第五部 第一章 第八話 波動操作


 試練の地に於ける修行──その最後を飾る波動の修得。ライは試練の間にてトキサダと向かい合い確認作業に移る。


 ライに対して散々ぱら往復ビンタをかましたリクウは、どこか満足げな笑顔を浮かべトウカの元へと向かった。

 その笑顔の意味が『弟子の巣立ち』に満足したのか『鬱憤晴らし』で満足したのかは、最早ライにも判らない……。判っているのは、往復ビンタで腫れた頬がみるみる回復する様にトキサダが若干引いていたことだけである。



『そ、それ……ゴホン!それで……波動は掴めたか?』

「はい。何とか……」

『では、貴公の波動をこの場で最大にしてみよ』

「わかりました」

『蟲皇殿は一度部屋の外に。何があるか判らぬ故……』

「あ……じゃあカブト先輩、コレを……」


 ライは蟲皇を引き止めつつ自らの懐を探る。取り出したのは、以前嘉神の地で購入した高級飴。王都・桜花天にて暖簾分けされた菓子店を見付け思わず購入したものだ。


(対価を覚えていたか……うむ。誉めて取らす!)

「ハッ!有り難き幸せ!」

(では我は、しばし甘味の甘美に酔いしれるとしよう)


 飴を抱えた蟲皇はブゥ~ンと音を立て部屋の外へと飛んで行った。


『カブト虫……』

「完っ璧なカブト虫ですね……」


 色以外は普通のカブト虫……ライとトキサダはそう思わずにはいられなかったという……。



「カブト先輩を避難させたということは、危険……なんですね?」

『貴公はまだ波動を意図して調整出来まい?知識なく強い波動を放てば周囲の波動にも影響を与えかねん……先ずは波動の操作を覚えるのだ』


 蟲皇は最上位精霊。だが蟲皇が波動を把握していない以上、何らかの影響が出る恐れもあるとのこと。波動の最大出力を外で試さないで良かったと、ライは改めて安堵した。


「……では、行きます!」


 自らの波動を強くする……これは感覚なき感覚とでもいう意思の力に頼る。先ずは波動を完全掌握せねばならない。

 波動は魔力や生命力の纏装とはまた違う、音も熱も感触もない空気を放つ様なイメージだ。


 そうして最大まで高めた波動は、やがて試練の間を揺らし始めた。


『そこまで!……確かに波動を掴んだ様だな。それを何処まで操作出来る?』

「部分的な強弱は何とか……」

『そうか……。成る程、メトラペトラ殿の言うように、貴公は感覚を掴むのが異常に早い』

「それは多分、大聖霊契約の影響だと思います。お陰で色々と助かってますし……」

『貴公が他者を導いた【幸運】が廻り廻って貴公に還った、といったところか……それもまた必然』


 身体操作系は【命を司る】フェルミナの、意識操作系は【情報を司る】クローダーの、共に大聖霊契約の影響であることは間違いない。


 遡れば意識操作のクローダーに至るまでに様々な縁が絡み合っているのだ。



 クローダーとの出逢いは久遠国の海賊の島。その海賊の島を探索したのは不知火領主との縁があってこそ。不知火領主夫妻との縁はエイルが封印されていた無人島の近海に繋がる。

 そして無人島に到るには海王・リルの導きが必要だった……。


 リルに出逢えたのはトシューラの魔石採掘場を脱出する流れから……その脱出劇にはメトラペトラの力添えが大きく関わっている。

 メトラペトラもフローラが崖から落ちねば封印を解かれることもなく、そうなるとライが魔石採掘場に囚われフローラと出逢うことも必然だったということになる。


 となれば、始まりは更に過去──トシューラに囚われた原因は獣人オーウェルと獣人の子供達を救う為の単独戦闘だ。

 そのオーウェルと共に行動するにはエノフラハに向かっておらねばならず、エノフラハでの行動はレダの情報から始まったものだ。それもシルヴィーネルに魔導装甲を貸与し代替品を探す目的があったからこそ得られたのである。


 氷竜シルヴィーネルと対峙する修行としてマリアンヌが生命を宿したのは、フェルミナの大聖霊としての力。封印の湖でフェルミナを解放出来たのは、偏にノルグーで手に入れた『魔導装甲』という装備があった故。そして『魔導装甲』を認識し手に入れるには、騎士フリオとの出会いが必然となる。


