第四部 第三章 第四話 カジーム防衛戦①


 カジームとアステの国境──リバル渓谷。


 トシューラ軍の兵が一昼夜をかけて活動した結果、レフ族に崩された岩を退かす作業もようやく終わりが見えた。間もなく進路は確保され、更なる進軍の為の休息に移る筈だった。


 だが───。


「敵襲!敵襲だ━━━━!!」


 前線で作業をしていた兵は、その目で異様を確認し声を上げる。兵士達の視線は上空へと向けられていた。


 宙に浮く人影。それは扱える者の稀な飛翔魔法。魔法王国の子孫と伝わるレフ族ならばその程度は可能だろうと思っていたトシューラ兵達だったが、やがてその表情は強張ってゆく。


 人影の数は凡そ二十前後……。最前にいる『二つの人影』と、その遥か後方にも確かに飛翔する小さな人影を確認したのだ。

 その数の多さはトシューラ兵からすれば混乱するに充分な異様……兵達の間には当然、響動めきが拡がっている。


「司令に……リーア王子に連絡を!」


 伝令は魔導具による通信を用い即座に最後方のリーアへと伝わった。戦場にも拘わらず全裸で女と横たわっていたリーアは、忌々しげに歯噛みしながら立ち上がる。


(カジームが打って出るだと……?まさか、あの腑抜け共がか?)


 即座に装備を纏い馬車の外へと飛び出したリーア。側近から望遠魔導具を受け取るとその映像に目を見開いた。そこに映るのは、武装し宙に浮かぶレフ族の姿……。


「ナメやがって……おい!魔導式移動砲台の準備だ!残弾は幾つある?」

「残り八つです。【重爆型】四発。【光弾型】二発、【拡散型】二発です」

「ならば手始めに二発撃ち込め!【光弾型】射出後、狙いを定め【重爆型】で追撃せよ!!」


 苛立ちを隠さないリーアは即刻指令を下した。


 一見してそれは、戦況など考えもしない愚かな命令──しかし、一応ながらリーアには直感が働いたのだ。


(前線に出張るなら余程腕に自身があるんだろうが、逆に言えばコイツらを叩き潰せば残りは雑魚……。ならば、この場こそが主たる戦いの場となるだろう。クックッ……奴等は袋のネズミだからなぁ)


 狭い渓谷での爆破は崖崩れも誘発するが、そんなものは後で処理をすれば良いのだ。

 先ずは見せしめ──戦意を挫きより多くの利を得る……それは一番確実な方法であり、リーアの常套手段でもあった。


 レフ族に気取られぬ様に前線の兵にはその事を伝えず、早速『魔導式移動砲台』は準備に入る。目標は敵・最前にいる人影。それが恐らくレフ族の首魁と判断したのである。


(将が前線に出るなど古い古い……。その古き考えこそ命取りと知るが良い)


 変わらず最後方にて控えるリーア……最早勝ちは疑っていない。後は準備が整うのを待つのみであった……。




 対してレフ族の最前線。飛翔するエイルの手にぶら下がっているのは、今やフリーの傭兵となったオルストである。飛翔の出来ないオルストは、まるで荷物のように襟首を持ち上げられていた……。


「くっ……!空を飛べねぇからって、こんな目に遭うとは……」

「まぁ、もう少し我慢するこった。そしたら放してやるよ」

「放された真っ逆さまだろうが!仕方ねぇ……後ろの連中の背にでも乗るか」

「何でアタシが持ち上げてんだと思ってんだよ……いいか?お前のその神具は汎用性が高い。今から使い方の一例を教えてやる。ちゃんと聞いとけ」


 エイルはオルストに滞空戦闘の指南を始める。実際、このままでは足手まといでしかない。


「その籠手……『空塗うろぬりの手』は空間に極薄の壁を創る。極薄と言っても物理的な破壊はまず不可能の絶対防壁だ。奴等の魔石弾頭とかいうヤツも防げるだろう。当然、お前が乗ってもビクともしねぇ」

