第七部 第十章 第二十一話 疲弊の果ての出会い


 アバドン分体を仕留めたのは消滅属性纏装──。ライは極細の鋼糸を操り関節部の隙間に潜り込ませ内側の生体部分を消滅させたのだ。

 吸収属性で取り込まなかったのはアバドンの吸収能力と拮抗し時間が掛かることを考慮していたが故……。《吸収》よりも上位属性である《消滅》で対応するのが最速と判断した為だ。


「アバドンの奴……魔力を吸収されないようわざと分体が魔法を使えないように創りやがったな?」


 元よりアバドンの狙いはライを限界まで疲弊させること……それは理解している。解っているからこそ対策に限界があることが腹立たしく感じていた。


 ともかく有効手段は見付けた。これよりは時間の短縮が可能……と思いそうだがそうもいかないのが現実だ。

 相手はアバドンの意志で統一された分体。学習し対策を行ってくることは容易に理解できる。内側を消滅させ無力化できるのは精々あと二体程だろう。


(本当に厄介な奴だよ、お前は……)


 常に想定を超えてくる相手というのが敵として恐ろしいものだと痛感するライだが、アバドンも同様の感情を持って対していることなど知る由もない。



 時間が惜しいと感じたライは残されたラール神鋼の甲殻を回収し即座に分身体が戦う特殊個体の元へ転移、撃破を行う。


 想定通り……その後二体までは順調に倒すことができた。問題は四体目から。


「ニャロウ!」


 アバドンの対応は至って単純だった。手足の関節部を固める……それだけのこと。魔力それ自体を一瞬爆ぜることで推進力とし、岩の様に身を固めつつの飛翔だが……無論、それだけではない。

 持ち前の鋭い鎌や脚を放射状に広げ横回転を加えるという、さながら円刃攻撃……身体の構築がラール神鋼である以上、それだけのことが凶悪そのものだった。


 そこでライは特殊個体一体に対し分身を二体を当たらせる。だが、どうにか押し止めるのが関の山だった。


 いや……実際はジリジリと押されていた。ライが分身に使用できた魔力はそれほど多くはない。加えて、アバドン特殊個体が展開している魔力は吸収属性で奪って無力化も不可能。そしてライの攻撃は特殊個体には通らない。

 《天網斬り》がラール神鋼に通じない以上、今のライには決め手がない。


(これは不味いぞ……。取り敢えず一時的に異空間に閉じ込めるか? いや……)


 異空間に閉じ込めればアバドン本体との思念の繋がりは切れるだろう。だが、確率としてその時点から自立行動へ切り替わる可能性は高い。


 異空間は維持の要に魔石を使用している。自立したアバドン分体は間違いなくそれを破壊・吸収する筈だ。

 いつもならば状況を変えられる広大な異空間構築を構築し封じ込めも可能だが、今は如何せん魔力が足りない。疲弊による影響でまだ完全には頭痛も僅かに疼く。使用できる空間収納型腕輪では直ぐに核を破壊されてしまうのは想像が付く。


(なら、概念干渉か……? 俺が使えるのは【幸運】と【進化】らしいけど、進化って知覚できてないんだよなぁ……)


 【幸運】の存在特性は常に状況を大きく変えられる訳では無い。それこそ【運】という不確定要素は大きくも小さくも作用するものなのだ。何より他者を幸運に導くのが本来のライの存在特性──自らへの効果は限定的なのである。

 そしてまだ知覚できていない存在特性【進化】──。使いようによっては強力なものとなる筈だが、実はこの時点で【進化】の存在特性効果は【幸運】と共に他者の間を巡っている事実をライは知らない。


 とはいえ、知覚出来ず存在特性として行使できぬのであれば無きに等しい。選択肢からは当然外れる。


(……。残されたのはコレ、か……)


 ライは自らの胸に手を当てる。そこには大聖霊紋章融合した印がある。


 契約大聖霊の力は概念力……ラール神鋼に対するには十分な力だ。

 反面、懸念もあった。その大き過ぎる力は自らの存在を蝕む原因となっているのである。己の持ち得た存在特性ならばともかく、大聖霊の概念力を使うことは更なる存在崩壊に繋がるのではないかと。


(アトラの話では、オズは大聖霊化、精霊化、半精霊化はするなって言ったんだよな……。なら、霊位格を変えないで概念力だけ使うのは問題ないのか?)


