第五部 第一章 第九話 鐘波 


『さて……最も伝授すべき技に至るには、波動を込めた物に【ある別種の力】を加える必要がある。それは何か?』


 トキサダの波動伝授は続く。その特殊性故にライは聞き逃さぬよう真剣そのものだ。


「別種の力?魔法や纏装……?」

『自らの肉体の内ならばともかく、波動を籠めた無機物に魔法や纏装を流すのでは寧ろ互いに干渉し共に打ち消される。波動は力を波で弱める効果もある故な』

「となると存在特性……天網斬りですか?」

『正解だ。存在特性は概念力。一度に波動と天網斬りを試したところ、波動のみが弾き出された。力の質としては概念力である存在特性の方が強いらしい』

「【波動吼】の技って、もしかして………」

『気付いた様だな。波動を弾き出し使用するのが伝授する【波動吼】の一つ、《鐘波》だ』



 【波動吼・鐘波】──刃に溜めた波動に指向性を持たせ弾き出す【波動吼】攻の型。

 飛翔型波動の干渉は、外傷を与えずに相手の波動を撹乱。意識を奪うことが出来る。



『《鐘波》は波動を弾き出したもの。範囲を限定された波動は、与えられた指向性で相手の波動を貫き乱す。一瞬だが、それでも波動を把握出来ぬ者の意識を刈り取る効果を持つのだ。波動の干渉故に外傷も無く、一瞬の干渉故に相手に影響も出ない。そんな不殺の技』

「確かに理想的な技ですね………」

『距離も通常波動の届く数倍から数十倍まで伸びる。戦場で多数の敵兵を傷付けずに排除出来る筈だ』


 纏装や魔法の様な遠距離放出が難しい波動……トキサダは指向性を持たせる為に概念力で波動を弾き出す技法を編み出したのである。



 続けてトキサダは、《鍾波》の使用に必要となる波動操作の説明を始めた。


『《鍾波》の修得には自らの波動調整を極めねばならん。まず始めに、己の放つ波動……その放出を徐々に短く出来るか?』

「纏うような感じですか?」

『そうだ。我の印象は波動を押し留めるものだったが、纏うほうが正しいだろう」

「やってみます」


 放つ空気を身体に納める印象で波動の拡散を抑えるライ……やがて波動は、極薄の纏装の様にその身体を包む。


『………良し。二日の座禅は無駄ではなかった様だな』

「纏装をいつもこんな感じにしてましたので感覚は……それにしても波動は面白いですね……。留めた内から湧き上がる力が蓄積しているのを感じます」

『それが《鍾波》を編み出す過程で生まれた二つ目の波動吼・《凪》だ。周囲への波動を抑えその力を己に向ける技法。《凪》を纏い身体部位毎に波動の強弱を付ければ、纏装同様に高い補助になる。予備動作無しの動きも可能だ』

