第四部 第二章 第十二話 嘉神始末記


 ヤシュロとの戦いから三日の後──鹿雲城の大広間では嘉神領内の重臣達が一堂に会していた。


 城は未だ復興中なれど、領主の嫡男・トウテツの召集に応じ家臣達が馳せ参じたのである。



 嘉神領内に於ける騒動の顛末……。家臣の中には騒動を知らぬ者も僅かながら居る為に、改めての会合を開き説明をする必要があったのだ。

 そしてそれは、今後の嘉神領の在り方も含めた話し合いの場……つまり、トウテツの領主後継を認めさせる為に開いた会合でもある。



「皆様方。召集に応じて頂き誠に感謝致します。我が父コテツに代わり、嫡男たる私がこの場を仕切らせて頂きます。異存があらば挙手を願います」


 手順や礼儀を遺漏なく熟したトウテツ。若輩ながら嫡男という立場に相応しいだけの才覚を見せたのだ。当然、挙手をする者の姿は無い。


「快諾、感謝致します。未熟者故にイサザを補佐にさせて頂きますこと、御容赦ください。それではまず、この会合を開いた主たる要因……我が父の落命についてお話しさせて頂きます。ご意見があれば遠慮なく述べてください」


 場に僅かな響動めきが起こった。そう……『僅か』である。実は重臣の多くはコテツが討たれたことを知っていたのだ。


 コテツが討たれて直ぐ、テンゼンからの書状が各臣下達に届いていた。その内容は次の様なものだった──。



【嘉神領主コテツに国家謀叛の兆し在り。よって、嘉神領を救う為やむなく逆賊コテツを討ち果たした。血縁たるトウテツ・カエデ両名は疑い晴れるまで牢にて軟禁。重臣ハルキヨも同様の理由にて軟禁とす。家臣たる貴殿達には我、クラギ・テンゼンの支持を願う】



 家臣達はコテツが討たれたことに衝撃を受けたが、テンゼンを率先して討とうとは思わなかった。情勢を見極め付くべき相手を誤らぬことに専念した故である。

 トウテツはそのことを責める気はなかった。家臣からすれば自らの一族の命運が絡む選択である。その心中は痛いほど理解できる。


「我が父コテツの名誉の為に断言致しますが、父は謀叛など考えてはいませんでした。嘉神の為、久遠国の為、その生涯を捧げた人だったことは私が一番理解しています」


 その言葉に家臣の中から確認の声が上がる。


「確かにコテツ殿は嘉神の為に惜しみ無い労力を費やしていた。だが……異国との取引はこの国を簒奪する為の準備と噂されていたことをご存知か?」

「噂のことは知っております。ですが、それは根も葉もない濡れ衣。そもそもスランディ島国は、かつての久遠国王ラカン様が唯一認めた取り引き相手なのですよ?」

「しかし……火の無いところに煙は、と言いますからな」

「テメェらはアホなのかこすいのか……家臣がこれじゃ叔父御も浮かばれねぇぜ」


 突然広間に響く声。襖が勢い良く開き無作法に入室する若者。家臣達は目を見開いた。見たことのある顔……それは不知火領の嫡男・リンドウである。


「リンドウ……お前、もう少し待ってられないのか」


 トウテツは片手で顔を被い溜め息を吐いている。


「お前は悔しくないのか?俺は我慢出来なくて出てきちまったぜ。なあ、嘉神の家臣のお歴々よ?テメェら、恥ずかしくねぇのか?」

「何をぉ?他領主の嫡男だろうと侮辱は赦さんぞ、小僧!」

「ああ、結構だ。だが、俺も赦さねぇぜ?叔父御の作り上げた繁栄の蜜だけ吸って、領主が討たれた後は静観していた不義理な奴はな?んな奴は家臣じゃねぇ!寄生虫だ!?」

「小僧……証拠もなく我らを貶めるつもりなら只では……」

「証拠ならありますよ」


 リンドウに続いて入室したのはシギである。いつもの軽装と違い、家臣達同様の正装を纏っている。


「我ら隠密はテンゼンの書状の件、全て把握しております。それらは全てトウテツ様に報告してありますので、発言は慎重になされた方が宜しいですよ?」

「シギ、貴様……。ハルキヨの犬の分際で我らに意見出来ると思っているのか?」

「テメェこそ発言には注意しろよ?シギは今や久遠王直属の隠密機関【梟】の分隊長だ。立場、権力ともテメェより遥かに上だぜ?」

「なっ……ば、馬鹿な!」


 家臣達から大きな響動めきが起こった。一介の隠密だったシギが王直属……しかも分隊とはいえ隊長である。


 トウテツは頭を振りながら溜め息を吐くと、改めて説明を始めた。


「順を追って説明するつもりでしたが仕方ありませんね。まず、皆様への報告の儀がございます。父を討った者の件は既に決着済み。だからこそ、この会合は開かれた。そして最大の功労者はそこな二人……不知火領主嫡男シラヌイ・リンドウと、隠密シギです」

