ディルナーチ大陸 神羅国編

剣神の章

第五部 第一章 第一話 火の里 



 ディルナーチ大陸・久遠国。


 その王都・桜花天から僅かばかり離れた山の中──そこには刀鍛冶師の集落【火の里】が存在する。


 久遠国の中でも特に優れた刀鍛冶が集められたその場所では、工房が幾つかの区域に分かれ互いの腕を競うように日夜鎚の音を響かせていた。



 その中の一つ、『伊庭一門』の鍛造蔵。刀鍛冶が鎚を振るう様をじっと見つめる男がいた。


 ディルナーチ大陸では少数の異国人。白髪の、あまり似合っていない和服を着込んだその青年……。


 そう──勇者ライ、その人である。




 スランディ島・アプティオ国の誕生を見届け久遠国に戻ってから、既に五ヶ月……修行を終えたライは久遠国の文化を学んでいる最中だった。


「………随分熱心に見てるな、客人?」


 鎚を振るう手を止めた伊庭一門の鍛治師フウサイは、無言で見つめるライに語り掛けた。

 何せ、既に半日──微動だにせず作業を凝視しているのだ。それ程夢中に鍛鉄を見守る異国人……フウサイは少しばかりライへの興味が湧いた。


「スミマセン。邪魔しちゃいましたか?」

「いや、一区切り付いたところだ。客人がまだ見ていたのも今し方気付いたところよ……で、そんなに面白れぇか?」

「はい。ペトランズの刀鍛冶と技法が違うので………」

「まぁなぁ……。ディルナーチ大陸の刀は斬撃特化に造られてるからな。ただ、真に使いこなせる奴は少ねぇから困る。……客人は使えるか、その刀?」


 フウサイが視線を向けたライの腰には、ライドウから譲られた刀が差してある。


「何とか使える様にはなったと思いますが……」

「じゃあ、試してみるか?」


 ニタリと笑うフウサイ。異国人の剣の技量を確かめる為に、悪乗りしている様にも見える。


「試すって……具体的にはどうするんです?」

「あっちにある古い金床を斬ってみな?」


 フウサイが指差したのは鍛鉄用の予備の金床。鋼鉄の塊であるそれを斬るのは容易なことではない。


「え?あれを……斬るんですか?」

「無理そうか?」

「う~ん……ちょっと勿体無くありません?」

「正直に言えば客人の腕が見たいのよ……アンタ、流派は何だ?」

「華月神鳴流です」


 この言葉にフウサイは目を丸くしている。


「へぇ~……王家由来の流派かよ。ありゃあ滅多に許可が下りねぇんだぜ?異国人が修めたのはアンタが初めてじゃねぇかね?ってことは【天網斬り】も使えるのか?」

「一応は……」

「そうか。だが、天網斬りは無しだぜ?飽くまでアンタの腕で斬る……でないと意味がない」

「……わかりました」

「……と、その前に刀を拝見して良いか?」

「わかりました。どうぞ」


 腰から外した刀を受け取ったフウサイは、スラリと抜き放ち刀身を鑑定する。


「コイツは……『鹿江水心』か?いや……違うな……」

「カノエスイシン?そういう名前の刀なんですか?」

「……似てるが違う物らしい。客人、これを何処で手に入れなすった?」

「不知火領主から頂いたものです」

「不知火………となると『九重頼正』か。業物だぞ、これは」

「ココノエ?凄い物なんですか?」

「俺の見立てが間違ってなければ、な……。頼正の太刀には『陽炎カギロイ頼正』ってのがあってな?悪霊を祓ったって話がある程だ」


 陽炎頼正──カギロイヨリマサは、とある領主の娘に取り憑いた悪霊を祓ったとされる太刀だ。

 魔導具技術のあまりない久遠国。ココノエ・ヨリマサが魂を注ぎ込み鍛造した刀は、ライの《付加》の様な効果があるのかもしれない。


「カギロイってのは曙光だ。悪霊を祓った際は輝いたってぇ言い伝えがある。まあ、飽くまで伝承……本当かは知らんがね?ともかく、コイツはそれと同じ作者ってこった。銘を確認してみるか?」

