第四部 第七章 第十四話 友との別れ
朝食を終えたクレニエスが自室に戻ると、奇妙な姿勢で落ち込んでいるフクロウの姿が……。
それはまるで、人間が眉間に手を当てている様な器用な姿。しかも何やら唸っている。
(くっ!……何だコレは?本当に俺は呪われてるのか?)
クレニエスに誘われやって来たドレンプレル。本格的な偵察……のつもりではなかったが、調べてみればこの通り問題の発生である。流石のライも、こうなると己のトラブル体質を本気で自覚せねばならない……。
「……どうした、プクロウ?」
「いえ……ちょっと眩暈が……」
「………貧血か?食事を持ってきたが……」
「……あ、ありがとうございます」
違う!そうじゃないんだ!と頭を振るプクロウ・ライ。大体、今回のトラブルの元はアンタの家だよ!と口に出し掛けてやめた。
しかし……ライは実際問題としてかなり困っていた。
トシューラ国の大領地、ドレンプレル。これが侵略を始めればイシェルド国の様な小国は一堪りもない。アクト村・天猫教会に配置した結界など一時凌ぎにしかならないだろう。
更にイシェルド侵略は他の『高地小国群』への侵略をも意味する。エクナールをトシューラから分断する為に奔走していたライにとっては、迷惑千万だ。
当主争いというのであれば、当事者のクレニエスに助力を願える環境でもない。
いや……集めた情報では、そもそもクレニエスは跡目争いに参加をしないとのこと。恐らく跡目が決まったら出奔し、世界をその目で確認をしたいのだろう。ならば、尚更巻き込むべきではない様に思えた。
「………どうした?食べないのか?」
「……い、頂きます」
「………何を隠している?」
「……せ、政治的な話です」
「………ならば聞かないでおこう」
クレニエスは、この不思議なフクロウがトシューラの者ではないことには勘付いている。しかし……政治的な話に発展すれば、立場上互いが語らうことは続けられなくなる可能性を恐れていた。
勿論、ライとしても折角の縁をこんなことで壊したくない。
踏み込んで良いギリギリを探りながらという友情が『本物の友情』かはともかく、少なくとも互いが対立することは避けていた二人。
そんな配慮も虚しく、二人は後に対峙することになる………。
「……それで、どうする?」
「何がです?」
「……都合が悪いなら、話は諦めるが」
「………大丈夫ですよ。……いや……先に言っておくべきですかね……」
プクロウ・ライはクレニエスを真っ直ぐ見つめる。
「私とあなたの立場は恐らく対立している……そのことは何となく判りますか?」
「…………ああ」
「でも私は、今から二日はあなたの友人であり続けます。あなたの友として相談に乗るし、聞きたい話には答えましょう。出来ることなら救いや願いでも叶えましょう。でも、それは二日だけ……それ以降、私はここから姿を消す」
「……………」
「だからもし、それ以降に出会った人物が俺だと気付いてもそれはプクロウじゃない別人です。その時は友情ではなく立場を優先して下さい」
「……わかった」
ライの真剣さが伝わったのかクレニエスは真っ直ぐに視線を返している。
「逆に言えば二日は友として居られます。あなたがしたいようにして良いですよ。その間はお付き合いしますから」
「………ありがとう」
二日という区切りはイシェルド遠征を始める日までの期間を区切りとしたものだ。
それはライのせめてもの誠意。クレニエスもそれは充分理解している。
「……という訳で、私は残りの日数で私の見た世界を出来るだけお見せします。聞きたいことがあれば遠慮なくどうぞ」
「………ありがとう」
再び感謝の意を述べたクレニエス。ライは昨夜同様、語りながら記憶を見せ始めた……。
クレニエスからすればライの記憶など所詮は他人のものに過ぎないだろう。だからこそライは、クレニエス自身がその目で世界を見られることを祈りながら語り続ける……。
そうして二日が過ぎる迄の間、二人の友情の陰で実に様々な出来事が起こっていた。
まず、本来の目的であるリーブラの民。
救出したリーブラの民は『彷徨う森』によってスランディ島国へと送られた。残りの者はリーファムが発見し次第、スランディ島国へと送る手筈になっている。
『高地小国群』防衛に関しては【猫神の巫女隊】を画策し大量の神具作製を行った。更に国境付近には、様々な策や仕掛けを要所に配置。防衛線を張るに至る。
本体ライは、自分で自分を誉めたい程に実に良く働いたのは間違いない
一応ながらドレンプレルへの防衛を備えはしたが、まだ確実性は足りない。最終的には遠征中のドレンプレル兵の様子を伺いつつ、行軍不能に陥れねばならないと考えていた。
そして……瞬く間に二日が経過した──。
「……今日でお別れです。だから、最後くらいは腹を割って話しませんか?」
「…………ああ」
少し寂しげに頷いたクレニエス。
この二日……ライは様々な世界をクレニエスに見せた。美しいものばかりでは『世界を知る』とは言えないのだ。
だから『政治の話をしない』というルールを少し変更し、世界の現状としての悲劇や問題点も語りつつその背景となる事情や原因も伝えた。
イポリッドが死に至った原因たるカジーム国……その歴史背景と現状、暮らす者の姿を見せた時、クレニエスは悲しげな目をしていた。
同様に王子パーシンの運命に関しては衝撃を受けた反面、羨ましげな感情も浮かべていた。
クレニエスという人物はきっと優し過ぎるのだろう……ライはそう判断した。
「私は……俺はトシューラと対立する国の勇者、ライと言います。この姿は俺の能力で作った分身。それは勘付いてたでしょう?」
「……薄々だがな」
「俺がこの国に来たのはある国の民を救出する為……。それを邪魔されないようにドレンプレルの軍を偵察しに来た。あなたに出会ったのはそんな時です。……で、今に至る訳ですが……」
少し間を置いたのは、ライ自身の躊躇であることをクレニエスも理解している。
「俺はあなたの誠意の裏側で情報を集めていた。この点は謝罪しなければなりません」
「……構わない。元は俺が招いた。お前に非はない」
「……ありがとうございます。それで……知り得た情報では、ドレンプレルは今日他国へ侵攻を始める。俺はそれを止めねばなりません」
勇者だからではなく、縁のある者達の為に……。そう判断したとクレニエスに伝えた。
「だから……俺はこれからドレンプレル兵と対峙します。意味は分かりますね?」
「……ああ」
それはメルマー家……クレニエスの兄弟と対峙することを意味する。
「……クレニエスさんは旅立たないんですか?」
「………」
「あの娘……エニーでしょう?あなたが旅立てない理由は?」
「………」
「なら、あの娘と一緒に逃げるべきだ」
「………無理だ」
「クレニエスさん」
「……複雑なんだ。理由が絡み合って俺は動けない」
「でも、このままじゃあの娘だって……」
「………頼む。もう……」
クレニエスが絞り出した小さな声に、ライはそれ以上問い掛けをすることが出来なかった……。
優しくて不器用……ライがクレニエスを見捨てて置けなかったのは、似た者同士だったからかもしれない。
「わかりました……では、その話は終わりにします。……最後に一つだけ良いですか?」
「………ああ」
「理由はどうでも、生きることを諦めないで下さい」
「……大丈夫だ。そんなつもりはない」
「ハハハ……余計なお世話でしたね。これで安心してお別れ出来ます」
「……プクロウ……いや、ライ。楽しかった」
「俺もですよ。……。いつか、また会えると良いですね。出来れば立場に関係無く」
「……ああ」
「あ~……。湿っぽいの苦手なんで……もう行きます。それでは!」
翼を広げたプクロウ・ライは、開け放たれていた窓から飛び出した。そのまま彼方へと飛翔しながら少しづつ霧散を始め、やがて完全に姿を消した。
クレニエスはしばらく窓に視線を向け余韻に浸っていたが、何かを決意したように部屋を出る。
奇しくもその日はクレニエスの母、クレナの命日だった……。
「どうした、ライよ?」
アクト村、修行中のライは突然動きを止め天を仰ぐ。メトラペトラとリクウは、弟子の様子が少しおかしいことに違和感を覚え声を掛けた。
ライは時折こんな表情をする。その殆どの場合は、分身が経験したものが原因であることは事前に説明されていた。
だから、今回もそうであろうことは分かっていた。だが、やはり聞かずにはいられないのが師匠の性というもの……。
「……トシューラが攻めてきます」
「……やはりか。それで駆け回っていたんじゃろ?準備は済んでおるのかぇ?」
「はい。でも気になることがありまして……」
「話してみよ」
「…………」
ドレンプレル領がイシェルド攻め入る理由は跡目争いであるが、どうしてもクレニエスが去らない理由がわからない。領主の地位が要らないのであれば……エニーを連れて旅に出れば済む話なのだ。
そんなライの疑問に答えたのはリクウだった。
「恐らく其奴は兄弟を嫌ってはいないのだろう」
「あまり仲が良さそうには見えませんでしたが……」
「家族の繋がりはそう単純ではない。それと恐らくだが、死んだ領主に何かあるのかも知れん」
「…………」
「まあ、あまり考えぬことだ。お前は他人を理解しようとし過ぎる。それは戦いの場では枷でしかない……。例えお前が常人離れしていても、戦場はそういった者の足を確実に掬いに来る」
リクウの言葉が正しいことは理解している。己の力に過信はしていないつもりでも、己の力を頼りに解決しようとしている以上どうしても無意識に手心が加わってしまうのだ。
「お前は厳しい戦いの経験は多いが、戦い自体の数は少ないのだろうな。それが幸か不幸かは知らん……。だが、戦とは本来命のやり取りだ。まぁ言っても聞かんだろうが、お前が傷付けばそれを知り苦しむ者を理解することだ」
「……少し前、ある人に似たようなことを言われました」
「そこからも判るだろう?お前は良き者に囲まれているのだぞ?大聖霊やトウカにあまり心配を掛けてやるな」
「そうですね……ありがとうございます、リクウ師範」
リクウはリクウなりにライを気遣っているのだろう。
二日前……天網斬りの修行を再開したライは、転移で現れたメトラペトラを斬り掛けた……。あの時、ライは力に対して明らかな恐れを見せたのである。
その姿を見たリクウは、『異国の勇者ライ』への疑念を全て振り払ったことをライ当人は知らない。
リクウがライに対して危惧していたものは、その力に飲まれることである。
力を得ればどんな信念でも通そうとする人間をリクウは幾人も見てきた。ライの無謀はその類いであり、救いたがるのはその為だとばかり思っていた。
だが……御神楽で聞いた幸運竜の『地孵り』という話の後、幸運竜ウィトの在り方を聞いたリクウは衝撃を受ける。
ウィトはただ純粋に人に寄り添い続けた訳ではない。それは伴侶だった当時の神の影響なのだという。
そしてメトラペトラを斬り掛けた際の怯え方……ライは間違いなく親しい者達を軽んじていた訳ではない。
(トウカよ……お前の目が正しかったな)
ライを信じたトウカは、だからこそ惹かれているのだろうとリクウはようやく理解した。
「それで、どうするのだ?」
「迎え撃ちます。その前に、もう少し対策を打とうかと……」
「良かろう。少しなら手伝ってやる」
協力的なリクウに、メトラペトラはニヤけた笑いを浮かべていた。
「な、なんだ、大聖霊?」
「……いや。お主も師じゃと思うてな?」
「ふん……お前ほどではないさ」
確かにライは恵まれている。トラブル体質に反して集まる人物は善人が多い。
だが世の中は、その善人同士すら対峙することを忘れてはならない……。
ともかく、それからライは再び慌ただしく行動を始める。
まず始めたのは、主要な交易路の封鎖。大地を広範囲に大きく抉り断崖を生み出し、大地魔法で橋を架ける。楔を抜けば即座に崩れる仕掛けだ。
アクト村の教会にある純魔石には機能を追加。探知機能を付加し敵に備える為の警報まで準備を進めている。
一番労力を使ったのは、『高地小国群』が陸の孤島にならないよう道を造ることだ。
何と……事もあろうに『高地小国群』とシウト国を阻む山脈に交易路を掘り繋いだのである。ライと言えどかなり苦労したのは言うまでもない。
道路は吸収魔法で削りつつ大地魔法で固めるという徹底ぶり。灯りに魔石を配置し、岩盤崩落を避ける為に弱い岩盤や水脈以外を感知纏装で確認つつ《千里眼》で最適なルートを選択。
シウト側と正式な交流を結んだ際に開通するよう簡単に破れる岩壁を残したが、いざという時は避難路として利用出来るようにしてある。
「えらい手間だな……やはりアホは治らんか」
「治るわけなかろう。ライじゃぞ?痴れ者じゃぞ?」
「……そうだな」
(くっ……酷い言われ様だ)
しかし、ライの仕事はまだ終わらない。
【猫神の巫女隊】に同行していた筈の本体ライは、実はコッソリ入れ替わっていた分身体。だが、再び本体と入れ替わる必要が発生していたのである。
エクナール国の魔獣を『裏返り』させる為にはどうしても本体でなければならない。ライの本体と分身体では出来る事に差異がある故の選択だった。
本体のみしか出来ぬこととして最も大きいのが【大聖霊紋章】の使用。『存在の再構成』は、大聖霊の力あってこそのもの。分身では行えないのである。
そんな過程の中で意識が途切れそうになりながらも、エクナール国の魔獣は見事に聖獣化を果たした。
これで聖獣が防衛の力となってくれることをライは期待している。
まだハッキリとは自覚をしていないが、実はこの時点でかなり疲労がライに蓄積していた。その最たる理由が『分身』である。
これ程の長期間、多くの分身を出し続けたのは初めてのこと。その疲労は遂に違和感を起こし始めていた。
現在展開している分身はスランディ国の一体のみ。だが、既に軽い頭痛に苛まれている。
(……少し怠いな。でも、もう少しの辛抱だ………終わったら爆睡しよう)
ドレンプレルの兵がイシェルド国境に襲来するのは、それから数日内のことである……。
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