第七部 第三章 第八話 暴かれた仮面
ペトランズ大陸会議が開かれていたエクレトルより四季島に辿り着いたマリアンヌとマーナが。
二人が見付けたのは島の上空に浮かぶ黒い球体───。
「マーナ様。これは……結界でしょうか?」
「多分そうね。リーファムとベリドはこの中に居ると思って間違いないわ」
時空間型の結界は周囲から隔絶するように展開されている。近付かねば分からないが、中から感じる魔力はマーナ達に並ぶかそれ以上のもの……。
「リーファム様のお力がこれ程とは……」
「ええ。流石ニャンコ師匠の一番弟子ね……。でも、まさかベリドの力までこれ程強力とは思わなかったわ」
「これは間違いなく半精霊の力ですね……。ライ様がベリドを警戒していた訳がようやく分かりました」
マリアンヌとマーナはメトラペトラから地獄の特訓を受け半精霊化を果たした。それも大聖霊が居たからこそ果たせた成長でもある。
これまで半精霊化を果たしたのは殆どが大聖霊の関係者──しかし、ベリドは違う。
大聖霊クローダーと出逢っていたとしても通常全ての知識は得ることはできない。それは受ける側が情報過多で精神崩壊してしまうから。
故に魔術や魔法の知識を得ても霊位格の上げ方までは知ることができない。不安定だったクローダーへの質問は、誤れば取り返しの付かないことになるのである。
そして半精霊化に正確な方法は無く、ひたすら研鑽する中で自らに合った方法を見付けることこそが結果に繋がるのだ。
大聖霊の関係者が半精霊化するのは、その概念力の影響を多少なり感じる機会が増えるからだろう、とメトラペトラは推察していた。それを利用してマリアンヌとマーナを半精霊化させたメトラペトラは流石の師匠と言えるだろう。
『今の時代はとにかく異例づくしじゃな。魔人や半精霊化する存在など過去に殆ど例がないぞよ。【精霊化】や【神衣化】を自力で果たすことなど尚のこと──じゃが、今は確認するだけでも相当数……。これは、ロウド世界が闘神の復活に対して抗おうとしているようにすら感じるわぇ』
そうなればベリドの存在にも何等かの理由があるのかもしれないとメトラペトラは言う。それが試練としての役割か、それとも闘神に抗う為の戦力なのかは分からない……とも。
「……どのみちベリドは、私にとってはお兄ちゃんを傷付けた敵でしかないわ」
「それは私も同じです、マーナ様」
「じゃあ、やることは決まってるわ。やるわよ、マリアンヌ!」
「はい!」
どれ程脅威でも半精霊格三人の力ならばベリドも倒せるだろう。
この場にてベリドを倒すことはライの負担を減らすことにもなる。そう結論付け、結界内のリーファムに語りかけようとしたその時……二人の脳内に念話が届いた。
『マーナ……それとマリアンヌね?』
「リーファム様!私達を結界内に」
『いいえ、不要よ。この男は私が一人で抑えるわ』
「何でよ!三人で戦った方が確実でしょう?」
『二人には頼みがあるの。半精霊化を果たしているあなた達にしか頼めないこと……お願いできる?』
「……一体何をすれば良いのでしょうか?」
マリアンヌは即座にリーファムの意を汲むが、マーナは今一つ納得できない様子。しかし、現在戦闘中であるリーファムを
『下の島に大樹があるのは判るわね?あの樹はとても大事な役割を負っているの。だから、あの樹を丸ごと蜜精の森に転移して頂戴……お願いできる?』
「それは構いませんが……」
『助かるわ。あの樹を動かすには魔人でも力が足りないの。半精霊二人分の魔力なら何とか間に合うと思うからお願いね?それと……一番大切なのは樹の根が包んでいるもの。決して他者に存在を悟られては駄目よ?』
「………わかりました」
『転移の魔法式は組んであるわ……それじゃあ二人とも、頑張ってね』
リーファムの念話はそこで途切れた。
「……。大事な物って何?」
「分かりません。ですが、リーファム様があれ程までおっしゃるのですから、一刻も早く蜜精の森に送りましょう」
