捲土重来の章
第四部 第三章 第一話 カジーム国 再誕
ディルナーチ大陸近海の無人島にて永きに渡る封印が解かれ解放された『元魔王エイル・バニンズ』は、自らの故郷カジーム国に足を運んでいた。
時にして三百年──。
かつてエイルが復讐の為に袂を別ったレフ族の国は、【禁術・魔人転生】の影響により未だ大地が枯れたまま。その生活は困窮の中にある。
僅かに残された森の中……。食料も資源も少ない状態での日々は、レフ族の苦難をより鮮明にさせた。
その原因となったエイル───魔人となり肌の色すら変わってしまった彼女は、如何様な叱責も罵りも覚悟をして帰還を果たした。
しかし……。
「おお!エイル……!?無事だったのか。よくぞ戻ったな!」
里の者達からの叱責は無い……。罵りも、蔑みも、恨みつらみも向けられることは無かったのだ。寧ろ友愛の情すら向けられたことは、エイルにとって完全な拍子抜けだった……。
レフ族はロウド世界に於いてのどの民族よりも温厚であることを、今更ながらに思い出したエイル。レフ族の心の広さは、魔法王国時代の過ちを繰り返さないという一族の想いから来るものなのかも知れない。
「長老……みんな……。相変わらずしけた面してんなぁ……」
「ホ~ッホッホッ!帰って一言目がそれか……お主らしいな」
「まぁな。みんな変わり無いよう……でも無いか。見ない顔が増えたのは分かるけど、見知った顔が減ってるな。何でだ?」
「……知ればまた、お主は飛び出して行くじゃろうな」
「どういうことだ?話せよ」
「まあ、取り敢えずワシの家で茶でも飲まんか?積もる話もある」
カジーム国の長老リドリーが語り出したのは、三百年に渡る迫害の歴史。アステ・トシューラ両国によるカジームへの執拗なまでの弾圧……魔王たる自身が封印された後も変わらぬ状況に、エイルは苦虫を噛み潰した顔を浮かべている。
「で、相変わらず護りに徹している訳か」
「我らは戦いを望まぬ。それは知っておろう」
「アタシはそれが嫌で飛び出した。まあ【魔人転生】で散々迷惑を掛けたアタシが言えた義理じゃないけどさ」
「…………。そういえば、お主……魔人化の変調はどうした?」
「治った。治して貰ったんだ。ある勇者に……」
「そうか、それで……。どうりでお主の中の憤怒が消えておる訳じゃな」
魔人化した直後、怒りに任せ破壊の権化と化したエイル。カジーム国に矛先こそ向かなかったが、まともな会話など到底成り立たない状態だった。
それが今では、粗暴さは残れど落ち着いたやり取りが成立しているのである。
「アタシはもっと
「だがそれは、元を質せば一族の為に始まったことじゃ……。それに、お主が暴れたお陰で一族を護る体制を築く時間が稼げた。責められはせん」
「ホンっとうにお人好しどもだな」
「うるさいわ、この不良娘め」
「……プッ!アハハハハ!?」
互いに笑うエイルと長老。そのまま足を運びつつ里を観察していると、見慣れない光景が……。
「長老……何だ、あれ?」
「ん?何じゃ?………ああ、あれは通信用魔道具じゃな」
「通信魔道具?そんなもん造ったのか?へぇ~……」
「いや、あれは外部から取り入れたものじゃ。遠距離用のものを譲り受けてな」
「外部?譲り受けた?」
貴重な木材を利用した櫓の上には、赤く輝く石を嵌め込んだ円盤が並べてある。更に櫓の下にある台座には、同様の赤い魔石を埋め込んだ金属板が設置されていた。
「外部って……何処か協力して貰える国でも出来たのか?どうやって……」
「うむ。それは当人に聞いた方が早かろう。此方じゃ」
長老の向かった先には枯れた大地に魔力を流し込むレフ族の姿があった。
長老はエイルの罪を気にしていないので気付かない様だが、心を取り戻しているエイルには何処かチクリとくる後ろめたさがある。
(……これも自業自得だな)
大地に手を翳し魔力を流し続けるレフ族。これは無意味にやっている訳ではない。
魔力の枯れてしまった大地は一時的に魔力循環が滞る。魔力に満ちるロウド世界では、永き時を掛けて大地は再び魔力に満ちるだろう。しかしそれは、人には……長命のレフ族にすら永すぎる時間を要する。
そんな大地を生き返らせるには、龍脈と呼ばれる地脈に大量の魔力を蓄積させるのが一番早い。そうすれば井戸の引き水の様に魔力誘引が起こり、やがて魔力は循環……大地を生き返らせることが出来るのだ。
これは魔法王国時代の罪を償う為にその子孫達が見付けた手法。だが、やはり時間が掛かる問題点は改善されなかった。
「まだ……やってたんだな」
