第七部 第九章 第六話 プリエールの事情



 プリエールに導かれ向かった先には確かに人間が居た。ロクスの予想通りそれが盗掘者であることは装備からも明らかだった。


 恐らく積雪のない季節では登山家達が多いので冬に……と考えたのだろう。だが欲に駆られたその結果、吹雪に翻弄され身動みじろぎできず死を待つだけの状況に陥った。


(本来なら自業自得……。俺は勇者ではないから救う必要もない。しかし、見捨てて寝覚めが悪くなってはプリエールが可哀想だからな。お前達は彼女に見付けて貰った幸運に感謝するんだな)


 雪上を滑るように盗掘者達へと近付いたロクスはプリエールの張った結界を斬り裂き有無を言わさず氷漬けにした。


「だ、大丈夫なの、ソレ……?」

「問題ない。肉体ではなく存在そのものを凍結した。解除すれば意識も戻る」


 といっても、このまま騎士団や官吏に引き渡したとして厳罰は免れないだろう。プリエールの知らぬところで裁かれるならばロクスにはどうでも良いことだった。


 氷漬けとなった盗掘者達とその荷物を空間収納神具に回収したロクスは改めて問う。


「さて……。プリエールはこのままイマートックに向かうのか?」

「う〜ん……どうしようかな。ねぇ、ロクス? あなた達は何でこんな場所に居たの?」

「俺達はトォン王の命令で氷竜の里に向かっているんだ。まぁ他にも所要はあるが……」


 そう聞いた途端、プリエールは目を輝かせる。


「ドラゴンの里に行くの? 面白そうだから一緒に行っても良い?」

「それは構わないが……父親の方は良いのか?」

「うん、それは……大丈夫。お父さん、フラッと居なくなるから会えるか分からないってお母さんも言ってたし」

「じゃあ、骨折り損にもなる可能性もあるのか…………」

「うん。でも、お父さんは寿命じゃ死なないって聞いてるから急ぐ必要もないかなって」


 プリエールの言葉にロクスは眉を顰める。魔人でさえ生命の限界が存在すると聞いている。寿命で死なぬ者など存在する訳が無いとロクスは思った。


(いや……聖獣が何らかの力を使用したとも考えられる。そうなれば外見はどうなのだろうか……)


「……。それ、本当に人の姿なのか?」

「私も何回か会っただけなんだけど普段はそうみたい。でも、正確には元人間なんだって。半精霊っていうらしいよ?」

「半精霊……?」

「うん。まぁ私も聞いただけだから良く知らない」

「ルーヴェスト辺りなら何か知ってるかもな。戻って聞いてみよう。プリエール。手を……」

「……?」


 ロクスに応じて手を伸ばしたプリエール。その手を取った途端青い光に包まれ二人が出逢った場所へと景色が変化した。


「凄い! もしかして、今のって転移?」

「ああ。この神具の機能らしいんだが……使った俺も驚いたよ」

「良いなぁ。私、まだ魔法下手だからなぁ」

「ルーヴェストの話じゃコレをくれた人物はお人好しらしいから頼めば神具を貰えるんじゃないか?」

「ホント!? じゃあ後で行ってみようかな」


 丁度その時、岩の切れ目からルーヴェストが姿を現した。


「お? 戻ったな? なら腹減ったからメシにしようぜ」

「ああ。なぁ、ルーヴェスト。プリエールが一緒に行きたいらしいんだか構わないか?」

「お前が良いなら良いんじゃねぇか? それより飯だ、飯」

「ハハハ。分かったよ。さぁ、プリエールも」

「うん。ありがと〜」


 岩の洞は奥が上手く閉じていて風が流れてくることも殆どない。入口付近で鍋を使っているので程々に暖かく丁度良い休憩の場となった。


「何これ、美味しい!」

「だろ? 俺の腕も大したもんだろ?」

「うん! 凄いね!」

「………」


 調味料の手柄をさも自分の料理の技量かのように語るルーヴェスト。ロクスは呆れていたが実際美味かったので余計なことは言わなかった。



「半精霊? ああ、知ってるぜ。つっても俺の知識は他人の受け売りだが……」

「知ってる範囲で構わない」

「分かった。そうだな……半精霊ってのはザックリ言うと『生き物』の上だな。霊位格とか存在格ってのがあってだな……」


 

