第三章 第三話 修行


 ラジックの住居地下から場所を移し野外へ集まった一同。『新兵訓練用魔導人形』ことマリアンヌの性能を確かめる為に、ライは準備運動をしている最中だ。


「準備出来ました。いつでも良いですよ」

「了解。じゃあマリアンヌ。まずは初級からだ」

「わかりました」


 何度見ても人が入っていそうな自然な動き。顔が落書きなのが非常にシュールだ。

 ライとマリアンヌは互いに木刀を一本持ち合図を待っている。ラジックは距離を取り、手合わせ開始の声を掛けた。


「始め!」


 身構えたライだが、マリアンヌは動かない。固まったままである。


「あ、あれ?どうした、マリアンヌ?」

「各駆動機関に負担が掛かり戦闘行使が出来ません」

「あ~、しばらく手入れしてないから……ちょ、ちょっと待ってて」


 どうやら家事以外では使用していなかった為、故障ではないにしろ劣化があった様だ。


「ライさん。あの子、動けないんですか?」

「う~ん……機械だからねぇ。生きてりゃ自分で管理したり治療したりするんだろうけど……」

「わかりました」


 何がわかったのだろうと疑問に思うライ。フェルミナは真っ直ぐマリアンヌの元へと向かう。懸命にラジックが異常を確認しているが、原因がわからないらしく慌ただしく動いていた。


 そんなラジックを無視してマリアンヌの前に立ったフェルミナは、マリアンヌの胸元にある魔石に手を翳し言霊を告げる。


『汝、これより命ある者なり。機械であり生命を持つ汝。これよりわが主・ライの為、献身せよ』


 突然、マリアンヌが大きく奮え淡い光に包まれる。ラジックは工具箱を漁っていたので気付いていない。

 フェルミナはマリアンヌの胸に耳を当て何かを確認すると、満足気にライの側に戻ってきた。


「………。フ、フェルミナさん?何してらしたんですか?」

「あの子に命を与えました」


 当たり前の様に答えるフェルミナ。ライは絶賛混乱中である。


「い、命って……き、機械だよ?」

「今は違います。機械と魔法生命体とが完全な融合を果たした立派な『意思ある生物』になりました。身体が生体化してゆく際に不具合のある箇所も最適化されています。そのうち独自の体組織が構築されて生物そのものの外見に変化すると思いますよ?完全に定着するには半年程掛かると思いますけど」


(む、無茶苦茶だぁ……)


 何度か大聖霊という存在の凄さを感じてはいた。封印から洩れた力で湖を癒しの水に変え、ライの身体の異常を瞬時に治療し、何もない場所に果樹を繁らせる。しかし、その中でも今回のことは神の所業そのものである。


「そう言えばフェルミナ……身体への負担は大丈夫なのか?」

「何かに力を与えた訳じゃなく存在の概念を変えただけですから。簡単に言うと、私が『マリアンヌは生き物』と認識したから命を持ったんです」

「つ、つまり、フェルミナが誰かを『生き物じゃない』と認識したらその人は生物じゃ無くなるってこと?」

「はい。でもそんな可哀想なことはしませんよ?【命を司る】ということは、命の大切さを知ることでもありますから」


 今更ながらフェルミナをどうしようかと考え始めたライ。完全に回復したらフェルミナはどうするつもりなのだろう?という疑問も浮かぶ。


 しかし、そこは我等が投げやり勇者である。直ぐにどうでも良くなった。事が大き過ぎて手に余るのだから仕方ない。取り敢えず迷惑じゃなければ何でも良いのだ。


「それで、そのマリアンヌは……?」


 視線を向けた先ではマリアンヌが準備運動を始めていた……。腕を回し首を回し、手の平を結んで開いてと己の感覚を確かめている。顔以外、人間味が加速している。


「あれ?直ったかい、マリアンヌ?」

「はい。治りました」


 響きは同じ言葉でも意味が違う。ラジックは当然、気付いていない。


「じゃあ改めて……準備良いかい?」


 対峙するライとマリアンヌ。構えるライに対してマリアンヌはほぼ自然体だ。


「始め!」


 掛け声と共に一気に詰め寄ったライは、勢いを利用して横凪ぎの剣を放つ。マリアンヌは身体を僅かにずらし、自分の木刀を使いライの攻撃を上方に逸らした。ライの重心が崩れたその隙に懐に潜り込み、木刀の柄を喉元に突き付ける。まさに一瞬の出来事である。


「それまで!」


 ラジックの声でマリアンヌは構えを解いた。そして手合わせについて事細かに分析を始める。


「まず踏み込みが甘いです。それに、踏み込みが必要な時は最適の距離を自覚して下さい。横凪ぎの斬撃に限らず単調な直線の攻撃は逸らすことが容易です。ですから攻撃の後まで含めた重心移動を心掛けて下さい。結論……全部ダメです」

