第七部 第九章 第七話 剣聖、現る
一方、ロクス達を見送り山に残ったルーヴェストは柔軟体操を始めていた。
睡眠し休むことも可能だったが、先程自分がロクスに語った『半精霊格』の話が頭を離れずじっとしているのが苦痛になってきたのである。
「う〜む……。やっぱり俺が行けば良かったか? 確か今、ライの城に『四宝剣のデルメレア』と魔人の剣士が居るって話だな。忘れてたぜ」
ロクスの為にと善意で譲ったのだが早くも後悔しつつあるルーヴェスト。こうなると益々気分が落ち着かない。結果、とうとう洞から吹雪く闇の中へと抜け出した。
「……。ま、仕方ねぇから『竜血化』の修行でもしとくか……」
現在、竜鱗装甲はエクレトルにて改修中。魔斧スレイルティオはロクスに渡した空間収納神具に入れたままだ。
なればこそ……生身のみで竜血化を行うことが目標であるならば丁度良い環境とルーヴェストは考えた。今居る場所は多少力を展開しても雪崩は里まで届かない。巻き込む相手も居ないので寧ろ気は楽だと言えた。
(感覚はトゥルクん時に完全に掴んだ。あとは補助無しでの発動までの速度だな……。実戦でモタモタしてちゃ只のカカシと変わらねぇ。ライみてぇに一瞬での変化が必要だ)
吹雪く暗闇でルーヴェストは己の内に眠る力を解放する。半精霊化するまでに要したのは水が湯となり沸く程の時間……決して早くはない。
「……。やっぱそう簡単なこっちゃねぇか……。つっても反復したところで早くなるとは限らんからな。この状態に馴染むようにしばらく維持してみるか」
半精霊化を維持することにもまた精神力を使う。常に戦闘状態を意識せねば霧散してしまいそうな『竜血化』──ソレを無意識で維持できるようになることは存在格としての半精霊を定着させることにも繋がると本能的にルーヴェストは考えた。
確かにそれは間違いでは無い。存在格の引き上げとは要は魂の進化である。長く半精霊状態で居れば魂は自然と相応しい形へと進化し常態化するのである。
そうしてルーヴェストは吹雪の中で『竜血化』を維持し続けた。なるべく平静な精神へ近付けつつ変化が解けないギリギリを保って……。
やがて半刻程が過ぎた頃、ロクスとプリエールが戻らぬことから何らかの進展があったのだとルーヴェストは悟る。そもそもロウド世界の特殊な存在てんこ盛りな蜜精の森──彼の地で手段が見当たらねば救いはないと言っても過言ではない。
「ほぅ? 半精霊化か……これは驚きよ」
思案を巡らせていたその背後から突然響く声……ルーヴェストは瞬間的に大きく飛び退き身構える。
(……。有り得ねぇ……。この俺が背後を取られて声を聞くまで全く気配を感じなかっただと……?)
