第五部 第一章 第二話 最終試練
『酔いどれ師匠』達を【火の里】の宿に残し、ライはトウカと共に王都・桜花天へと戻っていた。
「それでライ様……今日はどうするのですか?」
「ん~……。出来れば今日は方術の研究を……」
「わかりました。私も御一緒致します」
「助かるよ。トウカは覚えが早いから参考にさせて貰ってるし」
「そんなことは……ライ様が分かり易く説明して下さるからです」
久遠王ドウゲンから『方術』を学ぶ許可を得たライは、剣の修行の傍らで鳳舞城の書庫へと足を運んでいた。
とにかく本を読み漁り記憶に知識を蓄える──後は大聖霊クローダーの力を使いそれを引き出し研鑽を重ねた。五ヶ月掛けて学んだ知識は、少しづつではあるがライの糧になりつつあった。
そしてそれは、トウカの協力が大きく影響していた。
天才──まさにそう呼ぶに相応しい才覚を見せるトウカは、方術の基礎から始まり既に最上位の技術にまで到達しようとしていたのである。
ライが知識を頼りに解りやすく噛み砕いて説明しているとはいえ、その吸収力はライ本人ですら羨むものであることをトウカは理解していない。
「本当にトウカは凄いよ……俺、教えている側なのにまだ初歩の方術しか使えないよ?」
「それを言ったら、ライ様は剣術を五ヶ月で修得したではありませんか……」
「俺のはある意味人海戦術みたいなものだからなぁ……実際は多分、かなりの年月分の経験を積んだと思うよ?」
「でも、分身もライ様の才能では?それならば、やはりライ様の才覚で間違いないと思いますが……」
「う~ん……。結局俺自身【分身】を把握してないんだよね……いきなり出来たから使ってるけど、大聖霊の力が原因なのか存在特性が絡んでるのかもさっぱりだし……」
得体の知れない力──ライ自身そう考えている分身は、魔法とも大聖霊紋章のような概念力とも微妙に違うと感じている。
纏装を元にした力にも拘わらず、纏装使いがそれを為した例はないとメトラペトラは語っていた。謎は一層深まるばかりである……。
『分身を扱う者が居なかった訳ではない。じゃがそれは、【幻覚魔法】か【存在特性】じゃった。存在特性の分身でも精々が三体までじゃろうな……それ以上は脳が持たぬからのぅ』
ライは分身を覚えた時点で、既に五体程まで使用可能だった。現在ライのみが使用可能であることを考えると、大聖霊紋章が関わっていると考えるのが妥当だ。
しかし……大聖霊紋章を使わずとも分身は使用可能。反面、クローダー由来の『意識拡大』を加えれば、確かに分身の数も増やすことが出来た……。
能力同士には密接な関わりがあり、それ単体では成せぬ技もある……結局のところ分身は【纏装、大聖霊、存在特性】の融合技の可能性が高い。
「………ま、いっか。使えるものなら藁でも灰でも使うさ。それでも才覚っていうなら『寄せ集めできる才覚』ってとこかな?」
「ライ様の才覚は『心』だと思います。誰かの為に必死になった結果が才覚に繋がる……これは素晴らしいことではないですか?」
「フッフッフ。トウカさんや……そんなに誉めても何も出な………何か出た!?」
ライの掌に握られていた方陣の書かれた紙……そこから出たのは金色に輝くカブト虫……。
「………。何じゃい、こりゃあぁぁっ!?」
「えぇっと……あ!ありました。書物によると、その方陣は下級精霊を呼ぶものみたいですね」
「これ、精霊なんだ……しかも俺より格上か。カブト先輩、チィ~っす!」
「精霊と言っても下級のものはかなり力が格落ちするみたいです。えっと……カブト虫は下位五等精霊で、偵察用の精霊の様です」
「……。へっ、昆虫風情が……先輩面してんじゃねぇぞ、あぁん?」
相手が低級の偵察精霊と聞いた途端態度が急変する漢、ライ。滲み出る小物臭は相変わらずだった……。
と、その時……キラリと輝きを増したカブト虫は、猛烈な勢いでライの左頬に特攻を掛けた。
「ぶぎあぁぁ~っ!」
「きゃあ!ラ、ライ様!?」
吹っ飛ばされ床に倒れたライ。精霊カブト虫はそのままライの額に着地。ガッシリと張り付いている。
「……スイマセン、カブト先輩……自分、生意気でした……」
(分かれば良い……以後、気を付けよ)
「うぉう!………喋れたんスね、カブト先輩」
(我は只のカブト虫ではない。千年もの長きを存在する最上位精霊・
「……こ、これは失礼をば!平にご容赦を」
魔王を討ち果たす力がありながら『カブト虫にすら負ける男』……流石は勇者ライ、すっかり土下座だ。
(懐かしき気配に釣られ久方振りに出てきてみれば、他人のそら似であったか……いや、これはまさか……)
「……カブト先輩は召喚されなくても自由に行き来できるんですか?」
(……我には造作もないこと。時にお主、名は何と言う?)
