第五部 第五章 第十話 新しき時代へと
上空にて待つライとメトラペトラは、『首賭け』介入の期会を逃さぬよう見守っている。
一方の地上では、今まさに決着の時を迎えようとしていた──。
始めドウゲンとケンシンは、接近戦による隙の探り合いに徹していた。
時を越えても実力は互角──その事実に二人の王は因果すら感じていた様だった。
華月神鳴流は進化する流派……。ドウゲンの剣筋はケンシンの知るものとは大きく変化。
対するケンシンの流派・風月心刀流は変幻自在の太刀筋。ドウゲンはその剣に見事対応して見せる。
激しい剣の嵐はやがて奥義へ……。
互いの剣技の長所を理解した時点で戦いの流れは一変───ドウゲンは『天網斬り』を組み込んだ攻撃、対してケンシンは接近と離脱を繰り返し『斬道刃』での攻撃を織り交ぜ始めた。
それは奇しくもライが求めて手に入れた二つの剣技──。
結局、両国王は互いに決め手を欠いたまま疲弊。とうとう気力だけの戦いへと移行する。
その光景は、戦いを見守る者達に間違いなく『争うことの悲しさ』を刻んだ筈……ライはそう思いつつ唇を噛み締めた。
「ゼェ……ゼェ……。くっ、しぶとい……な、お前も……」
「ハァ……ハァ……。そ、それは……お互い様……だろう、ケンシン?」
「クックック……。こ、このままじゃ埒が明かねぇ……。次の一太刀で……決めてやる!」
「良いよ……う、受けて立つ!」
互いに構えたのは平正眼の構え──。
狙いは突き……最早、刃を振るい致命傷を与えるには力が足りない。
ならば身体ごと勢いを付けて……という同一思考に行き着いたらしい。
互いの手を理解し微笑んだ二人は、深呼吸の後に最後の勝負へと踏み出す。
「……じゃあな、ドウゲン。俺の最初で最後の友よ」
「さよなら、ケンシン……私の心友……」
身体を預ける様に……万感の想いを込めた刃を友に向け、一気に駆け出す二人。
そして───。
刃は一瞬の交差の後、互いの胸を深く貫いた……。
「ガハッ!くっ……!あ、相討ちか……締まらねぇな。クッ……クック……」
「ハハハ……。私達らしいな……」
「だが、これならこれでも良い……」
「そう……だね……」
ディルナーチの民が一心に見つめる中、支え合うように立っている両国の王……。
相討ちという結果に両国の家臣が駆け寄ろうとしたその時──雨雲から激しい稲光が幾重にも降り注ぐ。
その時、ディルナーチの民は目撃した──一際大きな雷が、両国の王を捕らえたことを……。
悲鳴と響動めき……ディルナーチの民は王を襲った悲劇に混乱している。
しかし……民達が真に恐れることになるのはその後──。
雷で焼け焦げた久遠・神羅両王の上空から、鬼面を付けた赤髪の男が舞い降りて来るのを目撃してからである。
「クックック……!ハ~ッハッハ!ディルナーチの王達よ……中々楽しい見世物だったぞ?先程の雷はその褒美だ。気に入って貰えたかな?」
離れた民達にも……いや、ディルナーチ大陸中にさえ聞こえる声。それは耳にした者達の魂に恐怖を植え付ける、低く、重い声だった……。
「長年両国の賢王が疲弊するのを待ち続けた甲斐があったな……やはり、この『首賭け』を狙って正解だった。これで、この大陸を容易に落とせるからな」
魔王は支え合うように立つ両国の王の亡骸を、再びの雷撃で消し飛ばす。
「我が名はガレン───この大陸を手中にする為にやって来た魔王なり!賢王を見殺しにした愚かなディルナーチの民よ……。ドウゲン・ケンシンという二人の賢王は、密かに我が狙いを阻んでいた。貴様等はその王の尽力の上に存在していたのだ!」
仰々しい動きで民達を指差す魔王は、長い赤髪を振り乱し続ける。
「この『首賭けの儀』が無ければ我が狙いもまだ先となるところだった……。愚民どもよ……貴様等には本当に感謝しているぞ?貴様等が賢王を見殺した結果、首賭けは行われたのだからな!これぞ我が念願………褒美として貴様等を全員奴隷とし、生き地獄というものを見せてやる!楽しみにしているが良い!ハ~ッハッハ!!」
目の前で両国の王を消滅させられた家臣は動揺、国民は混乱を起こし掛けていた……。
そんな中で力強く高らかな声を上げたのは、クロウマルとカリン。二人は並び立ち魔王に向け宣言する。
「この国は渡さん!我等両国は確かに愚かだった……。だが、ドウゲン・ケンシン両国王の犠牲は我等から蟠りを取り払った!我等は今こそ手を取り合うことが出来るのだ!」
「神羅・久遠両国は既に友好の意を示している!お前の様な魔王など、両国が手を結べば葬ることなど容易……覚悟しなさい!」
魔王はつまらなそうに首を鳴らしつつ次代の王……いや、新しき久遠王と神羅王の元へと歩を進めようと動く。
しかし、そんな魔王を両国の領主・家臣達が大挙して阻止……身体を張って忠義を見せる。
「新たな王を守るのは我等の役目ぞ!両国の、そしてディルナーチの未来の為に力を合わせよ!各々方!!」
「応っ!!」
「我等は皆、百鬼の血で繋がった同朋!魔王ガレン!覚悟せよ!!」
高らかに宣言し斬り込んだのはジゲン……続いてドウエツやシシン、イブキが続く。
魔王は即座に自らの刃を抜き放ち応戦。幾度か切り結びこれを退ける。
一対多数にも拘わらず、魔王は魔法を駆使し剣の達人たる領主達と互角以上に渡り合う───それがどれ程の脅威存在であるかは、民の目から見ても明らかだった。
そうして攻めを凌いだ魔王は、雷を落とした後大きく飛び退き笑う。
「フハハハハ!温いわ!やはり王の不在は大きい様だな……そんな貴様等に我が倒せるかな?見せてみろ!」
「剣士だけではないぞ!我々を忘れるな!」
イオリの『精霊銃』や方術による遠方からの攻撃。魔王は魔法防壁を生み出しそれを阻む。
「ほぅ……ならば、貴様等に思い知らせてやろう。我が力を味わうが良い!」
魔王は巨大な氷柱を複数作り出しディルナーチの家臣達へと射出……。
だがこれは、幾つもに切断され砕け散った。
そして……氷塊の中から白き袴を纏う人物が飛び出し、一気に魔王へと迫る。
「なっ!何だと!?」
「我々を嘗めるな!魔王!」
そこに現れたのは、久遠の姫君トウカだった───。
その額には輝く二本の角……目には薄紅の隈のような模様が浮かんでいる。
(……トウカ。それが?)
