第七部 第三章 第九話 神炎


 時は一度遡り、魔女の館が蜜精の森に転移した頃──宝鳴海の上空では時空間結界内での半精霊体同士の戦いが始まった。



 様子が変化したベリドに対し、リーファムは『神格魔法を乗せた火炎』で迎撃。が、ここで先程までとは違う流れが起こる。


 ベリドの半精霊化で生まれた鎖はリーファムの魔法に反応し防いでいる。特に魔獣の頭の様な形状をした鎖は、魔法をそのまま飲み込みベリドへと還元している様だった。

 それを理解したリーファムは魔法の無駄撃ちを止めた。


 只でさえ強力な結界を張っているのだ。ベリドが半精霊化した時点で魔力は互角……いや、先に消費している時点でリーファムの不利。魔力消費は魔術師同士の戦いに於いて命取りになる。リーファムにとってはベリドの変化は誤算だった。


(これ以上吸収され続ければ徐々に不利になる。とはいえ、どうやってあの男を無力化するべきかしらね……)


 取り敢えずではあるが、纏装を使用した戦闘も想定はしている。接近戦用の装備もある。が、魔女と呼ばれるリーファムは魔法を主体としている分、やはり接近戦が得意とは言えない。

 そんな不利を補う装備……リーファムはそれを幸運の元に獲得していた。


 それはライがラジックに依頼した脅威に対する備え──。


 リーファムが腕輪型空間収納神具から取り出したのは全身鎧……いや、全身鎧型のゴーレム。

 赤い炎を印象付ける装飾のされた黒い全身鎧は巨体を持つ重騎士といった風体で、その手にはリーファムを隠せる程の大盾と身の丈程の鉄棍が装備されている。


 【魔導護衛騎兵・ほむら


 魔女の騎士とでも言うべき魔導兵は玄淨石製の素体に竜鱗製の鎧を纏わせたもの。

 通常はリーファムの防御専用神具であり自立行動型。しかし、魔力による操作にも切り替えが可能だ。


 操作の性質上自我が目覚める機構は組み込まれてはいないものの、ラジックとエルドナ共同作製の竜鱗鎧と組み合わせてあるので性能は『特殊竜鱗装甲』と遜色の無いものとなっている。


「………。もし私の推測が正しければ、あなたにも選択の機会が必要ね。大人しくそうしてくれればありがたいのだけど」

「…………」


 ベリドは応えない。自我の喪失は暴走の様に見えるが、どうやらそうではないことをリーファムは看破していた。


「先ずは意識を取り戻すのが先かしら。その為には半精霊化を打ち破らなければならない……骨が折れるわね、これは」


 ベリドの戦闘スタイルは魔術師のセオリーとは大きく異なる。通常、魔術師や魔導師は魔法か魔術が手段の中心に来る。

 転移は距離を空けるか回避に使うのが当然であり、離れて魔法を展開する戦い方以外では神具・魔導具に頼るのが主だった。


 しかし、ベリドは自ら接近し纏装を展開しつつ攻撃を仕掛けてくる。それは魔獣の能力を身に宿している故の有利を理解している戦い方だ。

 間違いなく魔導師であろうベリド……だが、その戦い方は魔法剣士に近い。主体は接近による攻撃、中・遠距離には魔法といった流れで行動していた。


 自我を喪失してからもそれは変わらないらしく、先程から接近攻撃と中距離魔法を繰り返していた。


 リーファムはベリドの神格魔法に対し吸収魔法で対抗。更に転移に対抗する為に自分の周囲に複数の小さな炎を展開。

 これによりベリドが出現する僅かな時空間の揺れを炎が感知し、ゴーレムで迎え撃つという態勢を構築。しばしの拮抗によりベリドの魔力消耗を狙っていた。


 しかし……魔獣の力を宿しているベリドは、ほぼ無尽蔵で魔力生成を行ない攻撃の手を止めることはなかった。リーファムは次の手札を切らざるを得ない。


(……。まさか、こんな形で使うことになるなんてね。ライ、本当にあなたは……)


 次にリーファムが使用したのは、何と《浄化の炎》──本来、『聖獣・火凰』しか使えないその炎をリーファムは魔導騎兵・焔に流し込む。これにより魔導騎兵は白銀の輝きをその身に宿す。


 リーファムはその知識から様々な魔法を展開できる。転移や吸収、他にも探索系など、能力の幅はとても広い。

 しかしながら、攻撃に関しては自らに縛りを掛けている。炎以外の魔法を攻撃に使わない──それにより炎そのものの威力を引き上げ、かつ自らが更なる高みへと昇る為である。


 逆に言えば【炎】と定義されるのであれば種類を問わず操れる。リーファムの半精霊化はそういった特性を宿していた。

 とはいうものの、知覚しないことには概要がわからず使用できない。ライから火鳳セイエンの力を見せられたリーファムは、早速その力を自らのものと変える修行を行っていたのである。


 リーファムは後にランカの契約聖獣・冥梟の炎 《葬送の炎》も習得することになるだろう。



 現状 《浄化の炎》を纏う魔導騎兵でベリドと打ち合っても吸収魔法で阻まれ意味を為さない。ベリドの中の魔獣の力を消し去れずとも、弱めるにはその身に直接叩き込まねばならない。


