第七部 第十章 第二十二話 エメラダの疑問


 ライの前に立った領主と思われる人物には周囲の騎士達とは違い殺気や怒気は感じない。だが、威厳ある態度は崩さず問い掛けを始める。


「その容姿……。貴公は白髪の勇者ライ・フェンリーヴ……相違ないか?」

「ハハハ……やっぱバレてた。そうですよ……俺はライ・フェンリーヴ。この国……トシューラ国にとっては最も警戒すべき脅威存在……でしたっけ?」

「敵地にて素性を明かすことは死を意味する。それを理解した上での答えか?」

「勿論。但し、簡単に俺はやられない。貴方はそのことも理解してる……違いますか?」

「…………」


 ライの答えに騎士団は明確に殺気立つ。主君に対する態度への怒り、そしてこの地で起きた異常事態への不安……。

 彼等には余裕がないのだ。騎士達の心中を理解したライは少し横柄だったかと態度を改めた。


「今のは言い方が悪かったですね……。実のところ直ぐにでも逃げるのが正しいんでしょう。でも、事態が事態だけに説明くらいしてからと思ったんです」

「ふむ……。では、一先ず敵対する気は無いのだな?」

「勿論ですよ。過去にやったことがやったことだけにトシューラ国が俺を敵と思ってるのは仕方ない。けど、俺は本当はトシューラ国を敵だとは思ってない。この国は親友の故郷でもあるから……」

「……。友……か」


 領主は小さく溜息を吐くとライに背を向け騎士達に呼び掛ける。いや……その呼び掛けは正確には配下にではなかった。


「どうやら貴公の言った通りの人物らしいな。ボナート殿」


 騎士達の馬群の中から一人進み出たのは紺の貴族服の男。颯爽と馬を下り早足でライへと近付く。


「ライ……! ボロボロじゃないか……!」

「ボナートさん……」


 現れたのはトシューラに於いてライと縁深き領地・ドレンプレル領主一族の次兄ボナート・メルマーだ。


「どうしてここに……」

「ドレンプレルはアバドン対策を早く終えたからな。他の領地の対策協力を行ってたんだよ。特に縁深い領地では戦術指南みたいな真似もしていた。ホラ……俺はこれでもお前の戦闘訓練を少し受けただろう?」

「成る程……」


 ライは闘神来訪に備える為に各地にて縁ある者達への訓練を進めていた。特にボナートとグレスはライへ訓練を願い出ていた。指導できたのは僅かな時間だが基礎能力はかなり向上したと言って良い。


「この地……スタグメリントの領主はメルマー家の遠縁なんだ。だから少なからず親交があってな……って、そんな話をしている場合じゃないだろう! 先ず治療を!」

「大丈夫です。怪我は殆どないので少し眠れば回復しますから……」

「そうか……。ともかく、こんな森の中ではな……ゆっくりできる場所へ移ろう」


 無防備にライに肩を貸すボナートの姿に騎士達は動揺している様だったが、領主が手を上げたことで静粛さが戻る。

 丁度良いとばかりにライは騎士達を利用することにした。


「スミマセン。その前に……アッチの方向に騎士達が寝てると思うので起こしてあげて下さい」

「寝てる……?」

「幻覚に掛かって同士討ちを始めたので眠らせたんですよ。全員無事の筈ですが怪我はしていると思うので……」

「そうか……。エメラダ殿」

「承知した。ロブール師団長。一個中隊を連れて指示のあった方向へ先行し確認。騎士達が無事であればそのまま持ち場へ帰還させよ。負傷者は収容後治療院にて静養させる」

「ハッ!」


 素早く指示を行った領主エメラダは再びライへと近付いた。


「さて……済まぬが貴公には同行願おうか。手荒な真似はせぬと約束する故」

「……。しかし……」

「大丈夫だ、ライ。安全は俺が保証する。今は少し気を抜け」


 そういった後、ボナートは小声で言葉を続ける。


(この地の王家の監視は別の任に当たっている。何でも高速で動く大型の魔獣が出て追っているらしくてな……)

「……。ハハハ……」

「ん……? 心当たりがあるのか?」

「はい。ソッチはもう解決したので安心して良いですよ」

「そ、そうか……相変わらずだな。……この場の騎士達は態度こそ警戒しているが信用して良い」

「ボナートさんが言うなら大丈夫かな……。じゃあ、スミマセンが少しだけ寝ます」

「ああ。移動で少し揺れるかもしれない……が……」


 ボナートの言葉が終わる前にライは既に脱力していた。


「……。あのライがここまで簡単に意識を手放すなんて相当な疲労だったんだな」

「脅威存在ライ・フェンリーヴ……。本当に大丈夫なのだな、ボナート殿?」

「ああ。それは保証する。人としての道理を外れない限りこの男は敵には成り得ないさ」

「…………」


 敵地の中で平然と眠りに就いた軽装の男にエメラダは小さく嘆息した。


 領地には格付けがある。親類とはいえアバドン対策に協力して貰った大恩あるドレンプレルの領主一族。メルマー家次兄ボナートが断言した以上、その言葉を信用しないことは不興を買いかねない。

 エメラダに打算があるのは領主としては当然ながら、ボナートの表情は疑う余地なくライを友人として捉えていることが不思議だった。


 実のところドレンプレルで起こった魔王ルーダの一件は領内の秘事とされている。故にエメラダにとってはライが信用に足るという情報が無い。ボナートの言葉とはいえ猜疑心は払拭しきれなかった。


