第六部 第七章 第七話 デルセットの民を捜して
【ロウドの盾】がトゥルクへと査察に向かった頃──姿を消したライとフェルミナは異空間に閉じ込められていた……。
「参ったな……用があるってのに」
異空間………とは言ったが、その景色はロウド世界そのもの。何か異様なものがある訳ではなく、一見すると異世界と判別することすら難しい景色だった。
異空間の同行者はあと二名………トラクエル領で捕らえた天然魔人の少年アーリンド。そして、黒き翼の天使スフィルカ……。
そこに至るにはトゥルクへ査察に入る迄の日々が大きく関わっている──。
トラクエル領から連れてきたアーリンドは、ライの居城で目を覚まして以来何度も勝負を挑んできた。その都度ライは対話を試みたが、アーリンドは勝負に敗けたことが悔しいらしく聞く耳を持たなかった。その為、毎回昏倒させることになる。
同居人達も気に掛け何度か会話を試みるも、就寝時と食事時以外はライに勝負を仕掛けていたので会話という会話も成り立たなかった様だ。
取り敢えず約束を守り従っているアーリンドは、勝負に勝たない限りライからは離れないつもりらしい。結局、ライはアーリンドの気の済むまで自由にさせるつもりでいた。
しかし、六日目──。
翌日はトゥルク遠征へと向かわねばならない。そこでライは、条件付きで勝負を行うことにした。
「なぁ、アーリンド」
「何だ!勝負か?」
「………。俺は明日から用があって相手が出来ない。というか、いい加減に疲れた。そこで勝負を受けてやる条件を付けることにする」
「………条件?何だ、それ?」
「お前が勝ったら今後何をしても邪魔しない。その代わり、俺が勝ったらお前のことをちゃんと話せ。じゃないと今後一切勝負はしてやらない」
「え~!」
「あのなぁ……俺は毎日毎日勝負を受ける義理は無いんだぞ?今まで付き合ってやったんだからその位の条件は聞けよ」
「む~………わかった」
自分が居るのがシウト国だということと寝食に困らないこともあり、アーリンドは少しだけライに心を許している。
それは、アーリンドのこれまでの生活が如何に厳しかったかということでもあった。
因みにアーリンドはライの部屋で寝ている。それは行動を共にすれば信用を得られるというライの考えからのものだ。
「じゃあ、今回は特別に戦い方も教えてやる。この先お前がどんな道を選ぶのかは知らないけど、何かを守る為には必要だろ?」
「戦い方?」
「お前のはただ力に任せて殴ったり刀を振り回したりするだけだからな。魔人でもそれじゃダメだ」
「………?魔人て何だ?」
首を傾げるアーリンド。どうやら根本的な知識も持っていない様だが、年齢を考えるとその方が自然ではある。
「……じゃあ、その辺りも全部教えてやる。それともう一つ……名前はちゃんと呼ぼうな?相手を知らないと話も出来ないだろ?」
「………。お前の名前って何だっけ?」
「ライだ。宜しくな、アーリンド」
「………」
「さて……じゃあ一勝負といこうか」
時間は既に夜。皆の訓練は翌日のトゥルク遠征に備え休息となっている。そこで、城の外に造られた無人の訓練所へと向かうことにした。
途中、フェルミナとエイルがライの姿を見付け同行を申し出る。
「ライも物好きだな。……。まぁそこが良いんだけどさ?」
「二人は休んで良いんだよ?」
「いや……折角だから見てるよ。それと、あたしは明日同行しない。この城に残るヤツとか森の精霊とか守るヤツも必要だろ?」
「そういってくれると安心して出られるよ。エイルなら任せられる………ありがとうな」
「へへへ」
ライは無意識にエイルの頭を撫でた。こうして守りを考えてくれるのは本心から有り難かった。
そこで命の大聖霊様は幾分不満気な顔を見せたが、同じように撫でたことで機嫌を直してくれた様だ。
「……。ライは王様なのか?」
そんな様子を見ていたアーリンドはライに疑問を投げ掛けた。
「お、王様?な、何で?」
「だって、城持ってるだろ?それにいっぱいの女と暮らしてる」
「あ、あぁ~……うん、まぁ城もあるし女の人とも暮らしてるけど、王様ではないかな……。俺は勇者だ」
「勇者?勇者って何だ?」
「何だ……って言われると難しいな。簡単に言えば困ってる人を助ける人?」
「……。じゃあ、何で助けてくれなかったんだよ。オイラの国、トシューラに酷い目に遭わされたんだぞ?何でだよ!何で……」
「そうか……」
ライはアーリンドの頭を撫でた後、視線を合わせる為に屈んだ。子供だからと適当な態度で対応はせず正面から向き合う。
「アーリンドの国は何処だ?」
「デルセット……」
「国にトシューラが来たのは
「三年くらい前………」
デルセットはペトランズ大陸南部に位置する国。地竜の住まう地に隣接していた小国だったが、既にトシューラに飲み込まれてしまったことはライも覚えている。
「済まない、アーリンド……その頃の俺は今のお前よりずっと弱かったんだ。いや……これは言い訳だよな。勇者なんて言いながら弱いのが悪い」
「…………」
「だけど、許してくれるならお前の助けになりたい。機会をくれないか?」
「もう遅いよ……。だって……みんな……ヒック……みんな居なくなっちゃったんだ……。うぅ……うわぁぁ~ん!」