「成る程……足場に使えってのか。じゃ、早速……」

「話は最後まで聞けよ……。ソイツは展開している間は魔力を馬鹿食いするんだ。アタシぐらいの魔力があれば問題ないけど、お前じゃすぐ息切れしちまうぜ?」

「はぁ?使えねぇな、おい!」

「だから話を最後まで聞けって。そこでその『因果の槍』だ。それは結果を固定する槍。つまり……」

「足場を創って固定すんのか。だが、槍の方も魔力使うんだろ?」

「いや……その槍は謂わば“ 伝説の槍 ”だ。効果の発動と解除は魔力が必要だが、発生した効果は魔力に関係無く残り続ける」


 因果の槍はかつての神の遺産……真の神格宝具の一つである。そういった神具は別名【事象神具】とも言われているのだとエイルは続けた。


「だから二つ渡した。そうすりゃ最低限の魔力で戦えるだろ?」

「成る程な……使い方を考えさせられる代物か。だが、間違えなきゃ確かに使えるぜ」

「一応言っとくけど、やたら足場を創んなよ?アタシはともかく後続の邪魔になるからな?」

「いや、その必要は無ぇ。この槍は面白れぇ」


 オルストは、風属性魔纏装を飛翔出来るだけの瞬間出力で『靴に固定』した。


「手、離して良いぜ」

「へぇ……馬鹿じゃなかったんだな、お前?」

「あぁ?こんなもん直ぐに思い付くだろうが!テメェらは簡単に出来るからって工夫をし無さ過ぎなんだよ!」

「わかった、わかった。だけど面白れぇな。干渉魔法……今は神格魔法ってんだっけ?それの『付加魔法』と同じだな」

「そもそもこの槍はそういう使い方なんだろ。テメェも言ってたろ?燃やし続ける、とかな?」


 持たざる者の知恵というべきはか別として、オルストは既に幾通りもの使用方法を考案している。

 魔導具・神具の類いは使い手の力量でその効果が大きく変わるのだ。相性が合えば人の身でも魔人と渡り合うに十分な武器となる……オルストにとっての『因果の槍』は、遂に巡り逢った至上の宝具だった。


(やっと手に入れた……いや、まだ足りない。もっと力が必要だ)


 それでもオルストにとってはまだ不足だった。


 相手はトシューラ──世界最大の軍事国家である。正面から当たっては物量で押しきられ負けるのは目に見えている。

 故に探し求める力は最低でも魔人級の魔力……それを可能にする魔導具・神具だ。特に魔力不足を補う力が欲しいオルストは、常に魔導具を探していた。


 オルストはレフ族の里に滞在していた間それを探していたが、見付け出すことが出来なかった。いや、レフ族ですら持ち合わせていなかったというべきだろう。


(まあ良い。先ずは槍と籠手……これがあればアステの王子の持つ“ あの鎧 ”を奪えるだろう)


 適合者かどうかなどどうでも良い。トシューラを潰すまでの所有者で要られれば良いのだ。オルストにとって最も重要なのはトシューラ王族を滅ぼすこと……それ以外はその手段に使えるか否かでしかない──筈だった。




 しかし……カジームに来て以来、オルストは自分が変わったことを嘆いていた。


(ちくしょう……あの野郎の呪縛のせいで気持ち悪くて仕方ねぇ……)


 ライの言葉を思い出し歯噛みするオルスト。


『本当の悲劇に晒されている人を見て……』


 レフ族の在り方は、オルストには到底理解出来るものではなかった。侵略に晒されても反撃もせず、身内の不幸を嘆けども討って出ることはない。他者を傷付けることを恐がる癖に、他者への労りは当然として行動に移す。

 それが侵略を受け逃げ延びた国の姿とは到底理解できないオルスト。だから始めは、レフ族をただ突き放していただけだった。


 だが……レフ族の中には光があることに気付いてしまった。他者を貶めず、心からの労りを向ける……世話好きでお人好しなレフ族は、オルストに常に誠意を向けて来たのだ。気付けば毒づきながらもレフ族の力になろうとしていた自分がいた……。


(まさか、こんなことになるとはな……。これは呪縛のせいだ。飯と宿の借りを返すだけ……神具を手に入れる為だ……)