 その運命は或いは更に過去から続くものかも知れないが、ともかく道程で結んだ縁が複雑に絡み合い現在のライへと繋がっているのは間違いない。


 そして縁は、きっとこの先も自覚の有無に関係なく必然として続くのだろう……。



『それだけ波動を掌握出来ているならば修得は早いだろう。後の要領は纏装や天網斬りに近い』

「纏ったり剣に乗せる……ですか?」

『そうだ。一応我が編み出した【波動吼】三種を授けるつもりだが、波動にはまだ可能性がある。例えば魔法との融合……試してはいないが、可能かもしれん』


 トキサダは【神薙ぎ】の研鑽に重点を置いている。加えて魔法があまり一般的ではないディルナーチ大陸……試していないことは山程あるのだと笑う。


『もし貴公が新たな波動の技を編み出したならば、是非教えて欲しい。我が気付かぬ【神薙ぎ】への可能性もある』

「そうですね……その時は必ず」

『では……技を伝授するに当たり、波動について改めて説明しよう』



 波動──それは万物が放つ波。霊格存在である精霊体から実体ある生物、物質、大地に至るまで、それと認識出来るものは全て波動を発している。


 通常、波動を人が認識することはない。明確な性質が無く、魔法の様な属性や生命力の様な温もりも感じ得ない。敢えて例えるなら無感触で透明な波である。

 波と言っても音波の様な振動ともまた別種で、通常は物理干渉も起こらぬもの。故にそれが力として発現した例は“ 数える程度 ”だろうとトキサダは語る。


「……俺なんかからすれば、波動を力と認識した事が驚きですよ。今だからこそ分かりますが、周囲の波動は微弱すぎて力に変わるとは考えませんよ?」

『それは【神薙ぎ】研鑽の過程で生まれた偶然……存在特性【波動操作】を知覚し再現したことで波動の可能性に気付いた故だ』


 波動を感じ取り掌握する存在特性【波動操作】。それを偶然知り、擬似的に再現したことでトキサダは波動を力として認識する。


『其処にあるのであれば知覚する術がある……それが我の存在特性【概念知覚】。そうして我は波動に触れた』


 存在特性は当人のみの特性を持つ異能。その行使とは、個の魂に刻まれた概念力を引き出すことだ。実質それは他人が完全に再現を出来るものではない。

 当然ながらトキサダの能力【概念知覚】を頼りに再現された存在特性は、本来の力より幾分効果が落ちる。


 例えばトキサダの再現した【天網斬り】──本来のそれを再現出来なかったが、剣を追究するトキサダの長き研鑽の果てに剣技と融合。本来の【万物両断】を完全に再現するに至ったのである。

 そんな経緯から、波動の操作にも工夫が必要とトキサダは考えていた……。


 だが、トキサダの波動は存在特性【波動操作】と同様の強さを宿した。


『波動は元々全ての存在が持ち得ている。つまり誰もが波動を扱う器は備えているのだ……。我はそう理解するに至る。そして波動を確実に知覚した者は、真なる波動に目覚める』

「真なる波動……?」

『通常発されている波動は無意識の領域……眠っているようなもの。微弱な干渉を除けば到底感じ得ない。それは、例え波動に強烈な感情が乗ったとしても誰も気付かない程度なのだ。しかし、波動を完全に捉え明確な意思で操ろうとした時……波動は呼び覚まされた様に力を増す。それは貴公が発した最大波動からも分かるだろう?』


 頑強な試練の間を揺らす程の波動……それは通常、人が発するには余りある力。つまり、既にライは波動を力として扱う器に届いている事を意味している。


「そんな簡単に……」

『簡単ではない。これは本来、誰も感じることが出来ない感覚なのだ。我も【神薙ぎ】の研鑽過程で偶然知覚したに過ぎん。そして我が波動を操作するまでの年月は十年を超える。常人では人生を賭けても到達は出来まい』

「じゃあ、俺は……」

『本来、大聖霊ですら知覚し得ない波動を認識する微細な感覚。そしてそれを理解し再現する適合性。当然、複数の大聖霊との契約で獲得したものだろう。幸運が廻ったとはそういうことだ』


 偶然救い出したフェルミナと、救うと決めているクローダー。どちらもライが行動した結果からの契約……それが波動修得の要となるなど、契約の時点では当然分かる訳も無い。


『故に、我が今【波動吼】を授けられるのは貴公のみ。更なる高みを目指す過程で【天網斬り】の様に常人が修得出来る研鑽は可能かも知れぬが、今は【神薙ぎ】に重きを置くので手一杯だ』

