第七部 第十章 第二十三話 誠意と忠義と
ライはこれまで関わったトシューラ国由縁の者達の話をエメラダに伝えた。
王子パーシンと双子の妹達、王女アリアヴィータの現在、筆頭騎士から大罪人となったデルメレアとその縁者たるセラとカイン、秘密採掘場で出会った兵達、エイルが守った村民、マコア率いるディルナーチ大陸侵略の尖兵となった者達、魔物であるウィステルトを育てた優しき親子、そして縁深きメルマー家の治めるドレンプレル領の出来事を……。
「この国に住む人達は他の国と何も変わらないことを俺は知っている。彼らは家族や他人を思える優しさを持ってます。確かに思想の差はあるけどそれはきっと変えられる」
「……私が言うべきことではないが、ならばこそ大戦の際に弱いほうが制圧も楽な筈だ」
「それじゃ望まぬ犠牲が大きくなるでしょう? 俺はね……国同士の睨み合いを望んでるんですよ」
「……。それは……」
拮抗による不戦状態……。思い通りに事が運ぶ訳がないとエメラダは言葉にしかけてやめた。そんなことは眼の前の男にも理解はできているのは明らかだ。
「……。貴公……本当は何を考えている?」
「何を……と言われても……」
ライは困った様な笑顔を返す。
「長期では無理かもしれませんが僅かな期間なら可能でしょう? その間に切っ掛けさえあれば大戦は本格化する前に終わる」
「貴公……まさか……」
その質問にライは答えない。だが、無言がエメラダの中に結論を導き出していた。
ライという人物が本当に脅威存在であれば戦いを止める手段は存在する。常人では成せぬことを容易く行うのが【脅威存在】なのである。
ライが狙っているのは女王ルルクシアの暗殺──エメラダはそう結論付けた。
「…………」
現に侵入が困難な筈のトシューラ潜入を行っているのだ。ライが容易に破っている結界は並の者では針の穴さえも開かぬ強固さは備えている。
実はトシューラ結界を容易に破れたことについては理由があるのだが……それは後に語られることとなる。
とはいえ……女王暗殺の可能性があらばエメラダは見逃すことはできない。たとえそれがトシューラの未来に繋がると言われても確約されたものではない。何より、国主の暗殺を見逃せば領主としての誇りを失うのだ。
「……ライ・フェンリーヴよ。貴公は適当に話を濁しつつも誠意を見せようとしたのだろうな。だが……」
椅子から立ち上がり突如として剣を抜き放ったエメラダ。同然ボナートは慌てた。
「エメラダ殿! 何を……!?」
「私の推測をそれとなく結末へ導いたのは失敗だったな、ライ・フェンリーヴ。たとえ今の王家の道が正しきものではないとしてもトシューラ国の領地を預かる者には譲れぬものがある」
「話は最後まで……」
ボナートはライの元へ近付こうとするエメラダに割って入るも突然体が束縛されたかの様に動かなくなる。
「な……んだ……? か、体が……」
ボナートの周囲には行動を阻害する魔力の流れはない。それを見抜いたライは即座に結論を導き出す。
「……。トシューラは存在特性の使い方の秘伝でもあるんですか?」
ドレンプレル領主一族・メルマー家はボナートとクレニエスの二人が存在特性を使える。パーシンの臣下レイスがライに託した秘宝は存在特性を一時的に開花させる効果があった。ならば似たような神具・魔導具があっても不思議ではない。
飽くまで可能性の範囲ではあったがライは軽く探りを入れてみた。が……。
「そんな話は聞いたことがないな。この力は私の過去に由来する……が、それを説明する必要はあるまい?」
「まぁ確かにそうですね。でも、それで俺を捕まえられる自信が?」
「さてな。貴公が本当に脅威存在であるならば抑えきれるかわからぬだろうな」
「…………」
存在特性との戦いは相性である。非力な民であったとしても有用な存在特性効果を完全に使い熟せれば成す術なく敗れることもある。
しかし、それは非常に稀な事……。元来、存在特性を使える者は稀有。一部の先天的才能を持つ者以外が目覚めるには何度も死線を潜り抜ける様な窮地に立たねば発露しないのである。
(存在特性の淀みない発動はそれだけ使い慣れてるってことだな。エメラダさんは先天的なタイプか? いや……『過去に由来する』ってことは何らかの環境が能力を目覚めさせた可能性はある、か……)
ライはエメラダの機微の変化を読み反射的に波動氣吼法を展開している。
波動氣吼法は対【神衣】用に考案した技法である。エメラダの存在特性が何であれ即戦闘不能状態になることはない。
しかし……存在特性との戦いは相性である。能力の種類によっては波動氣吼法さえも打ち破られる可能性はある。或いは破られずとも幻覚等で意識を奪われ敗北する可能性も否定はできない。
波動氣吼法も万能防御ではないのだ。先ずは存在特性の看破と現状確認が必要となる。
(……。ボナートさんが動けないのは身体そのものを支配されているからじゃなさそうだな。抵抗の意思があるし周囲には僅かに動かせる筋肉収縮分のあそび幅がある。肉体が動かせるなら精神支配系じゃない……)
ボナートは何かに固定され動けないといった様子だ。思考し体を動かそうとするならば生物停止系の能力ではない。
ともなれば周囲が固定されていると考えるべきだろう。幾つか可能性はあるが、目に見えないということは空間干渉系。または……。
(物質干渉系……もあり得るな)
一概に空間と言っても内には多くの成分が存在する。その一部を操作するか全体を操作できるかでも能力の脅威度は変わる。
だが……ボナートは身体全体の周囲を何かが固定していることを考えれば答えは自然と限られてくる。