 何度も繰り返し理由を付けるオルストは、意地でも事実を認めたくない。たとえ理解していても絶対に口に出す気はない。カジームが……レフ族が気に入っているという事実を。



「おい!聞いてんのか、オルスト!」


 エイルの呼び掛けで我に返ったオルストは苦々しげに舌打ちをしている。この表情も最早癖になっていた。


「何だ、魔王?」

「砲台が動き出したぜ?取り敢えずアタシが前に出て様子見るから、お前は後ろの連中護れよ?」

「けっ!後続より自分の心配しやがれ」

「お?アタシの心配してんのか?ハハハ……千年早いぜ。それとも惚れたか?」

「誰がテメェみてぇな暴力女に惚れるかよ!」

「んだとぉ?……って馬鹿の相手してる場合じゃねぇな。来るぞ!」


 いよいよ以てトシューラの兵器がカジームの戦士に向けられる。その標的はやはり最前のエイル……オルストに手で合図し後ろに下がらせたエイルは、瞬時に極薄の【黒身套】を纏い掌を砲台に向けた。


「武器も出さねぇのかよ~?」


 離れた位置から叫ぶオルストに、空いた手をヒラヒラさせ気遣いは不要だと合図する。


 と……次の瞬間、砲台から閃光が放たれた。


 まさに一瞬──。


 物理的な砲撃を予想していたオルスト達はその攻撃に反応出来なかった。

 大地より空へと向かう巨大な閃光の矢……それは間違いなくレフ族を貫き空すらも穿つ悪魔の槍となる筈だった。


 しかし、光は宙の途中で停止し留まっている。僅かに弾け拡散しているが、それはまるで動く様子もなくピタリと途切れて見えた。


 エイルの神格魔法 《虚空門》……それはオルストに渡した神具と同等の……いや、それ以上の空間魔法である。


「へぇ……大したもんだな。こんなものまで造り出したとは。だけど、相手が悪かったな」


 エイルは焦る様子もなく手を掲げたまま腰に手を当てている。疲労の様子も見当たらない。


「ったく、化け物女が……」

「んだと、コラァ!ぶん殴るぞ!」

「この距離で聴こえんのかよ!やっぱ化け物じゃねぇか!?」


 緊張感無く騒ぐエイルとオルスト。その姿を見た防衛爆殺部隊は、『流石、姐さん!』と奇声を上げていた。


 だが、そこにトシューラ側の第二射が発射される。閃光と重ならぬ位置から射出されたのは、最初に確認された魔石砲弾。丁度エイルが閃光を留めた位置に着弾し炸裂した……。


 渓谷に響き渡る轟音が大気を揺るがす。その爆発は衝撃となり、渓谷に少なからず崩落を起こす。

 更に炸裂した砲弾の衝撃は、前線で進路確保に務めていたトシューラ兵を巻き込み蹂躙を加えた……。


 小さなきのこ雲がカジームの里で確認される程の威力。それは脅威と呼ぶに余りある光景だった……。


(エイル、そして皆よ……無事で居れよ)