 そこでリーファムは二つ目の切り札を切ることを選択……それもまた炎に特化したからこそ成し得た行動である。


 その身に宿る膨大な魔力にて展開される炎を圧縮……それも通常の圧縮魔法を超えた超圧縮──炎は太陽の如き輝きを放つ。それを七つ展開し配置。

 ライですら五つ以上の展開が困難な神格魔法級の炎により魔法陣を構築し、新たに生み出される特殊魔法。


 僅かな制御失敗で暴発し兼ねないそれを見事制御しているのは、炎のみに縛りを設けたリーファムだけの力……。



 【神炎】



 それは奇しくもメトラペトラの『如意顕界法』と同系譜の超越魔法。神格魔法の様に事象に干渉こそしないものの、圧倒的熱量が対象を焼き尽くす。

 翼神蛇アグナの疑似太陽の様な持続性は無いが、そのエネルギーは比べるべくも無い。


 それは本来、神の座にあるものが扱える力でもある。

 『天の裁き』──千年前に世界に降り注いだ脅威と同じものだった。


 無論、半精霊体とはいえ世界中を燃やす程の出力は出せない。しかし、リーファムの生み出した時空間結界内であれば威力はほぼ変わらない。


 魔法式が完成したその時、リーファムは結界の外に気配を感じた。


「マーナ……それとマリアンヌね?」

『リーファム様。私達を結界内に』

「不要よ。この男は私が抑えるわ」

『何でよ!三人で戦った方が確実でしょう?』

「二人には頼みがあるの。半精霊化を果たしているあなた達にしか頼めないこと……お願いできる?」


 マリアンヌ達は容認して下降。大樹の転移にはある理由で膨大な魔力が必要だが、あの二人ならばやり遂げるだろう。

 これでリーファムは島の大樹を気にせずに済む。後は……。


「行くわよ!耐え抜きなさい、ベルザー!」


 リーファムの頭上で六芒星を描いた炎は、中心にある一際大きな炎に集束。そして放たれたのは網膜を焼く閃光── 《疑似太陽》よりも更に強力な太陽。

 同時にベリドは素早く転移しリーファムの背後に出現。重力属性を纏わせた爪でリーファムを背を貫いた……。


 だが……その爪は感触なく通り抜ける。リーファムの身体は霞の様に半透明になり僅かに散ったのだ。


 それはリーファム三つ目の切り札──。その身を半精霊から精霊体に変化させたのである。


 もし爪が吸収属性であれば、魔力体といえど幾分かのダメージは受けただろう。しかしリーファムはそのダメージも想定し覚悟を決めていた。結果、魔力体であるリーファムに物理的な攻撃は通じずベリドは通り抜ける結果となる。

 すかさず魔導騎兵を操作し鉄棍による一撃。それも背後への転移を想定していたリーファムの狙いでもあった。


 【神炎】に向かい弾かれたベリドは転移を試みるも叶わない。それは鉄棍型神具の効果……。

 玄淨石製の鉄棍は魔法式を短時間ながら乱す効果が付加されている。クローダーの【情報】概念を利用したものだ。


 結果、ベリドは転移が出来ずに神炎の中へ。


 それでもベリドは即座に魔力で展開された鎖を自らに絡み付け身を守る。鎖は吸収魔法属性……膨大な熱量を吸収し自らが燃え尽きるのを回避した。

 時間にして四半刻……魔力を吸収し続けるベリドだが、やがて吸収限界に達し神炎に捕らえられる。今度はその身の再生に魔力を使い続けやがて魔力が尽き果てた。


 リーファムはそのままとどめを刺すことも出来た。しかし、ベリドが再生不可能になる前に【神炎】と時空間結界を解除。それどころか、遂に落下を始めたベリドを残された島の一部にゆっくりと降ろす。

 自らも精霊化を解除したが、流石に疲労困憊で飛翔している。そこにマリアンヌとマーナが到着し戦いの結末を知ったのである。



 『炎の魔女』対『仮面の魔導士』の戦いは、魔女リーファムの勝利で幕を下ろした。



「何で……何であんたが……。答えなさい、イベルド!」


 マーナは叫んだ。最愛の兄ライを傷付けた憎き敵・ベリド──その正体が、共に旅をした仲間の一人だったのだ。心中穏やかでなくて当然だろう。


「イベルド!」

「マーナ……あなたはその男を知ってるの?」


 辛うじて立っている程に消耗しているリーファム……その肩をマリアンヌが支え回復魔法を展開している。魔力はライが預けた携帯型魔力庫で回復中だ。


「イベルド・ベルザー……私の元仲間よ。一度別れてから連絡が取れなくて……でも、まさかイベルドがお兄ちゃんを苦しめた『ベリド』だったなんて……」

「お待ち下さい、マーナ様。少し変ではありませんか?」

「変て……何がよ?」

「ライ様を襲いエノフラハを壊滅させようとしたベリドは、瀕死だったと聞いています。ですが、マーナ様の元お仲間であるイベルド様はエレナ様が瀕死になり回復するまでは共に旅をしたと聞いています。その際、負傷などの様子がありましたか?」

「………。いえ……無いわ」


 確かにエノフラハの騒動時にマーナの近くにイベルドが居た。その前後に行方をくらましたことはないとマーナは記憶している。


「……じゃあ、別人?でも、こんなにそっくりなんて有り得るの……」


 どうみてもマーナが知るイベルドそのものの姿。ただ、耳の長さだけが違う。それさえも擬装の可能性があるが……。


 移動は転移魔法を使えれば可能だろう。しかし、マーナの知るイベルドと聞いていたベリドの印象があまりに違い過ぎる。当然、同一人物とは結び付く訳もない。


「イベルドは神格魔法なんて使えなかったわ。それに……」

「何でしょうか?」

「イベルドは生き物を殺すことを躊躇う優しい奴だったのよ。あれが演技だったなんて私は思えない」


 誰かの為に知識を……それを体現していたのがイベルドだった。それに、もしイベルドがベリドであるならば竜人として覚醒していたマーナを放置しているのは辻褄が合わない。


 しかしながらベリドのその容姿は間違いなくイベルドのもの。マーナは混乱を免れない。



 そんな中、ベリドとイベルドの関係性を推測したのはリーファムだった──。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る