第七部 第三章 第七話 弟子達の役割
リーファムとの会話の中様子が変化したベリドは、それまでの飄々とした態度が鳴りを潜める。
違和感──即座にそれを感じ取ったリーファムは臨戦体制へ。
そして、その直感の正しさは直ぐに証明される。
「嘘……」
思わず動揺が口を突くリーファム……。目の前の男から発せられたその力は、確かに異常としか言いようが無い。
そこにあったのは霊位格を引き上げたベリドの姿……。そう……そこに居たのは半精霊化したベリドの姿だったのだ。
(……。幾らなんでもこれは異常よ。ライの様に大聖霊との契約がある訳でもないのに進化が早すぎる)
ベリドの背後に展開されているのは円環になった黒い鎖……そこから放射状に伸びる鎖はまるで蛇を思わせる。
左右に展開された鎖は特に長く太く、ベリドの腕に巻き付いていた。その鎖の先には魔獣の頭部を思わせる禍々しき大顎が口を開けていた。
「あなた……半精霊の力を……」
「…………」
問いへの答えは無い。その力は強大ではあるが不安定……つまり、ベリドは無意識下で半精霊化しているのだろうことをリーファムは理解した。
(………。赤の魔導士ベルザーの話をしたことが切っ掛け?でも、一体何が……)
しかし、今は思案しても答えはでない。数百年存在を隠していた相手の真実など分かる訳もないのだ。
同時に……これは好機でもある。今の内に弟子達がライの居城に逃げられれば役割はあと一つのみ。
(アンリ……急いでね?)
無言で動き出すベリドに対し、リーファムは再び炎の矢を流星の様に放った。
一方、魔女の館へと駆け込んだアンリ、アズーシャ、ファイレイの三人。アンリは事前にリーファムから指示されていた作業へと取り掛かる。
館から伸び島に張り巡らせた魔術式を解除し回収。そのままに館ごと転移術式を発動し蜜精の森へと転移。
呼応するように蜜精の森には魔法陣が出現し、居城付近の一画は魔女の館との入れ換えを果たす。今頃魔女の館跡には蜜精の森の樹木が出現していることだろう。
「館ごと転移とか……相変わらずブッ飛んでますわね、ウチのお師匠様は」
アズーシャはヨロヨロと館の外に出た。後に続くアンリとファイレイ……視界の少し先にライの居城が見える。
「ねぇ、アンリちゃん……」
「何ですか、ファイレイさん?」
「四季島には妖精族が居たでしょ?放っておいて大丈夫だったの?」
妖精族の暮らしていた大樹を残したままの転移。それでは危険な状態なのではないかとファイレイは気になったらしい。
「あの大樹は【彷徨う森】と繋がっているそうです。妖精族には“ 異変があったら逃げるように ”とお師匠様から言われているので大丈夫かと……あ、ホラ!ウィンディさんに聞いてみましょう!」
アンリが指差した先からは異変を感じ取ったウィンディとクラリスが現れた。
「ちょっと!どうしたの、コレ?」
「四季島に敵が現れたので避難してきました。ウィンディさん、妖精族が四季島から【彷徨う森】に避難した筈なんですが……」
「えっ?………。あ……ホントだ……」
彷徨う森の支配権を持つウィンディは直ぐに状況を把握する。脳裏には彷徨う森内に避難した妖精達の姿が浮かんだのだ。
「……。でも、大樹は残してきたの?アレごと妖精族も此処に連れてくれば良かったのに……」
「え~っとですね……。実はあの大樹には別の役割があって、お師匠様級の魔力が無いと動かせないんです」
「別の役割?何、ソレ?」
「私も良く分からないので……」
と……そんな会話を遮ったのはクラリスだった。
「ちょっと待って?リーファムの島が敵に襲われてるってこと?」
「はい。今、お師匠が戦ってます」
「それ、一大事でしょ!?ど、どうする?ライに連絡する?それとも加勢に……」
「それはいけません」
クラリスの言葉を遮ったのはエクレトルから転移で帰還したマリアンヌとマーナだった。
「駄目って……何故ですか?」
「……四季島に現れたのはベリドよ、ファイレイ」
「嘘っ!ライさんがずっと警戒してた、あ、あの『ベリド』ですか?」
「そうよ。だから、あなた達はここで待ってて。今から私とマリアンヌでベリド討伐に向かうから」
「で、でも、今はもう魔女の館は此処にありますよ?それに、転移するにも島の結界が……」
ラジック製の転移扉はライの城と魔女の館を繋ぐものなので、既に四季島には転移不可能。そして四季島には結界が張ってあり転移が妨害されてしまう。ファイレイはそう考えていた。
しかし、アンリはその言葉を否定する。
「館の転移の際に島の結界は解除されました。だから島自体には入れます。ただ……四季島に一度行っていたとしても結界のせいで座標が分からなかったと思いますから、直接転移は無理かと……」
「大丈夫よ、アンリ。ベリドが出現した位置はエクレトルで聞いた。私とマリアンヌなら飛べば直ぐの距離だから」
マーナはアンリの肩に優しく触れる。この場にて一番不安なのはリーファムの愛弟子であるアンリなのだ。
「……マーナさん、マリアンヌさん。お師匠様を……お願いします!」
「任せて。必ず無事で連れて帰るから」
続いてマリアンヌが今後の対応を伝える。今必要なのは連鎖する恐れがある脅威に備えること……。
「皆様はこのまま蜜精の森の守りをお願い致します。ファイレイ様はエクレトルから戻ってくるクローディア様を王城で迎えて頂き、シウト国全土への警戒を促すよう進言して下さい」