 長老の祈りが届いたかはわからない。しかし……リバル渓谷上空には今だ人影が存在していた。


「くっ……まさかこれ程の威力かよ。おい!魔王!無事だろうな、テメェ!?」


 あの爆発の中でオルストやレフ族が無事だったのは、間違いなくエイルが防いだお陰。爆煙の晴れぬ中、未だその姿が確認出来ぬエイル。

 オルストは目を凝らし注意深く周囲を警戒している。まだトシューラの追撃がある可能性……油断は出来ないのだ。


 やがて煙が晴れ始めた中に人影を確認したオルストは、そこに近付こうとした。


 だが……。


「こっち来んなよ、エロ傭兵。俺の裸を見て良いのはライだけだからな」


 その声は確かにエイルだった。しかし……その後ろ姿は、服が破損しあられもない肌を晒していることが判る。


「テ、テメェ……大丈夫なのかよ?」

「ああ。服はボロになっちまったが、傷一つねぇよ。思ったより威力が有りやがったな、アレ」


 腕輪型宝物庫から新たな衣装を取り出し纏うエイル。その姿はライと戦った際に纏ったボディスーツ型戦闘服。破損した腕の部分は既に修復されていた。これもまた神具である。


 魔力を吸収し魔法を無効化するだけでなく、破損も自動補修。更に肉体の損傷も癒す神具──『綬恵の聖衣』。

 その昔、生命の大聖霊フェルミナがある聖女に贈ったとされる【事象神具】の一つだ。


「もう良いぜ?それよりオルスト……アレをどう思う?」

「どうって……ヤベェ威力だな。このまま続けて撃たれりゃいずれ……」

「いや。アタシが言ってんのは、アレ勿体無くねぇか?って話だ」

「は、はぁ?何言ってんだ、テメェは?」


 エイルの意図が読めないオルストは呆れた顔をしていた。それを確認しエイルは妖しく笑う。


「アレだけの魔力が籠った魔石だぜ?里の結界や防御に使いたい放題だ。それにあの砲台……あれも改造してカジームの護りに使いてぇな」

「なっ……ど、どうやって…」

「え~っとな……ちょっと待ってろ?」


 まだ爆煙で視界が晴れぬ中をエイルの感知纏装が拡がり、更に視覚纏装の【流捉】で位置を確認した。


「よし……じゃあ頂くぜ?」

「だから、どうやって……」

「こうやってだ、よっ!」


 指を掲げパチンと鳴らしたエイル。同時にトシューラ陣営側から混乱の声が上がり始めた。

 やがてエイルが煙を風魔法で払い視界を確保すると、そこには驚愕の表情を浮かべ狼狽えるトシューラ兵の姿があった……。


 その混乱の理由をオルストは直ぐさま察知するに至る。


「おいおいおいおい!あの砲台、どこ行った!……テメェ、何かしたな?」

「したよ?折角のお宝だ。戦利品として頂いた」

「一体、どうやって……」

「こうやってさ」


 エイルが再び指を鳴らすと、敵陣の上空に魔法陣が浮かび上がり中からトシューラ兵が弾き出された。どうやら砲台を操作していたトシューラ兵らしい。


「んなっ!何だありゃ?アレも魔法かよ?」

「ああ。アレも魔法だ。先刻、砲撃防いだ魔法は《虚空門》つってな?門が閉じてれば完全防御の盾、開けば異空間への門になる。門は好きな空間に繋げられる優れものだ」

「じゃあ、魔石と砲台は……」


 自らの腕輪を掲げたエイルは屈託の無い、可愛らしい笑顔で答える。


「ぜ~んぶ、ア・タ・シ・の・モ・ノ!」

「とんでもねぇ!」


 オルストは先程まで危機だと認識していた。砲撃の威力が凄まじく、エイルですらその身に負傷を受けたのだと。


 ところがエイルは、里の役に立ちそうだ……という理由だけであっさり砲台と魔石を奪い取ったのである。しかも、『脅威だから敵戦力を削ぎたい』という意図が全く見当たらないのだ。