「ん?ああ、気にすることは無いぞ?これでも一時に比べればかなりマシになったんじゃ」
「でも、アタシのせいだろ?悪ぃな……」
この言葉に長老は目を見開いた。あのエイルが随分と『しおらしい』ことだ、と。
「……お主、本当にエイルか?」
「なっ!し、失礼だな、ジジィ!?」
「おお……エイルで間違いなかったわ、ホッホッホ~ッ!」
「くっ……殴りたい!」
長老なりの気遣いなのだが、それがわかる故にエイルは微妙な心境である。
ともかく、二人は大地に触れ魔力を流すレフ族の傍に向かった。
そこに居たのは皆、若いレフ族の子らである。エイルが封印された後に生まれた子達……。当然エイルを知らない。
「皆、御苦労様。今日はもう良いぞ?オヤツでも食べておいで」
「オヤツって長老……私、もう八十ですよ?一番下でも四十越えてるのに……」
「今日はシウト国から物資の支援が届いてな?ケーキも混じっておったのだが……要らんかったか?」
「わ~い、ケーキだ~!ありがとう長老様~!?」
「…………」
見た目は十~十四歳前後の子供達だが、中身は四十歳から八十歳。そんな者達がケーキに喜び去って行く姿は中々にシュールである。
レフ族の成長は遅い。精神はともかく、肉体は凡そ百を越えてようやく成人。魔法王国では、最長で二千年生きた者も居るという話だ。
因みに、長老は七百歳でありながらまだまだ元気。長老などと呼ばれているが、杖も髭もない五十歳程に見えるナイスガイである。
「ああ……フローラには話がある。残って貰えるか?」
「はい。わかりました」
皆がケーキ目指してまっしぐらの後ろ姿を残念そうに見送るフローラ。長老はその頭を撫で小さく耳打ちした。
「ケーキ、取ってあるから心配せんでも良いぞ?」
その瞬間、パッと明るい表情を浮かべたフローラ。年齢に関係なく女性は甘いものが好きな様だ。
「それでお祖父様。何か御用ですか?」
「うむ。わが里の家族が久々に戻ったのでな……紹介も兼ねて話をしようと思ってな?」
「エイルだ。宜しくな?」
その名を聞いた瞬間、フローラは素早く長老の背後に隠れる。恐る恐る顔を覗かせている姿にエイルは苦笑いを浮かべるしかない。
「これ、フローラ!失礼だぞ!」
「いや、仕方無ぇよ。悪名高き魔王様だ。この子らの苦労の元凶でもあるし」
「……済まんのぅ」
困った表情を浮かべる長老。だがフローラは、二人の会話を聞いておずおずと質問を投げ掛ける。
「あ……あの……。《魔人転生》の影響は無いんですか?」
「ん?ああ。治ったんだよ。だから恐がらなくて良いぜ?」
「治った……。そんなことが有り得るんですか?」
「治して貰ったんだ。ライ、っていう勇者にな」
この言葉でフローラと長老は互いの顔を見合わせた。驚きを隠せないといった表情……エイルは首を傾げている。
「ラ、ライさんて……【ライ・フェンリーヴ】さんですか?赤髪の、シウト国の勇者の……」
「!!……知ってんのか?な、何で……」
「どうやら、よくよくレフ族と縁がある様じゃな。そのライという男は」
三人は改めて話をする為に、長老の家に向かうこととなった。
卓に着いた三人の前にはケーキが並ぶ。温かいハーブティーがフローラによって用意され、落ち着いた会話の場が用意された。
「あれ?ウォードとリタは?」
長老の娘夫妻は、エイルの古き友人でもある。
「海岸線の監視じゃな。海王がいるから心配はしておらぬが、念の為交代制で見張っておるんじゃよ」
「まだ諦めて無ぇのかよ……しつこい奴等だな」
「諦めて無いというより、それが奴等の在り方なのだろうよ。お主が封印された後も幾つもの小国が侵略された。困ったものじゃよ」
「他人事かよ……身内が巻き込まれないと理解出来ねぇのは昔からか?」
「……………」
微妙な空気になった長老。何やら思うところがあるらしい。
そんな長老を怪訝な目で見ているエイルに、フローラは語り始めた。
「実は……私がライさんと知り合ったのはトシューラ国に捕まったからなんです」
「は……?捕まった?何で……」
「実は……」
フローラは事の顛末を出来るだけ詳細に話し始めた。ベリーズとナッツの家族捜索からカジームに帰還するまでの一連の出来事を……。
「成る程ねぇ……大変な目に遭ったな、フローラ。だけど、結果としてシウト国はカジームの味方になってくれたのか……」
「はい。今も食糧や衣服類の支援をして頂いてます。でも、貰い通しで何も恩返し出来ないのが心苦しいのですけど……」
「ふぅん……。時代は動いてるって訳か。魔道具も随分と発達した様だし……」
「そ、そうですね……」
「?」
魔道具の話が出た途端フローラが微妙な顔になったのは、とある変態魔導科学者のせいだとエイルは知る由もない……。
「でも、カジームはまだ国として認知されていません。シウト国が色々と配慮してくれていますが、やはりカジーム自体が動かないと駄目なのでしょうね」
「その為には準備も必要だしな。まず拐われているレフ族を何とかしねぇと……それと食糧。支援して貰えば楽だけど、 シウト国に負担が掛かっちゃトシューラにつけ入られるだろ?」
「そうなんです……。だからお祖父様も迷ってらっしゃる様で……」
「迷う?何の話だ、長老?」
「………へっ?」
視線を移せばケーキを頬張り幸せそうな長老の顔が……。
「こんのぉジジィ!人が真面目に話してるってのに……」
「待て待て待て待て!ちゃんと聞いとったから!だからフォークを向けるでない!もう!や~め~て~!?」
「ったく……。で、何を迷ってんだ?」
「我等の在り方じゃよ。ただ防いで守って三百年。何も変わらなかったじゃろ?寧ろ悪化しとるからの……じゃから反撃を考えてな?」
「反撃……今の腑抜けたカジームに出来るのか?」
「さて、やって見にゃ分からんわい。だが、我等に発破を掛ける輩もおるんじゃ。そのせいか少しづつ変わってきておるのよ」
ニヤリと笑う長老。意味がわからずフローラを見れば、やはり微妙な表情……。返答に困っている様だ。
「で、それってレフ族じゃないよな?何処のどいつだ?」
「トシューラの元傭兵じゃよ。突然飛ばされて来おってな」
「な!なんでトシューラの傭兵なんて入れてんだよ!?スパイじゃねぇのか?」
「まあ焦るでない。少なくとも敵ではないとワシは思っとる。それにじゃな……?ホッホッホッ……」
「何だよ、勿体振って……」
フローラが手招きしていることに気付き、エイルは顔を近づける。
「実はその人……ライさんが転移させてきたらしいんです。その話をすると不機嫌になりますが、基本的には良い人みたいですよ?」
「………………」
「な?だから言ったじゃろ?ライという者はカジームに縁があると」
何処でどうなったら敵国トシューラの傭兵をカジームに送るのか……全く理解出来ないエイル。
だが……そこは『恋する乙女エイル』。あっさりと結論に辿り着く。
「そうか。ライが送ってきたんじゃしょうがないな。アハハハハ」
エイルにとってライは、自分の【心】を命懸けで救い出してくれた恩人。そして、惚れた相手でもあるのだ。判断を誤るとは思わないが、もし誤っていたならば自分が何とかすれば良い。そう考えていた。
「で……ソイツは今、何やってんだ?」
「里の者を集めて訓練しておる。驚くことに其奴、覇王纏衣まで使いおるぞ?」
「へぇ……面白れぇな。ちょっと覗いてみるか」
「……殺しちゃ駄目だぞ?」
「アタシが会ったら死ぬのかよ……」
「いや、どちらも気が強い様だしの……何となくじゃ」
「大丈夫だろ、多分。フローラ、案内してくれよ」
「わかりました」
二人はそのまま長老の家を出て訓練場に向かった。
「大丈夫……じゃろか?」
長老の一抹の不安を余所にエイルとフローラは里の中を進む。
「やっぱり森が少ないな……。まず大地を直すのが先か」
「そ、そんなこと出来るんですか……?」
「今のアタシなら多分な。……まず、そっちやってみるか。フローラ、来るか?」
「はい。是非」
行き先変更になり、先程フローラ達の居た荒れ地に向かう。そこには僅かではあるがまばらに草が生えていた。
(三百年……悪かったな、みんな)
心の中で謝罪するが直接謝るつもりはないエイル。謝ったところで三百年もの苦痛は取り除けないのだ。だから結果だけでも出すつもりである。
「フローラ。少し揺れるかも知んないけど、ビビんなよ?」
「えっ……?えっ?」
戸惑うフローラを尻目にエイルは腕輪型宝物庫から『黒竜剣フィアー』を取り出す。
「よう!フィアーのアニキ!元気か?」
気易く語り掛けるエイル。しかし……。
(うぅ……目が回る……)
「どうしたんだよ、アニキ?」
(うるさいわ!だから宝物庫に入れるなと言ったろうが!?全く……酷い目に遭ったわ)
宝物庫は別空間。時の流れは淀んでいて酸素も無い。視界は奇妙な色のグラデーションが目まぐるしく変化し、かなりの精神負担を与える。
生き物が正気でいられる場所ではないのだが、半分剣であるフィアアンフは辛うじて堪えられた様である……。
「それでアニキ、早速仕事なんだけど……」
(鬼か!貴様は!少しは我を労ったらどうだ!?)
