幕間⑪ 災害への序章(後)


「魔王国……本当かよ?」

「いかにも。殿ではそうなるのでしょうな」


 ペトランズ大陸会議への『魔王国』の参加──。


 実質の大国会議であるエクレトルの会議場では響動めきが起きていた。

 特に今回、驚き通しのトォン国王マニシド。事情を知らされていないので、実は最も蚊帳の外かも知れない……。


「じゃ、じゃあ、お前は魔族なのか?」

「いいえ。カジーム国に住まう我々は魔族ではありませんよ?」

「なら、何だって魔王国なんて話に………」

「その説明は、あたしがするぜ?」


 一歩前に踏み出したのは浅褐色の肌をした少女だ。


「その前に自己紹介といこうか。あたしの名はエイル・バニンズ……三百年前に世界を危機に陥れた魔王だ」


 マニシド、遂に白眼!


 いや、マニシドだけではない……傍に控えるブライも当然ながら白眼だ。数少ないシリアス要員のパイスベルですら白眼である。


 伝説の魔王が突然眼前に現れたのだ。しかも美少女……その心情は察して余りあるところだ……。


「ハハハ……そんな畏まんなくても良いぜ?今は只の『恋する魔人』だから」

「…………ハッ!ちょっと待て、娘!冗談にしては質が悪……」

「冗談じゃねぇよ。あたしは正真正銘『三百年前の魔王』だ。それも含めて説明するぜ?」


 エイルはカジーム国の歴史を語る。


 魔法王国、その王族の末裔レフ族の歴史──そして、三百年前に起こったカジームの民の悲劇を……。


 その場の者は皆、無言でエイルの話を聞いていた。ある者は痛切な表情で、ある者は涙を浮かべ、またある者は苦々しげに……そして無表情の中に歯噛みする者も……。


「とまあ、こんなところかな?あたしが封印から出たのは最近の話で、三ヶ月と経ってない。封印から出たあたしはある男に救われた。だから、魔王じゃなくなった」

「……こりゃあ……俄にはな……」


 マニシドはアスラバルスに視線を向ける。気付いたアスラバルスは申し訳なさそうな表情でエクレトルとしての見解を述べた。


「事実だ。エクレトルはカジーム国のことを承知していた。だが、人同士……国家の争いに関与することは出来ぬのだ。例えそれが、侵略であってもな……それこそが天使の業とも言える」

「……まあ、お前らの立場は理解してるさ。だが……」


 今度はクラウドとパイスベルに視線を向けるマニシド。その視線はかなり厳しいものだ。


「……幾らなんでも酷ぇ話じゃねぇか?え?お二人さんよ?」

「……う~ん、そうだねぇ。酷いよねぇ、確かに。うん。アステはこの場で謝罪し【魔の海域】の領海権を放棄します。ごめんなさい。……これを以て少しでも謝罪になるかな?」


 マニシドはとうとう顎が外れた……慌てて顎を嵌め込み、捲し立てる。


「おい、坊主!んな軽い謝罪があんのかよ?」

「え?いやぁ……僕は何も知らなかったんだよ?魔王国……失礼、カジーム国に行ったことも無かったし、何も聞かされていなかった。三百年もある内にどうしてそうなったかは知らないけど、少なくとも最近公務に就いた僕は初耳だ。でも、悪いとは思うからこそ【魔の海域】を譲ると言ったことは理解して欲しいね。海王の居ない今、アソコは莫大な利を生む……違う?」

「……………」


 マニシドは即座に理解した。クラウドは嘘を吐いている、と……。


 そして実際クラウドは嘘を吐いている。全てを知っていた上でクラウドはカジーム国を救おうとは考えなかったのだ。

 それは侵略する側からは当然のこと。そこはマニシドにも理解できる。


 しかし、この時マニシドの背には怖気が走ったという。それはクラウドという存在の異常性が原因だった。


(ルーヴェストの言ってた通り得体の知れねぇ野郎だな、オイ………)


 魔の海域はトォンとアステの両国がその領有権を巡り長らく争っていた領海だ。誰のものでもない状態での領海主張は両国が建国されて以来続くもので、それぞれの国では当然の様に『自国の領海』として認識されている。子供ですらそう教育されて育つのだ。


 仮にもクラウドは一国の王子。最も責任ある立場である存在が『領海を放棄する』と述べたことは母国へ裏切り……狂人と取られて然るべきもの。もしマニシドがクラウドの立場だったとしても、絶対に行わないその言動……それが意味するものこそマニシドの怖気の原因である。


(コイツ……自分の国を何だと思ってやがる………)