 通常、生まれた者の多くは『生物』である。生物は進化の過程で因子の影響を受け魔人や竜人といった上位種へ変化する。勿論、進化は【種そのものの変化】にも繋がるのだがロウドは世界としてまだそこまで成熟していない。故に魔人や竜人に至る者の子であっても殆どが只人になる。

 そして魔人や竜人は生物進化の一形態。魔力臓器により自ら魔力を生み出せるようになった生物の域を越えた者ではあるが、魔力といえど万能ではなく不老不死には繋がらない。また、栄養を摂取せねば衰弱し休眠せねば疲弊する点でも『生物』としての側面は残っている。


 それを踏み越えたものが『半精霊』。魔力と精神が同期し思念を肉体へ反映する力は、存在そのものを別物へと変える。生物状態と半精霊状態への切り替えが可能ではあるが、生物状態でも魔人より寿命は長くなる。半精霊状態の場合は精神が反映している為に老化は止まるので実質寿命では死ぬことは無い。


「……って話だ」

「つまり、生命体の先にある上位存在ってことか……。だが、人間がそんな領域にどうやって踏み込むんだ?」

「幾つか条件があるらしいぜ。俺も竜鱗装甲とスレイルティオ使えばなれるっぽいからな。ただ、限定的なモンで定着はしねぇんだよなぁ……やはり修行が足りん」

「………。半精霊というのはどの程度の確率で世に出てくるものなんだ?」

「ん……? ああ。魔人化でさえ本来ならば数百年に一人から二人出現するか否かだとさ。半精霊体なんかは千年でも誕生しないって聞いたぜ」

「……。やはりお前はルーヴェストだな」


 つまりは不完全な半精霊でも十分異常とも言えるのだが、納得しないところがルーヴェストらしいとロクスは思った。


「それで条件というのは……」

「そう急かすなよ。お前ももっと強くなりてぇのは知ってる。が、飯終わってからにしようぜ」

「……悪い」


 それから猛烈な勢いで食事を始めたロクスとルーヴェスト。寸胴の鍋が空となったことにプリエールの笑顔は引き攣っていた。


「ふぅ、美味かった。やっぱり良いな、ディルナーチの調味料は」

「ああ。その内もっと普及するかもな」

「いや……その前に戦争があるだろうからな。少し先んなるかもな」


 そこで、【戦争】と聞いたプリエールの表情が少しかげる。


「途中の街でも聞いたけど……本当に戦争になっちゃうの?」

「ああ、間違いねぇと思うぜ。トシューラ女王もアステの王子も頭がイカれてるようだからな。今の流れは止まらんだろうな」

「嫌だなぁ……戦争」

「まぁ気持ちは分かるがな。只の人間でも不安で堪らねぇのに精霊人ってんじゃ尚の事だろうよ。だが、世の中ってのは厳しいのが現実なんだよ」

「う〜……」

「お前、ペルルス国出身なんだっけ? 早く戻った方が良いんじゃねぇか?」

「………」


 より表情が翳るプリエール。ロクスはその理由が気になった。


「プリエール。君の母親は聖獣だと言っていたな。ペルルスは魔術師の国だ。聖獣を研究に利用しようとする輩も居たんじゃないのか?」

「………」

「もしかして、君の母親は……」

「お母さんは無事よ。でも……」

「……。事情を聞かせてくれないか?」

「………」


 プリエールはしばらく沈黙していたがやがてポツリと口を開く。


「お母さん、前に魔獣が出た時に無理してペルルスを守ったの。でも、力を沢山使ったから休む必要があって……。そこに魔術師がお母さんを捕まえに来たから私はお母さんを……」


 そう言ってプリエールが胸元から取り出したのは、透明な翡翠色の鉱石が輝くペンダント。鉱石の中には仄かに輝く青鷺あおさぎの姿が浮かんでいた。


「……。君は父親に母親を癒す方法を聞きに来たんだな」

「うん。でも、お父さんが居るかは本当に分からないの。だからドラゴンに聞けばお母さんを癒やす方法が何か分かるかなって思って……。ゴメンナサイ。本当のこと言わなくて」