「はいはい。大変な目に遭ったアニキ、可哀相~」
(くっ……ライの女でなければ只では済まさんのに……)
この会話を聞いていたフローラは驚きを隠せない。
「エ、エイルさんてライさんの恋人なんですか?」
「いや?でも、ライはアタシのものだって話だよ」
「それってどう違うんです?」
「そりゃあ……ウフフフ!」
「エ、エイルさん?」
「ナ・イ・ショ!」
魔王のイメージからかけ離れたエイルの言動に、フローラはタジタジだ!
「さあ、アニキ。この地の地脈を活性化したいんだけど、お願い出来ますぅ?」
(……急に色仕掛けしても効かんぞ、我は竜だからな)
「……でもライはそう思うかしらん?何なら剣を胸や股に挟んで『アニキに無理矢理……』とか言ってみようかなぁ?証人になりそうな子もいるし……」
チラリとフローラに目配せしたエイル。フィアアンフはこの時点で折れた。何だかんだと、フィアアンフは慕ってくれるライが気に入っているのである。嫌われるのは避けたかった。
(ぐぬぬぬ……ライよ。お主の女は毒婦だぞ……)
「失礼な!アタシはライの為なら命を賭けられるぜ?他はどうでも良いけど」
(毒婦ではなく病んで~るのか……)
「いい加減怒るぞ、アニキ……。良いから働け」
(くっ……仕方無い。これも弟分の為だ。良かろう)
恐喝……もとい交渉は成立した。エイルは地脈に向けて剣を刺そうとした……が、そこでフィアアンフの待てが掛かる。
「何だ、アニキ。オシッコしたいのか?」
(んなモン出るか、たわけ!今の我の栄養は魔力だぞ!?)
「じゃあ、何?まさか自信無いとか?」
(違うわっ!地脈の場所がズレているのだ!?この場所に魔力を注いでも効率が悪いと教えてやろうとしたのだ!?)
「いや、マジでゴメン。アニキ、それを見抜くなんてスゲェな……」
(フフン!ようやく分かったか。我の凄さを……)
チョ……フィアアンフは上機嫌だ。どれだけ蔑ろにされようと最後は持ち上げれば万事解決!これぞチョロゴン……フィアアンフの醍醐味!
竜は魔力の流れに敏感。龍脈……つまり竜に関わる名を冠するように、大地の魔力感知などお手の物なのである。
(それにしてもズレた位置でこれだけ大地に魔力を溜めたのか……。その執念、見事なり)
「………アニキ。コイツらに報いたい。力貸してくんねぇかな……?」
(良かろう!ならば我を指示する場所に突き立てろ。魔力はライから……)
「いや……アタシの魔力使ってくれよ。これはアタシのケジメでもあるんだよ……」
(……良かろう。ならば気合いを入れよ!?)
フィアアンフの指示で大地に剣を突き立てる。そして大量の魔力を流し込むエイル。フィアアンフは驚愕していた。
(ぐぐぐぐ……!ライに匹敵する魔力か。成る程、面白い!女……全て出し切れ!)
「うおぉぉぉぉ~っ!?」
カジームの大地に響き渡る轟音と震動。大地を揺るがすエイルの魔力は、そのまま生命を活性化させ大地を潤す。湧水が……植物が……そして精霊さえもカジームの大地から湧き上がり、死の大地は【生命の大地】へと生まれ変わる。
見渡す限りの草原や森。レフ族の里の者達は歓喜した。やはりレフ族は森こそが故郷。彼らは遂に故郷に帰ることが出来たのである。
「エイルさん!凄いです!」
「ハァ、ハァ~……。アハハ……ハ…ハハハハハハ!?やったぜ、フローラ。これで問題の一つは解決したろ?」
「はい!ありがとうございました!?」
「ちったあ罪滅ぼしになったかな?ありがとな、アニキ」
(フハハハハ。今の魔力、実はライの魔力も足しておいたぞ?どうだ、二人の共同作業は?)
