第五部 第一章 第七話 幻月夢骸


 僅かながらに波動を知覚したライは今後の見通しを立てていた。


 波動を完全に把握した後でトキサダから技の概要を聞き、再現まで早くて三日といったところを想定している。

 最悪、未完成でもある程度の形になれば問題はないのだ。後は自ら研鑽を続ければ、やがて技の修得には至れるだろう。



 本来ならば波動吼の修行は予定に無いものだった。ライに時間的余裕が足りなくなったのもその為といえる。

 とはいえ、トキサダが折角与えてくれた修行の好機を無駄にするライではない。ディルナーチで得られる力は全てを取り込む覚悟で修行に挑む。 



 急ぎ修行を再開……ライは再び己の意識を内側に向け波動を探り始めた。


 深く……自ら生まれる波動を探り当て、纏装の様に掌握出来るよう感覚の維持を続ける。やがてそれが馴染んだ頃、今度は操る術を探り始めた。 


 まず分かったことは、波動というものはその根源的な『質』は変わらないということ。確定した波はライ自身を顕しているらしく、纏装の様に性質を変化させることは出来ない様だった。


 次に理解したことは、波動は強弱を付けられること。

 強い波動は周囲に干渉し弱き波動を打ち消す……このことでどんな影響が生まれるか解らないライは、強い波動を直ぐに解除した。これは正しい判断だったと後にトキサダから告げられることになる。


 そして波動は、身体以外に流し込めることも把握した。試しに近くの小石を拾い波動を流し込んでみたが、石の波長とは別の波長が同時に発生する結果となる。

 このことから、意図すれば波動同士は同時に存在させても問題は無いと結論付けられた。無論、試す余裕がある訳ではない為『短時間なら』という仮定付きの話だ。


 そうして再び己の波動を理解する為に集中。すると、ライの背後に迫る人影に気付く。

 それは波動による感知と呼べるもの。波は反響のような干渉を受け周囲を把握することが出来るようだ。


「ライ!起きろ!」

「………リクウ師範?」

「やれやれ……無事な様だな。食事も取らずに二日間……座禅を組んだまま動かぬから流石にトウカが心配していたぞ?大聖霊は大丈夫だと言ってはいたが……」

「え?ふ、二日?本当ですか?」


 座禅を始めた時同様、周囲は明るいまま。が、確かに時間は経過していなければおかしいだけの集中をしていた気はする。

 しかし……二日も経過しているというのは、流石に信じられなかった。


「嘘を言っても仕方あるまい……。食事……の前に、先ず風呂だな。流石に不衛生だ」


 自分の姿を確認したライは、ようやくリクウの言葉の意味を察した。

 土埃に落ち葉、そして鳥糞……波動による感知が未熟な為に、質量や気配が小さなものは感知しきれないらしい。


 そんな課題を改めて理解しつつ、ライはリクウの言葉に甘え風呂場へと向かった……。


「フゥ~……まさか、二日も経ってるなんて……」


 湯船は天然温泉……これも大聖霊の仕業らしい。ライはその気持ち良さに脱力した……。

 そんな状態で目を閉じうたた寝し掛けた時……ふと脳裏を過った『意識集中の恐ろしさ』を改めて思い返す。


 下手をしたらあのまま一週が過ぎていたのではないか?そんなことを考えると怖気が走った。


 今のライには食事をせずとも魔力で維持する力がある。空腹で目覚めることは無い為、尚更に時間経過の認識が薄れていたのかも知れない。


「意識集中ヤベェ……時間の感覚が無くなる」

「しかし、それほど集中していたのに良く私が近付いたことが判ったな?」


 ライに便乗して入浴しているリクウは頭に手拭いを乗せライ同様の脱力状態だ。


「リクウ師範の波動が伝わって来たんですよ。波動は感知も出来るみたいで………」

「成る程な……で、どんな具合だ?」

「波動は何とか理解しました。あとはトキサダさんに技の型を……」

「……そうか」

「リクウ師範は【波動吼】を学ばないんですか?」

「興味はある……が、トキサダ様の話では天網斬りよりも知覚が難しいらしいのでな。それに今はトウカの修行を付けるのが先だ」

「そうですか……」


 トウカの覚悟が何かリクウにはわからない。しかし、修行に身が入らなかったトウカがやる気を見せた。見守ってやりたいのが師の心なのだろう。


 湯船で顔を洗うリクウは深く息を吐く。そして、敢えて今まで聞かなかったことを口にした。


「ライよ……。お前は何をしようとしている?」

「何って……修行を」

「そうではない……『首賭け』についてだ。お前が焦っているのはその為だろう?」

「気付いてたんですね……。流石はリクウ師範です」


 今までのライの行動を見ていれば、『首賭け』を見過ごす訳がないことは想像に易い……それだけのことだと、リクウは再び湯で顔を洗う。


「お前はドウゲン様の危機を見過ごせる奴ではないからな……。だが、どうするつもりなのだ?」

「修行に目処が付いたら神羅国に向かいます。そして、神羅王に談判しようかと……」

「………恐らく、それでも『首賭け』は止まらんだろう。それでも行くのか?」

「やるだけはやりたいんですよ。それでも駄目なら……魔王にでもなって暴れれば『首賭け』は延期になりませんかね?」

「…………悪い冗談だな」

「アハハハハ……」


 そんなことが出来る輩ではない……リクウはライをそう理解している。


「私はお前の師だ。そしてドウゲン様の師であり友でもある。協力が必要ならちゃんと相談しろ。分かったな?」

「はい……ありがとうございます、リクウ師範」

「……この後少し付き合え」

「?……分かりました。……。それはそうと、メトラ師匠は?」

「私の代わりにトウカを見ている。急に修行に打ち込み始めてな……お前に触発されたのやもしれん」

(トウカ……決めたんだね)


 トウカのその決意が誰の為か……まだ誰も気付かない。



 風呂から上がったライは、新たな練習着に着替えリクウと試練の間に向かう。そこには、鬼神像の前で向かい合い【神薙ぎ】の考察をするトキサダと蟲皇の姿が……。


「トキサダ様……少し試練の間の一部をお借り出来ますか?」

『リクウか……問題はない。ライが居るということは、アレを伝えるのか?』

「はい。そのつもりです」

『ならば存分にやるが良い』

「はっ!感謝致します!」



 試練の間の一画に移動したライとリクウ。壁に立て掛けてあった真剣二振りを手に取り、互いに構える。


「これから最後の技を伝授する……。これは正確には華月神鳴流の技ではない。トキサダ様の厚意で流派へと組み込まれることを勧められたが、やはり私は別の技とすべきだと考えている」

「流派外の技?」

「そうだ。この技は明らかな殺傷目的……故に伝授を迷っていたが、お前にもいつか殺傷を決断しなければならない日が来ることを考え伝授する。当然、トウカには伝えぬ」

「……わかりました。お願いします」


 リクウの言葉に宿る意思……ライはその中にリクウの想いを知る。

 殺害特化の剣をライは望まないだろう……それを理解しながらもライへと伝えることは、何事があっても生存せよという師の想いでもある。


「一度しか見せぬ。そこから学べ」

「はい!」

「では……行くぞ!」


 リクウはやや前のめりの正眼に構え突進を始めた。素早い移動は身体能力によるもの。当然ながらライも身体能力だけで答える。

 そうなればライの方が優勢なのだが、リクウは更に急加速を始めた。


(速……!)


 ライはそれを反射的に受け流しに掛かる。しかし、その目が捉えたのはリクウの持つ刀の切先が描く円形の流れ……ならばと横凪ぎで剣を払うつもりだったが、刃は空を切るだけだった。

 次の瞬間。下方からライの左脇腹に刃が食い込む……だけではない。そのまま右肩口まで一気に斬り裂かれた。


 試練の間でなければ即死……リクウを甘く見ていた訳ではない。明らかに剣の実力で敗れたのだ。



 ライが気付いたのは試練の間の入り口。敗れた直後入り口に飛ばされたらしく、先程居た場所からリクウが歩み寄る姿が確認出来た。


 改めて自分の身体を確認するが傷は無い。しかし、死への恐怖は確実にライを貫いた。早鐘のような鼓動と滲み出る嫌な汗が止まらない。


「……大丈夫か?」


 入り口まで戻ったリクウは心配そうに腰を下ろす。ライは一瞬、言葉が出なかった。あまりの出来事に喉が渇れていたらしく、生唾を飲み込んでようやく言葉を発することが出来た。


「い……今のが……」

「うむ……『幻月夢骸』と名付けた」

「あれは……何が……?」

「種を明かせば簡単な技だ。切先の揺れで遠近感を狂わせた。切先の動きに気付き対応した時には既に懐……そして刺した刃を肩に担ぎテコのように切り上げる。それが先程の動き」

「でも……型は変えられる。そうですね?」


 リクウは穏やかな笑顔を浮かべた。剣の技量的な才覚はトウカに劣るが、その『見抜く目』は称賛に値する。技の本質を即座に理解するライは、やはり良き弟子と言えるのだ。


「突進の勢いを殺さずに、切先の円に意識を向けさせ距離感を奪う。言うは易いがな……これが中々難しい。それに、これは文字通り必殺。同じ相手に二度は使わぬ覚悟でのみ使用せよ」

「……必殺………」

「出来ればお前がこの技を使わずに済むことを願う。甘いお前が相手の死を望んで刃を振るうのは忍びないからな」

「師範………」


 様子を見ていたトキサダは二人に近付き会話に加わる。蟲皇はライの肩に飛翔し張り付いた。


『どうだった、ライよ?』

「まだ……心臓がバクバクしてます……」

『そうだろう。我も遂に完全に敗れた……中々に驚愕の技だろう?切先の動きだけではない。あの突進速度を全て刺突に乗せた動きは、まさに獣の如し……』


 最後の刺突に至る際、速さを殺さぬよう直角ではなく円の動きで潜り込む。それは切先の動きに気を取られ反応が遅れる程の速さ。


「技の肝は突進を一切緩めぬ覚悟と、やはり切先の動きだ。長く研鑽を積む必要はあるが、お前なら可能だろう?」

「はい……『幻月夢骸』確かに授かりました」

「これで私がお前に伝えることは全て伝えた。見事だったぞ、ライよ」

「ありがとうございます、リクウ師範。この御恩は……一生忘れません」


 正座で頭を下げるライは涙を浮かべている。なんのかんのとライの行動に付き合い、時には国外にすら同行し修行を続けてくれた大恩ある師、リクウ……。ライにとっての三人目の師匠は、確かに良き師として力になってくれたのである。


「ま、それでもスイレンは渡さんがな……」

「いや、スイレンちゃんは別に狙ってませんけど……」

「何……だと?き、貴様!スイレンに魅力が無いとでも言うのか!?」

「そ、そうじゃなくて……そ、そう!スイレンちゃんは妹みたいな感じ?」

「妹………萌だと?き、貴様!どこまで鬼畜な……」

「ち、違いますよ~?も、ではありませんからね~?」

「スイレンに萌えぬ……?馬鹿な!貴様!正気か!?目を覚ませ!」

「ブべベッ!」


 リクウの往復ビンタ炸裂──。


 そう……大恩ある師・リクウは、ちょっと残念な部分もあることを忘れてはならないだろう。


(賑やかなり……セミ以下よな)

『…………』


 華月神鳴流修行……残すところは【波動吼】の修得。この翌日、ライの修行は遂に修了を迎える。



 

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