第一章 第十四話 夕げにて


 その日の夕刻。フリオは思ったより早く帰宅を果たした。ライが普段着のフリオを見るのはご厄介になった朝以来のことである。


 後に『魔獣召喚未遂事件』としてノルグーの裏歴史に記録される出来事。通常ならばかなりの時間を費やし調査を行うのだが、『守護者クインリー』の有能さは調査を容易にした。


「一気に取調べが進んでな?アニスティーニの野郎は情報を全て吐き出した。だからゆっくり飯を食う時間も出来たって訳さ」

「良かったですね。それでその……クインリーさんはあのままですか?」

「ああ……奇跡的なことだけどな?」


 頭にダメージを負い回復魔法により聡明さを取り戻す、など笑い話にしか聞こえまい。お陰でフリオもクインリーに真実を話せないでいる。

 真実を知る……というより下手人二人は今、悪い顔で向かい合っていた。


(……クインリー老の名誉の為にも真実は闇に……)

(御意………)


 そこへ食事を運んできたレイチェル。既にフリオが在宅とあり、健康を考えた温かい料理が多い。


「あら……仲良く何の相談?」

「い、いや?ほら、クインリー老元気になって良かったなって話さ」

「そうです。凄い人だったんですね、クインリーさんて。あ、運ぶの手伝いますね~」


 上手く誤魔化せたかは疑問だが、クインリーの復活はレイチェルにとっても嬉しいことらしい。


 三人は食事をしながら話を続ける。


「そう言えば、フリオさんとレイチェルさんは何故クインリーさんと知り合いなんですか?」

「ああ。クインリー老は昔から街を見回って歩いていてな。そのうち子供達を集めて昔からの知恵を教えたり、役立つ智識を広めたり、終いにゃ魔法まで教え始めたんだ」


 後継者を育てたかったのかも知れないとフリオは呟いた。その頃は『秤の塔』もまだ魔術師が多く存在した、とも……。


「私はその頃、兄さんの後ばかり付いて歩いてて……それで一緒にクインリーさんから魔法を」

「レイチェルさんも魔法を使えるんだ。じゃあ魔術師を目指したりもしたんですか?」

「いいえ。私は魔力総量が少ないらしくて直ぐに魔法が使えなくなるの。改善出来たらしいけど、無理してまでやることじゃないってクインリーさんが……」


 魔術師になれば否応なく危険に関わる確率は上がる。きっとクインリーは、レイチェルを辛い目に遭わせたくなかったのでは無かろうか?とライは思う。


「あん時はクインリー老も悩んでたんだぜ?レイチェルは天才だって喜んでたんだが、魔力不足も生まれ持ったものだからな。不自然な干渉をしたくないって言ってな……」


 レイチェルはクインリーの智識を砂が水を吸う様に吸収したのだという。しかし、強力な魔法を使う智識があってもその燃料たる魔力が無い。その矛盾を押し付けたくないと言ったそうだ。


「エルドナ社の魔導具もあるし、魔力が無くても魔術師の道を歩くことは出来た。でも、クインリーさんに言われたことがあって……誰かに何かをして喜ばせることは、ある意味魔術師であるより尊く難しいんだって。だから私はその道を選んだ。その一つが料理なの。喜んでくれるのは嬉しいし、その為の努力は充実感もあるから」


 何も戦うだけが世界の全てではないのだ。レイチェルはそれを良く分かっているのだろう。


「そういえばクインリーさんにプリティス教会で言われたことが……。えーっと……そうそう。『言ったことを全うしない人間を軽蔑する』とか……」

「確かに言いそうだな。だがお前は全うしたんだろ?クインリー老も褒めてたぜ?」

「実質は何もしてないんで微妙なトコですけどね。褒めるならサァラを褒めるべきです」


 少女サァラはあの時、復讐をすることも出来た。それを見守ることに徹したのはライの顔を立てたからだろう。子供ながらに大した気遣いと理性である。


「その子……。いえ……プリティス教会にいた子供達の扱いはどうなるのかしら、兄さん?」

「ああ。それも大体決まった。というか身寄りがあったんだよ。アニスティーニが小国から拐って来たらしくてな……ご丁寧に【儀式の研究】の為か、誘拐した場所の書かれた手帳まで隠してやがった。近年はタルローの手引きで荷物として運ばれたらしい。確認したら親達が捜していたよ。ただ……」


 言い淀んだフリオ。どうも切り出しづらい様で眉間にシワを寄せている。


「兄さん?」

「ん……ああ。あのサァラって子だけ身寄りが無いんだ。あの子は貴族の子だったらしいんだが……アニスティーニの手によって跡絶えちまったらしい」


 サァラがファントムになる以前はアニスティーニ自身が祭具を盗んでいた。その祭具を保有する貴族・レオ家は賊の存在に気付き排除しようとしたが、呪闇魔法により屋敷内の者は根絶やしにされたとアニスティーニが白状している。その時、何故か無事だったサァラを誘拐したということだった。


「八年前のレオ家の事件以来、貴族は警備を固めた。その為アニスティーニの野郎は動きを控えたらしい。……それからサァラがファントムとして動き出したのが二年前。繋がっていたことに気付かなかったのは俺達の落ち度だ」


 手口が違う上に年月にも間がある事件。その繋がりを見付けろというのは流石に酷だろう。せめてクインリーが健在だったならば話は別だが、その頃は既に引退してしまっていたのだ。


「いや……それは流石に騎士団でもわからないですよ。それにしても、どこまでもサァラの人生を壊してたんだな、アニスティーニの野郎は。ちょっとアイツを殴りに行って良いですか?」

「待て待て待て待て!ちゃんとこっちで裁くから我慢しろ。ノルグーの問題はノルグーで解決しないとな?」

「……まあ、フリオさんがそう言うなら」


 大人しく諦めたライを見て溜め息を吐くフリオ。実際のところアニスティーニは以前と違い廃人の様になっている。【呪縛】による激痛はそれほどに過酷なもの。ライには見せたくないとフリオは考えていた。


「じゃあサァラは……」

「それなんだが……クインリー老が面倒見るつもりらしいぞ」


 『秤の塔』は、かつての功績の報償としてクインリーの所有となっている。聡明さを失いながらも塔に留まり続けたクインリーへの配慮だが、元々は魔術研究所である為に十分な広さがあり一人二人増えても問題ないそうだ。


「そうですか……。クインリーさんなら安心ですね」

「さてな……。高齢だから何時またおかしくなるか分からんが、誰かといれば良い影響があるんじゃないかとは思っている。それはサァラにも言えることだがな」


 高い魔導具適性を持つサァラは魔力も高い。クインリーの良き後継者になる可能性もあるのはノルグーにとっても悪い話ではない。ただしサァラが望めば、である。


「それはそうと……第二師団長は何故アニスティーニなんかに加担したんでしょうか?」

「……アイツの口からは結局聞き出すことは出来ないまま自害されちまったな。だがアニスティーニが吐いた情報じゃ、身の上のことだとさ」

「身の上……ですか?」

「ああ。アイツは没落貴族の出だからな。生きる為とはいえ、相当後ろめたいことやってた過去をアニスティーニに握られ駒にされたんだろう。中枢に潜り込ませる為、手柄を用意し金を与えた。そして、とうとう欲に溺れた……」


 家名の復興に必死だったから尚更だろうとフリオは寂しげに続ける。


「タルローは三十一歳。今から八年前に第二師団長になったんだが、異例の早さで団長になったと話題だったそうだぜ?だが、そこから手柄がめっきり減った。アニスティーニからすりゃ騎士団長にさせれば十分だったんだろ。それからのタルローは手柄に執着していたと第二師団の騎士は口を揃えて証言してる」


 貴族の家柄は面倒だ。家の為、名誉の為、と自分を犠牲にする。自分とは無縁な問題だが、ライは会ったこともないタルローのことが少し哀れに思えた。


「タルローの身内は?」

「いない。一人で家柄の復興に生涯を捧げたんだろう。本来なら即時処刑。自害を選択出来るようにしたのはノルグー卿の慈悲だろうな。ともかくタルローの家柄は跡絶えた。結婚もしてなかったからな」

「……そうですか」


 同じ跡絶えるでもサラとタルローでは随分と違うものだとライは思う。安易に爵位など手に入れるべきではないのかもしれない。鎧を手離して爵位と領地などという考えは薄れてしまった。