 借り受ける力次第では影響を抑えられる可能性もある。が、やはり不安は拭えない。


「…………。どのみちこのままじゃ本体と戦う前にジリ貧だ。考えられる最小の負担でできることをやるしかないか……」


 最優先は民の犠牲を避けること……その上でアバドンと戦う余力も残さねばならない。


 そこで選択したのはアムルテリアの司る【創造】の概念力──。複雑な魔法式や膨大な魔力を必要としない、極単純な力。

 求めたのは物質の成型。ライはアバドン特殊個体の残したラール神鋼製の甲殻を融合し形状を変化させようと試みる。


 だが……これが至難の技だった……。


 本来、不変性質であるラール神鋼。それは創世神の写し身である大聖霊アムルテリアでさえ創造が不可能という物質である。形状を整えることまでは可能とのことだが、それをライが行使するにはやはり大きな概念力干渉を必要した。

 結果、存在崩壊こそ起こらなかったものの多大な疲労に包まれることは避けられなかった。しかも完全な大聖霊契約紋章頼り……繊細な操作は出来ず、時間も浪費することとなる。


 それでもアバドン分体と対峙する全ての分身を自立型に変化させ作業に集中し四半刻の時間を掛けた結果、ようやく想定の形状へ変化させることに成功した。


「……ぶはぁ! ハァハァ……ひ、疲労感が半端じゃねぇ……。でも、大体の形にはなったぞ」


 アバドン特殊個体の残したラール神鋼の甲殻三つを融合させ出来たのは一本の棒状の獲物。

 それは刃付けこそされていないが紛れもなく刀の形状をしている、つまりは鉄刀である。


 長さは脇差しにさえ届かぬ短刀程……。これはラール神鋼自体の量が足りぬ為だ。


「チョイ短いけど試作とはいえ狙い通りだな。コレが本体アバドンとの戦いの切り札にもなる……筈?」


 再び腕輪型空間収納神具から「回復の湖水」を二本取り出し飲み干したライは膝を抑えつつ重い体を押し上げる。続けざまに静かに深呼吸し最も近いアバドン特殊個体の元へ転移……上空に現れたライはそのまま落下しつつ特殊個体に真っ向斬りを仕掛けた。


 響くのは高く短い金属音。刹那の後、回転飛翔していたアバドン特殊個体は二つに割れ森をを抉りつつ大地に突き刺さる。


「良し……思った通りだ。要はラール神鋼自体に霊位格みたいなのがあって、それが《天網斬り》じゃ斬れなかったって訳か……。だけど、同じラール神鋼同士なら波動氣吼を纏わせれば《天網斬り》も通じる」


 同格のラール神鋼同士で優劣は無くなり、アバドン分体の魔力は波動氣吼で打ち破る。刃付けされていない為にそれでも恐らく断ち斬れぬと判断しての《天網斬り》……。ここでようやくアバドンの絶対防御攻略手段を得るに至る。


 しかし、まだ油断はできない。アバドンが何らかの学習をする前に全ての特殊個体を撃破すべきとライは考える。


 それからの決着は早かった。僅か湯が湧く間も掛からずに全ての特殊個体は殲滅されたのだ。


「ようやく殲滅完了かぁ……。くっ……アバドンの野郎の狙い通りになっちまってるのが癪だな……」


 ここに至るまでライは疲労に疲労を重ねた。いや……それ以前にアバドンと会敵し戦い始めるまでにも簡単には癒えぬ類の多くの疲弊が積み重なっている。例えるなら達人の領域にある者でさえその身を破壊してしまう程に……。