 つまり……。


「全然余裕だった訳かよ……」

「まぁな。アタシもハッキリと覚えてる訳じゃないけど、勇者バベルってのはこんなもんじゃなかったぜ?」


 その剣は山を断ち、その魔法は満天を被った、とまで言われる勇者バベル……覇竜王と人の間に生まれた異端の勇者は、その力を以てエイルを封じた。


 それは初めから殺すつもりでは無かったのかもしれないが、それでも相当の力を使い果たさせた末ようやく【魔王エイル】を封じたのである。


 それに比べれば、この程度の攻撃は精々服を破る程度だとエイルはニンマリと笑った。


「どんだけ化け物揃いだったんだよ、三百年前ってのは……」

「ま、色々事情があったからな。強い奴が集まる運命の時代だったんだ。そんな時代は来ない方が良いんだろうけどな」

「ともかく、これであの厄介な砲撃は無くなった訳だな?クックック……となれば、いよいよ俺らの出番か。神具の実験を兼ねて爆殺部隊の練度を測らさせて貰うぜ?」

「それなんだが……油断すんなよ?言ってたろ、国境警備の隊長がよ?」

「あ?ああ……魔術師の少なさと黒い鎧の件だろ?忘れちゃいねぇよ。だが、戦いにビビってちゃ今後のカジームすら護れねぇだろうさ」


 オルストの話ももっともである。エイルは初めから敵の出方を見極めてから上空で見守るつもりだった。本格的な危機になったら支援すれば良いと考えていたのである。


「わかった。じゃあ、後は任せたぜ?上から支援してやるからよ」

「ああ……だが、俺は放っといて良いからな?カジームに来てから少しヌルくなっちまったからな。自分の心を戦場に戻す必要がある」

「邪魔はしねぇさ」

「それで良い。じゃあ行くぜ、野郎共!」

「うおおぉぉ~っ!」


 槍を掲げ突撃を開始したオルスト。レフ族の戦士達は雄叫びを上げ追従する。その姿を確認したエイルは、更に上空に飛翔し戦場の俯瞰を始めた。


 この時点でのエイルの気掛かりは二つ。レフ族の戦闘経験の浅さとトシューラの策略。策略に関してはその都度対応するしかないが、問題はレフ族のその優しさだった。



 レフ族の戦士は今の地に移り三百年、結界に守られた故にまともな戦闘をしたことがない。いや……それ以前ですら防衛する一方だったのだ。

 そんなレフ族が攻撃に転じるのである。躊躇が生まれない筈がないとエイルは考えていた。


 しかし、それは杞憂だということを嫌という程見せ付けられることとなる。


「ヒャッハァ~!ここは地獄の一丁目ってヤツよ!引き返すことは出来ねぇぜ?」

「爆!殺!」

「こ、ここここ……殺す~!」

「万物全て微塵と化すべし!!」


 リバル渓谷の上空を縦横無尽に飛び回るカジーム『防衛爆殺部隊』。上空よりの魔法攻撃は、見るも恐ろしい光景を作り出していた。


「………か、変わりすぎだろ、アイツら」


 エイルが衝撃を受けるのも無理はない。『防衛爆殺部隊』は嬉々とした笑顔を浮かべ、上位爆炎魔法を乱射しているのである。そこには躊躇などという甘い言葉は見当たらなかった。


 ただひたすらの爆破、爆破、爆破の絨毯爆撃。飛び散る大地、飛び散る血飛沫、飛び散る兵士、飛び散る生首……まさに地獄絵図である。


(クックッ……。どうやら実戦でも問題ない様だな)


 オルストがレフ族に施したのは、徹底した闘争心の駆り立てだった。


 まず仲間同士で殴り合いをさせたオルストは、誰かが手加減をした場合には無関係のレフ族を痛め付けた。幸い回復魔法持ちが居たため怪我などは残らないが、自分達のせいで誰かが怪我をするとなるとレフ族も本気になる。

 それが常態化した頃、今度はナイフを使って同様の行為を続ける。回復魔法とオルストの監視で死ぬ者こそ居ないが、死と痛みへの恐怖は刷り込まれたのだ。


 続いて行ったのは殺すことへの躊躇を排除すること。大型の魔物を見付け出しナイフだけで戦わせたのである。生き物を殺す感触はレフ族を躊躇させたが、相手は魔物。躊躇いは隙を生み命の危機に何度も晒されることになる。

 何度も何度も繰り返し、やがて生き抜く為の覚悟が定着したレフ族の戦士達。だが、オルストの仕込みはまだ終わらない。


 やがてレフ族一人一人に幻覚魔法を使用し、レフ族を襲ってくるトシューラ兵との疑似戦闘を繰り返す。何度も幻覚の中でトシューラ兵殺害を繰り返す内に、レフ族の戦士の目には獣の如き光が宿ったのだ。それを確認し、オルストは仕上げに入った。


 最後に行ったのは結束である。仲間を、そしてカジームを大事にしないのでは只の殺人集団。全員を集めてカジームの素晴しさ、レフ族の偉大さを語らせたのだ。


『そうだ!この国はテメェらの宝、レフ族は家族だ!だが、それを汚す奴等がいる……それこそが敵。良いか?敵を生かせば家族が死ぬ!敵を逃せば宝が奪われ続ける!さぁ、どうする?』

『殺す……殺す!殺す!』


 やがて大合唱になった『殺す!』コールは、ご近所のレフ族を睡眠不足にしたのは余談である。


 こうしてオルストの手により徹底的な洗脳……もとい育成された戦士達は、『敵』に躊躇しない素敵な一団に生まれ変わったのである。


 そして真の仕上げ。それこそが爆炎魔法への限定である。レフ族の飛翔魔法と爆炎魔法を駆使すれば、圧倒的地の利を生かした戦略が生み出せた。

 爆炎に限定したのは、その音や震動、更に生み出す結果までもが恐怖として拡散することを見越してのこと。たとえ戦に慣れたトシューラ兵でも、人が無惨に飛び散る様を目の当たりにすれば身が竦むのは当然。


 そして今、それが実現している。全てオルストの思惑通り──まさに悪魔の如き男……。



 エイルの活躍……そして『カジーム防衛爆殺部隊』による圧倒で有利に進んだ序盤の戦い。

 だが、トシューラという国の異常性……それを思い知るのは中盤戦以降。


 カジーム防衛戦はまだ始まったばかりである……。



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