「分かりました。少し試してみま……」

『待て!話を最後まで……」


 トキサダの制止も虚しくライは立っていた場所から姿を消した。同時に試練の間には“ ゴシャッ! ”と嫌な音が響く。

 トキサダの視線の先……そこには鬼神像に張り付くライの姿があった……。


『加減に慣れるにはしばし掛かるぞと言いたかったのだが……存外せっかちだな、貴公は』

「ばい……すびばぜん……」


 壁から離れたライは思いの外怪我が軽い。【波動吼・凪】はライの耐久性も引き上げている様である。


『安定まではまだ掛かるだろうが、それは貴公の今後の研鑽次第。取り敢えずは一つ修得したな』

「纏装程の強化じゃないですが、その分かなり負担が軽い。消耗戦の切り札には便利ですね、コレ」

『切り札か……その使い方が最適かも知れんな』


 常時広がる波動は、存在し続ける限り放たれる波。尽きることは無い。

 しかし、波動を力として行使することは一応の負担となる。纏装同様の慣れが必要となるだろう。


『では続ける。波動吼・《凪》で纏う波動の一部を解放してみるが良い。指先や掌が扱い易いな……壁に向けて試すのだぞ?』


 言われたように掌を壁に向け一部のみ波動の纏いを解除。すると先の壁にある蝋燭の炎が掌型に消えた。


「……先刻トキサダさんが使用したのはこれですね?波動の形状が掌から吹き出るみたいに感じました。炎は波動で掻き消えた訳ですか……」

『堤が薄い所から壊れるのと同様、波動は抑えの無い箇所から放出される。波動の放出範囲が狭ければ、その分放たれる勢いは強くなるのだ。これは技ではなく、そこに至る為の知識』

「それはそれで何かに使えそうですよね……敵陣の炎だけを消すとか……」

『面白い発想だが、魔法の方が効率は良いのではないか?』

「………。確かに」


 単純な使用なら魔法の方が慣れているのだ。今のライに魔力切れはそうそう起こらないことも含めれば、魔法の方が便利だろう。


『次の操作だ。制限を解いた波動……その半分程まで広がりを閉じることが出来るか?《凪》に至る手前の……自分を小さな半球の繭で包むような感じだ』

「………。こ、これは、ちょっと難しいですね……。す、少し待って下さい」


 波動を中空で塞ぐ様な操作……少しづつ内側から押し広がる波動と外を塞ぐ波動が拮抗する。同じ位置で留めるのがかなり微細な操作らしく、その不安定さに苦戦を強いられる。

 それでも何とか形に出来たのは半刻近く後……だが、トキサダは感心頻りだった。


『うむ……十分だ。やはり飲み込みが異常に早い……その状態で更に波動出力を上げられるか?』

「えぇっ!?……と、とにかくやってみます」


 やがて波動は天幕のような力の厚みを発生させる。その内側にも波動は充満している様だ。


「……お、重い。何か空気が重い様な………」

『それで良い。行くぞ!』

「え?な、何です?」


 突然木刀で殴りかかったトキサダ。高速で迫る木刀がライの発生させた見えない天幕に届くと、木刀の打撃はまるで水中での行動の様に超低速になった。


「…………え?」


 呆然としたライを確認したトキサダが木刀を手放すと、ゆっくり押し戻されるように宙に浮き見えない波動の天幕を転がり落ちた。


『それが【波動吼・守の型】、《無傘天理》だ。その波動の壁はあらゆる力に干渉し勢いを奪う。魔法も纏装も貴公の身体に届く前に霧散するだろう。それを瞬時に張れるよう訓練を忘れるな』

「はい!」

『これで二つ。正直五日は掛かると踏んでいたが……貴公の意思の影響か?焦り……いや、意気込みを感じる』

「………。やっぱりトキサダさんには話しておくべきですね。俺がこれからどう行動しようとしているかを……」


 周囲を一度確認し無人であると理解したライは、トキサダに向き直り正座した。


「俺はこの修行を終えたら神羅国に向かいます。『首賭け』が始まる前に神羅王に会い話をするのが目的ですが、ただ会うだけでは駄目な気がします。だから数日、神羅国を見て回るつもりです」

『【首賭け】の儀まであと僅かだ……大丈夫なのか?』

「俺は分身が使えますから何とか……全てを見る余裕はなくても把握する程度は可能かと。でも、それで神羅王を説得出来るとは限らない」


 互いの国の威信を掛けた永らく続く儀式。伝統を重んじる風潮に加え国民感情も考慮すれば、『首賭け』の取り止めは不可能。久遠国が既にそう動いている以上、神羅国も同様だろうという確信はある。