(多分、【大気操作】ってとこかな……。時空間概念への干渉や操作ならもっとガッチリ固まっててもおかしくない。【魔力操作】でも似たようなことは可能だろうけど、そうなると部屋の魔力密度が高くないとおかしい。この部屋の魔力、通常濃度のままだし……)
ロウド世界の大気成分の大部分は窒素と酸素、加えて万能なる粒子とも言える魔力も含まれている。大気中の魔力を操作できるならば凝縮し拘束も可能だ。
しかし、エメラダの力では魔力のみに絞り拘束するには恐らく魔力量が足りないと思われる。そこから分かるのは操作できる大気の範囲は限定的だということ。
とはいえ、恐ろしい力だとライは心の中で唸った……。
(トシューラ国にはまだこんな力を持つ人が居るのか……。大戦になるのを止めるの、思ったより大変かもな)
加速した思考を巡らせている間にエメラダは眼前まで迫っていた。そして剣の切先を座ったままのライへと向けると存在特性を続けて発動する。
周囲を固められたライは立ち上がることもできない。しかし、焦りの様子は見せないことにエメラダは躊躇する。
この時、ライは既に波動氣吼を展開していた。そもそも戦う気が無いのでその力をできる限り抑えていたに過ぎない。だが、この期に及んでは無抵抗に意味はないのでほんの少し力を開放した。
対するエメラダは異様な気配を感じ気圧されていた。纏装を使っているならば気付かぬ訳が無い。魔力や氣さえも感じない。にも拘らず、剣が届かぬという確信がある。
「…………。どうやら貴公が脅威存在というのは本当の様だな。だが、私は退かぬぞ?」
「気の済むように存分にして良いですよ。会って直ぐに信用を得られるとは思ってませんから。普通はそれに足る実績が必要だけど今の状況で俺は提示できませんし」
「……メルマー家への貢献は主張しないのだな」
「ハハ……あれは俺の友人の為に動いた結果に過ぎないので。トシューラ国や各領地の為に動いたなら主張はしますがそういうのって証明しようがないんですよ。大体は俺の自己満足だし」
「…………」
「それに……たとえ提示できても捏造と言われたらそれまでです。真偽の判定にだって時間は掛かるでしょう? しかし、今はその時間も惜しい。それなら敵のままの認識で結構です。ただ……」
ライは周囲から掛かる圧力など気にもせず容易に立ち上がると突き出されている剣先に自らの喉元を近付けた。
「あなたの領主としての尊厳や誇りは民衆にとっての利益になるとは限らない。違いますか?」
「魔獣アバドンのことか?」
「まあ、それだけではないんですけどね……」
「…………」
「…………」
しばしの睨み合いの末にエメラダは剣を下ろした。しかし納刀した訳では無い。能力は解除されておらず戦力の対峙は続いている。
「……。良かろう。ならば信用を勝ち取って貰おうか?」
この言葉にライは小首を傾げる。
今し方証明の信用性について容易ではないことを話したばかり。エメラダにライの記憶を見せたところで捏造だと言われればそれまでの話である。
だが、エメラダは証明を求めた。矛盾を提示する以上は提案があると見るべき。故にライはエメラダの提案を待った。
「私と剣で仕合って貰う。但し……纏装や魔法、存在特性は一切使わぬ肉体のみによる真剣勝負。それで私を打ち負かせば貴公の要望に従おう」
「……。意外ですね。あなたは手合わせで相手を測るタイプには見えませんけど……」
「確かに私は剣で語り合う類の者では無いな。が……それでも剣を学んでいる。勝負の中から見えることがある……ソレは貴公も理解しているのではないか?」
「…………。わかりました。但し……あなたがどんな結末を望んでいるのか知りませんが、私は命のやり取りまではしませんからね?」
「それで良い。しかし、一つだけ忠告しておこう。油断などしてくれるなよ?」
その瞬間、ライの周囲を取り巻く拘束しようとする力場が消滅。エメラダの存在特性が解かれたことが判った。
相当なる自信──ライは既に拘束が解かれているボナートへと視線を向ける。意図に気付いた彼は少し呼吸を整えた後その口を開いた。
「……。ライ……【トシューラ七武勇】って知ってるよな?」
「ええ……。確かトシューラの国内に居る強者の中でも特に強いだろうと言われてる人達……のことですよね?」
「ああ。それ自体は巷で噂されている強者を勝手に列挙している様なものだけどな」
【トシューラ七武勇】は誰が言い出したかも分からぬような民間から始まった“強者番付”の類である。と言っても実際には順列が決まっている訳ではなく最高峰だろう七人が名を列挙されるものだ。
流石に民の噂程度のものに王家などの干渉はなく、だからこそ人々は誰が強いかを自由に語り合えるのである。
そしてそれは時折更新される。噂とはいえ名が挙がることは名誉であり、武人達の目標ともなっていた。
「ただな……そこに名を連ねる者達には確かに功績があるんだ。分かりやすいところで魔獣の討伐、大型魔物の撃破、他にも大きな剣術大会の優勝とかな? だから情報については存外ばかにできないのさ。まぁ、この辺りは商人も噛んでるみたいだからな」
「成る程……確かに情報源として商人が居ると正確さは上がりますよね」
「加えて、列挙される者達は身分関係なく平等に挙げられているんだよ。流浪の剣士も傭兵も、勿論貴族もだ」
「…………。つまりはそういうことですか?」
「分かったみたいだな」
ボナートが視線を移した先はエメラダだった。
「スタグメリント領主──エメラダ・ロメリー・スタグメリント。彼女は現在の七武勇の一人だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます