさい……イベルド・ベルザーという人物のことを出来るだけ詳しく」

「………分かったわ」


 海に沈まずに残された島の一部……その草原に横たわるベリドを囲むように、マーナ、マリアンヌ、リーファムは腰を下ろした。

 そしてマーナは、イベルド・ベルザーの人物像について語り始める。



 切っ掛けはマーナが魔物に襲われている小さな街に立ち寄った際のこと。エクレトル──神聖機構から親友エレナと共に旅立ったマーナが最初に出会った新たな仲間がイベルドだったという。


 当時、シウト国は先王ケルビアムの怠慢により地方の安全が確保されていなかった。その為、地方の街は商人組合を通し傭兵を雇うのが主流だった。

 しかし、全ての街に傭兵を雇う余裕があった訳ではない。小さな街ほど流通は細り、資金を確保することができなくなる悪循環に陥り不安な日々を送っていたのだ。


 そんな街の一つに立ち寄ったマーナとエレナ。しかし、その街は被害が殆ど無く安全が保たれていた。


「街は紫穏石を使った結界で守られていたわ。それを構築したのがイベルドだったの」


 小さな街の為に紫穏石を集め配置し、結界を構築。それだけでなく、街の住民の為に魔導具を作製し身を守る術を伝える。一部の者には自らが開発した簡単に扱える回復魔法を伝授していた。


 マーナ達が立ち寄った時、既に役割を終えたと考えていたイベルドは旅立つ直前だったという。

 そんなイベルドに興味を示したマーナとエレナは、しばらく行動を共にしようと持ち掛けた。イベルドは快く承諾したとのことだ。


「あの時、私は知名度なんてない小娘だったのよ。でも、イベルドは嫌な顔一つせずに同意した。それから小さい街を見付けては結界を張って歩いたわ。イベルドは見返りを求めることは無かった」

「……そんな存在なのに知られていないのは何故なのでしょう?」

「イベルドは名乗らないのよ、マリアンヌ。ベルザーの名さえ私達旅の仲間でもかなり後から知った程だし……」


 ベルザー家は名門貴族ではあるもののレフ族の血筋が混じっている。表立って目立つのを避けた……のかはわからない。

 ともかくイベルドはひっそりと行動していたらしい。


 ここまで聞いた感じでは知識を世の為に使う『晴天の魔術師』であるというだけ……。


 だが……。


「ある時、小型魔獣に襲われた街があったの。その時、イベルドは必死だったわ。街の人達を懸命に癒した後、一人で魔獣を追った。それで分かったわ。イベルドは上位の魔術師であるということが」


 神格魔法こそ使わなかったが、属性複合の最上位魔法を単身で使用し魔獣を葬ったイベルド。そこには確かに『戦う者』としての姿があった。


 だからマーナは仲間としてイベルドを誘った。勿論、気に入らなかったらいつでも抜けて良いと前置きして。


 イベルドは本当に優秀だった。賢人に数えられてもおかしくないだろう智識、そして思慮深さと慈しみの心を持っていたのは、マーナ自身が誰より理解している。


「………。人物像は分かったわ。それで……イベルドには何か変わった様子は無かった?」

「変わってることの方が多かったわよ。戦いの無い日は宿の部屋で研究に没頭していたり、篭って眠り続けていたり、痩せた姿に似合わず物凄い大食いだったり……あとは医療に関しては凄い探求心だったわね」

「そう……」


 ここでリーファムはポケットから小さなコインを取り出した。それを親指で空高く弾き落下するのを待つ。

 落下したコインを受け取ったのはマリアンヌだった。


「リーファム様?」

「マリアンヌ。コインの表面には何が彫られている?」

「馬に乗った髪の長い女性です」

「そう……」


 意味がわからないマーナとマリアンヌは怪訝な表情で互いに顔を見合わせている。


「そのコインは神具の一つで、思考に迷った際に使うのよ。勿論、条件があるのだけれど」

「条件……ですか?」

「ええ。条件は『答えに至るだけに足る推論を組み立てた時』のみコインに柄が浮かぶの。つまり、私の推測は条件を満たしていた」


 そうで無い時は柄が浮かばず、推測の為の情報が不足しているか全くの的外れかだという。

 女性が馬に乗った姿は前進を意味する。つまり、リーファムの推測の方向性は間違っていないことになる。


「……リーファム様。あなたのお考えを聞かせて頂いても?」

「ええ。でも、飽くまで推測としての方向性だけが正しいのであって結論ではないわ。それは理解して頂戴ね」


 そうして語られたリーファムの推論──。


「ベリドとイベルドは同一人物で間違いないでしょう。但し……同時に別人でもある」

「………。ちょっと、何言ってるか分からないんだけど……」


 益々混乱するマーナ。一方マリアンヌは、何かを悟った様だ。


「もしかして『二重人格』というものでしょうか?」

「流石はマリアンヌね……。正確には『多重人格』の可能性、よ。二人とはまだ断定できないわ」

「多重人格……?こ、根拠は何よ?」

「マーナ。あなたから聞いたイベルドとベリドはあまりに性格が違い過ぎる。片や慈愛の魔導師、片や残虐な魔人……もしどちらかを演じていたなら、あなたが気付くでしょう?」