「……お願いします」

「わかった」


 目釘を外したフウサイは改めて茎の銘を確認。そこには確かに『頼正』の文字……そして『天命落日之一振』と刻まれていた。


「……どういう意味ですか、これ?」

「……ヨリマサが最期に打った刀ってことだろう。意図があって小太刀にしたのか、体力が限界で小太刀しか打てなかったのかは知らんが」


 刀を元に戻したフウサイは真剣な面持ちでライに刀を返した。


「先刻の話は止めるか……」

「?……何をですか?」

「金床の試し斬りだ。客人の腕が立っても歯こぼれ位は起こるかも知れんからな」


 名工最後の一振り──『小太刀・頼正』の稀少さ故に悪ふざけを引っ込めるつもりだったフウサイ。


 だが……。


「………ヨリマサって人は刀にどんな信念を持って鍛治に挑んだ人なんですかね?」

「何でぇ、いきなり……。……。確か、『刀が使い手を選ぶ』とか何とか……何せ三百年前の人物だから意図まではよく分からん」

「……。刀が使い手を選ぶ………」


 しばし沈黙したライはスラリと刃を抜き放ち、古い金床の前まで歩み出た。意図を察したフウサイは慌てて忠告する。


「お、おい客人!刀は玄淨石から打ち出したものだが、それでも鋼鉄を斬りゃあ下手すりゃ欠けるぜ?」

「これで欠けたら俺は刀に選ばれてないことになる。その時は修理して下さい。その後不知火領主に返します」

「………。良し、分かった!そん時ゃ俺の刀をやろう!俺の信念は『使い手を選ばぬ刀』だからな」

「はい……じゃあ、行きます」


 上段の構え……そこから気合いを込めた振り下ろし。一瞬、甲高い金属音が響く。


 振り下ろされた刀は土間の地面スレスレで停止している。そして、刀の両脇には両断された金床が転がっていた。


「………どれ。刀を見せてみな?」


 刀身を確認したフウサイは感心頻りに頷いた。


「てぇしたモンだ……。歯こぼれは無し……客人、アンタは充分これの持ち主に相応しいぜ?」

「フゥ……。良かった~……実はちょっと不安でした」

「ハッハッハ。だろうな……玄淨石製だからそうそうは折れんが、大した度胸だよ」


 刀を返したフウサイはライに何か触発された様で、親身に話を始めた。


「客人。少しこの刀を預けちゃくれねぇか?」

「それは構わないですけど……」

「コイツの刀身は玄淨石だがつばが鉄製だ。恐らくヨリマサは刀を打っただけで寿命を迎えたんだろう。だから玄淨石製の鍔をあつらえてやるよ。それと小柄こづかもな」

「それは有り難いですけど、金あんまり持ってませんよ?」

「ハッハ!金は要らねぇよ。客人には面白れぇモン見せて貰ったしな?それに……刀鍛冶の心意気に応えたアンタを見たら初心に帰った気がした。その礼よ」

「……わかりました。お願いします」

「おう。任せとけ!」


 それからフウサイは、ライと語らいながら作業を続けていった。


「客人。ペトランズの刀が玄淨石を使わないのは何でだ?」

「え?いや……普通に素材が無いからじゃないですかね?」

「そんな筈はあんめぇよ?そりゃあ無いんじゃなく気付かないんじゃねぇのか?」


 ペトランズ大陸で武器に使われる主な金属は、鉄鉱、鋼化銀の二種。鋼化銀は魔力に最も反応する銀を魔術で強化した金属である。

 他にも使用されている金属は存在するが、魔術による合金だったり稀少だったりと主流ではない。竜鱗も同様である。


「……そもそも『玄淨石』ってのは何から出来てるか知ってるか?」

「何からって……玄淨石っていう鉱石からじゃないんですか?」

「成る程な……ペトランズ大陸の人間はそもそもそこから知らんか。玄淨石ってのはな?魔物の死体が固まったモンだ」

「………え?ほ、本当に?」

「嘘を言っても俺にぁ得は無ぇわな……。つっても、俺も聞いた話だがな?魔物は寿命が近付くとある場所を目指すんだとよ。魔力が溜まる場所を選ぶらしくてな……そこで息絶えると、やがて身体が硬化を始めんだと。それが玄淨石だそうだ」

「魔物の死体が金属に……」

「注目すんのは、“ 寿命を迎えた ”ってトコだな。殺して放置しても玄淨石にはならねぇそうだぜ?天命を全うした魔物が集まって固まったのが玄淨石鉱脈だ。不思議なことに、深く穴掘った中に集まって死ぬんだとよ」