「……それ程危険なんですか、ベリドは?」
「ベリド単体の危険もそうですが、それよりも他の魔王が触発されて動き出す可能性があります。それに……大陸会議は物別れに終わりました。今後、ペトランズは二分され大国間戦争に向かうでしょう」
「!?……そ、そんな……」
「取り敢えず直接の戦争はまだ先になる筈ですので……。しかし、トシューラ女王は計略に関して天賦の才を持つとのこと……この期に何か仕込んで来ないとも限りません。逸早く対応が必要なのです」
加えて獅子身中の虫……ピエトロ公爵の存在が非常に厄介なのだとマリアンヌは伝えた。
「ピエトロ公爵は十中八九イルーガと繋がっています。そしてイルーガは魔王アムドとも繋がりがある。これはシウト先王退位の時よりも危機的状況なのです。……。ファイレイ様には私達が戻るまでクローディア様を支えて頂きたいのです」
「…………。分かりました」
「それと……ランカ様とホオズキ様の姿が見えませんが……」
「ホオズキさんは居城で家事をしていると思います。何か新しい同居人も来たみたいで……。それとランカさんですが」
エノフラハの問題を解決した後、ランカは少し出掛けると言い残し戻っていないらしい。一応、ランカが【御魂宿し】になったことは伝えられた。
「分かりました。あの方には何か役割があるのでしょう。頼れる方ですから心配は不要でしょう」
「あの……マリアンヌさん?」
「何でしょうか、ファイレイ様?」
「メトラさんには連絡をしないんですか?」
「メトラ様は気付いていると思われます。動かないのは弟子であるリーファム様を信じているからでしょう。ですが、移動しながら連絡を取ってみます」
「そうですか……どうかお気を付けて。マリアンヌさん、マーナさん」
「はい。では……」
半精霊化を果たしたマリアンヌとマーナは上空へと移動。方角を確認すると二筋の光となり東の空へと姿を消した。
「た、確かにあの速さなら直ぐに到着しそうですわね……」
初めて半精霊化を見ていたアズーシャは呆気に取られていたが、直ぐに気を取り直し行動を開始する。
「私は魔術師組合に戻ります。恐らくベリドの魔力を感知して混乱している可能性がありますから」
「私も行きます」
「アンリはお師匠様を待っていておあげなさい。帰った時、それが一番安心するでしょうから」
そっとアンリの頭を撫でたアズーシャはファイレイに向き直る。
「修行の件……私も覚悟を決めました。でも、先ずは魔術師組合を束ねることにします。あの国は大陸会議に参加していませんから結果も知らないでしょうし」
「はい。私も託された役割を果たします」
「それでは皆さん、ごきげんよう」
アズーシャはライから譲り受けた神具を使用し転移した。
「それじゃ、私達も……」
「そうだね。皆に伝えないと」
ファイレイは王都ストラトへ。ウィンディは妖精達を落ち着かせる為にアプティオ国にある『彷徨う森』に帰還して行った。クラリスは皆に説明を果たすべく居城の中へと急ぐ。
そして四季島へと向かう半精霊化した二人は──。
「メトラ様。聞こえますか?」
腕輪型神具の機能により強化された念話は、距離に関係なくメトラペトラへと届く。
『マリアンヌかぇ。……。用件は分かっとるぞよ?』
「流石です。それで私達はリーファム様の元に向かっております。ライ様への御連絡は如何なさいますか?」
『必要あるまいよ。ライも異変は感じておる筈じゃからのぅ。即座に向かわぬのは即座に動けぬということじゃろう』
「では、私達だけが加勢に向かうということで……」
『済まぬが任せた。……まぁワシにはベリドとやらがあの“ 性悪弟子 ”をどうこうできるとは思わぬがの』
ライはベリドを過大評価しているとメトラペトラは考えている。神格魔法は既に伝授し、圧縮魔法も授け纏装も極めた……。今では精霊格に至り不安定ながらも神衣さえ使用する──そこまで成長したライがベリドを警戒していることに違和感を感じているのだ。
『ただ、ライの勘は割と当たるからのぅ……。ベリドには何か隠された力があるのやも知れん。済まぬがあれでも元弟子じゃ……もしもの時は手助けしてやってくれんかぇ?』
「承りました」
メトラペトラは口にはしないがリーファムを気にしていることは様子から判る。マリアンヌは何も言わず承諾した。
『ワシらは問題を片付け次第居城へ戻るぞよ。もし手が足りぬならば遠慮せず呼ぶのじゃぞ。良いな?』
「はい。それでは……」
念話を切ったマリアンヌ。マーナも念話を聞いていたので用件は理解した様だ。
「素直じゃないわね、ニャンコ師匠も……。本当は自分で助けに行きたいんでしょうに」
「あれもメトラ様の優しさなのでしょう。師に救われることは成長を否定されることでもありますから」
「ま、良いわ。私は数年前お兄ちゃんを苦しめたベリドにケジメを取らせられればそれでね?」
「そうですね。では、急ぎましょう」
二人が向かった四季島上空には黒い球体が浮かんでいる。その中では半精霊体同士の激戦が繰り広げられていた。
リーファム対ベリド……。その結末は間も無く訪れる。
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