「俺は久遠王……ドウゲンさんを死なせたくない。だから……」

『無理にでも【首賭け】に介入するつもりか?だが、それは両国からそしりを受けることになるぞ?』

「構いません。俺にとって久遠国は大事な国になった……今後も『首賭け』が続くなんて納得出来ない」

『貴公はそこまで……』


 久遠国の為……というより久遠国に生きる親しき者達の為に覚悟を決めているライ。トキサダにはそれが嬉しい反面、悲しかった。


『各国には手練れがいる』

「分かっています」

『自己犠牲は美徳ではない』

「それも……分かっているつもりです」

『二度とディルナーチには踏み入れんかも知れんのだぞ?』

「それが残念ですが……失うよりはずっと良い。でも、トキサダさんにだけは会いに来るつもりですよ」

『………決意は固い、か』


 【波動吼】を修得し終えることはトキサダへの礼儀。その後再び会えるかは実のところ微妙なのだ。修行に身が入るのはその為でもある。


『具体的に考えがあるのか?』

「いえ……ただ、犠牲者は出さないと決めています」

『難儀とは聞いていたが、ここまでだとは………フフ……ハッハッハ!』


 犠牲を出さないという言葉には、警備に当たる兵のみならず王二人も含まれる。


 誰も殺さない……到底不可能とも言えるそれをやろうというライの言葉に、トキサダは感銘を受けていた。


『以前も言ったことだが、我は貴公の師……家族同然だ。この地から出られぬ我は協力してやることが出来んが、せめて思う存分やるが良い。我は貴公の意思を尊重する』

「トキサダさん……」

『いや……恐らく我だけでは無いだろう。貴公が行動を起こした際、この久遠国で縁を繋いだ者達はその意を汲む筈だ。それがディルナーチ大陸を変える鍵となるやも知れんな』

「………そうなれば良いなと思います」

『ならば最後の修行だ。波動吼・《鍾波》──見事修得して見せよ』

「……はい!」


 『首賭け』への介入。不殺を貫くならば《鍾波》は必ず役に立つ。そんなトキサダの想いをライが分からぬ筈もない。



『【波動吼】を剣技と言ったが、実際の剣技はこの《鍾波》のみだ。当然扱いが格段に難しい。覚悟をせよ』

「はい!」


 波動を流し込んだ木刀に、【波動吼・凪】の要領で蓄積。波動は霧散せず、力を溜めて行く。


『刀身の根元を波動の中心にするのがコツだ。その状態を維持するのは《凪》より《無傘天理》に近い筈だ』


 自らに纏い留める《凪》……しかし、木刀は自らの身ではない外部。確かに《無傘天理》を組み合わせた様な形態だ。


『それが《鍾波》の基礎。これを瞬時に構えられる研鑽を怠るな』

「は、はい……」

『その状態を片手で維持し、切っ先を目標に向け構える。丁度、半身に構えた眼前に柄が来る様にな。そして切っ先の波動を放出する寸前まで薄くする』


 それはまるで筒の様な印象を受ける波動形状。その維持だけでかなりの集中が必要だった。

 しかし、トキサダは構わずに指導を続ける。ライの意を汲んだからこその厳しさに、寧ろライは感謝していた。


『良し、仕上げだ。空いた手で【天網斬り】を展開しつつ柄頭に流し込むのだ。波動と【天網斬り】を同時発動するのは難しいだろうが、後は慣れるしかない』

「い、行きます!破っ!」


 ライの掛け声と共に放たれた発動。しかし、同時に木刀の波動は維持出来ず霧散するに至る。

 結果、不完全な《鍾波》は広範囲に拡がり、試練の間の蝋燭を半分ほど揺らしただけ……。


「………くっ!む、難しい!」

『だが、惜しかった。貴公に必要なのは《鍾波》を放つ波動の維持とわかったのも収穫よ。後は慣れ……繰り返し試すことだ。今日は夕飯時までそれを繰り返し、そこで休養とする』

「時間を考えれば明日まで繰り返した方が……」

『波動使用による疲弊は体力や魔力消費とは少し違う。【天網斬り】の疲弊の同様、魂から疲弊する感覚がある筈だ。貴公は耐久に自信があるやも知れんが、この手の疲弊は蓄積すると回復に時間を要することになる。後々を考えれば無理をするべきとは思わんな』

