第六部 第七章 第五話 邪教討伐戦①
トゥルク王ブロガンからの要請という形で協力することになった【ロウドの盾】──。
協力が確定したことによりアムルテリアが城壁を構築。国王派の土地の守りを固めた。
同時にアムルテリアは飛行船の停泊場所を確保しメトラペトラに念話で呼び掛ける。そしてメトラペトラは全員を《心移鏡》にて転移──これで【ロウドの盾】とトゥルク王国の協力体制が整うこととなった。
「やれやれ。ようやく一安心かのぅ……。それでこれからどう動くつもりじゃ、アスラバルスよ?」
「ふむ……現在の情報はトゥルクを包囲している各国にも伝わっている。が……あの『魔神の槍』を見た後では不安要素が多い。トゥルク周囲にもエクレトルからの援軍を加え完全に封じる必要があるだろう」
「転移も封じる訳じゃな?じゃが、そうなるとライも入れなくなるが……」
「そこは問題ない。既にライの魔力波形は【ロウドの盾】の外部顧問として登録してある。結界の出入りは可能だ」
「クックックッ……案外ちゃっかりしておるな、お主?」
「脅威認定で監視させているだけでは勿体無いだろう?」
そうは言っているが、アスラバルスはライを頼りにしていることは明らかだ。
「まぁ居ないヤツは数から外しておくとして……今後の方針を示した方が良いじゃろう。何せ此処から邪教の総本山は国の端から端じゃ。問題は山積みじゃぞよ?」
トゥルクの民は皆痩せ細っていた。飛行船に積んでいた食料を供出したものの、殆どが農民なので戦力としては期待できない。
辛うじて兵士が七十人程が使えるかどうかという状態だ。
唯一、勇者マレクタルは戦力になりそうだった。装備は【ロウドの盾】の予備を渡した為問題は無いだろう。
「問題と言えば我々天使にもあるのだが……」
「知っとる。お主らは脅威に対しては冷酷になるが、人にはそうは行かぬのじゃろ?難儀な話じゃな」
「それでも、純天使である私は戦える。人寄りの『法天使』はその手を血に染めることをどうしても躊躇うのだ」
天使は本来、神の命に絶対服従である。『天魔争乱』でも天使の多くは躊躇なく人を手にかけている。それは人命より神の指令を優先した結果だ。
神の不在たる現在……代行を務めるティアモントは慈悲深く法天使を大切にしている。それ故過酷な命は下さない。
そんな状況が三百年続けば必然的に人命を尊重する様に成長する。慈愛ある天使である為に、無力な者への力の行使にはどうしても抵抗が生まれてしまうのだ。
覚悟を持ち更なる高みへ向かえば天使は戦う者として進化を果たすのだが──今は時では無いということなのだろう。
「そういう訳で、悪いが天使達は役割を分けることにした。トゥルクの民の守り、情報と探知を行いつつ飛行船の修理、そして前線に立つ者への支援……」
「良かろう。此方にも不安な者が居るからのぅ……」
ライの同居人の中には他者を傷付けることが苦手な者も居る。その辺りの無理はさせないつもりだった……。
「となると、やはり頼りになるのはトォンの近衛兵隊やシウトの騎士達か……。前線は彼等に任せつつ、結界用の杭を打ち奴等の領域を奪うのが妥当な線だな……」
エクレトルの戦術は魔導具の杭を打ちながら相手の領域を減らし行動を抑制するというもの……本来は魔物や魔獣に使用する作戦ではあるが、魔人化していない人間相手ならば十分効果は得られる筈だ。
あとは魔導具……殺傷性の低いものを利用しつつ拿捕をしていけば良いだろうとアスラバルスは立案した。
それを聞いていたルーヴェストはうんざりするように溜め息を吐いた。
「おいおい……相手は七万人も居るんだろ?どう考えても効率悪いんじゃねぇか?」
「しかし……操られている可能性がある以上、無闇に殺す訳にもいかぬだろう」
「だがなぁ……捕まえた連中を食わせるのだって相当な浪費だぜ?」
「理解はしているつもりだが……」
エクレトルの技術を使えば食料や拘束の維持は可能だろう。その間に洗脳されている者を選り分け解放すれば良いと考えていたアスラバルス。
だが、ルーヴェストは核心に近い矛盾を突く。
「アスラバルスの旦那……例えばだがな?今、魔獣か魔王……またはその両方が出現したらどうするよ?」
「……それは確かに危機的状況だな。だが、エクレトルにも手がない訳ではない。今回派遣しているのは飽くまで【ロウドの盾】──エクレトルの『対脅威存在殲滅部隊』ではない」
「そんなのがあんのかよ……何で今まで使わなかった?」
「事情があってな……それでも最近ようやく設立まで漕ぎ着けたのだ。それに言ったであろう?今回は査察だと……確定しない限り『脅威殲滅部隊』は動かせぬ。………。しかし、貴公が言いたいことは理解した。労力にせよ人員にせよ省けるものは省いた方が良いということだろう?」
「まぁな……俺なんざは商人の出だからよ?判断する部分にどうしても妥協点を探しちまうのさ。その点、邪教徒共には生産性もねぇからな」
捕虜として働かせることも出来ないならば価値が無い。これまでの罪も含めて処罰してしまえというのがルーヴェストの意見だ。