「全部ダメなの!?」


 数は少ないながら魔物も倒し少しだけ自信を持ち始めていたライは、それをあっさり打ち崩され肩を落とした。


「どうだい?マリアンヌにはあらゆる流派から利に叶う技を習得させてある。問題点も指摘してくれるから上達も早い筈だよ?」


 ラジックの言う通り、マリアンヌの動きは達人そのものだ。フリオと訓練した時も手加減されていると感じたがそういうレベルではない。ハッキリ言って天と地程に差を感じる。


「……わかりましたよ。鎧はお貸しします。その代わり条件と期限付きですよ?」

「おお!ありがとう!大丈夫、壊したりしないよ。解析魔法を使って調べるだけだから」

「じゃあ、鎧の説明書も渡しておきます。マリアンヌ……さん?はラジックさんが裏切らない様に監視をお願いします」

「わかりました」


 マリアンヌが当たり前の様にライに応えたことを不思議に思いながらも、ラジックは喜びに浸っている。


「じゃあ……このまま訓練を続けさせて貰いますけど……」

「ああ、君達の自由にやってくれて良いよ。家の物も好きに使ってくれて構わないから。それじゃ鎧を……」


 両手を差し出したラジックに鎧を手渡すライ。宿に居るとき以外で鎧を脱いだのは久々である。その不安げな様は『勇者チキン』の称号が相応しいだろう。


「俺は一週間くらい滞在予定ですから、その間に研究を済ませて下さいよ?」

「ひゃっほーぅ!念願の魔法式を解明するチャンスだ!やっるぞぉ~!」

「おいコラ!聞けよ!猫背メガネ!!」


 鎧を持ち上げ小躍りしている『ご機嫌ラジック』。ライはその研究熱に呆れながらも、マリアンヌに訓練をして貰うことが実は楽しみだった。


 考えてみればライは師という師を持ったことがない。父ロイや兄シンは時折軽い手解きをしてくれたが、そもそも回数がとても少ない。


 そんなライが意図せず手に入れた本格的な技術を学ぶ機会……これを逃すのは間違いなく得策ではない。


「それじゃ、マリアンヌ……さん?今日から宜しくお願いします」

「わかりました。それではまず【初級編】から開始致します。初級編は四段階。次の段階に進めると判断した場合、宣言の後に訓練方式が変わります。それでは先程と同様に攻撃を打ち込んで下さい。指摘された問題点を考えながら創意工夫を忘れずに」

「はい!」


 始まった訓練は中々の苦行だった。ライが攻撃を仕掛け反撃される、そして悪い点の指摘。その一連の流れの繰返しだった。攻撃を工夫しても別の部分が疎かになる。要は無駄だらけでぎこちないのである。

 しかし、百回以上繰り返し指摘されれば徐々にではあるが問題点を意識した動きが出来るようになる。更には試行錯誤で工夫を重ね欠点をカバー出来る程度までは漕ぎ着くことが出来た。御前中はそこで体力が切れ、食事休憩となる。


「駄目だ~……全然当たらない」

「当たらないことは問題ではありません。徐々にですが無駄は減っていますので、順調なら今日明日には次の段階に移行できます」

「ほ、本当ですか?」

「意識すべきは攻撃の後の隙です。『反撃を受けても仕方無い』ではなく、その反撃にすらも対応出来る様に体勢を崩さないことが重要です」


 家の中から食事を用意してきたマリアンヌ。急いで作ったらしいサンドイッチなのだが、店で出しても遜色無い美味さだった。


「美味い!フェルミナ、食べた?」

「はい。美味しいです」


 やることが無く訓練を見ていたフェルミナ。せめて食事くらいは一緒に食べようとライの隣に陣取っていたが、マリアンヌの手料理には満足なご様子。


「ラジックさん、こんな美味いもの毎日食ってやがったのか……何て贅沢な。てかあの人、味なんてわかるのか?」

「ありがとうございます。喜んで頂けて幸いです」


 マリアンヌは頬を両手で覆っていた……。と言っても落書きされた鉄板なので正確には頬では無いのだが……なかなかに不思議な光景である。


 そうして腹を満たしたライは、『回復の湖水』を一口飲むと再び訓練に精を出した。初めてまともな修行が出来る……それが余程嬉しいらしく、休憩すら惜しんでいる。


 マリアンヌが反撃を当てないとはいえ、訓練は訓練……。長時間の神経集中していればそれだけでも疲労量は必然的に増える。

 だが……ライは弱音を吐かなかった。脇目も振らずひたすら打ち込みを続けたのだ。


 しかし結局その日は次の段階に進むことは叶わず訓練終了となる。



 ラジック邸は宿泊するにはあまりに散乱し過ぎている。今後の説明も含めシグマの店に一旦戻ることにしたライとフェルミナ。

 不在の間、鎧はマリアンヌが監視してくれるだろう。何せフェルミナが命を与えたのだ、裏切りはしまいと勝手に信用するライ。肝心な所は結構いい加減……流石は勇者さんである。


 帰路の途中、フェルミナは疲れたのかライのマントに掴まり移動していた。その姿は宙を引き摺られている様だった……。


 このまま帰ると悪目立ちになりそうなので、フェルミナを背中におぶることにしたライ。非常に軽かったフェルミナは、安心したのか瞬く間に眠りに落ちた。


 鎧が無いので密着した背中に二つの柔らかい感触を感じる。この時、ライは思った──『ああ……温もりって素晴らしい』と。


 人と変わらない温もりのフェルミナだが、間違いなく人間より上位の存在である。ライはそれを改めて確認させられた。


 命を司る大聖霊。何故かこの世界で認識されていない存在……。答えはフェルミナを封印した伝説の勇者……つまりご先祖にある。


 いずれは本格的に調べなければならないだろうと思いながら、ライは暮れゆくエルフトの街を戻るのだった。

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