睨むように視線を先へと向けるも闇と吹雪にて確認できない。ただ、気配は感じぬが確かにそこに居るという妙な実感はある。流石のルーヴェストも冷や汗が滲む。
「……。お前は何モンだ?」
「おっと……驚かせてしもうた様だな。スマン、スマン。敵意は無いのだ」
「いきなり背後を取っておきながらか……?」
「それは
会話しつつも声の主が音もなく近付いてくることが判る。ルーヴェストは自分が半精霊状態であったことに少しだけ安堵した。竜鱗装甲、魔斧スレイルティオの両方が無い状態で対峙するには得体が知れなさ過ぎる相手……直感で邪教討伐の際よりも危機だと感じた。
「そう警戒するでない。本当にワシには敵意はない。何なら無防備で伏せても良いぞ?」
「……お前が逆の立場ならそんな戯言信じるか?」
「まあ……信じまいな。ふぅむ……。そうなると困ったな。ワシは娘の気配を感じ搜しに来ただけなんだが……」
「娘……?」
「うむ。プリエールという娘なのだが、お前さん知らんかね?」
ここでルーヴェストの中でようやく話が繋がった。プリエールの父親は半精霊体だという。経緯はどうあれ相当な実力者であることは疑いようがない。
それでも……ルーヴェストに気配を感じさせぬという実力は尋常ではない。故に警戒を続けたまま構えのみを解くことにした。
「アンタがプリエールの言ってた『半精霊体』の父親か。悪いがプリエールは転移でシウト国へ行ったぜ?」
「ほう……転移か。成る程……だから気配が突然途絶えたのだな? しかし、我が娘はそこまで魔法が熟練したのか……」
「神具の機能だよ。俺が持ってたのを貸した」
「成る程。娘は世話になったのだな……益々驚かせて済まなんだ」
ようやく視界で捉えられるまでに近付き見えたのは若い人間の姿──。
白髪の二十代程の容姿、ルーヴェストより頭一つ分身長は低く、一見して男か女か判らぬ中性的な線の細い姿。毛糸で編まれた首元まである服に紺の外套という雪山にそぐわぬ軽装はやはり異常に感じる。
「では、改めて礼を言わせて貰おうか。プリエールに協力してくれて感謝するぞ、若者よ。ワシの名はカラナータという」
「………。は? カラナータだと!? まさか……あの剣聖カラナータか!?」
「ハッハッハ。お主もまた戦う者の様だからな……やはり名くらいは知られておったか」
「マジかよ……」
しかし、ルーヴェストの『強者を見抜く目』はそれは真であることを感じ取っていた。驚きで気が抜けたのか、ルーヴェストの竜血化は無意識で解除される。
【剣聖カラナータ】
最早生きる伝説とも言える大剣豪としてロウド世界にその名を馳せる存在。百年以上前から多くの功績を残すもあまり人前に姿を見せぬ人物で、魔人ながら『
カラナータは自らの剣の道を極める為に様々な流派と刃を交え、現在もその剣の道の探求を続けている。稀に弟子を取るがその全員が実力者として名を馳せることも有名な話だった。
しかし、切望しても弟子になれるとは限らないという。その点、デルメレアやジャックは出会いも含めて幸運だったと言える。
「アンタを知らねぇ奴はこの世界には居ねぇだろ……子供だって憧れる剣聖様だぜ? だが、まさかプリエールの親父だとは思わなかったけどよ」
「剣聖などというのは誰かが勝手に付けた通り名に過ぎんよ。ワシは只、武術が好きなだけの馬鹿な男だ」
「その割には娘を心配して迎えに来たとか子煩悩じゃねぇか……。ん……? そういやプリエールは、アンタはフラフラしていて住まいに居るのか分からないとか言っていたが……」
「ハッハッハ。間違ってはおらんな。が……娘の居所はなるべく把握しとる。本当に危機の時はこれが教えてくれるのでな」
カラナータは左手首に巻かれた銀の鎖を見せた。鎖の途中で腕輪のように繋がっている鎖の両端にはそれぞれ青と赤の宝石が付いていた。
「成る程な。ソイツで娘の居場所も判る訳か……。過保護……でもないか」
「うむ。我が娘は精霊人なのでな。争いに巻き込まれた際力が出せるとは限らん……。お前さん、精霊人を知っとるか?」
「その辺りの知識は一通りあるぜ。プリエールが向かった場所にもお仲間が居る」
「ほぉ……。精霊人自体非常に稀なのだがな……」
「それより、アンタの嫁さんの方は理解してるのか?」
「?……何の話だ?」
「ソッチは知らんのかよ……。まあ良い。教えてやるよ。つってもここじゃ何だからな……アッチで話そうぜ。茶の一杯くらい用意する」
「そりゃあ、ありがたい」
二人にとっては生物さえ凍るような吹雪もそよ風に過ぎぬが温かな場所があるのに外で話し込む必要もない。ルーヴェストにとっては敬意を払うべき強者でもあるのだ。
二人は洞の中でゆっくりと語らうことになった。
「何……? ペルセアが?」
「名前は知らんが母親の聖獣は動物の姿に戻って眠りに就いてたぜ。その疲弊を癒やす方法を聞く為に遠路遥々プリエールは旅してきたと言っていた」
「ふぅむ、そういう訳だったか……」
しばし考え込んだカラナータは両掌をパチンと合わせる。
「ならば問題はあるまい。それは演技だ」
「は……? どういうことだ?」
「恐らく疲弊は本当だろう。が、アレは特殊な個体でな。その気になれば疲弊は瞬く間に癒える」
プリエールの母親は『聖獣ベンヌ』という。その特性は超高効率魔力循環による時空間再生力。つまり、魔力枯渇が起こらない不死体でもある。
ベンヌは聖獣・火鳳と並ぶ不死なる特殊体──魔力はロウドの星から常に供給される。疲弊に見えたのは己の意志でそれを止めていたのだろう。
「何だってそんな面倒な真似してんだ……?」
「ワシに娘を会わせたかったのだろうよ。確かにワシは一所に落ち着かぬからのぅ……。比較的長く居るのは故郷の街だ。それも見せたかったのやもな」
不測の事態の際は自らが守るつもりでプリエールに旅をさせたのだろう。精霊人は争いを避ける性質から活発に出回ることはない。我が子の成長を促すことも目的だった可能性もあるとカラナータは推測を告げた。
「他にも理由はあるかもしれんがな」
「成る程……。とにかくトォンまで来りゃあアンタが気付く、か。でも、それならもう一つ可能性足すべきじゃねぇか?」
「うん……? 何の話だ?」
「アンタの嫁さんがアンタに会いたかった、って話だ。聖獣ったって感情はあるんだろ?」
「それは………まぁ……ある? のか……分からん」
照れているのか焚き火に照らされているからか、カラナータの顔は幾分赤くも見える。
「……ワシは朴念仁故な。その辺りは良く分からんのだ」
「そんなんで良く子供できたな」
「何事も流れというのはあるのだよ。ワシがアレに惹かれたのも確かだ。が……剣の道と宣い会いに行かぬのは少し後悔しておるよ。お前さんの言う通りだ」
半精霊化すると寿命が無くなる為に体感時間が少し鈍くなるらしく、数年会わずとも然程別れていない気がするのだとカラナータは言った。
実はその辺りは個人差があるが説明は後の機会としよう。
それからルーヴェストとカラナータは互いの情報交換を行った。カラナータは闘神の復活をジャックから聞くまで知らなかったらしい。
「闘神の話を聞いたのは割と最近でな……。ならばと弟子をとって鍛えてみたが、ワシは一度に一人しか教えんのだ。ワシ自身の研鑽ができなくなるのでな」
「まぁそんなモンだろ。俺なんか弟子居ねぇから気まぐれで稽古付ける程度だ。自分が優先して強くなれば他に頼る必要もねぇ訳だし犠牲も減る」
「確かにのぅ……」
ライであってもそれは同じだろうとルーヴェストは思う。ただ、半精霊化が確実なものとなれば別次元の思考になるのやも知れぬとも思う。鍛錬は肉体のみのものではない。恐らく【神衣】は精神力鍛錬の方が大きな意味合いを持つのだろうとも感じている。
そんな対話の終わりに茶を飲み干したカラナータは告げる。
「ふむ。お前さんとの出会いは有意義だったな。ワシはまだ道半ばと良く理解できた。先ず目指すは【
「なら二つある。いや、三つか?」
「ハッハッハ。お前さんも欲張りだな」
「そうでもねぇさ。俺が一つ、俺のツレが一つ……。もう一つは互いの為ってヤツだ」
「面白い。聞こう」
「先ず、俺の分だな。折角の機会だ。俺と手合わせしようぜ」
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