「!!」

「彼らは私を救う為、魔窟とも言える嘉神の中に足を踏み入れた。そして見事、それを果たしたのです」

「だ、だが、何故いきなり……」

「出世したか、か?んなもん、国王に謁見して報告したからに決まってんだろうが」

「な、何だと?一体どうやって……」


 嘉神から王都までの往復は三日で行える距離ではない。例え嘉神の道が整備されていようとも到底信じられない話なのである。

 それに王との謁見。突然向かい会えるほど簡単な筈がない。


「信じられないか?これならどうだ?」


 リンドウが掲げたのは鞘に王家の家紋の入った脇差し。シギも同様の家紋が入った短刀を掲げている。


「それは王家の……」

「そういうこった。これから叔父御の悪口は内乱加担の疑いが掛かると覚悟しておけよ?」

「……………」


 一昨日──全ての方針を決めたトウテツは、シギと二人王都に向かった。通常の移動では時間が掛かり過ぎる距離……それを解決したのは『飛んでる勇者』の仕業だった。

 その際、トウテツが白眼で気絶していたことは敢えて触れないでおこう……。


 王への謁見に関しては、ライドウより預かった脇差しが解決した。王より賜った刀は信頼の証──直ぐに身元確認が為されトウテツ本人であることを立証した辺り、王直属密偵の優秀さが窺い知れた。



 そして王への謁見。ライは城外にて待機。トウテツとシギは謁見の際、包み隠さず全てを話した……。

 ハルキヨの手に因るカガミ分派の蜂起。魔人ヤシュロの暗躍。そして異国の勇者、ライの存在──。


 王は全てを聞いた後、幾つかの対応に移る。


 一つ、トウテツへの嘉神領主任命。二つ、シギとリンドウへの褒美。三つ、異国人ライへの滞在認可。

 二つ目の『褒美』とは別にシギには王属密偵【梟】への誘いがあり、これを快諾となったのである。



「ってな訳で今回の会合は、実質トウテツの領主就任のお披露目だ。それと今の嘉神には問題があるようだからな……その辺も含めての集まり。それを理解した上で発言しやがれ」

「……ハァ~……お前なぁ、折角順を追ってだな……」

「俺はまどろっこしいのが苦手なんだよ。チャチャッと終わらせちまおうぜ?やるこたぁ山積みなんだしよ?」

「……リンドウの言うことにも一理ある、か」


 トウテツは背筋を伸ばし、良く通る声で高らかに宣言した。


「我、カガミ・トウテツは王よりの命にて嘉神領主の任に就いた。今後は領主としての発言になる。異論ある者は今述べよ」

「………………」

「沈黙は容認と取る。では、改めて事の顛末を語ろう。まず我が父を討った大罪人はテンゼンに非ず。真の謀叛人はカガミ・ハルキヨなり」

「カ…カガミ?……ど、どういうことですか?」

「父の友ハルキヨはかつて誅殺されたカガミ一族の子孫。一族は領主の座を願い、また復讐の為に牙を磨いでいた。それを魔人に利用されたのだ」

「そ……そんなことが……」


 家臣達は絶句した。自分達は魔人の企てを少なからず容認していたことになるのだ。


「リンドウ、シギは魔人を討ち果たしハルキヨを捕らえた功労者。だが、我が領地にはシギ以外の功労者がいない。この意味を理解している者はいるか?」

「…うっ………」

「我が父コテツは、真に嘉神と久遠国の為にその身を投げ打った。妻たるわが母の支えを失って尚、領主としての責務を全うしたのだ。だがその父を疑い、あまつさえ知らぬとはいえ魔人に加担した貴公らを臣下とは思えぬ」


 トウテツの容赦ない言葉に家臣達は沈黙するしかない。


「貴公らを処罰はしまい。各々は一族のことを考えてのことと理解しているからな。だが、私の言うことも理解出来よう?」

「……それで、我々は如何すべきでしょうか?」

「言った様に処罰はしない。一族も役職も所領もそのままだ。だが、それから先は貴公らが考えよ。どうすべき、どうあるべきか、全て各々の判断に委ねる。この件は以上だ。良く考えての決断を期待する」


