第七部 第九章 第十一話 称号を背負う者


 デルセットの元王女の着替えも終わり再び火を囲んだ一同。ここでロクスはもう一度確認を行うことにした。


「プリエール。カラナータ殿とも再会できた訳だが……本当に竜の里まで一緒に行くのか?」

「うん。急ぐ必要が無くなったなら尚更見に行きたいんだ。それが終わったら蜜精の森にお母さんを迎えに行くつもりよ」

「カラナータ殿もそれで宜しいのですか?」

「プリエールがそうしたいならばワシも付き合うまで」

「分かりました。では、明朝出発しますので今日はもう休みましょう。良いよな、ルーヴェスト?」

「ま、良いんじゃねぇか? 早く片付けて蜜精の森でちょいと手合わせしてぇし」

「やれやれ……」


 ロクスは洞の入り口を半分凍結させ塞いだ後、魔導具の一種である断熱布を使用し天幕を張った。


「ルーヴェスト。結界装置は外に出しておけよ? 誤作動するかもしれないからな」

「わかってるよ。つうか、カラナータさんよ。神具空間の中のが楽じゃねぇか?」

「ふむ……その方が良いならそちらに移すが?」

「そうですね。我々はともかく、プリエールと御弟子さんはその方が良いかもしれません」


 誤作動の危険性から異空間の中に結界装置を持ち込めない。かといって全員異空間に入れば目を離すことになる。先程ルーヴェスト達が居ない間、もし魔物でも近付き装置に触れていた場合、依頼は失敗の危機だった。故にロクスは単身でも装置を見張るつもりだった。


 しかし、プリエールはロクスの提案を断った。


「折角だしこのまま寝ようよ。キャンプみたいで楽しいよ? ね、お父さん?」

「だ……そうだが、どうするね?」

「わかりました。では、御弟子さんだけ神具の空間にお願いします。その方が彼女も休めるでしょう」

「そうだな……承知した」


 外は吹き荒ぶ風の音がする。確かに幾分騒がしいので元王女は異空間側で休ませることとなった。



 そして翌日早朝──。


 相変わらず吹雪いている濃い灰色世界の朝……その中で一同は『氷竜の里』を目指して移動を開始した。


 昨日同様、魔剣にて氷の回廊を形成し行けるところまで中を進む。プリエールとカラナータ、そしてルーヴェストにも不要かもしれないが、寒さが結界装置に影響を与えることも考慮したのだ。


 やがて幾つかの斜頸を上り下りと進んだ先でその日一度目の休息となる。ロクスは甘味型の携帯食を配り茶を用意した。


「さて……。この先は本当は難所の崖があるんだが……この面子では心配は要らないな」

「どん位の崖なんだ?」

「普通なら登り切るのに三日は掛かる。勿論、天候で左右されるが……そこを越えれば氷竜の里がある竜仙岳まであと少しだ」

「ふぅむ……修行には良さそうだが今は急ぎだからな。つうか、マジでこの結界装置邪魔なんだが……」

「それの設置がお前の仕事だろ。本末転倒なこと言うな……」

「仕方無えな。……ところで、結界装置は何処に設置したら良いんだ?」

「それも崖を越えたら教える。先ずは登ってからだな」


 再び移動を始めた一同は断崖と呼ぶに相応しい崖の麓に到着。と……ここでカラナータは異空間にて休ませていた弟子の目覚めに気付く。


「フム。丁度良いからここでアレに修行させるか」

「……。カラナータ殿。御弟子さんはどの程度の実力なのですか?」

「剣はまだ教えておらんよ。魔人故それなりに体力はある。魔力も当然高い。とはいえまだ子供……肉体成長は途上で基礎体力が足りん。加えて必要なのは集中力と経験……といったところだな。崖登りは丁度良い体力と意識集中鍛錬となるだろう」

