第三章 第四話 修行②


 訓練二日目となる翌朝──。


 シグマに事情を説明したライとフェルミナは、再びラジックの元へと向かう。シグマは少し呆れていた様だが、ティムが到着し次第連絡をしてくれる手筈になったので集中して訓練に励めるだろう。


 そうして到着したラジックの住居。だが……そこには全く別の建物が新築されていた……。


 流石に意味がわからず恐る恐る玄関口から中を覗くと、やはり完全に別の建物になっている。丸太を組んで出来上がった外観と調和された木製基調の内装や家具。補修され新品に見えるソファー。書類や本は整理整頓され以前のゴミ屋敷風の面影は微塵もない。


 居間の中央にあるテーブルではラジックが茶を飲んでいる。ラジックはライ達に気付き建物へと招き入れた。


「ラ、ラジックさん……一体、何が……?」

「いや……私にも何が何だか……。マリアンヌが突然屋敷の荷物を外に出して丸太で家を建て始めたんだ。一晩中動き回ってご覧の通りさ……」


 良く見るとラジックの頬は腫れており目には隈が出来ている。そのことを訊ねるとラジックは深い溜め息を吐いた……。


「そんなマリアンヌを調べようとしたら張り倒されてね……。『ヘンタイ!』とか言われたんだが……キミ、マリアンヌに何かしなかった?」

「いえ……何もしてないですよ?(俺は)」

「そうか……ああ、目の隈は一晩中外で研究してたからだろう。気にしなくて良いよ」


 マリアンヌに放り出されても研究を止めない辺り流石はラジックである。この分なら家が出来る過程すら見ていないだろう。


 それにしても『ヘンタイ』とは……マリアンヌも常々ラジックは変態だと思っていたのだろうか?


「それで、そのマリアンヌ……さんは?」

「今、研究用の施設を建ててるよ。しかし……マリアンヌは自分で外見まで変え始めたんだが、何かマズイ魔法式組み込んでしまっていたんだろうか……?」


 頬を撫でながら眠気覚ましの紅茶を飲むラジック。当然、マリアンヌが命を持ったとは露ほども思わない。


 その時、玄関口からマリアンヌが入って来たのだが……ラジックの言う通り外見が変化していた。

 四本あった腕は二本に減り、遠巻きに見れば完全に人である。顔の落書き鉄板は取り外され、今は仮面を付けている。どうやらラジックの発明品らしく、魔石が眉間に嵌め込まれ美しい装飾がされていた。


 そして一番の驚き──それは『髪が生えていた』ことだ。


 頭部にはダークグレーの髪が生え、後髪を女性メイドに相応しい肩口で揃えた髪型を形成していた。昨日まで頭部は只の卵形だったのに……。


(ちょっとぉ~!フェルミナさん!どういうことですか?)


 一晩で余りに変化したことに度肝を抜かれたライは、事の張本人に耳打ちで問い質す。


(あの子が望んだ進化だと思います。人に憧れたのかも知れません)


 マリアンヌの変化に満足なご様子のフェルミナ。というか、ラジックは何故もっと疑わないのだろう?と、ライは不思議でならない。


「ラジック様。研究室が完成しました」

「ホント?よし、それじゃ続きをやってくる!そうそう、家は好きに使って良いよ?」


 そう言い残し、風のように出ていったラジック。眠らなくて大丈夫なのだろうかとライは不安になったが、多分言っても聞かないだろうと諦めた。


「それにしても……随分、お変わりになられて……」

「はい。少しづつではありますが、私は私の望む形に近付いています。全てライ様とフェルミナ様のお陰です」

「え?俺……は何もしてないですが……どういたしまして……」


 ライはもう、完全に敬語のままだった……。

 外見の変化もそうだが、一晩で家を建てるなど最早規格外の存在でしかない。故に気持ちは理解できる。


「それでは本日の訓練を始めたいと思います。寝食はこちらで出来るよう整えました。ご利用下さい」

「え?も、もしかして俺達の為に家を?」

「はい。ご不満ですか?」

「いえ……ありがとうございます」


 ライは素直に感謝した。目の前にいるのは人形ではなく『生命』であることを知っているのだ。ならば自我を持っていても何ら不思議ではない。そのマリアンヌがライ達の為を想い労力を費やしたのだ。敬意を払い感謝して然るべきである。


 握手の為に手を差し出すと一瞬躊躇ったが、手を握り返したマリアンヌ。銀色の肌の印象もありヒヤリとしているが柔らかい、不思議な感触だった。何かモジモジしている気もするが多分気のせいだろう。



 そしてその日の訓練は、前日のおさらいから始まった……。



 ライが攻撃をかけ反撃される、そして悪い点の指摘。その一連の流れの繰返し。

 しかし、マリアンヌの指導は非常に優秀だった。叱咤を飛ばし闘志を奮い立たせ、褒めることで自信を持たせる。まさに飴と鞭である。


 その甲斐あってか早々にマリアンヌが訓練レベルを一つ上げるに至る。と言っても、初級編【まず始めよう!】から初級編【やれば出来る子】に変わった程度だが進歩は進歩である。