この意見に困った反応を見せたのはアムルテリア。ライならば多大な犠牲を望まないだろうと汲んだのである。
「仕方無い……今回はライの代わりとして力を貸すとメトラペトラも言っている。少し手間だが手はあるぞ?」
「そりゃあ何だ?」
「私の力で石に変える。そうすれば拘束の手間も食事も必要ないからな」
この妙案にルーヴェストは口笛を吹いた。
「だが、石じゃ砕けるぜ?」
「ならば金属でも何でも良い。私には些細な問題だ。だが一人一人変えていたのでは面倒だからな……纏めての方が楽な上に移動の手間もない」
「………。改めて思うが、何でお前ら大聖霊はチャチャッと片さないんだ?」
「まず勘違いしている様だが、私達大聖霊は人を特別視していない。正確には私には善悪の区別すら必要ない。まぁ、ライと付き合いが長い者は随分と変わったようだが」
「ライの為に動くだけで人間の為じゃねぇってことか……」
「そういうことだ。私達が無闇に力を使えばロウド世界の秩序を乱し兼ねない。天使にせよ人にせよ竜にせよ、世界の秩序を守るのはその者達の役目。私達の本来の役目は法則の維持」
今の大聖霊達にはそこに『ライとの絆』が加わる。
フェルミナやメトラペトラはそれでも人と接してきたが、アムルテリアはその期間が短い。精々ライの家族や同居人、それとティムに親しみを持っている程度……他者はどうでも良いのが本心だ。
(良くまぁこんな奴を惹き付けやがるな、ライのヤツは……。そういや魔王アムドもライに御執心だったか?そして竜に天使か……)
ルーヴェストのライへの印象は『腕が立つ変な男』である。強さは得体が知れず、かつ精神は幼いといった印象だ。
強烈な魅力は感じないものの、確かに何かがあることはルーヴェストにも分かる。
例えるなら、居るのが当然と思わせるような存在感──地味な様でかなり影響を与えるものだ。
無論、それはルーヴェストが手合わせをして感じ取った印象であり皆がそうという訳ではない。
「……ま、良いか。当てになるなら頼んだ方が良いと思うが、判断はアスラバルスの旦那次第だ」
「うむ……では、大聖霊アムルテリアよ。頼めるか?」
「分かった。但し、私にも封印が掛かっている。一度に変化させられる範囲に限界があると考えてくれ」
「了解した」
これにより『結界による包囲』と『邪教徒の鉱物化』という二つの作戦の融合が立案された。
「それでは作戦を説明する。我々は三手に分かれて行動──先ずは最優先となるトゥルク王と民の保護。この土地内に天使を配置し防衛に当たらせる」
エクレトルの中でも魔法に長けた者を中心に城壁の防御を担当。念の為、戦力としてシウト国の騎士バズとドロレスが残ることになった。
「残りは二班同時行動でプリティス教拠点を目指す。前線に進み敵を排除する制圧班と、それに続き結界を配置しつつ安全地帯確保を行う結界班。具体的には、魚を取る罠のように中央に敵を集めながら右翼と左翼を前進させる」
東を向いた鶴翼の陣のような配置をトゥルクの国土全体で展開。敵対勢力を中央に押し込めつつ前進を行うのだが、ここで大きいのが結界魔導具の存在。
エクレトル製の杭型魔導具は打ち込んだ場所を中心に大規模結界を展開する。結界同士は共鳴し連結、更に大きな結界となり外部の存在を押し出して行く。
本来は魔獣を取り囲むように展開し封印する魔導具だけあって強度も十分に確保されている。今回の作戦の要といっても良い。
「小国とはいえ国土を結界で埋めるには数日掛かるだろう。しかも今回はかなりの戦力分散をせねばならない。危険を感じた際は一度結界内に戻り態勢を立て直すことを忘れないで欲しい」
「結界はどのくらい効果があるんじゃ?」
「純魔石を用いた特製品だ。余程のことがない限り
トゥルク国を囲むトォン・シウトの連合は既に結界で外部への移動を遮断していると報告を受けている。あとは内部の役割……。
作戦は人員配置の説明へと移る。
「中央を大聖霊アムルテリアが担当してくれる。
前線にはシウトとトォン出身の騎士とライの同居人も含まれている。更にマレスフィは天使では特例として前線に立つ予定だ。
アスラバルスとアムルテリアは上空より全体を把握。場合によっては介入できる位置に身を置くつもりらしい。
「では、最後にワシからじゃな……。全員、最優先は己が生命じゃ。他者を慮り傷を受けるのでは意味がない。自分の命と他者の命を同価値とは考えてはならぬぞよ?危機と思ったならば迷わず殺せ……でなければ更なる犠牲を増やすことに繋がるじゃろう。そのことを忘れるな!」
皆、無言で頷いている。
命は平等ではない……特に己の命は最優先するのは生きる者の義務でもある。邪教徒との戦いならば尚更だ。
「では……作戦を開始する!」
「おぉぉ━━━━っ!!」
対プリティス教──邪教制圧作戦、開始である。
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