「じゃあ、【波動吼】はまだ華月神鳴流の外ということですね?」

『そう定義するのが相応しかろう。今後の研鑽は寧ろ貴公に期待したい』

「はい……期待に添えるよう努力します」

『うむ……』


 トキサダは満足気に鬼面を縦に振った。トキサダの【波動吼】はライのみに継承させる……それは実に数百年ぶりの愛弟子ということになる。


『ここからは肝心な話に入る。波動に性質は無いと説明したが、それは本来の微弱な状態でのこと。無色透明……だがそれは、何色にも染まり易いことも意味している』

「属性の話……とかでは無いですよね?」

『うむ。それ自体はかなり漠然としたものだ。我等が如き強き波動を扱う者がそれを行使する場合、精神に左右されある種の変化が生まれる』


 精神に微弱な影響を与える波動──それは精神が波動に影響するとも言える。


『変化と言えるかはまた微妙かも知れんが、波動操作を行える者の意思は波動と大きく関わっていてな……戦う意思で行使すれば従来の強化を上回る波動が発生する。守る意思で波動を行使すれば、その波による守りは堅牢にして柔軟になるのだ』

「意思が反映された波動……」

『そう。波動は意思の力とも言える。突き詰めれば意思による微細な操作に行き着くのだ』


 波動操作が安定すると、体感操作から意思操作へと移行を始める。それに伴い、通常時の波動は呼吸の様に労せず自律操作が可能になるとトキサダは告げた。 


「今のトキサダさんはその状態なんですか?」

『うむ。ここで忘れてはならないのは波動の影響だ。意思が波動に影響する以上、我々が使う強力な波動は他者の波動に影響し精神に干渉することがある。正しい意思で使用している限り問題はないが、負の感情は気を付けよ』

「負の感情……憎しみや快楽的な殺意とかも波動に乗って影響が出る訳ですか……」

『意思ある存在の波動は抵抗力もある為、直接その身に強き波動を流されぬ限りはそうそう負の感情に引かれぬ。だが、余波でも僅かには影響すると考えるべきだ』


 かつて邪神が襲来した際、人々は闘争心に引かれた。それが侵略や領土争いで反映され、人々の心は荒れたのだ。

 それは飽くまで神の波動であるが故に起こったもの。ライやトキサダの波動ではそこまでの影響はないだろうと語る。


『怖いのは、僅かな干渉でも集団で影響を受けた場合だ。各自の波動が同調し反響がすると、集団それ自体が同一波動になる恐れもある』

「集団ヒステリーみたいなものですか……でも、難しくないですか?身内が傷付けられれば怒りを抑える自信ないですよ、俺………」

『そこは明確な悪意のみ気を付ければ良かろう。人はそこまで弱くない。干渉を受けた場合、大概は自らの波動で戻る。いま述べたのは飽くまで心構えとしてのものだ』

「わかりました……心に留めて置きます」


 そうすることで自らを律する心構えが出来る。そして正しき波動を理解することにも繋がるだろうというトキサダの教訓である。


 ライはその意味を理解した。



『……それでは技の伝授に移る。その前に確認するが、貴公は何かに波動を流してみたことはあるか?』

「はい。石に流し込んでみましたけど、特に変化は無かったですね。人はどんな影響が出るかわからないので試していません」

『良い判断だ……波動は一時的に物質に流し込める。但し、攻撃的波動を流し込むのは自我のない無機物に限定せよ。生物への影響は、正直我にも解らぬ』


 解らぬ故に危険性もある。それは則ち、波動を生物に流し込むなという制約。


「わかりました。……あっ!無機物でも意思が宿っていたり、やがて宿る可能性を持つ場合は……」

『【意思ある武具】の類いか……判断が難しいが、我からは勧められん。意思もまた波動、と考えるべきだろうな』


 それは黒竜フィアアンフの変化した黒竜剣を想定した質問だったが、持ち主に合わせて変化する『魔導装甲』も対象とすべきだろう。


『それでは先ず、そこの木刀に波動を流すのだ。無機物に波動を流し込む際は、天網斬りの様に腕の延長で維持し続ける必要はない。一定量の波動を込めれば少しの間そこに力が留まる故な』


 床に置いてある木刀を拾い上げたライは、戦う意思を込めた自らの波動を流し込む。トキサダの合図でそれを止め木刀の波動を確認……すると、木刀から発せられる自分の波動を感じた。


「これは!……うっ……何か気持ち悪い……」

『ハッハッハ。それは自分と同じ波動だからだろう。だが、これで木刀には貴公の強き波動が宿った。木刀は自らの波動を内から放っている為、少しづつ貴公の波動を追い出す。元々の発生源ではないから波動もやがて弱まり消える』

「…………。本当だ……少しづつですが弱くなりますね……」

『だが、今の時点で木刀はかなり強化されている。切れ味は無いが鋼鉄程の強度はある筈だ』


 それは波動を扱えぬ傍目からは全く分からない。何の変鉄もない木刀にしか見えないが、確かにライの強き波動は木刀からも流れているのだ。


 初めて波動の効果的使用に触れたライ。トキサダから齎された波動の知識には、更なる可能性が宿っていた。


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