第七部 第九章 第八話 引き合う強者


 カラナータは知名度や功績にも拘らず人に容姿を認識されていない人物である。見えていないのではない。カラナータ自身が何処にいてもそれが【剣聖】だと認識されないのだ。

 そしてカラナータは魔法による認識阻害も行っていない。ただ気配の操作のみで存在感を調整しているのである。


 先程ルーヴェストが気付けなかったのもそんな技法。ただ気配を消すだけで生物としての存在感さえも消し去る……これもまた超越技巧の為せる技だ。


 つまり……この機を逃すとルーヴェストはカラナータの居所を摑みづらくなり、次に手合わせする機会がいつ訪れるか分からない。ライの《千里眼》や神具の類を使用すれば居所は判るが、それはルーヴェストのプライドが許さなかった。


「アンタを見付けるには気配探知系を鍛えなきゃなんねぇみてぇだが、その時間が惜しい。とにかく今は強さを増す必要がある。だから手合わせを頼む」

「フム……弟子にしろ、とは言わんのだな」

「俺の師匠は生涯で只一人だけだ。後は俺が自身で掴む」

「気に入ったぞ、若者よ。フフフ……どちらにせよワシもそれを望んでいた。半精霊化できる者などそうそうお目に掛かれない故な……ずっと疼いておったわ」


 そして二人は互いにニヤリと笑うとほぼ同時に立ち上がる。


「ワシはカラナータ。カラナータ・リヴェイルだ」

「俺はルーヴェストだ。ルーヴェスト・レクサム」

「ほうほう。まさかお前さんがあの『力の勇者』だったとはな……」

「俺のことを知ってたんだな」

「今の世に名を馳せる者は一通り、な」

「そうかい。そんで……どこでやる? ここじゃ色々マズイだろ?」


 半精霊化が可能な者同士の戦いともなればウォント大山脈でさえ無事では済まないだろう。下手をすれば闘神来訪どころかペトランズ大陸大戦が始まる前にトォンが滅びかねない。

 かといって、加減した戦いでは意味がない。魂をぶつけ合う程の高まりこそが更なる成長へと繋がることをルーヴェストは知っているのだ。


「それならば問題はないぞ。丁度良い場所がある」

「そりゃあ有り難い……が、俺は飛べんぜ?」

「なぁに、動く必要すらないぞ? 丁度良い神具を持っているのでな」


 カラナータの左腕の鎖と共に腕に装着されている腕輪を掲げると二人の間に正立方体の透明な箱が出現した。その中にはカラナータとルーヴェストの姿が映っており二人の間に透明な正立方体が浮かんでいる。その箱の中にはカラナータとルーヴェストの姿が………。

 終わりなく続くその光景にルーヴェストが気を取られていた次の瞬間、突如として周囲が黒一色に染まる。床と天井、そして四方の壁は黒き鋼の壁となった。


「おお……。これは異空間……か?」

「そうだ。空間収納の様に限定的用途ではなく、持ち主の意志を反映した異空間を創り出す神具だ。ワシはコレを訓練に良く使っておる」

「中で暴れてもぶっ壊れねぇのか?」

「空間の核となるのはあの壁の外側よ。そして壁はワシの意志を砕かぬ限り消えぬ。精神と物質の融合空間だから中に居る間は餓死せぬようにすることも外との時間の流れを変えることもできる」


 カラナータの持つ異空間創造神具は当然事象神具である。勿論、創り出される空間は強固にして多様──カラナータは訓練空間に都合が良い程度に考えているが、本来は対象を巻き込み圧倒的有利な条件で戦うことも可能という代物だった。