 故に地表には存在せず、基本的に龍脈付近に見つかり易いのだとフウサイは語る。

 魔物は動物の『魔人化』。当然寿命が延びる為、玄淨石は稀少となる。


「初めて聞きました……ペトランズは魔物討伐が多いから玄淨石鉱山が無いんでしょうか……?」

「さてなぁ。それもあるかも知れんが、魔物は元々動物だぜ?退治されなそうな小さいのを含めりゃ、結構有りそうなモンだがな。ああ……それと見た目のせいで気付かない可能性もあるな」


 立ち上がったフウサイは、奥から一握りの石を手にして戻った。


「コイツが玄淨石の原石だ」

「……これが?これって……」

「ハッハッハ!鉄鉱石とまるで違うだろ?」


 フウサイの手に握られていたのは赤黒い石。だが、見た目は半透明で向こうが少し透けて見える。


「……これ、宝石じゃないんですか?」

「それがな?コイツは火に焼べると透明度が抜けてくのさ。そんで、普通の鉄鉱石の様になる。鉄より加工がやや面倒だが性質は似ていて、折り返し鍛造が可能だ。最終的な見た目は普通の鉄と変わらねぇ」

「じゃあ、どうやって……」

「区別するか、か?コイツは光に当てると角度により刀身に赤い波紋が見えるのさ。比重もほんの僅かだが重い。覚えといて損はないぜ?」

「確かにこれは、金属には見えないですよ……。でも、どうだったかな~……やっぱりペトランズ大陸では、見たこと無い気がするんですけど……」


 ライの記憶には玄淨石を見た記憶自体が無い。といっても、せいぜいシウトの王都ストラトとその近辺、そしてティムの店という狭い範疇の話……。

 だが、結晶質に見える物が金属鉱物になるなど聞いたことも無い。やはり、ペトランズには存在しないものと考えるべきだろう。


「だったらペトランズで見付けて一財産にしたらどうだ、客人?」

「ハハハ……見付けたら、ですけどね」


 ここで一つの考察が浮かぶ。ディルナーチには魔石が稀少で、ペトランズには玄淨石が見当たらない。何か関連性があるのではないか、と。

 どのみちペトランズ側でも調べねば確信が無いので、この考察は後に回すことにした。


「そう言えば……ディルナーチでは竜鱗を使わないんですか?」

「竜鱗?ああ……あんなもん手に入らねぇよ。こっちの大陸じゃ神様だからな、龍は」

「あ~……成る程……」

「なまじ手にいれても加工が出来ねぇだろうし。火に燃べても変化しねぇと思うがね」

「ペトランズには一応、専門の鍛冶屋がいるんですよ。加工の仕方が判って鱗があればやってみたいですか?」

「さてなぁ……俺らは鉄や玄淨石に慣れちまったからな。興味がないと言やぁ嘘になるが……」

「もし機会があったら試して貰えます?」

「あいよ。まあ、そんな機会が来るたぁ思えんがね。……っと。良し、出来たぜ?」


 新たに出来上がった鍔と小柄に付け変えた『小太刀・頼正』──受け取ったライは、その出来の良さに感心し礼を述べる。

 鍔は羽ばたく鳥を模したデザイン……中々に風格のあるものだ。


「うわぁ……。見事な出来ですね……」

「本来は鍔専門の鍛冶屋がいるんだが、俺ぁ火を使うヤツは全部自分でやりたいクチでな。気に入って貰えたなら鍛冶屋冥利に尽きらぁな」

「ありがとうございました。イバさん」

「俺の名はフウサイだ。なぁに……俺も色々刺激させられて満足さ、客人」

「俺はライと言います。ありがとうございました、フウサイさん」


 固い握手を交わす二人。丁度その時、トウカが鍛造倉の入り口から顔を覗かせた。


「ライ様。リクウおじ様がお呼びですが……」

「わかった。フウサイさん、ありがとうございました。何れ、また……」

「おう。手入れが必要な時は何時でも来てくれよ?」


 ライが鍛造蔵を出て間も無く、フウサイは早速新たな刀に着手を始める。この時フウサイが打ち出した刀は、後に名刀となるのは余談だろう。



 リクウの居る宿屋までライと並んで歩くトウカは、先程のフウサイとのやり取りを思い出していた。


「ライ様は、どなたとでも打ち解けるのですね」

「え……?そ、そう?普通だと思うんだけど……」

「うふふ……そこがライ様らしいです」

「そうかな?アハハハハ~」


 華月神鳴流の修行を終えたのは、その日の数日前……。それまでは別人の如く修練に没頭していたライであったが、修行を終えた今は以前と変わらない印象を受ける。トウカにはそれが嬉しかった……。


