第六章 第二話 エノフラハ、再び


 エノフラハの街に到着したライとオーウェルは、直ぐにレダの店へと向かった。



 既に日は暮れかけ建物には明かりが灯り出している黄昏時……しかし、街はいつもの活気に溢れていた。


 暗い遺跡の探索は時間の感覚が狂う為、発掘者が戻る時間もまばらである。それは逆に言えば常に客が存在する状態でもあるのだ。特に酒場は一日中開いている印象が強い。


 そんな不思議な喧騒を通り抜け、二人はレダの店に素早く駆け込んだ。


「ん……お前は確か……」


 店に入ると相変わらずの厳つい男が出迎える。ライはその顔に見覚えがあった。初めてレダの店に入った時に案内してくれた男だ。


「お久しぶりです。店長……レダさんは居ますか?」

「思い出した!あの時の客か!……おう、話は聞いてるぜ!頭は奥にいる。場所は分かるよな?」


 頷き礼を言うライ。前回案内された部屋の前まで移動し扉を叩くと、レダが顔を覗かせ出迎えた。


「おやまあ!……随分と早かったね。まだ時間が掛かると聞いてたんだけどねぇ……おや?アンタ、オーウェルかい?」

「ああ。久しぶりだな、レダ」

「え?知り合いだったんですか?」


 ライは意外な関係に驚く。レダは事情を簡略して語り始めた。


「この街は色んなヤツが稼ぎに来るからね。オーウェルもその一人で何度か用心棒をやって貰ったのさ。しばらく見なかったけど元気だったかい?」

「ああ。最近は村に帰っていたんだ。それよりレダ……聞きたいことがある。この街に誘拐されて来た者の所在を掴んでいるか?」


 オーウェルのこの言葉に驚きの表情を浮かべたレダ。ライに向けた視線が情報を開示して良いのか確認を求めている。この瞬間、ライは悪い予想が当たったことを理解した。


「ハァ~……やっぱり誘拐もフラハ卿絡みですか。で、どこまで把握してます?」

「エノフラハ内は殆ど発掘屋組合が掌握してるよ。ただねぇ……フラハ卿の土地は探れないんだよ。それはそうと、アンタの友達は凄いね。一癖も二癖もある発掘屋組合の連中を纏めちまったよ。お陰で治安管理が随分とマシになった」


 レダの話によると、ティムは商人組合の代表として発掘屋組合の会合に『通信用魔導具』で参加させて貰ったそうだ。

 その際フラハ領の商業不可侵を約束し、代わりにフラハ領外への流通取引の優先権と情報網構築を取り付けたのだという。


 当時はシウト王の退位計画で忙しかった筈だが、いつの間にそんなことをしていたのか……ライは全く気付かなかった。


 恐るべきはティムの才能。何故ライと一緒に王都でダラダラしていたのか機会があれば問い質したいと思うライであった……。


「で、結局子供達はどうなってるんだ?」


 少し焦れているオーウェルは口を開き再度確認。家族を思えば焦る気持ちも当然と言える。


「それが何ヵ所かに別れているらしくてねぇ。フラハ卿の別邸以外は合図で全て押さえられる手筈になっているけど、獣人の子供達は確認出来ていないんだよ。恐らく……」

「フラハ卿の館か……厄介ですね」

「関係ない。俺は家族を取り戻すまでだ」


 表情は変わらないが決意に満ちた目のオーウェル。それを感じ取ったライはオーウェルの肩を叩き頷いた。そしてレダに通信魔導具の使用を申し出る。


「オーウェル。とにかく子供達の確保が最優先だ。その後は脱出に徹しよう。もし安全に助けられたら騎士達が一気に動く……その時にまだ怒りが消えないなら存分に暴れてくれ」

