第五部 第五章 第八話 もう一つの故郷


 神羅国陣営を出たライとメトラペトラは、陣から少し離れた位置にトビとミトを見付けた。

 そしてその側には神羅国で出会った友人達も一緒だ。


 ライの行動は既に皆にも伝えてあるので、実質別れの挨拶に来たと言って良い。


「スミマセンでした、トビさん。連絡役助かりました」

「何……この程度、大した仕事ではない。それより、久遠国側はもう良いのか?」

「はい。挨拶を全て終えてきました。後は明日に備えるだけです」

「そうか……」

「あ、そうだ。これを渡しておきますね」


 ライが懐から取り出したのは、二つの道具袋。どちらの袋の中身も指輪ギッシリと入っていた。

 それは以前、トビがライに依頼していた念話通信用の神具──。


「随分多いな……」

「久遠国だけじゃなく神羅国でも必要になるでしょう?急拵えですがディルナーチ大陸なら全域届く筈です」

「……助かる。これなら神羅国との連携も容易になるだろう」


 トビは袋の一つを神羅隠密頭シレンに手渡した。



「ふむ。やはり惜しいな……。ライ殿にはもう少し居て欲しいところだったが……」

「仕方あるまい、シレン殿……。ペトランズ……ライの故郷側を魔獣が荒らしているというならば、今でも気が気ではあるまいしな」

「トビ殿の言う通りか……いや、済まぬ。無神経だったな」

「いいえ……惜しんで貰えて嬉しいですよ。でも、今の皆さんなら大丈夫と思ってるからこそ安心して帰れるんです」

「………そうか。ならば、その期待に応えねばな」


 両国の隠密頭が揃っている現状は以前では到底考えられないものだった……。


 そしてそれは、最近まで命のやり取りをしていた隠密達こそが一番身に染みて分かっている。

 同時に、隠密達の願いを叶えるにはこの期を逃す訳にはいかぬことも……。


「済まない、ライ……。結局俺達は、最後までお前に頼りきりになる」

「良いんですよ。俺がやりたくてやるんです」

「それでも済まない。そして……ありがとう」


 義手ではない方の手を差し出し握手を求めるトビに、快く応えるライ。


「……フッ。今更な話だが、最初はお前とこうして親しくなるとは思わなかった」

「トビさん、キツかったですからねぇ……」

「だが、今なら分かる。ドウゲン様の判断は正しかった」

「ハハハ。………。トビさん。これからが本当の意味で大変ですよ?」

「分かっている。だが、いつか……お前がディルナーチ大陸に再訪する時までには、きっと安定させて見せるさ」


 今後の隠密の役割は民の不満を解消することや外敵への警戒に変わって行くだろう。


 民の為に働くことは誇りにも繋がる筈だ。


「ミトさん。トビさんを支えてやって下さい」

「はい。お任せを」

「シレンさんも頑張って下さい」

「うむ。ここまで御膳立てして貰ったのだ……任せてくれ」

「はい」


 更に隠密達の後ろには雁尾領の面々が待っている。


「オキサト君」

「ライ殿……話は聞いたよ。でも、何でそこまで……」

「友達の為、かな……。俺は結構馬鹿だからね。友人を幸せにする方法が他に思い浮かばなかったんだよ……。どうしようもない奴だろ?」

「そんなことはない!ライ殿は……」


 優しいから皆救われたのだ、とオキサトは涙を浮かべる。


「……ありがとう。でもね?オキサト君はちゃんと考えて行動する様になって欲しい。俺みたいに我が儘だけで通すんじゃなくて、皆で考えて最善を探して欲しいんだ。オキサト君にはそれが出来ると、俺は信じてるよ」

「……うん」

「あと、我慢して溜め込んじゃ駄目だぞ?ドウエツさん、カズマサさん、ヒナギクさん、それにゲンマさん達には甘えたり相談したりして良いんだ。皆、家臣であると同時に友人なんだから」

「うん……そうする」


 そしてライはオキサトに握手を求めた。


 最期に包容ではなく握手を選んだのは、オキサトを対等に扱っている証……オキサトはそれが嬉しかった。


「ドウエツさん。俺が言ったこと、忘れないで下さいね?」

「分かってる。任せてくれ」

「はい……」


 この先、雁尾領の要となるのは間違いなくドウエツだ。だが、今のドウエツならば見事に役目を果たす筈。

 負い目ではなく、忠臣としての誇りを……そうすればドウエツも罪の意識もいつか消えるだろう。


「ところで……カズマサさんはヒナギクさんといつ結婚するの?」

「ちょっ!ラ、ライ!いきなり何を……」

「いや……フウサイの件で身分と稼ぎが良くなったでしょ?」

「いや……ま、まぁ、確かにそうだけどさ」


 相変わらずチラチラとヒナギクを見るカズマサ。

 今のヒナギクは満更でも無い顔をしている様に見えるが、普段からニコニコとしているだけにハッキリと判らない。


 そんな様子に、ライはカズマサに耳打ちを始める……。


「本当は、勇者は早めに結婚した方が良いんだぞ?危険の最前線に立たされるんだから、子孫残しておかないと……」

「そ、そんなこと言ったらライだって……」

「俺、次男だからさ?慌てなくても長男が血を残すんだよ」

「な、成る程……」

「ま……ヒナギクさん魔人らしいから年齢は慌てる必要も無いだろうけどね。でも、好きなら頑張れ」

「……わ、わかった」


 そんな会話を聞いているメトラペトラ。自分がライの為に進めている計画はやはり間違っていない……そう満足気に頷いている。


 今後、メトラペトラのハーレム推進は益々加速するだろうことをライは知らない……。



「ヒナギクさん。カズマサさんを助けて……いや、支えてやって下さい」

「勿論です」

「だってさ……良かったね、カズマサさん?」

「……ありがとう、ライ。必ず……また会おう」

「おう!」


 互いに拳を合わせ笑う二人の若者。それぞれの大陸に別れる勇者達……しかし、再会が果たされる日はそう遠くはないだろう。


「さて……。ゲンマさんは……また随分と凛々しいですね」

「ひ、髭は評判が悪いと判ったからな……」


 髭を剃りこざっぱりとしたゲンマは清潔な印象の袴を着ている。

 一見して、何処かの領主と言われても疑われない存在感……ゲンマはそれを醸し出していた……。


「うん。やっぱりその方がカッコ良いですね」

「そ、そうか?まぁ、修行すると汚れちまうから、俺としてはいつもの姿のが楽なんだがな……」

「ハハハ。ゲンマさんらしいや………」

「俺は別れは言わんぞ?また手合わせしようや」

「そうですね……次に会う時を楽しみにしています」

「見てろよ?絶対に驚かせてやるからな」


 やはり拳を当てた挨拶……ゲンマの成長が楽しみなライは、思わずニカリと笑った。



「イオリさん……は今朝方まで一緒だから、今更な気もしますが……」

「ハハハ……。結局完成がギリギリになったけど、お陰で『精霊銃』は良い出来になったよ」

「今後『精霊銃』使いの弟子入り希望者も出てくるんじゃないですか?」

「そうしたら……ヒョウゴも喜ぶかな?」

「はい。間違いなく」


 己の生きた証を残せるのだ。人として喜ばぬ訳がないとライは思った……。


「今後、それ以外でもイオリさんに教えを乞う人が増えるでしょう」

「魔法のことだね?」

「はい」


 イオリに渡した魔法の知識を込めた神具は、追加で魔導具作製技能も加えた。

 イオリは嘘を見抜くだけでなく有能。相応しい者に相応しい物を……これでディルナーチの魔導具不足も幾分なり解消する筈だ。


 そして魔法の知識……特に回復系は、今後多くの者がそれを求める様になる。そちらも今後のディルナーチには欠かせぬものとなるだろう。


「私は今後、カリン様の元で国政の補佐をすることになったよ。その片手間になるかも知れないが、魔法の学舎を創ることも考えている」

「それは良いですね」

「まさか、世捨て人だった私の生がこれ程変わるとはね……。それも君のお陰だよ、ライ君」

「……ミツナガさんとの友情、大事にして下さい」

「うん。もう間違わないさ」


 イオリと握手を交わした後、最後に向き直った相手……。


 神羅国最後に別れを告げるのはサブロウ。その姿は老人に戻っている。


「何じゃ……。あの『女誑しモード』じゃ無いのかぇ?」

「お、女誑し?だ、大聖霊様……私はこちらの姿が慣れて居ります故」

「一応お主にも言っておくが、強者は子孫を残すのも役割じゃぞ?カズマサが勇者になったのは良い例じゃろ」

「一応頭には入れておきますが、先ずはディルナーチの安定が先ですので……」


 苦笑いで応対するサブロウ……。その姿はとてもディルナーチ最強の男には見えない。


「サブロウさん」

「ライ殿……世話になったな」

「いえ……サブロウさんが居れば殆ど俺は必要なかった気がしますよ?」


 サブロウはライの肩に手を置き首を振った。


「私では見捨てた事態もあった筈だ。力尽くで対応した可能性もある。そうならなかったのはライ殿が居たからこそだ……そのお陰で今、この場の者達が心穏やかに『首賭け』を迎えられている」

「…………」

「どうか胸を張ってくれ……。そして、最後の役目……本当に感謝する。本来は私が代わっても良いのだが……」

「それじゃ、カリンさんを守る役割が果たせなくなっちゃいますよ。これは異人の俺だからこその役目……演じるのは得意なんですよ、これでも?」

「済まぬ……ありがとう」


 最後に手の平を組み合せた二人は、笑顔で別れを告げた。


「また会おう。我が友、勇者ライ・フェンリーヴ殿」

「また会いましょう。ディルナーチの友人、コウガ・サブロウさん」


 最後に見守っている全員に向け頭を下げるライは、満面の笑顔を浮かべた。


「お世話になりました。久遠も神羅も良い人達が多かった……。本当に来て良かったと思っています。……。ディルナーチは俺にとってのもう一つの故郷です。だから、また……」



 いつか必ず──そう約束してライは空高く昇って姿を消した……。



「………。ライ殿がペトランズから戻る時までに、神羅をより良くするのが我々の役目……だろう、イオリ殿?」

「そうですね……サブロウ殿。今の私達ならば……」

「うむ。必ずや成し遂げられる」

「その為の明日……」



 ライはそのまま御神楽に帰還し翌日に備える。



 そして遂に──ライのディルナーチ滞在最後の日……久遠・神羅両王による因縁の終止符、『首賭け』が始まる───。





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