「まさか、ディコンズの街のドラゴンもアニスティーニの手引きとか無いですよね?」

「ん?ああ、そりゃないだろう。ドラゴンは人に操れる程安い相手じゃない。例え下位のドラゴンでもな?たまたま近くの森に居着いただけ……」


 言葉尻を切ったフリオ。何か気になることがある様だ。


「兄さん?」

「ああ、スマン。いやな?タルローの奴、ドラゴンの調査に志願してたんだよ。結局、俺達第三師団に指令が下った訳だが、お流れになっちまっただろ?ゴタゴタで放置してるが……マズイかと思ってな」

「被害の話はあるの?」

「いや……今のところは無いな」


 そこでスッと立ち上がる者がいた。フリオとレイチェルが視線を向けると、その男は不適な笑顔を浮かべている。


「次の目的地はそこにするかな……」


 フリオは盛大に茶を吹き出す。レイチェルは瞳の輝きを失い固まった。


「おい!お前何言って……」

「いやぁ……だってドラゴンでしょう?フリオさん達が即時行動出来ないなら、俺が代わりに行こうかな……と」


 はっ!と我に返ったレイチェルは慌ててライを止める。


「き、危険ですよ!幾らライさんが勇者でも、騎士団の一師団が赴く必要のある相手なんですから!」

「大丈夫ですよ。戦う訳じゃありませんから」

「じゃあ何故……」


 心配そうなレイチェルに向けニッコリと笑うライ。その顔は自信に満ち溢れていた。


「野次馬根性です」

「それ一番ダメですよ!!」


 レイチェルの目には一瞬、ライの後ろに【死亡】と書かれた旗が見えた気がした。


「冗談ですよぉ……?フリオさん。ディコンズ付近にドラゴンが現れてどの位です?」

「ひと月程だが……」

「それだけの間に被害が無いなら中位種以上かも知れないですよ?交渉が出来るかも知れませんし」

「だがなぁ……」

「交渉が無理な時は逃げますから。それにディコンズの人々の様子も心配でしょ?」


 各街に一つ公的通信用の魔導具があるので現状は伝わってくるが、住民の様子は現場でしかわからないこともあるのは確か。


「………私は反対です」

「レ、レイチェルさん?」

「反・対・で・す!!」


 レイチェルは立ち上がりそそくさと自分の部屋に姿を消してしまった。ライは初めてレイチェルの怒る姿を見たことに気付く。


「…………」

「レイチェルは心配なんだよ。察してやってくれ」

「はい。わかってます」

「……にしても突然だな。どうした?」


 昼間の道具屋での出来事を伝えるとフリオは呆れ顔で肩を竦めた。


「お前……あれだけの勝負に勝ったからこそ鎧が手に入ったのに、誰かに渡るとか冗談じゃねぇわな」

「でも盾はフリオさんに渡ったでしょう?」

「いや、同じ術が掛かってるかはわからんだろうが。……ともかく、俺は【適格者】はお前で間違いないと思うぜ?実際その鎧はお前の意図する場面で使ってるんだろうし、そもそもお前が持主登録してるだろうが」


 ファントム追跡やアニスティーニを殴った際も違和感無く使用しているのは間違いない。


「実は【適格者】かどうかはそれ程気にしてる訳じゃないですよ」

「じゃあ災難に巻き込むのが恐いってか?それこそおかしいだろ……それじゃ加護じゃなく呪いだ。神聖国がそんなモンを世に出す訳がない」

「それもわかってます。ただ試したいんですよ……鎧が俺の所に来た意味を。そのことに何か意味があるのなら、この先の俺の行動にも意味が生まれることになる。それを知りたいんです」


 決意が固いことをライの瞳から読み取り、深い溜め息を吐いたフリオ。


「何もドラゴンで試さなくても良いだろうに、お前って奴は……。わかった。明日から少し鍛えてやる。それと俺も行くぞ?」

「いや……騎士団は動けないんじゃないですか?」

「明日ノルグー卿に申請して来るさ。何せ俺達第三師団は『アニスティーニ拿捕』の功労者だ。少しの無理は通してみせる。それにディコンズはノルグー領。領民を護るのはノルグー騎士の仕事だからな」


 ライの肩を叩くフリオ。良き兄貴分……ライがその絆を得た意味は大きい。


「フリオさん……」

「よし!じゃあ、やるか!」

「はい!」


 二人は立ち上り、食事の片付けを始めた。レイチェルはおかんむり…… 二人がやらねば誰がやる!


 レイチェルの有り難みを噛み締めながら、その日の夜は静かに更けて行くのであった。


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