「いや……」


 本当は一刻も早く父の元へ向かいたかった筈だ。それが遭難者を見付け助けようとした為に余計な時間が掛かってしまった。精霊人の気質故か、それとも持ち前の優しさか……。

 恐らく移動中は各地の街に寄りつつ聖獣の聖地を聞いて回ったのだろう。聖獣のことは聖獣に聞いたほうが確かに早い。が、結果は芳しく無かった様だ。


 しかし、プリエールにとってはロクス達との出逢いは運命だったとも言って良い。いや……ロクス達にとってもそれは大きな運命の流れでもあることをこの後に知ることとなる。


「……。ルーヴェスト」

「ん〜?」

「勇者ライの居城には聖獣も居るんだよな?」

「ああ。居たな」

「結界装置はここで俺が見張っている。だからプリエールを連れて行ってやれないか? その方が氷竜達に聞くより確実な筈だ」

「………。ロクス、お前……」


 いつも冷静なロクスが随分と入れ込んでいるとルーヴェストは思ったが、その目の中にある光を感じ納得した素振りで肩を竦める。


「朴念仁のお前がねぇ……」

「……? 何の話だ?」

「いや、何でもねぇよ。……。そうだな……本当は俺が行きゃ話は早いんだろう。しかし、俺は途中で役割を投げん男だ。つう訳で神具は貸してやるからお前が行け」

「だが、俺は面識も何も無いぞ?」

「そんなの気にしてて良いのか?」

「……分かった。しかし、この時間の訪問は迷惑にならないか?」

「多分、それは問題ない。ただ、礼としてちゃんと城には挨拶に行けよ? もしかするとそっちで色々と教えてくれるかもな。場所は……」

「シウト国王都付近の森……だろ? 昔、ストラトの近くには行ったことがある」

「なら楽だな。ホラよ」


 ルーヴェストはロクスに向かって腕輪型神具を投げ渡した。


「ロクス……良いの?」

「ああ。これも縁だからな」

「……ありがとう」


 ロクスが伸ばした手を取ったプリエールは涙を浮かべていた。


「ロクス。朝までに戻らなかったら俺は先行くからな?」

「大丈夫だ。俺も役目を放棄したことはない」

「そうだったな。んじゃ、行ってこい」

「……。スマン」


 転移の光を残しロクスとプリエールは姿を消した。



 ロクス達が到着したのはシウト国ストラト近くの交易路。丁度分かれ道に道標が建てられている位置だった。


「……。何とか無事に着いたようだ。さて……蜜精の森は……」

「多分アッチだよ。何となく不思議な気配がする」

「プリエールがそう感じたなら間違いないか……。さぁ行こう」

「うん」


 日の傾いた黄昏時を走り始めるロクスに併せプリエールも浮遊での移動を始める。蜜精の森へは交易路から更に石畳が伸びていて、加えて縁に等間隔で埋め込まれた魔石の灯りが道を照らしていた。


(只の森の中へ向かうのにこんなしっかりとした道は普通は造らない……か。どうやらプリエールの感覚に間違いはないようだ)


 日暮れの時間だけにすれ違う者は無い。進む方向には魔物やの気配も感じ始めたが、それでもロクスとプリエールは躊躇うことなく森の闇の中へと向かって行った。



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 作品を読んで下さっている皆様、いつも本当にありがとうございます。


 一昨年辺りから不調やら多忙やらで更新以外の動きが鈍い赤村ですが、近況に書いても読まれない可能性があるのでこちらへ書かせて頂きます。


 改まっての形となりますが、作品への評価をして頂きありがとうございます。また、これまで評価して頂いた方々にも心よりの感謝を申し上げます。こうして書き続けられるのは評価や応援などの反応があるからこそです。

 中々御礼が言えず不快にさせていたかもしれません。また、書き手の皆様にまだ拝読や評価が届けられていないことも反省しております。


 少しづつ皆様へ恩を返せるよう心掛けていますが、現在の環境が理不尽な程に厳しく御迷惑をお掛けしております。もう少しだけ温かい目で見て頂けると助かります。


 個人的なことばかりですが、この場を借りてお伝えさせて頂きました。赤村共々、『そんな勇者』の行く末を今後とも宜しくお願い致します。


 

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