「そうね。そしたら早く戻ってきてベリドをギッタンギッタンにしないと」
「フフ……そうですね」
島に降下した二人は大樹の麓に向かう。そこには見たことの無い紋章が樹を取り囲むように大地に刻み込まれていた。
「これは……太古の魔法陣……?」
「分かるの、マリアンヌ?」
「いえ……。古すぎて私にも詳しくは解りません。ですが、起動は出来そうです」
魔法王国クレミラよりも更に古い時代の智識。或いはレフ族ならばその智識が残されているかもしれないが、今となっては存在すら忘れられた魔法……。
「………。取り敢えず魔力を注入すれば後は自動的に発動する仕組みの様ですね。転移先も既に組み込まれているので、直ぐに取り掛かりましょう」
要となる紋章に触れ魔力を注入するマリアンヌ。しかし……。
「マーナ様……問題が」
「どうしたの?」
「魔力が足りません」
「えっ?ほ、本当に?」
「はい。……。取り敢えず半精霊化を……」
移動後に解除していた半精霊化を再度展開。増幅した魔力を紋章に流すも、やはり必要な量に至らないらしく魔法は発動しない。
「……。マリアンヌの魔力って確か……」
「はい。大聖霊を除けば私より魔力の多い方は、ライ様とクリスティーナ様、あとはクラリス様のみです」
「それで足りないってどんな魔法式組んでるのよ、リーファムは……。仕方無いわね。私の魔力も加えるわよ」
「お願い致します」
今度はマーナも半精霊化し更に魔力を注ぐもやはり反応しない。
「ちょっと!魔法式壊れてんじゃないの、コレ!?」
半精霊体二人分の魔力で足りないという事態は明らかに異常。そもそも、そんな膨大な魔力が必要となるとリーファム一人では動かすことさえ出来るとは思えない。
しかし、マリアンヌの 《解析》で確認しても手段は間違っていないらしい。
「普通の魔力では駄目ということ?神格魔法属性とか……」
「いえ……単純に魔力量が足りない様です。如何致しますか?一度居城に戻りクラリス様に協力を求めれば、或いは……」
精霊格のクラリスならば高い魔力を宿している。戦いではないので協力にも問題は無い筈。しかし、その為には転移で一度戻らなければならない。
「…………」
「…………」
「フフフ……」
「マーナ様?」
「戻る必要はないわよ、マリアンヌ。要は魔力を足りるようにすれば良いのよね?」
「はい。何かお考えがあるのですか?」
「ええ。根性よ」
「…………」
マーナの言葉にマリアンヌは生温い視線を向けている。マリアンヌがマーナにこういった目線を向けるのは極めて珍しい。
「な、何よ……」
「いえ……。てっきりルーヴェスト様の悪い影響を受けたのかと思いまして……」
「失礼ね。あんな筋肉バカと一緒にしないで欲しいわ」
「では、どんなお考えが?」
「マリアンヌはお兄ちゃんから聞いていない?吸収魔法の矛盾の話……」
「!……成る程……流石はマーナ様です」
吸収魔法は受けた魔法の魔力よりも、吸収した量の方が多くなる──という不思議な現象が起こる。もっとも、吸収魔法自体使い手が殆どいないのであまり知られていないのだが。
メトラペトラは自らの概念系統に当たるその矛盾について深く考えていなかったらしく、『ま、損しないなら良いんじゃね?』と軽く流していた。
ライはその矛盾について周囲の自然魔力も吸収しているからではないかと考えたが、調べるとどうもそうではないらしい。結果、原因は未だ解明には至っていない。
「でね?お兄ちゃんの話では自分の体内の魔力細胞が活性化して増幅するんじゃないかって」
「マーナ様の狙いは分かりました。つまり、私達の間で吸収魔法による魔力循環を行う訳ですね?」
「流石はマリアンヌ。さ……時間もないから早速やるわよ?」
「分かりました」
半精霊化した二人は互いの『吸収魔法を吸収』し始めた。どちらかがバランスを崩せば流れが狂い不十分な量になる恐れがある精密作業。