「それは……」


 ライ程ではないにしろマーナにも『見抜く目』はあるのだ。戦場で背を預けるに足る存在である仲間の本性を見誤ることは考えられない。


「でも、似通っている面もある。それが研究欲……知識欲と言い換えるべきかしらね」

「それは魔導師としては普通でしょ?」

「そうでもないわよ。あなたはイベルドは研究に没頭していたと言った。でも旅の間、何かを集める様子は無かったのよね?じゃあ、研究素材は何かしら?」

「………」


 確かにマーナはイベルドが研究していた内容を知らない。一度医療に関するものだとだけ聞いたが内容までは知らないのだ。

 そしてイベルドは、確かに素材や医療知識を必死に集めた様子は無かった。一つ研究が終われば次の素材が必要になるのが通常なのに……。


「つまり、イベルドは自分の身体を使っていたのよ。長い眠りは肉体の変化に堪える為の休養……。それと恐らく、人格が入れ替わった際にベリドが行動する為の時間」

「で、でも、部屋を覗いた時には居たわよ?」

「それが本物かは判らないでしょう?」


 神具や術でライの分身の様なものを作り出していた可能性も含め、それを見抜く手段は無かったのではないかとリーファムは問い掛ける。流石に眠っている者をマジマジとは観察しないのだから。


「リーファム様は何故そう思ったのですか?」


 マリアンヌはリーファムの推測に理解を示している。が、根拠としては弱い気がした。


「ここで改めて聞くわね?あなた達、『赤のベルザー』……もしくは『真紅のベルザー』って知ってる?」

「赤のベルザー……確か、数百年前の魔導師よね?家にも魔導書の複製があったけど……」

「そう。じゃあ、話が早いわ。このベリドは『赤のベルザー』当人よ」

「!」

「なっ!?」


 伝説の魔導師『赤のベルザー』は数点の魔導書と逸話を残し歴史から姿を消した人物。それが目の前に居る……やはり到底現実離れしているとしか思えないマーナ。

 だが、リーファムは淡々と推論を語り続けた。


「ベリドとイベルド、どちらが『赤のベルザー』の人格か分からないわ。もしかしたら他にも人格があるのかもしれない。でもね?ベリドは確かにベルザーの人間だと口にした。そして重要なのは『レフ族のハーフ』ということ」


 ベリドは自らをレフ族のハーフと述べた。それは即ち、ペトランズの民とレフ族の間の子であること……。


「それの何がおかしいのよ」

「分からない?今のベルザーの血筋は何代目?」

「あ……」


 ベルザー家にレフ族の血が混じったのは三百年前……ベリドはその際に生まれたことになるのだろう。つまりベルザー家でレフ族の血を継いだ最初の当主の兄弟……。


 それ以降に生まれたのでは半分ではなく四分の一以下……現に次期当主予定のアービン・ベルザーは血が薄れている。


「三百年前にレフ族が捕らえられたことはあったかもしれないけど、その場合はアステ国やトシューラでしょう。何よりベルザーを名乗っているならば、イベルドは何代目の存在かしらね?」

「………」

「まぁ、ここまでは推論よ。後は目覚めた当人に聞くのが早いでしょう」

「……リーファム様。ベリド……いえ、イベルドをこのまま連れていくのですか?」


 事情はともかく、イベルドの中に別人格があるならば危険なことには変わらない筈……マリアンヌとしてはライの身内に類が及ぶ危険は避けなければならない。


「それは……多分、大丈夫よ」

「何故でしょうか?」

「恐らくベリドとイベルドは別人格ではあっても何等かの共通記憶を持っている。そうでなければ……」

「……?」

「マーナが狙われなかった理由にはならないでしょう?」


 記憶が入れ替わった際、一番近くに居る可能性があるのはマーナ。バベルの血を継ぎ竜人として覚醒しているマーナにベリドが手を出さなかったのは、明らかに不自然なのだ。

 故にイベルドとベリドには記憶が無意識で共有されているのではないか……というのがリーファムの考えだった。


「マーナが居る限りイベルドはベリドを表に出さないと思うわ。下手に呪縛すると魔獣の力が拒絶や暴走を始める恐れがある。イベルドを強く意識させていれば問題はない筈よ……それに」


 いざとなれば何度でも止めるとリーファムは言った。それは弟弟子の妹の為に心を砕いた結果……。


 リーファム自身ライの悪い癖が移ったかと苦笑いしていたが、マーナはその配慮に感謝した。


「さて……じゃあ、そろそろ起きなさい。ベリド……いえ、イベルド・ベルザー?」


 横たわっていたイベルドに声を掛けるリーファム。と、同時にイベルドはムクリと身体を起こす。


「………」

「イベルド……」

「マーナ……ボクは……」


 ボロボロの服装で申し訳無さそうにマーナを見るイベルド。マーナはそんなイベルドの頭をひっぱたく。


「このバカ魔術師!何で……何で言ってくれないのよ……。私は……仲間でしょ?」

「ごめん……」

「……。まぁ良いわ。それよりキッチリ聞かせて貰うからね?」

「うん。わかってるよ……」


 目を醒ましたイベルドの人格……。脅威存在とされたベリド──そしてイベルドの真実は間も無く明かされる。


 だが……この時のリーファム達の選択もまた、ライを苦境へと追い込むことになるとは誰も知らない。


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