それまで気丈に押し込めていた感情が溢れたのだろう……。ライはアーリンドを抱き寄せ頭を何度も撫でた。ライが旅に出る前に起きたこととはいえ自分の無力さと不甲斐なさに胸が痛んだ。
それはエイルも同様で、昔の自分を見ている気分だったのだろう。辛そうな顔でそれを見守っていた……。
アーリンドは思いきり泣いた……。今までそうさせてくれる者も居なかったのだろう。だからアーリンドはその悲しみと怒りをトシューラに向けたのだ……。
それを利用されたのがトラクエルの事件……子供まで利用する輩がまだシウト国に居るのかと思うと、ライは心底腹立たしかった。
「なぁ、アーリンド……。皆、居なくなったってトシューラに連れて行かれたのか?」
「違うよ……トシューラが攻めてきた時、皆で地竜の土地に逃げようとしたんだ。でも、道を塞がれてて……オイラ、早く動けるから抜け道探そうとして……でも、戻ったら皆はもういなくて……」
「じゃあ、トシューラに捕まったか見ていた訳じゃないんだな?」
「うん………」
「良し……ちょっと待ってろ」
ライは立ち上がると額のチャクラを用いて《千里眼》を発動……しばらく微動だにしなかったが、やがて首を傾げ唸り始めた。
「どうしたんだよ、ライ?」
様子がおかしいことに気付いたエイルとフェルミナが近付いてくる。
「それがさ……千里眼で探っても誰も見付からないんだよ」
「一人もですか?」
「うん……それどころか遺体もない。明らかにおかしいな、コレ……」
またチャクラの不調という可能性もあるので断言は出来ない。しかし、やはり何か勘のようなものが違和感を伝えている。
そこでエイルは魔法による捜索を申し出た。
「実はさ?あたし、リーファムから探査魔術習ったんだ。試してみるか?」
「頼むよ。何でも良いから手掛かりが欲しい」
「わかった。やってみる」
腕輪型【空間収納庫】からロウド世界の地図を取り出したエイルは、同様に取り出した魔石を地図の上に乗せた。更に細かい砂のようなものも地図の上に撒いている。
やがて詠唱と共に魔石が動き出すと砂も続くように波打ち始めた……。
そうして出た結果は──。
「……。デルセットって、いま魔石がある位置にあったのか?」
「確かそうだよ」
「………。じゃあ、全員そこに居るみたいだぜ?トシューラに乗っ取られたんだよな、デルセット国は?」
アーリンドは涙目で頷いた。
「オイラ、国中見て回ったんだ。でも、誰も見付からなかった。街も違う奴等が住んでた……」
「おっかしいな……リーファムから御墨付き貰ったんだけどなぁ、この探査魔術……」
「いや……多分、エイルの術が間違ってる訳じゃないんだと思うよ。可能性としたら地下とか結界とか……それに千里眼で全く見えないのが気になる。普通はチラッとでも見えるんだよ……」
しばらく考えたライはアーリンドの顔を見た。不安の入り雑じったその表情を見た時、ライは答えを決めた。
「とにかく現地に行ってみるか……怪我人が居ると困るな。フェルミナ、一緒に来てくれる?」
「はい!」
「エイルは悪いけど待っててくれ。もしかすると何かあるかもしれない。その時はアムルにだけ話をしておいてくれ」
「メトラペトラに、じゃなくてか?」
「メトラ師匠は割と心配性だからね。明日までに戻らないとデルセットに行くとか言い兼ねない。そしたら明日大変だろ?」
「わかったぜ。あたしは六日間ライとじっくり話ができたし、任されてやるよ」
「ありがとう」
ライは再びエイルの頭を撫でる。勿論、フェルミナの頭も……。
「アーリンド……先に言っておくけど、見付かるか見付からないか俺にも分からない。でも、行く価値はあると思うんだ。俺を信じてくれるか?」
「………。勝負で負けてるから言うことは聞く」
「そっか……じゃあ大人しく待ってられるか?」
「……デルセットに行くならオイラも行く」
「………。辛いかもしれないぞ?」
「でも行く。オイラの為なんだろ?行かせてよ……」
「わかった、行こう。じゃあ、勝負はお預けだな」
ニンマリと笑いアーリンドの頭を手荒に撫でたライは、転移魔法を発動した。
「エイル」
「任せとけ」
「じゃ、行ってくる」
向かった先は地竜の郷。だが、夜中なので静かに移動を始めトシューラ国、旧デルセット国土へと飛翔した。
アーリンドは飛翔出来ないのでライが背中に背負った状態での移動となる。
その日は月が煌々と輝く満月……明かりは不要で容易に移動が可能だった。
そんなトシューラ国──旧デルセット国の土地上空……。ライは自分達以外の存在が飛翔していることに気付く。
初めは魔王級やトシューラの警備を疑ったライは、身構えると同時に感知を展開した。
相手側はそれを察知したにも拘わらず敵意を示さずに近付いてくる。この時点で敵ではないと判断しライも警戒を解いた。
そうして現れたのは黒き翼の天使……長い黒髪を揺らし飛翔していたのは、宝鳴海で出逢ったあの堕天使……いや、『地天使・スフィルカ』だった……。
「スフィルカさん!」
「貴方は……やはりライさんだったのですね?お久し振りです!」
スフィルカとの再会──その偶然にも意味がある。出逢いは次の縁へと繋がって行く。
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