「……。その場合、時間が掛かるのでは?」

「なぁに。急ぎなのだろう? ならば先に行って貰っても構わんよ。お前さん達が頂上に付いたらアレごと追い付く」

「分かりました。プリエールは……」


 ロクスが視線を移せばプリエールは手を振りながら上昇して行った。


「……。精霊格になると俺もあんな風に飛べるのか?」

「飛べるんじゃねぇか?」

「別に精霊格に至らんでも飛翔魔法で行けば良かろう?」


 この言葉にロクスは苦笑いだ。


「残念ながら私は飛翔魔法を学んでいないので……」

「ならばその魔剣で飛べば良かろう?」

「できなくは無いのですが……」


 実は魔剣の力を使用すれば短時間であればロクスも飛べる。但し、それは消耗が激しく緊急的な落下回避手段にしかならないと考えていた。

 それを聞いたカラナータはロクスから『凍結剣』を預かり確認を始めた。


「……。ふむ……。お前さん、魔剣で飛翔する際はどうやっている?」

「色々と試しました。氷塊を浮かせて乗ったり体に装着したりは一通り」

「ふむふむ。では、翼は試したか?」

「ええ、一応は……。しかし、常に動かすことが労力となってしまいまして」

「どれ……」


 ロクスの凍結剣を鞘から抜いたカラナータは氷の翼を展開しことほかあっさりと飛翔して見せた。


「魔剣には問題はない様だの」

「そんなあっさりと……」

「ロクスと言ったか? お前さん、魔剣を使う際は漠然とイメージしとるだろ?」

「え、ええ……」

「魔導具・神具の類を扱う際は明確な構造や仕組みを知っておらねばならんのだよ。加えて使う力についてもな。その点、お前さんはこの剣についての理解が足りんし飛翔の仕組みも漠然としとる様だ。まぁ、剣士とはそんなものかもしれんが……」


 そんな忠告を共に聞いていたルーヴェストは異議を申し出る。


「チョイ待て。ロクスは剣士は剣士でも剣士だぜ? その辺りは問題無いだろ」

「それは分かっとる。ワシの見立てでは剣が七割、魔法三割といった戦法だろう? だが、更なる成長には今述べたことも必要なのだよ」

「そんなことも解るのですか……?」

「剣と鞘の使い込み具合、更に今までのお前さんの行動から大体は……な」


 カラナータは魔剣やロクスの些細な仕草からその戦い方まで見抜いた。流石は剣聖と言うべき洞察力にロクスも言葉を失った。


「己に関わるものを理解することは大切なのだ。武器を理解し、自らを理解し、使える力を理解する。その意識は周囲にも及び全てを使用し糧とする。常に考えを巡らせることが必要なのだ」

「それが剣聖としてのアンタの考えか?」

「こんなものは基礎中の基礎……心構えに過ぎぬよ。ロクスよ……魔剣を知れば魔力の流れや機能を余すことなく使える。鳥の羽ばたきを理解すれば飛ぶ為の仕組みが効率化される。魔法を知れば飛翔という魔法の構築を知るだろう。全てを学ぶことだ。それこそが成長に繋がる」

「……御教示、痛み入ります」


 と……ここでルーヴェストはあることを思い出した。


 それはカラナータと出会った際に交わした会話からのこと。今の教示の言葉に通づるものだ。


「良し。カラナータ……アンタ、ロクスを弟子にして鍛えろ」

「はぁ? いきなり何を言っているんだ、ルーヴェスト!?」

「落ち着けよ、ロクス。実はカラナータが来た時にプリエールを手助けした礼をすると言われてな。俺は手合わせを約束した。で、お前の分が今のだ」

「お前、勝手に……カラナータ殿は弟子を一人しか取らぬと言っていただろう。無理を押しては御迷惑になる」

「だから【礼】なんじゃねぇか……。ちゃんとした師匠がこれまで居なかったお前にとって剣聖との出会いは最大のチャンスだぞ? それを棒に振んのかよ?」


 当然のような顔で笑うルーヴェスト。一方のロクスは突然のことで躊躇していた。


「……。いや……やはり遠慮する。道理で言えば今の御弟子さんが先なのは当然だ。礼儀に反することはしたくない」

「ちっ。相変わらず頭固ぇな、お前は……。だが、弟子になること自体は嫌じゃねぇんだな? ってことは後はアンタ次第だぜ、カラナータさんよ。まさか断わりゃしないよな?」