「ライ……ライ・フェンリーヴです」
(フェンリーヴ……血縁ではない、か。ならば地孵り……面白い)
「へ?何の話っすか?」
(少し興が乗った。我と契約する気はあるか?)
「……け、契約ですか?隷属契約じゃなければ」
猫の師匠が既に存在しているのだ。主が虫であることだけは避けねばならない自覚はあるのだろう。
(通常の使役契約を許す)
「……カブト先輩、何が出来るんです?」
(ほぼ全ての属性精霊を上位階まで従えること、更に全ての虫を操ることが可能。他にも幾つかあるが……)
「……それって、魔物化した虫も?」
(無論。我は
「わかりました。じゃあ甘味がある時は勝手に出てきて下さい」
(ふむ……ならば契約を。娘、証人となるが良い)
「は、はい」
左掌に乗せたカブト虫は魔法陣を発生させ、契約口上を述べる。
(我、黄金光蟲皇之尊はライ・フェンリーヴと契約す。この契約は双方の同意にてのみ解除となる。より長き契約とならんことを)
光を放ちカブト虫は姿を消した……。聖獣契約印の逆の腕、つまり右腕には新たな契約印が浮かんでいた。
「何この紋章……無駄に格好良い……」
「……た、大変です、ライ様。改めて書物を調べましたが、その紋章は最上位精霊のものですよ?」
「………そういや、そんなこと言ってたなぁ。ハハハ」
偶然……いや、これも必然の出会い。そんなことを考えていたライの脳裏にカブト先輩の声が響く。
(しばらくは、お主の目を通し行動を見させて貰う)
「……はい?俺のプライバシーは?」
(気にする必要は皆無だ。我には人の秘事に興味は無い、故に他言も無い。例えお主が、そこな娘とまぐわおうとも……)
「うわぁ~っ!わ~っ!き、聞~こ~え~な~い~っ!」
(……まあ良い)
「……………」
相手は虫とはいえ意思疎通が可能な相手……プライバシーの侵害に悩むライだが、『ま、虫だからいっか』とあっさり開き直った。
「ど……どうしたのですか?」
急に喚きだしたライを心配するトウカ。すぐ間近に居る為、ライは先程のカブト先輩の言葉を思い出し動揺した。
『そこな娘とまぐわおうとも……』
「グハァッ!」
精神に二十のダメージ!ライの膝はガクガクと笑っている!
「ラ、ライ様!」
「だ、大丈夫……にしても、まさか最上位精霊とはね……。メトラ師匠が聞いたらどんな反応するんだろ?」
「……そうですね」
久方振りに驚きの事態に遭遇したライとトウカは、大人しくカヅキ道場に帰還。軽い手合わせを行なった後、最終試練に備え休養と相成った。
夕食時──ライとトウカ、そしてスミレが食卓を囲む。料理は全てトウカが用意したものだ。
「トウカちゃん、また腕を上げたわね……もう私より美味しいかも」
「まだまだです。おば様には秘伝の味付けがありますし……」
「フフフ……そのうち教えてあげるわね?」
「はい!」
すっかり料理の腕を上げたトウカは、既にリクウ達を唸らせるだけの腕に達している。トウカの天賦の才はこんな面でも遺憾無く発揮されている様だ。
「そう言えばスミレさん。お仕事の方はどうですか……?」
「最近は怪我人も減ったから時間に余裕が出来たわ。お陰でトウカちゃんに料理を教えられる訳だけど」
「それは良かった」
「ライさんのお陰よ。造って貰った神具で状態の解析が出来るから、怪我や病気の治療が随分楽になったわ」
「いやぁ……そう言って貰えると苦労した甲斐がありました」
トウカの料理の腕が上がるまで、スミレは多忙の中度々料理を作ってくれたのだ。その礼に何か要望があるかを尋ねたところ、『医療の役に立つものを』という答えが返って来たのである。
そこで医療用神具を造ることになり、修行後の時間で具体的な機能を話し合うこと数日……。そうとなれば拘る男ライは『ああでもない、こうでもない』と片っ端から機能を付け加え、最終的に一つの神具を造り上げた。
医療特化型神具【救済の錫杖】
真っ白な杖の先端には純魔石が三つ。そこに絡み付くように翼のある蛇を模した飾りが特長の杖は、医療に使えそうな機能を詰め込んだ一品である。
【回復魔法各種】【自然治癒力強化】に始まり【解析】【透視】【感知】【浄化】【迷宮回廊】【記憶貯蔵】【初級電撃魔法】【風属性纏装】までもが施されているそれは、スミレが感動を覚えるほどの出来となった。
【解析】【透視】【感知】は診察・検査用。回復魔法系は外傷治療。【浄化】【風属性纏装】【迷宮回廊】は手術を想定したもので、【電撃魔法】は心停止を想定した出力調整が為されている。【自然治癒力強化】は衰弱した身体の回復を考え、一度の使用で数日は効果があるように改良が施されていた。
医療技術に関してはペトランズ大陸側よりも進んでいる久遠国。特に外科的治療はかなり進歩しているが、検査技術は足踏みしていたままだった。そこを補うような神具作製……調整にかなり苦労した逸品である。
「【記憶貯蔵】っていうのは医療知識継承の為?」
「はい。貯蔵記憶に限りはありますが、後続育成に役立つでしょう?」
「そうね……」
「……いつか久遠国が開国した時、ペトランズ側にも技術が伝わることを期待したのも理由ですけどね。記憶なら伝え易いでしょうから」
ペトランズとディルナーチでは言語が違う。医療技術を伝える意思疎通に時間が掛かることを考慮したもの……それが行われる頃にはライは久遠国に居ない。
剣術修行は既に完了している。そして明日は最終試験──改めて完全な区切りとなることを実感させられた。
残りは方術の知識。これも既に自らの脳内に【記憶貯蔵】している。事実上ライはディルナーチでの目的を果たしたと言って良い。
それでもライがディルナーチに残っている最後の理由……それは間近に迫った『首賭け』を見届けることだ。無論、ただ見ているつもりはない。
「御馳走様でした。美味かったよ、トウカ」
「そう言って頂けると作り甲斐があります」
「スミレさんの言うように、すっかり料理上手になったよね……トウカ。………。そういえば、料理修行手伝うとか言ってたのに殆ど何もしてないや……ゴメン」
「……いえ。ライ様のあの言葉があったからこそお料理を頑張れたのです。本当に……ありがとうございます」
「アハハ……トウカには料理の才能もあったってことだよ。さてと……悪いけど今日はもう休ませて貰うね。明日は最終試練だそうだから」
「はい。お休みなさい、ライ様」
離れに戻ったライは、すぐに休むことなく卓の上で文字を綴っている。トウカに文字を習い方術の知識を学んだ為、久遠国の文字の読み書きは随分と上達した。
だが手紙を書くにはまだ拙いらしく、ゆっくりと時間を掛けて書くことにしていたのだ。
「ふぅ……これでようやく二通か。時間がないから字が汚くても勘弁して貰おう。……そういや明日の試験て何なのか、トウカに聞いておけば良かったな」
伝位認定自体を知らなかったライは、必要なものを学べるだけ学んだので伝位が無くても困ることはない。しかし、一応の決まりならば拒否する訳にも行かないと考えていた。
「ともかく明日……さ、寝るか」
一抹の不安を残し迎えた翌日……。
ところがメトラペトラとリクウは昼になっても姿を現さない。
「………ねぇ、トウカ?」
「何でしょうか?」
「師匠達が何で帰って来ないか分かる?」
「……だ、大体の予想は付きます」
「……奇遇だね。俺も確信に近い予想があるんだよねぇ」
呑んだくれ二名。結果は分かりきっていた……。
「如何なさいますか、ライ様?」
「う~ん……迎えに行くしかないかな。宿にも迷惑だろうし」
「わかりました。では、仕度してキャッ!」
突然悲鳴を上げたトウカは床に沈むように姿を消した。
そこにあったのは一枚の鏡……メトラペトラの魔法 《心移鏡》だ。
「………もっと呼び出し方があるんじゃないの、メトラ師匠?」
鏡を放置したライはカヅキ道場の戸締まりをした後、自分とトウカの履き物を手に鏡に飛び込んだ。
その先には案の定、二日酔いで唸るメトラペトラとリクウの姿が………。
「トウカ、大丈夫?ケガはない?」
「は、はい。少し驚きましたが……」
咄嗟に反応し体勢を立て直したトウカは、素早く身を翻し着地した様だ。
「ちょっと、師匠達……この呼び付け方は酷くないっすか?」
「悪いのぅ……二日酔いで集中が出来んのじゃ。わざとではないぞよ?」
「仕方無いですね……もしかして、あれからずっと呑んでたんですか?」
「……エヘ?呑みすぎちゃった!」
「…………」
呆れたライはトウカに履き物を手渡し肩を竦める。
「もう昼過ぎですけど最終試練どうします、リクウ師範?」
「……う……む。最終試練はお前が居れば済む。時間はいつでも問題は無い」
「……結局、最終試練てどんなものなんですか?」
「……戦いだ。お前は【あるもの】と戦わねばならない」
「【あるもの】?トウカも戦ったの?」
「はい。物凄く強力な相手です。ハッキリと言わせて頂ければ、勝つのは不可能でしょう」
「それは今のトウカでも?」
「はい。無理だと思います」
「…………。そこまでの……」
華月神鳴流・皆伝のトウカ。直接手合わせをするようになって理解させられたことだが、経験の差を除けばその技量はリクウより上かも知れないのだ。
そんなトウカが、こうもハッキリと『勝てない』ことを断言する相手……それ程の存在がいることにライは驚きを隠せない。
「……さて、それでは行くか……ウップ……」
「あ……ちょっと待ってて下さい」
懐から小瓶を取り出したライは、宿の者に頼み湯煎して貰った。
「はい。酔い醒ましです」
「……これをどこで?」
「以前、ジゲンさんに頂きました。丁度二瓶しか有りませんけど、念の為持って来たんですよ」
「あ……あれを飲むのかぇ?……うぅむ、覚悟が必要じゃな」
「そんな強烈なものなんですか?」
「うむ……二日酔いは吹っ飛ぶが……味がの?リクウも覚悟せい……」
メトラペトラが視線を向けた時には、既にリクウは酔い醒ましを一気に煽っていた。
「……し、仕方無い。ワシも……」
後を追うように一気に酔い醒ましを煽るメトラペトラ。
一拍の後、先に悲鳴を上げたのはリクウだった……。
「ぐぐっ!こ、これは!毒だ!貴様、毒盛りやがったな?」
「……そんな訳ないでしょ。ジゲンさんがそんな真似しても意味無いし……」
「ぐぐぐっ………うひっ!」
リクウは突然服を脱ぎ始めた!トウカは慌てて手で顔を覆っている。
リクウはそのまま満面の笑顔を浮かべ水揚げされた魚の様にビッタンビッタンと跳ね回る。続いてメトラペトラも“ キシャーッ! ”と叫びながら部屋の中を縦横無尽に走り回った。
あまりの騒がしさに階下の宿泊客から苦情を受けた宿の仲居……。様子を見にきたその場に繰り広げられる異様な光景に、“ ヒィィ! ”と悲鳴を上げ逃げ去ったことをトウカは知っている。
「ハッ!私は何を……うぉっ!何故裸に!」
「ハッ!ワシとしたことが……」
我に返った師匠コンビは、部屋の中の散らかり様に素で驚いている様だ……。
「………宿に弁償しないと。リクウ師範、お金は?」
「うん?全部飲んだが?」
「ちょっと!どうすんですか、この部屋の弁償!」
「………逃げるか、大聖霊?」
「そうじゃな……我らが弟子よ!後は頼んだぞよ?じゃ!バイバ~イ!」
師匠コンビは素早く窓から飛び降りた。宿の部屋は三階……メトラペトラやリクウが怪我をするとは思えないが、ライは念の為外を確認する。
すると……というか案の定、窓の外には《心移鏡》が展開されていた。どうやら二人は、その中に飛び込んで逃げた様である。
「………。はっ!と、とんでもねぇ!投げっぱなしで逃げやがった!?……くっ!仕方無い。《物質変換》!」
《物質変換》による再構築で破損の修復。師匠コンビの後始末をするライは、こめかみに血管を浮かべつつ部屋の修繕を行う。
「トウカ……最終試練の場所って分かるよね?」
「はい……分かりますが……」
「師匠達は多分ソコだから、案内して貰える?」
「何故そこだと……?」
「これ……」
ライが手にしていたのは一枚の紙切れ。そこに書かれていたのは──。
【最終試験の地にて待つ】
とだけ書かれていた。
「いつの間に……わかりました。ご案内致します」
「あ……試練に必要な物って無い?」
「大丈夫です。特に必要なものはありません」
「そう……じゃあ、行こうか」
宿代は既に支払ってあった。しかし迷惑を掛けた手前、宿の主に謝罪し心ばかりの金を支払うことに……。
師匠の尻拭いも弟子の務め……わかってはいるが、ライのこめかみにはやはり血管が浮いていたことを忘れてはならないだろう。
そうして宿を出た二人……。火の里を出た後、ライはトウカを抱え飛翔を始める。
「それで、場所は?」
「ここから然程は離れていません。あちら……南に見える森に岩場があるのが見えますか?」
「あの森から突き出てるヤツ?」
「はい……あれがそうです。あの岩場には祠が存在し、森は人が立ち入れない様になっています。華月神鳴流の聖地とされていますが、実は流派開祖の慰霊地でもあるので禁足地にされているそうですよ?」
「へぇ~……。っと、感心してる場合じゃないか。早く行かないと暗くなっちゃうね」
「宿泊出来るので問題は無いと思いますが、おじ様達がいらっしゃるならお待たせすると悪いですね」
「了~解。しっかり掴まっててね?」
「はい。お願いします」
高速飛翔により目的地までは時間を要さずに到着。上空から見て気付いたことだが、見えていた岩そのものが祠になっているらしい。それを取り囲むように頑強そうな塀が設置されていた。
そうして到着した森の中。大きな門扉の前にはメトラペトラとリクウが待っていた。
「遅い!何をやっていた!」
「全くじゃ!待ちくたびれて酒盛りを始めるところじゃったぞ?」
投げっぱなしで逃げた分際で、とても偉そうなメトラペトラとリクウ。
「ひ、人に迷惑の後始末させておきながら、何て偉そうな……」
「良いから行くぞよ?日が暮れる」
「ぐぬぬ……!な、納得いかねぇ……」
リクウが門の鍵を開き一同は中へと進む。岩場を削り出した祠は木造の扉や窓が備え付けられ、人が滞在出来るよう手が加えられている様だった。
更に奥へ足を運ぶと、巨大な鉄扉が姿を現す。
「……何です、この厳つい扉は?」
「この先が試練の間だ。華月神鳴流を修めた者は皆、この場にて『あるもの』と対峙せねばならない。それこそが最終試練」
「…………あるもの?」
「まずは説明を始める。お前のやることはただ一つ……己の技のみで対峙した者と渡り合うこと。この空間では魔法や纏装、魔導具や神具、存在特性等は一切使えぬ。つまりは、己の身一つで渡り合わねばならぬ」
「それは……肉体の力と剣技だけで戦えってことですか?」
「そうだ。それこそが試練──【真力の行】」
肉体と技のみ……実質、剣技を頼りとするこの試練は正に伝位認定に相応しいと言える。
「刀は中に一本のみ用意してある。無銘の凡刀だが技を修めた今、お前には刀の良し悪しは関係あるまい?」
「天網斬りは使用して良いんですか?」
「寧ろ天網斬りが無いと即座に終了になるだろうな。因みに、中で死ぬことは無い。恐らく空間自体が神具の類いなのだろうが、中で即死しても部屋の外へと無傷で放り出される。だが、斬られれば痛みはそのまま受けることになるが……」
「………随分と手間を掛けた仕組みですね」
「確かにな……誰が造ったか分からないものだが、今は無き技術の塊と言えよう」
魔導具技術の無いディルナーチで一体誰がそれ程の仕組みを造ったのかは、リクウも疑念として感じていたことである。
だが、今は試練が先……リクウは説明を続ける。
「時間制限は無い。が、長く居ることで伝位が上がる。残れれば、だがな」
「つまり相手は常に襲ってくる……と?」
「そうだ。試練は簡単に言えば『擬似的に生死を賭けたもの』と言える。死なないからと甘く見れば低い伝位しか与えられん」
挑めるのは生涯で二度のみ……それを越えると中にすら入れなくなるという。
「リクウ師範は二度挑んだんですか?」
「うむ。一度目で極位伝には到達したが、どうしてもヤツに勝ちたくてな……だが、無理だった」
「そんなに強いんですか、試練の相手は?」
「まあ、対峙すればわかる。お前は実質、一度しか挑まぬつもりだろう?ならば死なないという考えは捨てろ。もう一つ、奮起せねばならぬ様にしてやる。もし伝位が目録以下なら華月神鳴流の使用を生涯禁ずる」
「………手抜きすんなってことですね?」
「そうだ。それと、もう一つ……相手を気遣うな。お前の悪い癖だからな」
これは飽くまで試練。擬似的とはいえ生死を賭けた戦いなのだ。
「では、最終試練を開始する。覚悟は良いか?」
「はい。お願いします」
リクウが装置を作動させ重い鉄扉が開かれる。ライは意を決し、窓の無い暗い空間へと足を踏み出した。
華月神鳴流……その修行の集大成を確認する試練【真力の行】──。
それは、ライがディルナーチ大陸に来た意味を自覚する機会でもあった……。
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