「……ああ」

「じゃあ、少し準備があるから待ってくれるか?出来るだけ情報を共有しとかないと混乱した隙に逃げられる可能性もあるし……」

「……わかった」


 早速、通信魔導具にてティムと連絡を取ると既に情報を掴んでいる様だった。


『フラハ領全域は発掘屋組合が監視してくれてる。で、フラハ卿は今エノフラハにいるのは間違いない。キエロフ大臣から許可は貰った。派手に潰しちまえ、ライ』

「無茶言うなぁ……」

『帰ったら褒賞金も出る筈だから気合い入れてけよ?』

「了~解。そしたら皆で祝杯だな。それと新しいフラハ卿には……」

『お前の考えは分かってる。既に大臣には通してあるぜ?あとは実績……しっかりお願いしますよ、レダさん?』

「ん?勿論さ……出来るだけのことはさせて貰うよ?」


 作戦はフラハ卿の拿捕、もしくは討伐に変更になった。ティムとの通信を切ったライは続いてドレファーの騎士隊に繋ぐ。


「アブレッドさん。準備はどうですか?」

『うむ。丁度、王都からの援軍と合流して連絡しようとしていた。今からエノフラハに向かう』

「エノフラハはフラハの民で浄化したいだろうと思います。アブレッドさん達はエノフラハの周囲に網を張って逃亡者の拿捕をお願い出来ますか?それと……本当に危機の場合は臨機応変でお任せします」

『心得た。四時間程で到着するだろう。その際は連絡する』


 着々と準備が進むエノフラハ包囲網。行動を起こすのは屋敷が寝静まる夜中の方が良いだろうと提案し、レダには発掘屋組合と渡りをつけて貰った。

 腕に覚えのある荒くれ者はフラハ卿拿捕の為ここ数日準備をしていたらしい。どうやらレダは、ティムと連絡を取り合いつつ体制を確立していた様だ。


(流石はティム……恐るべし)


 親友の異常な準備の良さに少し恐怖を感じつつ、ライは改めてレダに相談を持ち掛けた。

 フラハ卿と事を構えるに当たり自分やオーウェルの必需品……特に装備を揃えたかったのである。


 何せライは今、防具を着けていない。


「レダさん。装備と回復薬を揃えたいのですが……」

「ああ……。う~ん……そうだね。じゃあ店の中から好きなの選んでおいで。タダにしとくからさ。回復薬は用意しておくよ」


 レダが鈴を鳴らすと先程の男が現れ何やら説明を受けている。それから男の案内で店内を回りながら装備を揃えるライとオーウェル。しかし、オーウェルは何処か遠慮がちだ。


「俺は装備など要らないんだが……」

「獣人の強さは聞いてるけど、念には念を入れた方が良いぞ?胸当てならそんなに邪魔にならないだろうし……そういやオーウェルはどう戦うんだ?」

「素手だ。【纏装】が使えれば武器は必要性を感じない」

「じゃあ一応これを使えよ。邪魔にはならないだろう?」


 本当は自分で使おうとしたのだが、流石に軽装過ぎるオーウェルを見兼ねライは装備を譲ることにした。攻撃の際、拳を保護する機能付きの手甲である。


「いや……俺は……」

「あ~……オーウェル君?キミはドレファーに着くまでに深傷を負ったんだろ?何でかね?」

「軽装で子供達を庇ったから、だろうな」

「自覚してるなら装備しろ~」

「……うっ……本当は抵抗があるんだよ」


 どうやら無料で装備を貰うことに気が咎めるらしいオーウェル。しかし、誘拐された子供達を慌てて追った為に自分で買うには持ち合わせが無いのだと言った。

 堅い性格は理解していたつもりだが、ここまでとは思っていなかったライ……。


「よし!オーウェル君!キミを雇おうじゃないか!」

「は?」

「子供達救出の為の戦力として雇おう。対価は装備と回復薬。いいな?」

「いや……それは悪……」

「相棒がそれじゃ困るんだけどな……。それに、後から間違いなく褒賞金は出るんだから心配いらないよ」


 しばらく葛藤しているオーウェルを放置し、ライは鼻唄混じりで装備を選ぶ。オーウェルは微妙な表情だ。


 軽量化されている魔法金属の手甲、胸当て、脛当て、それらをライが身繕うと、オーウェルは礼を述べ渋々ながら装備を受け取った。体術が主流ということから動きの邪魔をしないものを選んだのだが、全ての装備が黒いので中々の重厚さに見える。


 ライは軽量鎧を選んだ。残念ながら一般的な革の鎧に金属プレートを打ち付けた装備だが、比較的軽いものを選んでいる。前回の白い鎧の様な掘り出し物はやはり簡単には出回らない様だ。


 装備の準備が終わりレダの部屋に戻ると、回復薬各種が既に用意されていた。流石に仕事が早いとライは感心頻りである。


 そこで、ふと思い出した様にライは自分の所持金をレダに差し出した。


「何だい?料金は要らないって言っただろ?資金は国から貰える事になってるし……」

「それだとあの真面目獣人が遠慮するんですよ。どの道これ持って潜入は出来ませんから」

「う~ん……じゃあ預かるだけ預かっておくよ」

「なら、これも預かって貰えます?ちょっと長くて狭い場所じゃ使いづらいんで……一応、父から貰ったんで売るに売れないんですよ」


 父から譲り受けた剣は少し長すぎてライの戦い方には不向きな代物である。場の勢いで受け取ってしまったが、後で返そうと考えていた。

 要するに邪魔……父ロイが聞いたら涙目だろう……。


「わかったよ。で、アンタの武器はどうするんだい?」

「これを貰いました」


 そうして背中を向けたライの腰には、二刀の短刀が交差している。ショートソードより幾分短めの刀。恐らく建物内など狭い環境での戦いになるだろうと察した選択だった。


 それからドレファー騎士団の準備が整うまで空き部屋を借り、軽い食事を済ませ仮眠を取る。眠気がある訳では無いが魔力と体力の回復は万全にしておいて損は無い。アブレッドから連絡が来るまでは休むことが出来るだろう。




 しかし───。




 ライは微睡みの中でその声を聞いた……。


(……せ。…わせ……)

(何か聞こえる?誰だ?何だって?)

(……を、こ…せ)

(?聞こえないよ……)


【世界を!……壊せ!!!】


 声に驚き飛び起きたライは反射的に身構え周囲を確認している。

 まるで魂を鷲掴みにする様な威圧を含んだ声は、ライの耳元から聞こえた気がした。その恐ろしさで動悸が治まらない……。


「どうした、ライ?悪い夢でも見たのか」


 既に仮眠から起きていたオーウェルは、飛び起きたライを心配そうに見ている。


「ん……?ああ。大丈夫だよ」


 先程の声は男だった……。しかし、明らかにオーウェルの声ではない。そうなるとやはり夢と判断するしかない、と頭を振り気を取り直す。


 気付けばオーウェルは既に装備を始めていた。


「準備してるってことは連絡が来たのか、オーウェル?」

「ああ。レダの配下の男が伝えに来た。今はエノフラハ周辺を騎士達が包囲し始めた様だ」

「そうか……よし!」


 両手で顔を叩き気合いを入れ直したライは、自らも手早く装備を済ませた。


 今回の戦いは今までと別物である。魔導装甲も無く、ラジック製の武器も無い。云わばライの実力一つでの『初めての戦い』と言っても過言ではない。

 回復役も【回復の湖水】もない以上、油断や怪我は死に繋がる。


 加えて何処かで甘えられる仲間もいない。オーウェルは相当な実力者だろう……しかし、事態が事態だけに足を引っ張らない様にせねばならない。ライにもその程度のプライドはあるのだ。


 そんなライが気を引き締めていると扉を叩く音が部屋に響いた。どうやら準備は整った様だ。


先刻さっき、ノルグーから連絡があってね?トラクエル卿の拘束と領土の統治が完了したそうだよ。騎士の何人かは今こっちに向かって来ているみたいだけど、何ぶん距離があり過ぎるからねぇ……」


 その中には間違いなくフリオが含まれているだろうとライは理解した。例え援軍が間に合わなくてもレダの報告はライが奮起するには充分だった。


「よし!行こうぜ、オーウェル!!」

「ああ!」


 時間は日を跨いだ夜中過ぎ。一部の酒場以外は寝静まる時間である。ライ達の目的は誘拐された子供達の救出、及びフラハ卿拿捕、ないし討伐。



 それは、後にシウト国の歴史書に記される大事件の始まりだった……。


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