「成る程。面白い神具だな。訓練には持って来いだし、ライにでも似たようなの造れるか聞いてみるか」

「ライ……?」

「ん……? ああ。強者を知ってんなら『白髪の勇者』ってのも聞いたことあんだろ?」

「ああ……確かシウトの勇者だったか? 前に取っていた弟子から話は聞いとるよ。ライとやらはそれ程の者か……?」

「俺より強ぇ奴が居るのを認めんのも癪だが、現時点でこの世界最強だと思うぜ? プリエールが向かったのはソイツんだ」


 その言葉を聞いたカラナータはより嬉しそうな笑みを浮かべる。


「クックック。全く……強者が強者を呼ぶえにしか。これだから世の中は面白い」

「ハッハッハ。アンタならそう言うと思ったぜ」

「ふむ。ワシも其奴に会ってみたいものだが……プリエールを追えば良いのか?」

「さて、どうだろうな。アイツは恐ろしくお人好しで他人の為に駆け回ってばかりだからな……。まぁ、どのみち俺は用が終わったらアイツの城に行く予定だが」

「ほほぅ……。ならばワシも同行したいが良いか?」

「別に構わんぜ? ただ明日は目的地まで付き合って貰わにゃならんがな」

「なぁに、構わんよ。ワシからすれば久方振りに血沸く気分よ」


 それはルーヴェストの用事に付き合うことを意味しているが、カラナータが足手纏いになることも無いので快諾となった。


「そうそう……今、デルメレア・ヴァンレージも居るってよ。アンタの弟子の一人だったよな?」

「デルメレアか……懐かしい名よな。どれ程腕を上げたか試してみたくもあるのぅ」

「その前に俺と……だろ?」

「わかっておるから安心せい」

「じゃあ早速……と言いてぇところだが……」


 ルーヴェストはカラナータから視線を逸し黒鉄の部屋の隅へ視線を向けた。そこには突っ伏し動かない人間の姿が見える。

 実は二人がこの空間に入った時点でその人物は其処に居た。ルーヴェストは説明があるのかと待っていたがカラナータが全く存在に触れぬ為に改めて指摘することとなる。


「なぁ。ありゃあ誰だ?」

「ん〜? おお! すっかり忘れとったわ。アレは今の弟子だ」

「…………。弟子、死んだのか?」

「一応、生きとるよ。言っただろう? 餓死せぬ様にもできると。五日程ワシの写し身と戦わせていたのでな……あれは疲弊で寝とるだけだ」


 とはいえ、ルーヴェストは勇者である。念の為に近付き安否の確認を行うことにした。

 そこで気付いたのは……。


「……。まだガキか? しかも女……」

「うむ。その少女はトシューラ国で拾った」

「トシューラだと?」

「うむ。だが、正確にはトシューラの民ではないらしい。当人曰くデルセットの民だそうだ」


 トシューラ国はその実、侵略により人民を増やした多民族国家である。その中には肌の色の違う者も確かに存在した。

 少女のやや褐色の肌は確かに今は無きデルセット国民の特徴である。


 しかし……。


「白髪のデルセット国民てのは確か……」

「知っとったか……其奴は王国の血筋だろう。素性は頑なに語らんがな」


 魔獣アバドン出現時、鍛錬としてこの神具空間にジャックを放り込み放浪していたカラナータは混乱の地であるトシューラ国へと向かった。

 アバドンの分体を駆逐しつつ立ち寄った街は既に人気が無かったものの周囲の森に微かな気配を感じる。そこで剣を握り締めた少女を見付けることとなった。傍らに齢五十程の戦士らしき男の遺体があったという。


「侵攻から逃れエクレトルに辿り着いたデルセットの民から話を聞いたことがあっての。王族が囮となり多くの民を逃そうとしたらしい」

「ほぉ〜、大したもんだな。こんなガキでも王族としての役割を果たした訳か。中々できるこっちゃねぇぜ」

「うむ。だからワシは匿うことにしたのだ。初めは弟子にするつもりは無かったが……」


 少女だったことも理由の一つだろう。カラナータはプリエールのことを思い浮かべたのは間違いない。

 そうして少女を匿いつつジャックへの稽古を続けていたある日、弟子にして欲しいと申し出があった。心中を察したカラナータはそれを容認した。


「目的は復讐だろ? 良かったのか?」

「目的なんぞどうでも良いのだよ。強くなろうという意志さえあれば強盗でも支配者を目指してもな。が……邪な意志を抱く者ではどの道ワシの修行には堪えられぬさ。復讐は……まぁマシな理由だろうよ」