 実のところ残された道は『現当主の隠居』である。事情を把握していなかった一部家臣を除き、家臣の総入れ替えというのがトウテツの筋書き。世代交代……損得に囚われた古き慣習の排除、それがトウテツの決断だった。


「さて……続いての議題はハルキヨの処分だ。これは明日、処刑を執り行う。しかし、仮にも父の友だった男。人目に付かぬよう密かに行うが貴公らは参列せずとも良い。まずは各々の家の答えを出すことだ。それと……」


 トウテツの視線を向けた先には一際若い家臣の姿があった。明らかに場慣れしていない若者は、恐らく十四歳前後……。

 それはテンゼンの家系『クラギ』の嫡男である。


「テンゼンの汚名、この場にて晴らそう。テンゼンは真っ先にハルキヨの陰謀を見抜き諌めようとしたのだ。それが故に始めに殺され魔人に操られたことは、ハルキヨの証言からわかったこと。テンゼンは謀叛人に非ず。真の忠臣であった」


 これは事実のこと。この言葉にクラギ家の嫡男は涙が溢れだした。

 父の汚名が濯がれたこと、父の無念、そして信じた父の姿……それらが走馬灯になり過ったのだ。


「私はクラギ家の忠義に報いねばならぬ……いや、是非報いたいのだ。後に褒美と礼を兼ねクラギの所領へ伺おう」

「そ……そんな……勿体無きお言葉に御座います」

「貴公も父の怨敵の処罰を見たいやも知れぬが、早く所領に戻りこの沙汰を伝えることを許す。どうする?」

「………お言葉に甘えさせて頂きます。母が待っております故」


 若者が怨恨より家族への吉報を選んだことにトウテツの表情が思わず綻んだ。ハルキヨの蜂起は元を質せば怨恨。そんなものはもうウンザリだったのだ。


(これで宜しいですか、父上……)


 コテツは常に前を向く男だった。だからこそリンドウの様な気難しい男にも好かれ、街を大きくすることが出来たのである。トウテツはそんな父が誇りだった……。


「これにて会合は解散とする。ひと月後に再び召集するが、それまでに貴公らの正しき決断を期待する。散会!」


 ハルキヨと接した者の中には記憶操作されている者もいるだろう。だが、ハルキヨの処刑は明日──それからひと月の猶予があれば間違った選択はしない筈だ。



 そして残ったのはトウテツ、リンドウ、シギ。そして……。


「これで良かったですか、ライ殿?」


 屏風の影から現れたライは、トウテツに用意して貰った新たな袴を着ていた。

 因みにメトラペトラとホオズキは旅館でお留守番である。


「ライで良いよ。俺もトウテツって呼ぶからさ?敬語もいらないよ」

「わかり……わかった。……何故ライは魔人ヤシュロのことを濁したのだ?」


 トウテツは黒幕は魔人とは言ったがヤシュロの名を出さないよう嘆願されていた。


「ヤシュロはさ……?少なくとも悪しき存在じゃなかったんだ。ずっと嘉神を見守っていたんだよ」

「それはどういう……」

「そうだな。この場の者は知っておいて貰いたいかな。ヤシュロの過去を……」


 ライが語ったヤシュロは確かに邪悪からは程遠い姿だった。詳細を省いた説明だか、場に居る者達は黙って聞いている。


「ヤシュロは久遠国の守りも担ってたんだぜ?三百年前の厄災【黄泉人】だって、ヤシュロは協力して戦ったんだ。そんなヤシュロは寧ろ人に巻き込まれた存在だろ?」

「なら、ヤシュロ隠してハルキヨの単独犯行にすりゃ良いだろ?」

「それじゃ矛盾があるんだよ。テンゼンの不名誉が晴らせなかったり……。それにハルキヨさんも全て悪だった訳じゃない。丁度良い嘘なんだよ、あれが」


 真実は久遠国王が知っていれば良い。後は所詮帳尻合せで構わないとライは考えていた。


「つってもよ……俺とシギは結局何もしてないんだぜ?手柄とか要らねぇよ……」

「良いんだよ。救う為に行動したのも修業したのも事実だろ?それに以前も言ったろ?嘉神領の揉め事解決の功労者には二人が良いって……。久遠王はそれを踏まえて褒美を出したんだ。貰っとけ」

「でもよ……何か納得いかねぇ……ぐぁ!」


 不満げなリンドウの脳天にライの手刀が炸裂した。


「な、何しやがる!」

「グダグタすんのは苦手なんだろ?王が全て理解して褒美が出た。それで良いじゃん」

「ぐっ……だけどよ……」


 呆れたシギはリンドウの肩を叩き首を振っている。


「以前も言っただろ?ライは俺達に期待をしているんだと。ならば何を利用しても応えるべきじゃないのか?」

「……だからお前、【梟】に入ったのか?」

「そうだ。結局必要なのは情報だ。嘉神の内乱も情報があれば防げたかも知れないだろう?」

「………わかったぜ。これは借りだからな、ライ」

「それで良いよ。さて……後は分派カガミの隠れ里なんだけど……」


 ライはチラリとトウテツを見る。苦笑いのトウテツは目を閉じたまま応えた。


「分派カガミの隠れ里は見付からなかった。もし見付けてもハルキヨの首を以て不問とする。これで良いか?」

「流石……トウテツは良い領主になるな。俺は不知火の未来が心配だよ」


 わざとらしくチラチラとリンドウを見るライ。リンドウはワナワナと震えている。


「テ、テメェ……言わせておけば……」

「大丈夫だ、ライ。嫁でも貰えば自覚が生まれ落ち着く筈だ」

「シギ!テメェも何だってそんな話ばっかりしやがんだよ!?」

「俺は今回ツグミの大切さを改めて知ったからな。お前にもそれを理解できれば、もう少し丸くなるかと……」

「だってさ。トウテツ……お兄ちゃんとしてはどうなの?」

「そうだな……。もう少ししっかりしたならカエデも安心して嫁に出せるかな」

「ぐぐぐぐぐ………」


 言われたい放題のリンドウ。しかし、何とか我慢しているのは自分の短気を克服したい意図が僅かでもあるからだろう。


 そしてライは、そんなリンドウの肩に手を置いた……。いつものように軽口でからかうかと思いきや、至って真顔でリンドウに語り掛ける。


「ヤシュロとハルキヨさんはどうあっても幸せになれる環境じゃなかったんだ……。お前は違うだろ?頑張れ」

「……。……わかったよ」

「さて……じゃあ、俺はもう一度ハルキヨさんのトコに顔出してくるわ」

「お前……明日行っちまうのか?」

「ああ。ハルキヨさんとの約束を果たしたら行くよ。ライドウさん、待たせちゃってるからな」


 ライは手をヒラヒラさせ大広間を去って行く。その後ろ姿は何処か力無く見える。


「……結局アイツに全部頼っちまったな」

「そうだな。そして俺達はそうせざるを得ない実力しかなかった」

「たけど、これからは違う。私達はもっと久遠国を盛り立てねばならない」

「……そうだな」


 若き三人は今後、久遠国内の結束を高める為に尽力するだろう。しかし、これはその始まりに過ぎない。


 もし厄災が襲ってもそれに打ち勝てる国。それはディルナーチ大陸の為でもあるのだ。




 そして地下牢に向かったライは、座して裁きを待つハルキヨと牢越しに向かい合い座っていた。


「ハルキヨさん。考えは変わりませんか?」

「ああ……。何度言われても変える気はない。君には済まぬと思っているがね」

「でも……」

「我が子が生まれた時、大罪人の父では枷にしかならぬ。私でなくヤシュロが生きていさえすれば良かったのだが……」

「ヤシュロもそう考えたから自分が元凶の様に振る舞ったのでしょう?あなたは操られていたことにすれば……」

「例え振りでもヤシュロを悪者扱いしたくないのだ。理解して欲しい……」


 それ以上何も言えなくなったライは、ただ黙ってハルキヨを見つめていた。



 一昨日。ヤシュロとハルキヨの子について伝えた際、一瞬だがハルキヨはその目に生気を宿した。しかし、それは本当に一瞬……すぐに瞳は輝きを失ったのである。


 『魂の伴侶』……メトラペトラがそう表現した存在は、つがいの一方を失うと精神を病むと聞いていた。そしてそれは生涯癒えることは無いのだとも。目の前のハルキヨを見ればそれを嫌と言うほどに感じてしまう。