しかし、そこは『魔力の勇者』と『完璧メイド』──互いの相性もあり見事なバランスで魔力の増幅を繰り返した。
やがて膨大になった魔力は二人の耐久限界に近付く……。
「……マ、マーナ様……これは……」
「まだ……よ、マリアンヌ……」
「で、ですが……」
「い、言ったでしょ?根性だって……。これは……精霊格に至る下準備みたいなものだと私は……考えてるのよ。限界を超えた魔力の循環……。精霊体は魔力が高い……なら、逆も同じじゃない?」
高い魔力は精霊体に繋がる──マーナの考察は実は的を射ていた。ライが精霊化を果たしたのは幾度も限界を超え魔力を吸収した為でもある。
魔王アムドの禁術吸収、翼神蛇アグナの魔力奪取……魔力を空になる寸前まで減らし一気に限界以上に吸収を繰り返した結果は、魔力生成の超効率化と限界引き上げ。更に概念力を感じ続けた為、遂には精霊化を果たしたのだ。
マリアンヌ達が直ぐ様精霊格に至る訳ではないが、今感じている苦痛は未来に繋がる一歩……。
「良い?私が合図したら一気に流すわよ?」
「……承知致しました。お任せします」
二人を循環する魔力はやがて真夏の太陽の如き輝きを放ち始める。影響を受けた島が震動を始めたその時、マーナの合図で二人は大地に手を着き魔力を流し込んだ。
同時に魔法式が起動。島の四分の一程を削り大樹は転移。崩れた大地はそのまま海の中へと沈み始めた。
一方の蜜精の森では突然大樹が出現。同居人達は大慌てで居城から飛び出した。
「…………」
「…………」
「……まぁ、ライに関わることだからな」
「……そ、そうですね」
「さて、修行の続きをしようか」
「はい!お願いします、デルメレアさん!カインさん」
大樹の出現を目の当たりにしながらも、何事もないかの如く修行に戻ったデルメレアとブラムクルト。カインは幾分の狼狽を見せているが、二人に続き訓練場に戻っていった。
対して、居城の女性陣は一応ながら大樹の元へと向かう。
「マリアンヌ、マーナ……ど、どうしたの、コレ?」
「クラリス……リーファムに頼まれて転移させたのよ。妖精が住んでた樹なんだけど何だか大事なものなんだって」
「へ、へぇ~……」
「ところで……アンリは?」
「ファイレイと一緒に王都に向かったよ?ウィンディはまだ戻ってない」
「そう……。じゃあ、ウィンディにも経緯を伝えといてね。私達はリーファムの所に戻らないと……」
「ちょっと待って!二人ともヘロヘロでしょ?」
クラリスは回復魔法 《無限華》を使用し二人を全快。更に魔力吸収の逆流で魔力をも回復させた。
「クラリス様。魔力回復魔法、いつの間に覚えたのですか?」
「ん?ああ……ボクもメトラペトラに教えて貰った。戦えないなら守ることと回復させることくらいやりたくて……」
「ありがとうございます、クラリス様」
「へへへ……うん。役に立てたなら良かった」
笑顔のクラリスも思うところがあったのだろう。戦えない自分なりの成長を考え研鑽していた様だ。
そのお陰でマリアンヌとマーナは即座にリーファムの元へ向かえる。これは大きな意味がある。
そうして再びの転移。今度は既に訪れているので直ぐに転移が可能だった。
「……これは………」
半精霊体二人の戦いは……既に終わっていた。
そこに居たのは疲労困憊で飛翔するリーファムと、辛うじて残った島の一部に横たわるベリドの姿……。
だが……マーナはベリドのその姿を見て驚愕の声を漏らす。
「そ、そんな……」
「マーナ様?」
「何で……何であんたが……。答えなさい、イベルド!」
マーナの問いに答えはない。ベリドは意識を完全に失っていた。
ただ──仮面が砕け晒された顔は、マーナのかつての仲間『魔術師イベルド・ベルザー』そのものだったのである。
遂に暴かれたベリドの正体。それもまた運命の流れか……。
そして時はリーファムとベリドの決着まで遡る。
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