第七部 第九章 第九話 剣士達の邂逅


「は……? カ、カラナータの娘?」


 ルーヴェストがカラナータと対話していたその頃、蜜精の森に辿り着いたロクスとプリエールは奥へと続く石畳を移動していた。

 既に時間は夜分。とはいえ、来訪に無礼となる時刻ではない。辛うじて面会ができれば一先ず安心といったところだ。


 その道程を行く中での雑談で判明したプリエールの素性に冷静なロクスも動揺を隠せなかった。


「カラナータって……あの剣聖カラナータのことか?」

「多分そうかも。お父さん、有名な剣士だってお母さんから聞いているし」

「…………。ハハ……確かに有名……ではあるかな」


 有名を通り越し伝説とまで言われる剣聖カラナータ。プリエールはその娘だった……ロクスはそんな事実より寧ろカラナータが実在していたことに驚きを感じていた。


(百年以上前からカラナータは名を馳せていたらしいからな……。俺はてっきり伝説が独り歩きしているものだと思っていたが……半精霊体の父親というのが本当ならば全てが納得だな)


 長く伝わる剣聖の噂は魔人や半精霊体であれば説明が付く。一つどころに居ないのは修練の為の放浪……達人ともなれば人目を避ける技量も有しているだろう。当然、魔獣など物の数では無い。


「それでプリエールはカラナータ……父親と会ったことはあるんだろう?」

「勿論あるよ? でも、もう十年近く会ってないかな……」

「……。済まない。女性に年齢を聞くのは気が引けるがプリエールは幾つなんだ?」

「私? 私は十七歳だよ?」

「そこは見たままの年齢なのか……」

「お父さんとお母さんが出会ったのは百年以上前らしいけど、中々子供ができなかったって聞いてるよ」


 レフ族の例からも判るが、長命種となると自らの命の長期維持が可能となるので出産率が下がる。ましてや聖獣との間に生まれる精霊人はその存在さえ稀……プリエールが生まれるまでには時間が必要だった。


「私が生まれた時、お父さんはしばらく旅に出なかったんだって〜」

「……割と子煩悩な人物なんだな」

「う〜ん。確かに覚えてるお父さんは凄く優しかった」

「そうか……」


 その時、森の切れ間から朧気に湖面に浮かぶ城が見えた。目的地と判断した二人は自然と移動速度を上げていた。


「ん……? こんな時期にホタル?」


 肌寒い時期にも拘わらず森の至る所には小さな光が漂う。明滅しフワリフワリと移動する淡い光の様子は季節外れの蛍の様にも見えた。しかし、近付くにつれそれが蛍よりも稀な存在だと知ることとなる。


「ロクス! 妖精だよ! しかもこんなに沢山!」

「驚いた……。以前、シウトの近くに来た時にはそんな噂もなかったぞ。いや……そんなレベルじゃないな。妖精は滅多に人前に姿を見せない筈だ。それがこんなに……」


 妖精族は基本的にリーブラ国にのみ存在していると言われている。そのリーブラ国でさえも国民以外は出会えない存在だった。更にリーブラ国はトシューラからの侵略の憂き目に遭い妖精の目撃談はほぼ皆無となっていたのだ。


 そんな妖精達が蜜精の森では警戒もせず溢れんばかりに飛翔しているのである。ロクス達が驚くのも無理もない話と言えよう。


(ルーヴェストの言っていた“妖精の妙薬”の当てというのはこれか……)


 ロクスは改めて『ライ・フェンリーヴ』なる人物に興味が沸き始めていた。


 三大勇者マーナの兄でありルーヴェストも認める男。闘神の眷族を退けたのもライだと聞いている。精霊人や妖精などが同居する様な人物ともなればやはり超越存在であることは明らかだ。


「ルーヴェストが来訪を勧めた理由が少し理解できたな……」

「ん……? 何の話?」

「いや……何でもない。それより、もうすぐだ」


 湖に掛かる橋を渡り開かれた門扉を抜けた先へと進んだロクスとプリエールは城の入口扉に辿り着いた。

 そしてほぼ同時に内側から数名の人物が現れた。剣士風といった若い赤髪の男と黒髪の男……そして桃色の鉱石を長い髪に飾る銀髪の少女はプリエールと同じ年齢程で来客を笑顔で迎え入れる。


「あ〜! やっぱりお仲間だったね〜!」

「ホントホント! やっぱり精霊人だったんだね!」


 プリエールの手を握りピョンピョンと跳ねる様に浮いているクラリス。当のプリエールも笑顔で同じ様に弾んでいる。その様子にロクスは面食らっている。


「……。一体どういうことなんだ、プリエール?」

「あ……ゴメンね、ロクス。実は森に入ってから気配を感じてたの。ううん。気配っていうより雰囲気? 私に何となく似てる人がいるなぁ……って」


 それは精霊人同士だからこそ分かる感覚らしい。しかし、プリエールは自分以外の精霊人を知らないので確証がなく伝えなかったのだという。


「森に入ってから悪い気配じゃないのはロクスも分かってたでしょ? だから着いた時で良いかなって」

「……。まぁ、それは良い。それより……」


 二人の精霊人から目を逸らしたロクスは剣士風の人物達へと視線を向け礼儀正しく挨拶を始める。


「先ずは夜分の来訪、失礼した。私はトォン国の剣士ロクスと言う。ここはライ殿の居城で間違いはないだろうか?」


 これに二人の剣士は同じ様に礼儀で返す。


「貴殿がロクス殿か……。高名な剣士殿の話は我々の耳にも届いている。確かにここはライ殿の居城だが、生憎不在でな……」

「不在……」

「なれど、森を抜けここまで来れたことで貴殿は悪しき者ではないことは明白。我々は留守を任されている……というか勝手に用心棒の真似事をしているだけだが、話を聞くことはできよう。どうか中へ入られよ。……クラリス殿、宜しく」

「あ! ハイハ〜イ、許可しま〜す! そこの壁の黒いところに触れてね?」


 認証用の石に触れ入城を許可されたロクスとプリエールは案内されるがままに一階サロンへと移動となる。

 その後、ホオズキにより温かい茶が出され一息吐いたところで対話が始まった。



「さて……。では、礼儀として改めて我々も名乗ろう。私は元トシューラ国ギルデリス領主、カインだ」

「……。聞いたことがある。トシューラの中では人格者にして凄腕の剣士だと。その元領主殿が何故、ここに?」

「私は家族を傷付けらたことで王家と離反したのだ。その後色々とありライ殿に助けられた。安寧の地が決まるまでこうして世話になっている」

「成る程……」


 噂に違わぬお人好し……敵対国の元領主さえ救うライという人物が少し分かった気がするロクス。

 そして……。


「……。堅苦しいのは無しにしよう、ロクス殿。俺はデルメレア・ヴァンレージだ。カインと同じ理由でここで世話になっている」

「デルメレア!? あの【四宝剣】の……?」

「ああ。それでロクス殿。貴公は何故ここへ?」

「あ、ああ……。……。プリエール、君から話した方が良いだろう?」

「うん。実は……」


 プリエールはこれまでの流れを簡潔に説明した。そして母を封じているペンダントをテーブルに乗せる。


「……。事情は理解した。師匠の御息女が居るとは聞いていたが、精霊人だったとは初耳だ」

「お父さんってそんなに凄い人なの?」

「間違いなく世界で一、二を争う剣士だよ。ともかく、君のお母さんが聖獣なら俺達の専門外だ。クラリス殿なら何か判るだろうか?」

「はぁ〜い。え〜……ちょっと待ってね〜」


 クラリスはプリエールと比べ存在している時間が長い。異空間にて聖獣や精霊人と共に在ったことから多くの智識も有している。聖獣の様態にもある程度判断が付けられる。


 結果、プリエールの母の様態は直ぐに見抜くことなった。が……。


「う〜ん……。何て言ったら良いのかな……」


 聖獣は嘘を好まない。プリエールに対して不調の振りをしているには事情があるとクラリス推測する。すると……その脳裏に声が響いた。


(ごめんなさい、精霊人の娘。もう少しだけ私の芝居にお付き合い願えますか?)

(……やっぱり回復してたんだね。でも、何でか聞いても良い?)

(はい。私はペルセアと言います。未来視が少しできるのですが、娘と夫を合わせる為に芝居を打ちました。しかし、もう一つ……明日にはプリエールの父にして我が夫、カラナータがこの城へ来訪します。それはこの場に居る者達に必要なこと)

(う〜ん……でも、プリエールを騙す必要はなかったんじゃない?)

(いいえ。必要はありました。そのお陰で既には果たされても居ます。あまり未来を語るのは良くないので事情は控えますが……)

(そう……。分かったよ。でも、キミが大丈夫だってことは伝えても良いでしょ?)

(お気遣い感謝致します)


 《未来視》に従い行動しているならば尚の事無碍むげにはできないと判断したクラリスは聖獣の演技に乗ることにした。


「どうやらプリエールのお母さんはかなり回復しているみたいだよ? 明日辺りには目を覚ますんじゃないかな」

「ホントに? 良かった〜……」

「それで……どうする? このままここに居る? その方が安心だと思うけど」


 クラリスの申し出にプリエールはロクスへと視線を向ける。


「……。俺は王からの依頼があるから戻らねばならない。プリエールは……」

「じゃあ、私も行く。お父さんに会いに行くのが目的だったし、竜の里も見たいから」

「良いのか? 君の母はここに居た方が回復すると思うが……」

「う〜ん……」


 そこへ先程の念話からプリエールの母ペルセアの意を汲んだクラリスが提案を申し出た。


「じゃあ、キミのお母さんはここで休ませてあげなよ。この城ならどこよりも安全だし」

「えっ? でも……」

「成長するにはお母さんから離れて行動することも必要だと思うよ。ボクもそうだったからね……キミのお母さんもそう望んでるんじゃない?」

「……わかったわ。お母さんをお願いできる?」

「任せて。そういう訳で、キミ……ロクスって言ったっけ? プリエールをちゃんと守ってね?」

「わかった。必ず無事に連れて来る」


 立ち上がったロクスは二人の男に視線を向ける。デルメレアとカインは応えるように立ち上がりその手を差し出した。


「今回は何かと忙しいのでこれで……。できればいつか手合わせを願いたい」

「こちらこそそう思っていた。しばらくの間はここに世話になっている。楽しみに待っている」

「噂の『氷の剣士』と手合わせか……確かに楽しみだ」


 それぞれと挨拶を交わしたロクスとプリエールは城の入口まで移動した後、神具の転移機能で姿を消した。


「さて……お前から見てどう思った、デルメレア?」

「かなりの使い手だな。カイン……お前のような純粋な剣士ではなく魔剣士タイプだろう。恐らく魔法だけでも相当な腕だろう」

「フフフ。ここに居ると退屈しないな」

「これも縁……とライなら言うところか」


 強者は強者を結び付け引き寄せる……それが城の主が不在の間というのもまた皮肉だが、確かにライの居城には大きな戦力が集い始めていた。それはライの幸運が呼んだ縁でもある。

 特に剣聖カラナータという存在は大きな意味を持つことになるが、それはまた先の話──。


 そして……舞台は再びウォント大山脈へと移る。


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