 だが……それは程なく解消されに至る。アバドン出現地帯に先行していた騎士達が目を覚ましその目で見たものの説明を行った為だ。



「う……。ここ……は……?」

「目を覚ましたか、ライ。ここはスタグメリント領主の居城だ」

「ボナートさん……。俺は……」

「覚えてないか……。仕方ないさ。それだけ激戦だったんだろ?」

「はい。……ん? アレ? 俺、説明しましたっけ?」

「ハハハ。お前からはまだだよ。だが、先行隊の騎士達から情報が上がってきている。氷の中に居た城程もある巨大な蟲型魔獣──」


 王家からの公式発表では魔獣アバドンは討滅されたことになっている。トシューラ国内はアステ国以外との交流が絶たれており、商人達には箝口令も敷かれていた。

 徹底した情報隠蔽……しかし、ノウマティンと密かに交流を持ちライとも縁あるドレンプレル領はその限りではない。魔獣アバドンの生存を知るボナートには騎士達の情報だけで全てが理解できたのだ。


「俺、どのくらい寝てました?」

「ほんの一刻程だ。見たところ怪我はないようだが……」

(ああ……。そういや、そう仕込んでたんだった)


 ライは本来なら数日は目覚めない程の疲弊だった。それが僅かの間に目が覚めたのは偶然ではない。自立分身の一体に本体に干渉し目覚めを促すよう事前に命令を出していたのである。


 それでも一刻も掛かってようやくの覚醒。疲弊は間違いなく限界に近い。何より……存在の崩壊が進んだことで回復速度も低下している。現状必要なのは安静……。しかし、アバドンが健在の今はそんな猶予は無い。


(ほんの少しでも眠ったお陰でかなり楽になった気がする。神聖国の様子も気になるし手短に済ませるか……)


 身体を起こしたライは自分が大きめのソファーに寝ていたことに気付いた。部屋は休養所といった感じではなく、様々な調度品が備えられた応接室の様な造りだ。


「ここって……もしかして領主さんの部屋?」

「ここは私の執務室だ」


 未だ警戒が混じった声でライの疑問に答えたのは丁度部屋に戻ってきた領主だった。だが、室内にも拘らず顔を覆う兜は装着したままだ。


「指名手配犯があまり目立って貰っては困るのでな……。ソファーで悪いがここならば尋問を建前に安静にできるだろう?」

「お心遣い感謝致します。それで、早速ですが……」

「魔獣アバドン……相違ないか?」

「ええ。間違いないです」


 この言葉で領主エメラダは盛大な溜息を吐いた。


「つまり、王家は災害級の危険を民に知らせず放置していた訳か……」

「そうですね。俺の話を信じて貰えれば、の話ですが」

「フゥ〜……」


 深呼吸の後、エメラダは間を空けてから口を開いた。


「貴公が幻覚を見せた可能性も考えたが証拠が残っていたのでな。信じるとしよう」

「証拠……?」

「アバドン分体の残骸だ」

「あ〜……。成る程……」


 アバドン分体はライの分身と違い生体を増殖させ分けたものである。故に倒してもその遺骸

は残り処理の必要性があった。


 以前ライが魔法の遠隔攻撃にて殲滅したアバドン分体は植物の苗床となり土に還っている。しかし、各地にて別の者に倒された分体は処理に時間を要したことはライも情報としては知っていた。


「アバドンの残骸って具体的にどうするんですか?」

「放置すると腐敗を始める。放置すれば疫病も発生する恐れもある故に穴を掘り土に埋めるのだが……アバドンは例外なく分体を大量に生む。当然、処理にも労力が必要となるが……この時期に費用がかさむのは痛手だな」


 そう言ってエメラダは再び嘆息した。王家がアバドンを公式に認めていない以上、災害としての支援金も期待できない。他国との大戦に備えねばならぬ現状を鑑みれば領主としては悩みの種だ。

 そんなエメラダの心中を察したライは事もなげに提案を行う。


「アバドン分体の死骸は放置しておいて良いですよ。行きがけに俺が処理していきますから」

「………」

「?……何ですか?」

「いや……」


 顔を覆っている兜で見えないが明らかに怪訝な様子のエメラダ。渡りに船なれど今ひとつ納得……というか理解してないといった反応だ。


「……。改めて聞くが、貴公はライ・フェンリーヴで相違ないのだろう」

「そうですよ?」

「ならば敵国の領地など放置すれば良かろう。いや……寧ろ敵地の負担が増えたほうが貴公には都合が良い筈だ」

「う〜ん……。それ、説明必要ですか?」

「できればな。私には貴公の行動に理解が追い付かぬ。たとえ善意であれこの先トシューラは他国との戦に備えることになる。何故、故郷が優位となる機会を敢えて手放すのか……」


 エメラダはボナートに顔を向けるも今回は笑顔で肩を竦めるだけで応えている。それはライ自身が語るのを待てと暗に伝えているのだ。


「そうですね……。さっきも言いましたがここは友人の国でもあるんですよ。それに……闘神復活の話は?」

「聞いている。が、そんなものは戯言だと思っている。事実、この国の領主は誰も信じていない。メルマー家を除けばな」

「ハハハ……。でも、闘神の話は事実ですよ。今はそれこそ世界は滅亡の瀬戸際なんです。だけど世界は広すぎて守るにも限界がある。より多くを救うには大国の国力が落ちると困る。そして大国が協力しないと人類は生き残れない」

「…………。やはり信じられぬな。どのみち今の王家が変わらぬか滅ばぬ限りトシューラも変わるまい」


 エメラダの言葉を穏やかな表情で受けたライは小さく首を振った。


「トシューラは変わりますよ。それだけの種は蒔かれていました。芽が出ている部分もある」

「種……?」

「はい。俺がドレンプレル領と繋いだ絆だけの話じゃないんです。縁っていうのは本当に不思議なものですよね……。この国とは多くの繋がりもできていたんです」



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