 親の責任放棄。そう取られても仕方ない反応……だが、ハルキヨは確かに我が子を想っている様子もある。ただ不安定さは拭えなかった。


「済まぬと思ってはいる。だが……頼む。私はその子を健やかに育てる自信がないのだ……。その子と共にヤシュロを追おうとするかも知れない。だから……」

「わかりました。責任を持って信頼できる人に預けます」

「ありがとう。これで安心してヤシュロに会いに行ける。ありがとう。ありがとう……」


 全てから解放された様な幸せそうなハルキヨの表情……。それはまたライの心を抉る。

 いたたまれなくなったライは、旅館に戻り休むことにした。


 結局、ハルキヨの考えを変えられなかった……。そのことは益々人の心の複雑さをライに知らしめたのである。



 そして旅館に戻ると……そこには、だらしなく寝転がるメトラペトラとホオズキの姿が……。


「うっ!酒臭い!?」


 急いで窓を開けるライ。ふと視線を移すと部屋の隅に酒樽が置いてあった。


「ウソォ!全部呑んだの?」


 今朝方早く、酒好きのメトラペトラの為にトウテツから酒樽の差し入れがあった。出掛ける前に何度も飲み過ぎない様に注意したのにこの有り様……ライは脱力せざるを得ない。


「ホオズキちゃんにまで呑ませたのか……いや、ダメでしょ、コレ」


 ホオズキは浴衣がはだけ危うく大事なところが見えそうだ。メトラペトラが乗っていて辛うじて見えないが、これは大問題である。


「…………よし!風呂だな」


 ライは逃避した。どうせなら街を楽しもうと……。

 風呂の後、街に繰り出したライは賭場を見付け旅の資金を更に増やしたことは余談である。


 適当な短刀を購入したライが部屋に戻った時、事態が何も解決していなかったが構わず寝ることにした。





 そして翌日──。


 ハルキヨの処刑が密かに行われた……。


 ライは最後まで目を離さずその様子を見守った。メトラペトラは止めたが、ライ自身はその光景を心に刻み付ける。『何故そこまでするのか』というメトラペトラの問いに答えることも出来ないままに……。



 その後……トウテツの配慮で布に包まれたハルキヨの遺体は、ライに引き渡され隠れ里のヤシュロの墓と並び埋葬される。隠れ里の人間には、ハルキヨの配慮でお咎めなしとされたと嘘を吐いた。


「ヤシュロはアンタ達を家族として止められなかったことを後悔していた。ハルキヨさんはその身を犠牲にしてまでアンタ達の願いを叶えようとした。その結果がこの犠牲だ。頼むから……二度とこんなこと起こさないでくれ……」


 ライはそう告げるとすぐに里から姿を消した……。



 そして再び紅辻に戻ったライは、メトラペトラとホオズキを連れ宿を発つ。街中の飛翔は目立つ為に門へと向かうと、リンドウとシギが待っていた。


「一言ぐらい挨拶しろよ!」

「いや、苦手なんだよ。どうせまたその内会えるだろ?」

「俺が挨拶したいんだよ!……そうだ、コレ返すぜ?」


 リンドウが差し出したのはライが渡した神具の刀。しかし、ライは首を振って突き返す。


「それはお前にやる。大事に使えよ?それと修業を続けろ。今度は自力で何とか出来るようにな?」

「わかってるよ。……じゃあコイツだけ返しておく。俺も同じのを貰ったからな」


 受け取ったのは王家紋の刀。ライドウから渡されたものだ。


「わかった。ライドウさんに返しておくよ」

「……勇者ライ殿。ご尽力、誠にありがとうございました」

「調子狂うな……。まぁ、何だかんだと楽しかったよ。じゃあな、リンドウ」


 続いてシギが握手を求める。ライはしっかりと握り返した。


「お前がしてくれたことに何も返せるものがない。済まない」

「別に何か期待した訳じゃないさ。でも……何か返したいってのなら、時折カガミの隠れ里を見てやってくれ。何か一つ名物でもあれば間違った道には進む暇が無くなるだろ?」

「わかった……。ハッハッハ。結局、最後まで人の心配か……難儀だな」

「まあ性分だ。仕方ないさ」

「俺は王都に向かうから再び会う機会があるだろう。だから別れは言わないぞ?」

「わかった。またな、シギ」



 空を見上げれば晴天───。この国にはまだやることが残っている。それに、これは永遠の別れではない。


「じゃあな、二人とも。また会おうぜ?」


 ホオズキを胸に抱え飛翔するライ。メトラペトラは二人に囁いた。


「お主らはライの友となった。その意味を忘れるでないぞよ?」


 メトラペトラはライの頭上まで飛翔すると、前足で彼方を指し示す。


「さあ行け、ライよ!」

「師匠……そっち別方向です……」

「何じゃと?むむむ……えぇい、何でも良いから出立せんか!」

「痛い!わ、わかりましたよ。行きますよ、酒臭ニャンコ」

「ニャにを~っ!」


 ギャアギャアと騒ぎつつ遠ざかる勇者ライ一行。そこでリンドウが疑問を一つ……。


「なあ?あの子供みたいな女、誰だ?」

「………聞きそびれたな」

「まあ、良いか」

「そうだな」



 嘉神領の騒動。ライの心に刻まれた出来事はきっと消えないだろう。


 しかし旅は終わらない。この国での出会いと別れはまだ続くのである……。





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