「ア……アニキ。良い漢だな、アンタは!最高だぜ!!」
(そうだろう、そうだろう。我は最高よ!フハハハハ!?)
ノリノリの二人。だが、確かにカジームは甦った……。
これで他国まで危険を冒し物資を探しに行かずに済む。食糧も、家屋も、衣類も全て自給自足出来るのである。レフ族の危機は取り敢えず去ったと言って良い。
「私、皆に教えてきます!」
「いや、必要ねぇよ」
「でも……行ってきます!」
駆け出すフローラ。嬉しそうな顔を無理に引き止めるのは酷に感じたエイルは、苦笑いで見送った。
「あ~……疲れた。アニキ、大丈夫か?」
(うむ。我はライからの魔力供給があるからな。しかも、ライは魔力回復力も高い。我は既に全快よ)
「あ~!ズリぃ!アタシにもライの魔力頂戴!?」
(仕方無い。ホレ、受けとるが良い!)
魔力奪われ放題のライ。その頃は奇しくも『エイルのおっぱい、ポヨンポヨン』の言葉で宙に浮かんでいた頃だ……。
平気な様で実は全身の倦怠感や頭痛がしていたのだが、すぐに治まったので気にしていない辺りが流石の残念勇者様である……。
エイルは改めて甦ったばかりの大地に横たわる。そんなことをしたのは子供の頃以来だった。
ふと兄の顔が過る。だが、今のエイルは哀しみに負けることはない。心は確かに前を向いていた。
「さて……墓参りでもするかな。じゃ、アニキお疲れさん」
(ちょっと待て!キサマ!まさか……また宝物庫に……!?)
「だってアニキ、デカくて邪魔っけなんだもん」
(邪魔とはなんだ、邪魔とは!)
「それじゃあ、また……」
(わかった!邪魔にならぬ様にしてやる!だから宝物庫だけは止めろ!?)
「?……どうすんの?」
(こうするのだ!哈っ!)
宙に浮かんだ黒竜剣フィアーは徐々に形状を変えエイルの左腕に巻き付いた。肩から手首にかけて被う黒い小手への変化。エイルは少し感心した。
「やっぱりスゲぇわ、アニキ。軽いし丈夫だし」
(本当は胸当てが良かったが、まあ良いだろう)
「……。おっぱい好きなのか?」
(違うわ!細かく別れず、かつ魔力吸収し易い心臓付近だからだ!たわけ!)
「ライには、アニキがおっぱい大好きだと伝えてやるからな?」
( いや、お願いだからホント止めて?)
割と息の合うエイルとフィアアンフ。何のかんのと会話する内、すっかり打ち解けた様である。
そうして己の贖罪の一部を果たしたエイルだが、まだ封印から解放されたばかり。魔力は足りても精神や肉体には疲弊というものが残っている状態だ。
そんな中での大規模魔力開放。エイルには休息が必要だった。
向かったのは長老リドリーの家。既に身寄りの無いエイルには帰りを待つ者もいない。今さらそのことは哀しくないが、気兼ねせず休める場所も他に心当たりがない。結局、お気楽シジイに頼ることにしたのである。
だが、その短い道すがらのことだった……。
「おい女……。テメェ、誰だ?」
姿を現したのはライと同年代程の若い男。その身から感じる威圧には実力の程が垣間見える……。
しかし、その容姿はレフ族のものではない。髪も瞳も、そして耳もレフ族のものとは明らかに違っていた。
(長老の言ってたのはコイツか……)
ギラギラとした視線を向ける男は再びエイルに質問を投げ掛ける。
「テメェは誰だってんだよ、女。トシューラの回し者か?あぁ?」
「……テメェこそ何処の馬鹿だ?アタシに喧嘩売ってんのか?あぁ?」
「んだとコラ?全裸にひん剥いて魔の海域に流して泣かすぞ?あぁ?」
「ハハハハ!やれるもんならやってみな、このヘニャ【ピーッ!】野郎!」
一触即発……。
その様子を見ていたレフ族の若者(八十歳)は語る。互いに『あぁ?』を繰り返す様は、荒くれ者の縄張り争いに見えた、と……。
「ちっ!……良いだろう。俺の名はオルスト。テメェは誰だ?」
「……アタシの名はエイル。エイル・バニンズ。三百年前の魔王だ。宜しくな、ボ・ウ・ヤ」
「…………へっ?」
ライから遠く離れた地、カジーム国。『ライにボコられた男・オルスト』と『ライに惚れた女・エイル』の邂逅は、レフ族達に何を齎すのだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます