第六部 第七章 第六話 邪教討伐戦②


 邪教制圧作戦開始───。


 敵勢力を推測する上でトゥルク国の勇者マレクタルの話とエクレトルの情報を合せた結果──恐らく教祖は上位魔王級という結論に至っている。

 更に側近たる大司教は下級魔王級……司祭以上は上位魔術師級とみて間違いないだろう。


 決して楽な戦いにはならない……それは皆が覚悟をしていた。




 そして始まった邪教討伐作戦。上空へと飛翔し陣形を俯瞰しているメトラペトラは面倒そうに呟いた。 


「やはりライが居ないのは痛いのぉ……。アヤツが居ればこんな面倒な作戦も必要とせずにトゥルクの国土全体を制圧できるのじゃがの」


 ライは今や広域大規模魔法を可能としている。トゥルクは小国……結界の解かれた状態ならば、幻覚魔法 《迷宮回廊》を使用すればほぼ全土の民を無力化できるだろう。


 しかし、現実問題としてライは未だ姿を現さない。更にアスラバルスには気掛かりもあった。


「…………」

「ん……?どうしたんじゃ、アスラバルスよ?」

「う……む。幾つか気になっていることがあってな」

「何じゃ?」

「奴等は魔獣をやたらと利用する。シウト国ノルグーでの儀式、トシューラ国に出現した魔獣アバドン、公表されてはいないが、各地ではやはり魔獣を利用した騒ぎが幾つか起きつつあった。勇者ライが齎した情報により殆どは事前に食い止められたが……」


 魔獣利用に特化した邪教。何か知られていない邪法があるのではないか……アスラバルスはそんな懸念が拭えない。


「じゃが、魔獣の封印を解くには相当の手間が掛かるじゃろう?」

「そう……しかし逆に言えば、結果として解かれてしまっていることから魔獣が出現したとも言える。神が封じた筈のアバドンすらも解放されたのだ……。それがどうしても気に掛かってな」

「……。じゃが、放置しておけばもっと惨事は拡がるぞよ?」

「わかっている……だが、胸騒ぎが消えぬのだ。願わくば、これ以上の状況悪化は避けたいところだな」



 国王派の陣営から前進を始めた『ロウドの盾』。その陣形展開を確認したアスラバルスは行動開始を指示。


 そんな作戦の中、ルーヴェストとマーナは地形などお構い無しに進んで行く。『三大勇者』たる二人は、黙視による確認と飛翔により次々に結界魔導具を大地に撃ち込んでいた。


 やがてエクレトルの天使達による結界が発生し上空のメトラペトラ達までも包み込んだところで作戦序盤は完了となる。



 順調───そう安堵していたところで邪教側から武器を持った者達が現れ、遂に最初の交戦が始まったのだが………。



「何だ、コイツら……。超弱ぇ……」


 ルーヴェストに殴られ倒れるプリティス教徒。他の地域でも同様に、戦力とも呼べぬ相手ばかりが恐れもせず近付いてくる。

 躊躇する気配すらなく真っ直ぐに向かってくる姿はアンデッドの様にも見えるが、間違いなく生きた人間……それが却って前衛の者達を混乱させた。


 迫りくる邪教徒のそれは、通常では警戒にすら値しない。連携すらしていないゲリラ戦のような少数の襲撃……しかも平民の為、鍛え上げた者からすれば全くと言って良い程に相手にはなり得なかったのである。

 故にあっさりと無力化……殺さない様にすることに労力を取られる程だった。



 しかし、これには問題点もあった。作戦に於いて敵を中央に追い込み纏めて鉱物に変える筈が、誘導する以前の問題なのである。

 その場その場で拿捕となると、結局纏めて拘束・移動することに酷く手間が取られることになる。『鉱物化』して動きを止めるという作戦はほぼ失敗と言って良い。



「参ったな……これは寧ろ骨だぞ?」


 そう口にしたのはシュレイドだ。サァラも同意の様子を見せている。


「私とエフィトロスならこの辺りの人達を転移で大聖霊さんの所には送れますが、多分他の場所も同じ状態ですよね?」

「恐らくね……」


 弱い故に攻撃すら躊躇われる。そういう意味では魔物の方が遥かに相手が容易という前代未聞の事態……。

 しかも、散発的な襲撃がまた鬱憤を蓄積して行く。


 これには、アスラバルスもかなり困っていた。


「……邪教徒共は何を考えておるのだ?」

「さてのぉ……命令で動いている訳ではない可能性もあるからのぉ」

「狂信のみでの行動か……。ルーヴェストの案はそういう意味では正しかったか」

「で……これからどうするんじゃ?」

「手間は掛かるが拿捕し集めた所を大聖霊アムルテリアに頼むとしよう……時間が惜しいのだが仕方あるまい」


 しかし、それが簡単な様で困難を強いられる。邪教徒は到底敵わないと理解すると首に掲げたプリティス教のシンボルを掲げ大声で叫び、そのまま【ロウドの盾】陣営に向かい走り始めた。


「ベリゼ・レムズ!」


 直後、プリティス教徒は爆発した……。


 それは火炎魔法ではない。魔法の詠唱や魔力の操作の痕跡はなく、体内の何かが一緒膨れ上がって炸裂したのだ。



 爆発したプリティス教徒の身体は無惨に飛び散り、肉塊が嫌な音を立て大地に降ってくる。爆発自体には大した威力はない。それは、ただただ自滅する為だけの行為だった……。


「不味いな……。一旦撤退させるべきか……」



 アスラバルスの呼び掛けにより制圧班は撤退を余儀なくされた。


 戦闘力としての脅威ではなく、倫理観を破壊しつつ精神に圧迫を与える行動──。ある意味これはロウドの盾にとって最もこたえた攻撃だろうものだ。


 制圧班と結界班が撤退した場所は陣形中央に居るアムルテリアの元。丁度そこは小さな無人集落の中。休息するには都合が良い場所だった。


「プリティス教徒の行動は精神への攻撃と考えるべきだな。自爆する当人にそこまで考えがあるかは判らぬが……」


 アスラバルスの声に殆どの者が苦悶の表情だ。


 戦いに参加している者達の殆どは戦争を知らない。知っていても小競り合いの範疇のもの。

 今回の戦いに於いて対人戦闘経験は必須とも言える。人死にに慣れていない者達には非情な戦場となった。


「大丈夫、クリスティーナ?」

「……え、はい。だ、大丈……夫……うっ!」


 シルヴィーネル達に背中をさすられているクリスティーナは、顔面蒼白だ。


 周囲を見渡せば主に天使達が辛そうな表情だった。命が無駄に、そして無意味に散る様は天使達にとっても衝撃の光景である。


「こりゃダメだな……。仕方ねぇ……結界魔導具を貸せ。先行して打ち込んでくる」

「う~む……しかし、ルーヴェスト一人では手間が掛かり過ぎる。それに邪教徒の本山に乗り込む際に疲弊していては意味があるまい」

「つってもなぁ、アスラバルスの旦那よ?後手に回りゃ回る程ヤバイんだぜ?恐らく、ロウドの盾が宣告した時点で奴等は魔獣召喚の儀式を始めた筈だ。どんなのが来るか判らねぇ以上、出来るだけ押し込めておきたい」

「…………ぬぅ」

「俺から言わせりゃ結局、覚悟があるヤツが足りんのよ。他国に踏み込んだ時点でここは戦場、これは戦争だ。足を踏み込んだ奴等の狂信が勝つか、俺達の道理が勝つか……それだけのことだ。人死にが嫌なら今すぐ帰れ」


 ルーヴェストは嫌味で言っている訳ではない。ただ真理を口にしているだけなのだ。


 世界規模で見れば長らく平穏だったロウド世界だが、一皮剥けば何処にでも悲劇があり残酷な事実がある。綺麗事では済まないのだとルーヴェストは理解しているのだ……。


 しかし──それでも優しい世界を目指したいと願う者がいるのも、また事実……。


「わ、わたくしは退きません。どんなに辛くても諦めないと誓ったのです……。ここで私が手を汚すことで世界が少しでも優しくなるのなら、諦める訳には行きません」

「クリスティ嬢ちゃん……それは自分の考えの押し付けでしかないとしてもか?」

「はい……私は私の道を歩みます」

「世界中から『犠牲を厭わぬ悪』と言われてもか?」

「はい……私は信じることの為に行動します」

「………。ライに侮蔑されてもか?」

「そ!それは……。……………………。ラ、ライはきっと信じてくれる筈です!」


 クリスティーナはかなり迷った結果、都合が良い判断を下した。


「ハッハッハ!そこはブレッブレかよ……。だが、それで良いんだぜ、クリスティ嬢ちゃん?結局、人間なんざに確実なものなんてねぇんだ。譲れないものは一つ……あとは我が儘で良い」

「ルーヴェスト様……」

「てな訳で、だ。覚悟があるならこのまま続けるぞ?今日中に奴等の拠点前まで進みてぇ」


 アスラバルスは強制はしない。覚悟とは自ら決めるものだ。天使達にすら選択の機会を与えたアスラバルスは、静かに答えを待つことにした。


 迷いなくルーヴェストの言葉に同意の姿勢を見せたのはシウトとトォンの騎士達……彼等は元より覚悟を決めてロウドの盾に参加している。

 続いて同意を見せたのはライの同居人達。人を殺めることを良しとした訳ではない……彼女達はライが来るまで戦い抜く覚悟を決めた。それだけのことだ。


 そして……天使達もようやく覚悟を決めた様だ。


「アスラバルス様。私……いえ、我々も覚悟を決めました。未来の為に必要ならば我が手を汚しても構いません」

「お前達……」

「天使は世界の安寧の為に存在する。それを一番に覚悟すべきでした。もう迷いません」

「……そうか。セルミローもさぞ誇らしかろう」

「アスラバルス様……」

「この先、お前達には大きな進化の可能性が開かれた。天使は覚悟を持ち正しく力を使うと決めた時から進化が始まる。これはエクレトルにとっても大きな収穫……今後のエクレトルを背負う者よ。期待しているぞ!」

「哈っ!」


 その後の協議により新たに提示された作戦は、陣形展開ではなく個別前進……結界の杭をひたすら前に設置しながら進むというもの。立ち塞がるものが何であれ排除、ないし無力化して進む。判断は各々で行うことになった。


 一応として、アムルテリアは中央を進むことを続ける。アムルテリアの前にプリティス教徒を連れて行けば『鉱物化』する手筈になっていた。



 プリティス教徒が自爆前に拿捕出来る者はアムルテリアの元に、捕縛不可能な者は倒してでも先へと進む。



 そうして一日掛りでトゥルク国土の三分の一程まで進んだところで日暮れとなり、一度トゥルク王の居城領内へと帰還となった。



 対プリティス教討伐は、ライ不在のまま更に激しさを増して行くことになる……。



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