第七部 第九章 第十話 父娘の再会


 トォン国・ウォント大山脈へと戻ったロクスとプリエールだったが、そこにルーヴェストの姿はなかった。焚き火はまだ燃えていたが結界装置は無造作に置かれたまま……怪訝に思ったロクスは洞から出て周囲を探る。


「……。気配さえ感じない……。ルーヴェストは一体何処へ行ったんだ?」


 吹雪は外の痕跡を全て消してしまっている。洞の中へと戻ったロクスは周囲を丹念に観察し足跡や二人分の使用済カップから状況の推察を始めた。


(……どうやら来訪者が居たようだな。だが、痕跡から敵対ではなく友好的に会話していたと見るべきか。しかし、誰がこんな場所に……)


 もし冬山を登ろうという登山家が居たとしても大荷物が必要となる。だが、靴跡一つ取ってもそんな重量が掛かった足跡の形跡はない。つまり軽装の何者かが現れた……ということになる。

 考えられるのはやはり極寒の冬山にも屈しない大きな力を持つ存在……。


「プリエール。もしかして君のお父さんは君の居場所をいつでも把握してるんじゃないか?」

「えっ? そ、そうなのかな……」

「この場には誰かが来た痕跡がある。でもルーヴェストが争った形跡はない。つまり、“ここに来られる実力があり、理由も通る実力者”ということになる。考えられる確率で一番高いのはカラナータ……君のお父さんだ。恐らく近くまで君が来たのを把握して迎えに来たんじゃないか?」

「お父さんが迎えに……」


 嬉しそうな表情のプリエールに少し口許がほころんだロクスではあるが、あまり良い状況とは言えない。


(ルーヴェストのことだ。どうせ手合わせとか言い出したんだろう……)


 来訪者がカラナータだとして、それを知ったルーヴェストが昂りを抑えられる訳もない。現在も死闘の様に激しいが行われていると思われる。

 とはいえ、今のルーヴェストは万全の装備ではない。軽い怪我で済めば良いがマニシドからの依頼遂行の妨げになる疲弊もあり得る。それだけは避けて欲しいところだが……恐らくその考えも抜け落ちていると見るべきだ。


(参ったな……。せめて魔斧スレイルティオだけでも置いてゆくべきだったか……)


 ロクスに若干の焦りが沸き上がったその時……洞の中に突風が吹き抜け三名の人物が姿を現した。


「ルーヴェスト……か?」

「ん〜? おお、ロクス。お前ら、いつ戻ったんだ?」

「……。つい今し方だよ。全く……心配させやがって」

ワリワリぃ。何せ天下の剣聖様と手合わせできる機会だったんでな。つい役割忘れちまうところだったぜ」

「剣聖……ということは、こちらの方が……」


 見た目は自分とそう変わらぬ若い姿。しかし、伝わってくる存在感はルーヴェストさえも超える白髪の男がニヤニヤと笑っていた。

 ロクスは自分の推測が正しかったことを理解した。


「貴方が剣聖カラナータですね?」

「如何にもワシがカラナータではあるが……堅苦しいのはやめにしようか、若き剣士よ。どうやら娘が世話になったようだな」

「いえ……これも成り行きですので……」

「そうか。だが、感謝するぞ」


 そこへプリエールが会話を遮るようにカラナータへと飛び付き抱擁する。ロクスは小さく笑い肩を竦めた。


「お父さん! お父さん!」

「おお、プリエール! ハッハッハ! 久し振りだな。こんなに大きくなって……」

「迎えに来てくれてたんだね!」

「うむ。私はいつでもプリエールを気にしておるよ。ともかく、会えて良かったぞ」


 実に十年振りになる親子の再会。感動的な場面だが、それはがグッタリと倒れていなければの話である。


「……ルーヴェスト。とにかく説明を頼む」

「あいよ」


 ルーヴェストはカラナータ来訪から異空間にての手合わせまで簡略的に説明した。


「……。事情は分かったが……このは誰だ?」

「カラナータの今の弟子だとさ。元デルセット国の姫君だってよ」

「デルセットの王女……。それにしては少々扱いがぞんざいじゃないか?」

「弟子に身分は関係ねぇってことだろ」

「………」


 トシューラに侵略され滅びたデルセットの王族。十代前半の少女はカラナータと同様の白髪……。そしてカラナータが弟子に取ったということはある事実を意味してもいる。


 【天然魔人】──ロウド世界の人類進化の一形態であるそれは先天性か後天性かに分けられる。


 『後天性魔人』は時間を掛け魔力に適応した存在である。蒼星病のように適合しない者も居るように思われるが、後天的魔人化は特定の段階を踏まねばならないことは知られていない。加えて、発現も個人差が激しく魔法王国でもその条件を確定することができなかった。その為、アムド・イステンティクスにより編み出されたのが強制進化の法【魔人転生の術】である。


 対して『先天性魔人』は生まれながらの魔人。しかし、実のところ先天性も二種類に分けられる。


 一つは遺伝子覚醒による魔人化。これは先祖に力ある者が存在する『血統の濃い王家』などに発現する隔世遺伝。複数の因子が融合し生を受ける段階で既に魔人として生まれることが確定した存在だ。

 そしてもう一つは母胎の中で影響を受け魔人化してゆく半後天的な発現。これは生まれ落ちてからの強制魔人化よりも拒絶反応や変化が少ない為に遺伝子覚醒型との区別が付きづらい。当然、違いが分かる者も存在せず一緒くたに『先天性魔人』として扱われる。


 しかし、遺伝子覚醒型魔人にはある特徴が確認できた。それが生まれ持っての白髪と赤眼である。


 王家由来の魔人は白髪であることが多く、それを基準に【先祖返り】と判断されることも多い。といっても、伝承で伝わっているレベルなので実際に生まれた場合は『稀人』扱いとなる。通常の魔人のように『忌人いみびと』とならないのは存在そのものが他国からの抑止力に繋がるからだ。


 因みに、ライやカラナータの白髪は全く別の意味を持っているのは余談だろう。



 ともかく、『王家筋』と『白髪』という情報からロクスは横たわる少女が【先祖返り】であることを察した。


「何か一気に情報が増えたが……まぁそれは良い。しかし、この娘のことはどうするか……」

「ん〜? 何をどうするかなんだ?」

「いや……服はボロボロ、髪はボサボサ、恐らく数日風呂にも入っていないだろう。年頃の女の子がこれでは少し可哀想だと思ってな。カラナータ殿、その辺りは普段はどうしていたのですか?」

「む? ………。さて、当人がやっていたこと故な。ワシも分からん」


 カラナータは修行以外は不干渉、という立ち位置らしい。これにはプリエールが不満を口にした。


「お父さん、流石にそれはどうかと思うよ?」

「むむ? う〜む……しかし、ワシに女子おなごのことなど分かる訳なかろうよ」

「今まで弟子に女の子は居なかったの?」

「居たことは居たぞ? 一人だけだが……ただ、其奴ソヤツは男の弟子と変わらぬ奴だったのでな」


 カラナータの弟子の中にかつて存在した女性剣士はかなり野性味溢れる人物で、修行中は身嗜みには無頓着だった様だ。故にデルセットの元王女様も同じ感覚で扱われていたらしい。


 そんな話を聞いたプリエールはかなり呆れている。


「お父さん……鈍感」

「むむむ!? し、仕方あるまい。ワシは剣以外門外漢なのだ」

「でも、王女様だよ? もう少し気遣ってあげても良いんじゃない?」

「むむむむ……」


 カラナータはチラリチラリとロクスに視線を向けている。どうやら助け舟を求めている様だ。


「プリエール。カラナータ殿だけじゃなく男というのはそんなものだ。どこまで干渉して良いのかも分からないのは仕方ない」

「でも、ロクスは気付いたでしょ?」

「俺には姉が居るからな。事ある毎に女性を大事にしろと言われてた。だが、大概の男はカラナータ殿と変わらないと思う。だろ、ルーヴェスト?」

「うむ。女のことは俺も分からん!」

「ふぅ〜ん……そんなものなんだ」


 娘からの批難が減ったカラナータはロクスに向けてサムズアップしていた!


「ともかく、ゆっくり休ませてやれれば良いんだがこの雪山では風呂もない」

「作る気になりゃあ作れるぜ?」

「それは力技だろ? あまり山の地形を変えたりするのはな……」

「う〜む。そうだ。なら、腕輪を使えよ。丁度良い機能があるぜ?」


 ロクスから空間収納腕輪を受け取ったルーヴェストは早速 《付加》された機能の一つを使用。

 それはルーヴェストが修行に集中し不衛生になるだろうことを想定した《洗浄魔法》──。まだグッタリとしている少女は瞬く間に身綺麗になった。


「……。本当に便利だな、ソレ」

「だから貰って来いって。で、ついでに修行して来りゃ一石二鳥だろ?」

「ああ、そうだな……。便利ついでに俺の荷物から予備のコートと服を出してくれ。プリエールはこの子の着替えを頼む」

「うん。わかった」


 少女の着替えが終わるまでロクス、ルーヴェスト、カラナータは洞の入口から外の吹雪を眺めることに……。


「そういえば、蜜精の森にデルメレア・ヴァンレージが居るとは聞いてなかったぞ? それともう一人……凄腕の剣士風の男が居たんたが……」

「忘れてたんだよ、クッソ……。やはり俺が………って過ぎたこと言っても始まらんか。早く役目を終わらせて俺も修行に戻るぞ」

「ああ。その時は俺も行く」

「ほう……お前も触発されたみてぇだな」


 デルメレアとカインとの出会いは冷静なロクスの心に火を付けたのだろう。強くなれるならば蜜精の森で修行するのも悪くないという気持ちになっていた。

 

「ところでお前……カラナータ殿との手合わせはどうだったんだ?」

「決着付かずだよ。程良く温まってきたら異空間から弾き出された」


 ルーヴェストの言葉の確認にカラナータを見れば肯定の頷きが見えた。


「仕方あるまいよ。ここには来訪者があった時点で戻るように設定しておったからな。ワシとしてはプリエールが最優先よ」

「それは当然ですね。しかし、二人共不完全燃焼では?」

「うむ。まぁ確かにそうなのだが……それは次回の楽しみに取っておくとしよう」

「そうですか……。そう言えば聖獣の奥方のことですが……」

「近くに気配が無いということは蜜精の森とやらに置いてきたのだろう? まあアレの考えることだ。何か意味があるのだろうな」

「……? どういうことですか?」

「いや……その内に分かるだろう」


 聖獣ベンヌの《未来視》には複数の縁が関わることをカラナータは理解している。今回はさしずめ強者を巡り合わせるのが目的だったと推測していた。

 事実、僅かな時間で実に多くの強者が繋がりを持った。ペトランズ大陸随一とも言える剣士・戦士が互いに面識を持ったのだ。いや……それだけではない。プリエールもまた同じ精霊人と知り合い面識を広げたのである。


(蜜精の森……か。幸運竜ウィトはもう居ないのだったな。それとも、お前さんの幸運はまだ森に根付いているのかの……)


 未来視と幸運が巡るのもまた運命──この時カラナータは、かつての友の住んでいた森へ久方振りに足を運んでみようと思った。

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