「それがアンタ流か……」

「人の心を強くする感情に憤怒は付きものよ。だが、剣の道を極めれば極める程余計な感情は削がれてゆく。残るのは己が剣そのものとなること……それが楽しくなるのだ」

「まぁ、それは俺も同類だから分かる。だが、このガキがそれを理解できるかは別だろ?」

「フフフ。そこはワシの勘よな。どのみち性根が腐っていれば何れワシと対峙した際に斬るだけのことだ」


 感情一つ変えずそう告げたカラナータにルーヴェストは笑みを浮かべる。


「お〜、怖ぇ怖ぇ。アンタ、自分の修行の為に弟子育ててんだろ? 後で手合わせして自分の力量を増やすつもりでな」

「フフフ。やはりお主には分かるか。しかし、そうでもせねば実力者との出逢いなど稀でな。今のワシでは魔獣も大した相手にならんのだよ。と言っても弟子にはそれなりに愛情はあるからやたら殺したりはせんさ」

「本当かねぇ……。ま、どうでも良いか。んで……コイツはこのままでも良いのか?」

「構わんさ。ワシの意志で守りは付けてある」

「なら、思う存分やれるな」


 少女を隅に寝かせたまま空間中央へと移動したルーヴェストとカラナータは早速構えを取った。

 ルーヴェストは徒手空拳の構え。対するカラナータは直刀を抜き放つ。


「お前さんは拳闘士か?」

「いんや? 基本は斧だ。が……何でもアリって感じだぜ」

「用意して欲しければ斧を出すが?」

「必要ねぇよ。俺のはこの鍛え抜いた体だからな」

「強がりではない……か。ならば手加減も不要よな。良かろう。では、改めて……一手、手合わせ願う」

「あいよ」


 次の瞬間、カラナータは既にルーヴェストの眼前に迫っていた。刃は躊躇なく袈裟斬りに振り下ろされる。しかしルーヴェストはこれを巧く左手で往なし左肩をカラナータの右肩に当てた。

 途端にカラナータは大きく吹き飛び鉄の壁付近まで後退した。半分は自分で飛んだが残りはルーヴェストの体術の威力……。それを体感し楽しそうに笑みを浮かべる。


「ハッハッハ! これは想像以上だな、力の勇者!」

「だろ? お互い遠慮無しでやろうぜ、剣聖さんよ」

「うむ。剣の有利など加減の理由にもならぬと分かった。ここからは我が血の昂りに従うとしよう」

「そうこなくちゃあな。さぁ……互いの魂を燃やそうぜ?」


 再びカラナータの神速踏み込み。これにルーヴェストは合わせる形で迎え打つ。辛うじて見える速度のカラナータの剣撃を今度は裏拳で弾こうとした。

 しかし、カラナータの剣は残像を残し消え去った。空を切るルーヴェストの拳……その二の腕を狙った刃が突如出現した。これを反射的に身体ごと捻り躱し、勢いを利用したルーヴェストの蹴りが迫るが、カラナータは下げていた刃をその足狙いで跳ね上げ斬り掛かる。


「やっべ!」


 咄嗟に膝を曲げカラナータの手首に足を乗せたルーヴェスト。刃を止めつつその手首を踏み抜き砕こうとするもカラナータは微動だにしない。同時に危機を察知……手首を足場にして大きく飛び退いた。


「ふぅ……ヤベェ、ヤベェ。流石は剣聖様……良い筋肉だ」

「お前さんこそな。良いぞ……これ程の強者つわものは久し振りよ。重畳、重畳」

「だが、もっとだ。もっと俺の魂に火を焚べてくれ!」


 二人はまだ小手調べの段階。やがて二人は半精霊化を始めその力をぶつけ合った。


 


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