(はい……双輝角です)
(……ハハハ。凄く綺麗じゃないか)
(ありがとうございます、ライ様……。このまま戦って下さい)
(わかった……)
そこから始まったのは、周囲が割って入れぬ程の苛烈な攻め……。
領主・家臣、そして民達も、魔王とトウカによる壮絶な戦いに息を飲む。
「見ろ!久遠の姫が戦っている!我等民にも出来ることがある筈だ!」
「応っ!先ずは王を護れ!」
トウカに触発された民達は、クロウマルとカリンを取り囲み壁になろうとしている。
それを見届けた魔王──ライは、最後の一芝居に転じた……。
「くっ……!まさか、ディルナーチの民の力が王を失ってまだこれ程のものとは……抜かったわ!ならば、あの神剣……『覇竜・御雷刀』だけでも奪ってくれる……!」
素早く地に刺さる御雷刀を引き抜いた魔王は、そのまま飛翔して逃げる挙動を見せた。
だが、追い縋ったトウカは魔王の腕を掴み離れない……。
(トウカ……!駄目だ、離れて!)
(お願いです……。どうか、このまま……)
(………。仕方無い……上手く合わせてくれる?)
(はい……)
「ええい!離せ、小娘!」
「その剣は渡しません!」
「くっ……!こうなったら貴様ごと……」
「逃さない!私は必ずお前を倒して見せる!父……いえ、王達の仇を必ず」
少しづつ遠退く魔王とトウカ……。飛翔出来る者は限られる為追撃は出来ない。
それを見越した魔王は、最後に再び雷撃を放ちディルナーチの民に宣告した。
「くっ……!予定外だ……しかし、我は必ず戻ってくる!姫を倒し、更に力を蓄えてな……。次こそはこのディルナーチを手に入れてやるぞ!ハッハッハ!ハ━━━ッハッハッハ!!」
組み合いながら垂れ込める雨雲の中へと飛翔して消えた魔王と姫。ディルナーチの民達は、二人が消えた空をいつまでも見つめていた……。
しばし後……クロウマルとカリンは、皆が落ち着いたのを見計らい現状の説明を始める。
「ディルナーチの民よ。突然の脅威たる魔王は去った。『首賭け』により我が父ドウゲンと神羅王ケンシン殿が命を落とした直後現れた『魔王ガレン』は、実に恐ろしい力を見せ付けた。だが……我々は、力を合わせそれを追い払ったのだ!」
既にその場に居る者は久遠・神羅の区別なく立ち並んでいる。両国の心の壁は無いに等しい。
「今日出会ったばかりの者達が、国や身分に関係なく力を合せこれだけのことを成し遂げたのだ。この先、力を合わせれば魔王の再来など恐るる足りん。しかし、その為にはディルナーチの全ての民の力が必要だ。どうか、この通りだ……我々に力を貸して欲しい!」
深く頭を下げたクロウマルとカリン。民が動揺しているのが判る。
王が民と並び立ち懇願するなど前代未聞……だからこそ今、民の心に深く刻まれている。
「我が妹は魔王と共に去った。だが、あれは強い。必ずや神刀を取り戻しこのディルナーチに帰還するだろう。だから、トウカが安心して戻れる国にする為にも皆の力を貸してくれ!」
カリンは隣に並んだクロウマルの手を取り頭上に掲げた。
「私達神羅国はこの申し出を受けます。いえ……友好はこうして既に結ばれているのです。後は皆さん次第……どうか、力を貸して下さい!」
パチリ──。
聞こえたのは誰が行ったか分からない小さな拍手。だが拍手は、瞬く間に波となり不可侵地帯に響き渡った。
新たな久遠と神羅の在り方を民は認めたのだ──。
ドウゲンとケンシンが道を示し、魔王到来により危機を痛感し、クロウマルとカリンの言葉で在るべき形を知ったディルナーチの民。
この場に居る者達により、今日この日の出来事は広く伝えられて行くだろう。
もう未来を間違うことは無い──クロウマル達がそれを確信した瞬間だった。
「これで良い……だろう、カリン殿?」
「はい。後は私達の仕事です」
「これからも宜しく頼む」
「はい……」
両国による最初の共同作業は国境の柵の撤去。監視していた兵舎も、方術による防衛網も一つ残らず撤去された。
クロウマルとカリンは、それを誇らしげに見守っている……。
ディルナーチの民は、遂に一つの一族へと戻ったのだ──。
一方その頃──雨雲の中へと姿を消したライとトウカは、御神楽の地へと向かっていた……。
ディルナーチ最後の別れは御神楽の地。ライはそこからペトランズ大陸を目指し旅立つ───。
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