 無理を押し通そうとするルーヴェストに頭を抱えるロクス。一方のカラナータは……豪快に笑った。


「ハッハッハ! 全く、お前さんも強引な奴よな。良かろう。ワシで良ければ弟子にでも何でもしてやる。が……修行は楽ではないぞ?」

「ホラな? で……どうすんだ、ロクス?」


 ルーヴェストにバシッと背を叩かれたロクスは大きな溜息を吐いた。弟子入りできることよりも友の無礼に肝を冷やした心配が先に立ったらしい。


「剣聖の弟子になれることはこの上なく光栄……ですが、やはり御迷惑では……?」

「構わん構わん。別に一人だけというのは絶対の決まりではないのだ。寧ろ、アレは全然素人なので暇を持て余す。その点、お前さん程の剣士の指導なら退屈はしまい」

「では本当に……。感謝致します、カラナータ殿……いえ、師匠」

「あまり堅苦しく考えるな、ロクスよ。お前さんはその生真面目さが欠点になり得るぞ?」

「お言葉、肝に銘じます」


 友が剣聖への弟子入りを許されたことにルーヴェストは満足気だった。


「ところで……確かお前さんの要望は三つじゃなかったかの? 最後の一つは何だ?」

「ん……? ああ、それか。三つ目は互いの為って言ったろ? アンタ、蜜精の森に少し滞在してみると良いぜ。そこで多分、アンタはもっと先へ行ける」

「ほぉ〜。【力の勇者】たるお前さんがそこまで言うか」

「ま、行きゃあ分かるさ。そうと決まったらとっとと用事を済ませるか。んで、ロクス……ここはどう越えるつもりだったんだ?」

「ああ。予定では凍結剣で足場を造って一気に登るつもりだっんだが……」


 確認の視線を向けるロクスに気付いたカラナータは困っているように笑った。


「確かに何でも修行にはなるが……お前さん達は先ず指名を果たさねばの。ロクスよ。お前さんの弟子入りはこの山を出てからとしようか」

「そうですね……分かりました。では、お先に」


 カラナータの言葉で役割を優先することにしたロクスは早速『凍結剣』を使用し各所に足場を造り出すとそのまま跳躍し崖を登って行った。


「ハッハッハ。ああ見えてアイツ、相当嬉しい筈だぜ? 何たってロクスはアンタに憧れて剣士を目指したんだからな」

「ワシは只の剣好き。憧れられるような者ではないのだがな……」

「良いじゃねぇか。多分ロクスみてぇなヤツが沢山いて、その中から次の世代の強い剣士が出て来る……それが世の中ってモンだ。剣聖って肩書きはそれだけで意味があると思うぜ」

「結果としてそれがワシの楽しみにも繋がる……か。ふむ、そう考えれば確かに悪くはない。お前さんが『力の勇者』の称号に甘んじるのもそれ故か?」

「ま、半分はな。憧れは未来へ繋がる。勇者なんてのはそうでもしねぇとなりたがる奴が減るだろ?」

「ハッハッハ。確かにな……。それで、残り半分の理由は何だ?」


 その問いを聞いたルーヴェストは不敵に笑う。そして当然と言わんばかりに拳を握って見せた。


「男ってのは証明したい訳じゃないが最強を目指すだろ? だが、最強になるにはそれを知らしめにゃ挑まれもしねぇ。アンタが剣聖の称号に甘んじているのもじゃねぇのか?」

「クックック……ハッハッハ! お前さんとワシは結局同類というヤツか」

「そういうこった」


 最強を誇示すれば強者は否が応にも挑んで来る。強者が呼び合う縁──その状況をも演出し自らを高めることに利用しているのだ。

 純粋に強さを追い求める馬鹿者……ルーヴェストもカラナータも互いがそうであることを改めて理解した。



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