 それは超常と言える存在となったライでさえも無事では済まぬ程の疲弊……当然、休息が必須となる。


 襲い来るのは猛烈な眠気だ。ライ自身がそれを望まぬとも身体が拒否をすることはできない。


 通常のアバドン分体達は未だ残っている。近くの大樹にもたれ掛かりライ分身体が殲滅するまで何とか意識を繋ぎ止める。途中で眠りに落ちる可能性を考え、念の為に自立型の分身体達が維持できるよう残っている魔力を遠隔で分け与えた。


 だが……問題は他にも残っていた。


「悪い、リンキ……。アバドン分体を駆逐するまで封じ込めの継続を頼めるか? それが終わったら帰還してくれ」

(承知。しかし主よ……一つ忠告を……)

「忠告……?」

(この地へ人間が向かって来ている。主が回復するまで我が守るべきではないのか?)

「人間……? ……。あ……そっか。忘れてた……」


 アバドンとの戦いが始まって間もなく、異変を感じた領地の守護兵らしき者達が向かってきていたのは知っていた。まだ距離があると軽く考えていたがアバドン特殊個体との戦いで時間を費やす内に直近まで迫っていたらしい。


 ライ自身が望んで居らずともトシューラ国が敵地であることは事実。対峙すれば相応の対応を取ってくるだろう。回復までリンキに守ってもらうことは正しい選択である。


 しかし……ライはリンキの提案を断った。


「大丈夫だ。そっちは俺が何とかするから」

(主……)

「ありがとうな、リンキ。お前にはいつも重要なところで助けられてる。この礼は後でするよ」

(…………。承知した。主よ……どうか無理はしてくれるな)

「わかってる。さて……と。そんなら早めに動かないとね……」


 トシューラの地に来てライが改めて理解したことがある。それはその地に暮らす者達は他国の民とそう変わらないという事実だ。

 確かに国という体面では敵対──しかし、日々を暮らす者達にとってそれは自衛なのである。


 そしてアバドンと対峙したこの地の領主は民を守る為に即座に派兵した。ならば話し合いができるだけの度量を持ち合わせているだろうとライは推測した。



 闘神との戦いの前に世界を繋げる──アスラバルスに宣言したそれを成すには小さな出逢いも大切にしてゆかねばならない。今はその機会……ライの直感はそう告げていた。


「ハハハ。メトラ師匠に怒られそうだけどね……。ま、駄目なら転移で逃げるさ」


 そしてライはリンキの結界の外へ踏み出した。眠気を精神力で抑え込み森の先へと歩を進める。前方に捉えた人の気配は一個師団・二万人超──。領主の覚悟の程が窺えた。

 大規模派兵なのは当然だった。被害こそライが抑え込んだが、周辺には充分過ぎる程の異変が伝わっている。加えて領主には先行していた騎士団からの連絡も途絶えている。ライはアバドンの影響を解く為に先行隊に使用していた《迷宮回廊》を解除し更に進む。


 そして……丁度、アバドン分体殲滅を確認しリンキが帰還したと同時。ライの間近に騎馬隊が現れる。

 迫った騎馬の先頭には一際立派な鎧に身を纏った細身の人物がいた。全身鎧の胸には家紋が刻まれていることから領主自らが足を運んだらしい。


 取り囲むように配置した騎士達から感じるのは猜疑の念。当然だろうとライは笑いつつ近くの大樹に背を預けた。せめて事情を伝える為にもまだ眠る訳にはいかない……ライは自らに弱い電撃魔法を発動し意識に喝を入れた。


 その様子に益々警戒を強める騎士達だったが、先頭に居た領主らしき人物は颯爽と馬から降りライの前に歩み出る。



 ライの【幸運】は人々を巡る──。


 この出会いもまた巡った【幸運】の一つ……。トシューラの地の邂逅は因果の流れの中にあった。



 

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