「それで……リクウ師範は何の用なんだろ?」

「すみません。そこまではお聞きしなかったので……」

「謝る必要はないよ……どうせ行けば分かるんだし。火の里の入り口にあった宿に居るんだよね?」

「はい。メトラ様と御一緒です」

「……。飲んだくれてなきゃ良いんだけどねぇ」


 しかし、リクウは案の定酔っ払っていた……。


 メトラペトラと二人、宿の部屋で上機嫌で笑っている。

 床中に置いてある徳利の数々……部屋もかなり酒臭い……。


「………おお!戻ったな?」

「人を呼び付けておきながら何で出来上がってるんですか……リクウ師範」

「違うぞ?酔ってから呼んだんだ」

「………。まさか、『金がないから取りに行け』とかじゃないですよね?」

「フフン……心配は無用だ!見よ!この山吹色の輝きを!」


 懐から小判の塊を取り出したリクウ。それは元々ライが悪党から踏んだくったものである。

 成り金……ライの頭にはそんな言葉が過った……。


「……そ、それで何の様ですか?」

「ん?何だっけ、大聖霊よ?」

「はて……何じゃったかの?酒のせいで忘れちまったのぅ」

「……くっ!この酔っ払いコンビめ」

「そう怒るな。おお……思い出したぞ。明日、お前の最終試練があるから良く休んでおくように」

「…………。えっ?さ、最終試練?修行は取り敢えず終わったんですよね?」

「さ~て、呑むぞ~!」

「うぉぉい!説明!足りない!」


 すっかり呑んべぇモードになっているリクウとメトラペトラは、最早会話が通じそうもない。

 諦めたライは、トウカを連れ部屋を出ていった。


「………何じゃ、つれないヤツめ」

「ライのヤツは酒を呑んでも酔えんからな、仕方無いだろう。……それにしても、今回は良く集中したものだ。私はまた、じっとせず飛び出すかと思ったが……」

「……奴も奴なりに力不足を実感したんじゃろうよ」

「あれだけの力が持ちながらまだ足りんか……難儀なことだな」


 ライは、自らの為に力を欲することは殆ど無くなった。代わりにいつも誰かの為に力を欲している……。


「……しかも、五ヶ月で全ての技を修得など前代未聞だ。規格外にも程がある」

「……アレは確かに勘は良い。じゃが、今回のは実質六、七年分の修行と言えるものじゃ。才覚とは別のものよ」

「分身、か……。確かにあれならば経験の密度が段違いだろうが……」


 天網斬りの修行は、最終段階を前に一時停止していた。

 先ずは『華月神鳴流剣術』の修得を……リクウの方針はライの剣の技量を上げる事に注がれた。


 天網斬りと違い、分身が『技の修得』の妨げとなることは無い華月神鳴流。ライは修行効率を高める為、技を学ぶ毎に分身を発生させ自らと手合わせを繰り返した。

 初めて試した『自立型分身』を交えた乱戦修行は案外上手く効果を上げ、意図せぬ動きへの対応、対多数想定の対応、必要な技の連携、それらを見事学んでいった。


 分身は度々解除することで分身側の記憶や経験を取り込むことが可能だった為、通常より濃厚な経験を積んだことになり早い熟練が可能となったのである。


「【天網斬り】も修得を終え、表・裏両方の奥義も修めた。後は最終試練……実はな?私は少しだけ楽しみなのだ」

「楽しみ?最終試練がかぇ?」

「うむ。華月神鳴流は少々特殊でな……最終試練の結果で伝位が決まる。通常の技を伝えるだけでは真の熟練は測れぬからな」

「ほう……で、内容は?」

「試練は関係者以外の他言、また傍観も出来ぬことになっている……が、大聖霊のお前なら問題無かろう。明日、その目で確認してみるが良い」

「………よぉし!ならば、明日まで呑むぞぉ!?」

「ハッハッハ!ジャンッッジャン酒持ってこ~い!」



 結局、『酔いどれ師匠コンビ』は翌日まで飲み続ける……。酒にだらしない師匠達のせいで、ライは苦労に見舞われることだろう。



 そして──修行を終えたライには、最後の試練が待っている……。

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