「……そうですね。ありがとうございます」

『礼には早いぞ?夕飯まではみっちりと修行だ。覚悟せよ』

「はい!宜しくお願いします!」


 この後……トキサダの指示の元で修行を続けたライは、十分な手応えを得て休養となる。



 そして夕飯時。いつもならトウカが夕飯を用意してくれるのだが、その日は姿が見当たらない。リクウの姿も無いことから修行に没頭していることが推察出来た。


 唯一戻っていたメトラペトラは、定位置であるライの頭上で呆れている。


「どうやら修行バカの悪い影響を受けた様じゃの」


 タシタシと足踏みをするメトラペトラ。同時にその腹が栄養価を要求する様に音を立てた。


「トウカがやる気を出した訳ですから仕方無いですよ」

「まあ、それは良い。で、食事はどうするんじゃ?」

「良し……ここは俺が男の料理で………」

「なぁにが『男の料理』じゃ。お主のはただ食材に調味料をぶっかけただけじゃろが」

「にゃにを~?男の料理の真髄は『ガッと掴んで』『バッと振って』『ザッと混ぜて』『ドーン!』だと知らない癖に」

「ドーンて何じゃ、ドーンて……。一体誰がそんな雑な料理を教えたんじゃ?」

「父さんです」


 ライの父、ロイ・フェンリーヴ……彼は料理の味付けには少しうるさい男。だが、彼自身の料理は壊滅的に雑だった。


「ぶっちゃけ、自分が食うだけに作るものなんて胃袋に入れられりゃあ良いんだよ!味付けなんて贅沢は嫁を貰ってから言いやがれ!と親子でキャンプに行った時に言われました」

「……………」


 この会話を聞いていたトキサダは、気のせいか小刻みに震えている。どうやら笑っている様だ。


「トキサダさん?」

『フッフッ……いや、済まんな。独り身の男というのは何処でも同じだと思ってな……』

「まさかトキサダさんも?」

『得意料理は塩むすびだ……確かに基本は塩だな』

「ホラァ……言ったでしょ、メトラ師匠?」

「自慢になっとらんわ!……しかし、真面目にどうするかの」


 メトラペトラが痺れを切らし始めたその時、試練の間に空腹を刺激する美味そうな香りが漂い始めた。


「お待たせ~!遅くなってゴメンね~?」


 現れたのはリクウの妻スミレ。その手には大きな鍋を抱えている。


「スミレさん……どうやって此処に?それにどうして夕飯を?」

「夕飯はウチの人に頼まれてたのよ。来るのはニャンちゃんが作った道を通って来たからあっという間なのだけど……知らなかったの?」

「み、道ですか?どういうことですか、メトラ師匠?」

「お主に説明するの忘れてたぞよ……実はじゃな」


 行き来する度に転移魔法 《心移鏡》を開くのが面倒になったメトラペトラは、カジーム国に滞在中のラジックの元に移動。有無を言わさずそのまま転移門固定用の魔導具を造らせて戻って来たとのことだ。


「な、何て傍迷惑な……」

「酔った勢いでつい……やっちゃった!テヘッ?」

「……因みにラジックさん、何か言ってませんでしたか?」

「……何じゃったか真剣な顔で騒いで居ったが、酔ってたんで頭に入らなんだ。で、張り飛ばして魔導具を造らせた後『お代はライが払う』と言ったら『素晴しいっ!』と叫び声を上げていたのは覚えておる……」

「くっ!……その光景が目に浮かぶ……」


 帰還した際、何を要求されるのかかなり不安になったライ……。だが、そのお陰で夕飯にありつけるのだ。今回は大人しく諦めることにした。

 それに、カヅキ道場からこの地への往き来が容易になったことは喜ばしきことでもある。


 こうして一同は、空腹を免れ改めて夕食と相成ったのである……。

 

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