 クラウドには愛国心など無い……その答えに辿り着いた時、益々怖気が増したマニシド。


 クラウドに国への執着がないのであれば、トシューラ国との同盟自体にも意味を持っていないのである。

 にも拘わらず、トシューラ・アステ両国は魔王討伐の折に発生した艦隊の損失や兵士の犠牲について揉めた様子も見当たらない。


(コイツは何を狙ってやがる?トシューラと繋がっている狙いは何だ?いや……その前に………)


 アステ国王族は無事か?マニシドの危惧は増すばかりだった。


「マニシド王……どうした?」


 険しい表情で固まったマニシドを心配気に見つめるアスラバルス。マニシドはようやく我に返り思考を切り替えた。


「いや……何でもねぇよ」


(クラウドに対する件は後だ。今は会議に集中しないとマズイ……)


 大国の王であるマニシドは流石の胆力と言える判断の早さだ。


「悪ぃがウチは譲る気は無いぜ?あの海域はトォンが貰う」

「いや、もう遅ぇぞ?あの海域には支配者がいる。手を出しゃ安全は保証しねぇ」


 カジーム国の中で最も屈強そうな男は退屈そうにアクビ混じりで語る。


「……ほう?支配者ってのはテメェか、若僧?」

「はぁ?俺がそんなメンド臭ぇ真似すっかよ……コイツだ、コイツ」


 男は担いでいた大剣を宙に放り投げると、円卓の中心辺りてでピタリと停止した。宙に浮く大剣に視線が集まると唐突に盛大な笑い声が響く。室内ではなく脳内……トォンとトシューラの護衛は警戒体制を取った。


『フハハハハ!我こそが新たな【魔の海域】の支配者よ!我の縄張りに踏み込むならば覚悟せよ、人間ども!』


 剣が喋った……その事実にマニシドはまたも驚愕したが、今回は我に返るのも早かった。


「たかが剣が海の支配者だと?フン……ナメた話だな」

『この姿は仮のものだ。我が名はフィアアンフ!最強の竜よ!フハハハハ!」

「く、【黒の暴竜】フィアアンフだと?嘘を吐くな、嘘を」

『嘘ではないわ!くっ……!エイルよ、説明してやれ』


 エイルの前に移動した大剣は形状を変えそのままエイルの腕に巻き付いた。


「嘘じゃねぇよ、トォン王。これは正真正銘の黒竜フィアアンフだ」

「……暴竜フィアアンフは勇者バベルに倒された筈だぞ?」

『正確には勇者バベルと力比べをした際に賭けをしたのだ!結果、敗れて剣に変えられた!フハハハハ!』


 自分の黒星すら白星の如く語るフィアアンフ。流石アニキは色々な意味で器が違う。


「……だが、何でお前らと一緒にいる?」

「魔王だったあたしを封印するのに使ってたんだよ。だから一緒にいた……今は剣だけど自由に竜になれるぜ?竜に戻ったアニキ……フィアアンフは【魔の海域】にいる魔物を制圧したから、許可なく海域に入ると魔物に襲われちまうぞ?」

「ちっ!実効支配じゃねぇか……尚更質が悪ぃわ」


 海王不在の魔の海域ならば領海を容易く手に入れられる……そんなマニシドの目論見はあっさり崩れ去った。


「だが、カジームは国と認知されてねぇだろ」


 この言葉に反応したリドリーは改めて各国代表を見回した。


「だからこそ我々はこの場に来たのです。カジームを国として認めて貰う為に」


 リドリーの視線に答えるようにクローディアは首肯く。


「我がシウトは縁あってカジーム国の少女を保護しました。その少女から過去の経緯を聞き衝撃を受けたのです。そして理解しました。カジーム国はただ一国で堪えていたのだ、と」

「……堪えていた、だと?」

「ええ。マニシド王……カジームは侵略に対し反撃をしなかった。それは世界の為だったのです」


 邪神に力を与えぬ為に……その告白は各大国に最も衝撃を与えた……。


 遂に大国は【邪神】の存在を知ることとなったのだ。



「おいおい……邪神だと?悪い冗談ばかりだな、アスラバルス?」

「……冗談ならば良かったのだがな。邪神は多大な犠牲の上に今は封じられてはいる。そんな今でさえ、争うことは邪神の復活に繋がる恐れがあるのだ。元々【大陸会議】を考案したのは、魔王の脅威に対抗するだけでなくそれを防ぐことも踏まえてのこととも言える」


 魔王級脅威を排除することで世界が纏まれば、ロウド世界の安定にも繋がる。それは邪神復活の阻止にも重要な意味があるだろう。


「全く……何だってんだ、今回の会議は。頭が付いていかねぇことばかりだぜ……」

「それだけ世界が薄氷の上に存在すると言うことなのでしょう。我々は今後、邪神を復活させぬよう心懸けねばなりません。大国がいがみ合っている場合では無いのです」


 クローディアの言葉にアスラバルスは首肯いた。


 各国代表は未だ混乱の中に居るようだが、先ずは争うことの危険さを伝えることが出来た。【大陸会議】という場でならば、一笑に付されることはないだろう。


「状況は承知してくれたと判断し議題を確認する。魔の海域の領有権に関してはアステ国が主張を取り下げたので、トォン・カジーム両国で話し合いをして貰いたい」

「っつったってなぁ……実質支配されちまってる以上、ごねても無理だろ?」


 マニシドが半ば諦め気味に視線を向けると、リドリーは柔らかな笑みを浮かべそれに応えた。


「我々は魔の海域を独占するつもりは無いのですよ。飽くまで公平に主張をしているだけです。ですから、話し合いを経て最良の道を探れば宜しい」

「なら、俺達にも領海を譲るってのか?」

「やぶさかでは無い、とだけお答えしましょう。その前にまずカジームを国として認めて貰わねばなりませんが」

「………わかった。アスラバルスよ。トォンはカジームを国として大陸会議へ参加することを認めるぞ」


 間を開けず手を上げたクローディア。カジーム国へ笑顔を向けつつ発言する。


「シウト国も当然容認致します。それに加えシウトはカジームとの同盟をするつもりですが、トォンとしては問題がありますか?」

「いや……。それは構わねぇが、トォンはまだカジームと同盟はしねぇぞ?」

「はい。飽くまでシウトは友好国として同盟をするということです。ついでですので、もう一つ──シウト国は『高地小国群』との同盟も締結致しました」


 これに驚いたのはパイスベルだ。


 『高地小国群』がシウトと同盟するには山脈が障害となる。形だけの同盟も有り得るだけに問い質さずには居られない。


「シウトと『高地小国群』では相互交流が不可能でしょう。名ばかりの同盟に意味は無いのでは?」

「私も知りませんでしたが、道があったのですよ。かなり大きな道で既に交易路に使用しております」

「…………そう」


(一体何が起こった?密偵の報告ではそんなものは無かった筈……忌ま忌ましい)


 無表情のなかで怒りを燃やすパイスベル。マニシドが最も蚊帳の外ならば、パイスベルは最も屈辱的立場に置かれていると言える。


 艦隊を沈めたのがシウトの勇者と知ったのも束の間、カジームが表舞台に現れたことで立場が悪化。そして侵略を企てていた『高地小国群』までもシウトの傘下に入ってしまった。

 トシューラからすれば全てが悪い方に転がっている……。


 その全てにライが関わっていると知れば、パイスベルはどんな手段に走るか分からない。

 ライの名が伏せられているのは、フェンリーヴ家にその矛先が向かぬよう配慮したアスラバルスからの提案である。


「アステとトシューラは、カジーム国承認をどう考えている?」


 意外にも問いを先に答えたのはパイスベルだ。


「……いいでしょう。我々は【死の大地】に居るのは魔族とばかり思っていました。とはいえ、カジーム国を迫害していたことになる。謝罪すると共にトシューラはカジーム国を認めます」


 飽くまでシラを切るパイスベル。エイルは僅かに反応したが、動き出す前に男……オルストが制止した。


(何で止めるんだよ!あの女惚けてんだぞ?)

(トシューラ王族のことだ。どうせ直ぐに何かやらかすだろ……その時こそ徹底的に潰しゃあ良い。それに今騒げばシウトに迷惑が掛かるぜ?まずはカジーム国を確実に認めさせるのが先だ)

(ちっ!わかったよ……)


 時にして三百年……仇と言える相手は既に居ないエイルは、ライのお陰で憎しみからも解放されている。

 だがオルストは、その怒りを今だ沸々と滾らせているのだ。その上での冷静な判断にエイルは感心していた。



 最後に意見を述べたクラウドはあっさり賛同。ニコニコと笑顔を浮かべていた。


(コイツだけは本当に何考えてんだか分からねぇな……)


 マニシド同様、オルストはクラウドに対し警戒心を抱くこととなった。



「では、カジームを国と認定し【大陸会議】参加を容認する。カジーム国の土地の規模は各大国に次ぐものであり、その歴史も同様と言える。人口はこれより増えることも鑑み、充分大国と呼んでも差し障りは無いだろう。今後は五大国ではなく六大国として大陸会議に関わって貰いたい」


 拍手の中カジーム国の出席者に着席を勧めたアスラバルス。エクレトルではお馴染みの光るパネルを操作し、新たな議題を確認している。


 そこで、これまで大人しくしていたクリスティーナは不満気にマリアンヌへの質問を始めた。


「あの……マリアンヌ様?」

「何でしょうか、クリスティーナ様……?」

「話が簡単に進んで行くのですが……その……大丈夫なのでしょうか?」


 その疑問は、もっともなもの………。


 領海に関しては話し合いが持たれる為に問題は無いだろう。しかし、艦隊を沈められたトシューラ側の不満、明らかに惚けているトシューラ・アステ両国に対するカジーム国の憤り、それらは収まりの付くものでは無いのではないか……?温室育ちのクリスティーナですらそう考えたのだ。


「皆様あまりにも淡々と会議をお進めになるものですから……」

「確かにそうですね。ですが、この場は【纏まる】為の場なのです。各国には思惑があり時折牽制を掛けていますが、基本は情報交換に徹しているのでしょうね。それも皆、魔王級脅威への警戒からと思いますが」

「しかし……」

「どれ程追及してもトシューラ・アステ両国は今以上の責任を認めはしないでしょう。カジームが国として認められれば、会議に参加出来る様になり発言力も生まれる。今回はそれが大事なのです」

「そう……ですか……」


 まだ納得出来ないクリスティーナではあるが、政治とはそういうものかと諦めるしかない。


「クリスティーナ様のお気持ちは分かります。しかし、【邪神】の件もある以上は報復等のあからさまな敵対は避けるべき……カジームの長はそれを理解しています。また、シウト女王も均衡を取る為に同盟を宣言した。今後、賠償や責任に関しては場が設けられる可能性も否定は出来ませんので見守って行きましょう」

「はい。わかりました」


 丁度その時、アスラバルスが手元のパネルから手を離したところで次の議題が始まった。



「実は数日前、少々不可解な魔力を感知した」

「不可解……というのは?」


 マリアンヌの質問……そこには魔王アムド絡みかという警戒感が含まれていた。

 それを感じ取ったアスラバルスは首を振り改めて説明を始める。


「確認した規模は小さいものだ。魔王だとしても下級だろう。だが問題は、これが複数の地で確認されたことだ」

「………何?んなもんは偶然じゃねぇのか?」

「それが、マニシド王よ。全てが同質の魔力を放っていたのだ」


 首を傾げるクリスティーナは、アスラバルスの発言の意味がわからない。


「それは……一体どういうことなのでしょう?」

「魔力というのは一人一人違いがあるのだ。同じ様に感じても微妙にな。エクレトルはそれを認識する技術を使い脅威の行動を追跡・確認している。だが……数日前確認されたそれは、全くの同一──それが複数同時に観測された。変だと思わぬか?」

「……つまり、何らかの能力で力を分けたということでしょうか?」

「その可能性は高い。前例もあることだからな……」


 何処かの勇者が纏装を元に分身を作ることは、既にアスラバルスの耳にも入っている。確かにそれも同じ魔力で複数存在ではあるが、今回確認された魔力は新たな存在を示唆していた。


「問題は発生の仕方なのだ。今回確認された魔力は過去にも一度感知していた。場所はトゥルク……それは『トゥルク教国』になる前のことだったので確認をしたかった。しかし、今回は生憎の欠席……確かめようがない」

「それで……今回魔力反応が確認された場所ってのは何処なんだ?何ならアタシが確認してきてやるぜ?」


 偵察を提案したエイルは元魔王にして魔法王国の子孫、しかも高い魔法の才覚を持つ。転移にせよ飛翔にせよ即座に到着することが可能だ。


 だが……アスラバルスは首を振った。


「反応は既に消えた。それに、まず当事国に確認せねばな?」


 そしてアスラバルスが目を向けたのは、パイスベルだった。


「トシューラ女王……何か知らぬか?」

「我が国でそれが確認された、と?」

「正確にはトシューラ国及び近隣国で、だが……」

「……何かをお疑いですか?ならばそれを確認せねばお答えはしかねます」


 トシューラでは日夜魔導具研究を行っている。その全てはベリドの魔導技術で巧妙に隠されているのだ。

 今回感知された魔力がそれらの魔導具だったとしても、パイスベルには例えエクレトルでも見抜けないだろう自信があった。


 しかし、アスラバルスの言葉は予想に反してトシューラへの忠告であった。


「……トシューラ国はトゥルク教国との交流がお有りか?」

「いえ……無いわ」

「実は、トゥルクの僧がトシューラへ侵入したという情報があった。御存知か?」

「いいえ……それに何か問題が?」


 怪訝な顔でアスラバルスを見るパイスベル。ここでアスラバルスは、今回招集した【大陸会議】の本当の目的を伝えた。


「シウト女王から提示された案件に【邪教】の話があった。トゥルクが邪教を広めている可能性が高い」

「何ですって……?」

「そして……トシューラ国の許可なく入国したならば、何かを行う危険性ある」


 シウトで起こった邪教騒動──それがトシューラでも起こる恐れがある。


 エクレトルは脅威存在に関しては平等に対応する。トシューラだからと言って伝えぬことはないのだ。

 過去にも『二体一組の魔王』に対する警戒は伝達していたが、それは【大陸会議】の枠組が確立する以前の話である。こうして直接的に情報が伝わるのは初めてのことだった。


「御忠告、有り難く。申し訳ありませんが、早速帰国して確認を………」


 パイスベルが立ち上がろうとした矢先、会議室内に緊急通信が入る。


「アスラバルス様!大変です!」

「どうした!会議を妨げる程の大事か?」

「は……はい!それが……尋常ではない数の魔力反応が……」

「……それは例の『同質魔力』か?」

「そうです。詳しくは室長からお聞き下さい。今お繋ぎします」


 言葉が途切れた途端、中空に半透明のパネルが浮かび上がる。そこに映るのは眼鏡をかけた金髪の少女だ。


「エルドナ。どうなっている?」

「かなりマズイ状況ですね~……確認されたのは凡そ七十程……。その全てが下級魔王……魔力の種類から、恐らく魔獣かと」

「場所は?やはりトシューラか?」

「三十超……特にトシューラ国に多いですが、後は各地に散っています。大国は国境付近に反応が……いや、トォンとカジームだけは大丈夫ですね。とにかく、首脳方は急ぎ帰還し対応した方が賢明かと……」

「わかった。正確な場所を大至急書面で用意せよ。新たな情報が入り次第報告を頼む」

「わかりました」


 映像が切れた会議室に沈黙が広がる。


「聞いた通りだ。今すぐ通信魔導具を用意するので自国へ通達し対応を。帰るには幾分危険もある為に今回は転移を使用しお送りすることにするが宜しいか?」

「そりゃあ有り難いが……」

「エクレトルはこれから小国に派兵し脅威排除に踏み切らねばならぬ。大国にも協力は惜しまぬが、越境権限はまだ枠組みが出来ていない。故に個別の確認が必要だが……」


 アスラバルスが真っ先に見たのはパイスベル。だが、パイスベルは首を振っている。


「我々は大国……まずは自国の力で対応する」

「………皆も同意見か?」

「そうだな……まずは確認が先だ。エクレトルは小国の守りを優先してやれ」


 マニシドは既にブライと対策の相談を始めた。


「カジームは無事とあるが……」

「強力な結界があるのです。が、やはり心配なので戻ると致しますかな」


 帰還を宣言したリドリーだが、エイルは首を振る。腕に巻き付いたフィアアンフを大剣に戻しオルストへと手渡した。


「まぁ大丈夫とは思うけどカジームを頼んだぜ、オルスト?」 

「……テメェはどうすんだ?」

「あたしはシウトを手伝って来るよ。庇護下の小国を抱えて大変だろうからな。カジームの情報は入るし直ぐ帰れるから問題ないだろ?」

「まあ、俺とフィアアンフがいりゃあ問題は無ぇだろうが……暴走して小国を滅ぼすなよ?」

「お前のあたしに対する認識はどうなってんだ……」


 リドリーからも許可を得たエイルは、クローディアの元に向かい協力を申し出た。


「ありがとうございます。確かに小国が気に掛かるので早めに戻りましょう」

「そうとなりゃあ転移で送るぜ?」

「いえ……一応帰還の手段があります。エイル様は温存の為同乗して下さい。マリアンヌさん、クリスティーナさんも宜しいですか?」

「わかりました。宜しくお願い致します」


 マリアンヌとクリスティーナは、アスラバルスに会議同席許可の礼を述べた。そしてシウト国一向は帰路を急ぐ。


 高速飛行船型神具『スピリア』を使用したので帰還は大幅な時間短縮となった。


 その他の各国首脳達はエクレトルの転移装置を使用し帰還。脅威対策に追われることとなる。



 ライの不在に発生したこの騒動は、一同が考えるより遥かに厄介なものであることを未だ誰も知らない。


 後にエクレトルですら困惑するこの事態──ライがそれ知ることになるのは、ペトランズに帰還した際のこと。

 つまりこれから数ヶ月もの間、大陸は脅威対策に追われることとなる。



 【魔獣の氾濫】



 後に歴史に刻まれる大災害の始まりだった……。


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