「幾分上達したので、今後は反撃を当てます。加減はしますが痛い目に遭わない様に『攻撃後』の対応を忘れないで下さい」

「ちょっ……ちょっと休ませて欲しいんですけど……」

「体力が尽きかけた場合どうすべきか?を体感して下さい。実際の戦いでは回復の機会がない可能性もあります。そんな中で諦めない精神力も必要です。今日一日は回復の甘えは捨てて下さい」

「……はい」


 マリアンヌの容赦ない『しごき』で、ライは段々ボロ雑巾と化していった……。

 反撃を受け生傷が増え、弾き飛ばされ土埃に塗れる。体力が落ち反応が遅れ益々生傷が増える。それでもライが挫けない・諦めないのはひとえにマリアンヌの指導の見事さからであろう。


『今のは素晴らしかったです』

『運良く防げましたが次は受けてしまうかも』

『流石は勇者様です』


 時折わざと攻撃を掠めさせ、褒めて伸ばす。それが初級編【やれば出来る子】なのだ!ライは見事におだてられ、知らぬ間に挫けぬ大切さまで身に刻まれていった。

 元々おだてに弱い漢ライ……マリアンヌの修行は正に天啓と言えるものだった……。


 そんな訓練二日目も日暮れとなり終了。その日は結局、ラジック邸に世話になることにした。シグマには泊まり込みでの訓練の可能性を伝えてあるので問題は無いだろう。


 風呂で汗を流したライが居間に戻ると既に食事が用意されている。風呂も食事もマリアンヌがいつの間にか用意していたのだ。


 しかし、マリアンヌはライと共に一日中訓練していた筈……いつの間に用意したのだろうという疑問が浮かぶ。思い返せば反撃を受けたライが倒れていた僅かな間、姿が無かった様な気もするが……考えても無駄だとライは思考を放棄した。一晩で家を建てる規格外存在に常識など通じる訳が無い。


 だが、確かに優れたメイドでもあることは間違いない。食事は完全なプロ級。ラジックには勿体無さ過ぎると思わずにはいられなかった……。


「凄いですね……マリアンヌさんは……その、万能で……」

「そんなことはありません」


 抑揚の無い声だがマリアンヌはモジモジしている。間違いない……モジモジしていた!


 しかし、ライは敢えてそこに触れることはない。何となくだが照れ隠しで張り倒されそうな気がしたのである。その為、とっとと話題を変えることにした。


「フェルミナは退屈じゃないか?本もあるから借りて読んだらどうだろ?もしくはあの杖や弓銃試してみるとか……」


 訓練中にチラリと見たフェルミナは退屈そうに足をパタパタさせていたのだ。ライはどうせ暇なら魔法を覚えて貰おうと考えていたのである。

 幸いラジックは魔導書や魔法工学の本を沢山所持している。資料には困らなそうだ。


「本……ですか?そう言えば私は今の世界の魔法を知らないんでした。少し調べてみたいです」

「そっか……何かわかると良いな」

「はい」


 一夜明けライは再びボロ雑巾と化しつつも頑張っている。本当に少しづつではあるが、マリアンヌの反撃を受けなくなりつつあった。マリアンヌの狙い通り、疲労状態での訓練はより効率の良い動きを選ぶには打ってつけだった様である。


「ライ様はそれなりに体力はあるのです。しかし、明らかに場数が足りません。先程までは力任せの勢いに頼るばかりでしたが、今は疲労で力以外での効率的な動きを模索し始めました。攻撃を受けない工夫、攻撃を避けられない工夫、より動きやすい工夫……大分洗練されてきた様に思います。そろそろ次の段階に進みましょう。一度、休んで回復して下さい」


 なんと……ライは訓練三日目にして初級編を三段階まで進歩させたのだ。初級編は全部で四段階。間もなく【初級者】扱いから昇格される。


「次は初級編【困ったときの素手頼り】です。先の二段階を素手で対応して頂きます」

「素手……っすか」

「はい。いつ如何様に武器を失っても戦える様に。何より大切なのは死なないことです。その為には全身を駆使しなければなりません」

「……はい、先生」


 ライの何気ない『先生』という言葉を聞いたマリアンヌはフルフルと奮えている。何やら師の立場として感慨深いものがあるらしい。マリアンヌの指導者魂には火が着いたようだ。


 そんな様子に気付かないライはフェルミナの姿を探す。フェルミナは少し離れた位置にある木の切り株に座っていた……。

 直ぐ横にある切り株には、魔導書や歴史本が山積みだった。


「フェルミナ、どう?順調?」

「…………」

「フェルミナ?」

「………」

「あ、あの~……」

「……はぅ!ご、ごめんなさいです!」


 物凄い集中力だったフェルミナはようやくライに気付いたらしく慌てて謝罪。その意外な一面にライは思わず微笑ましくなった。


「いや、謝るのは俺だよ。邪魔しちゃってごめん。それで……何か参考になった?」

「はい。取り敢えずラジック邸にあった本の魔法は殆ど覚えました」


 何か凄いことをサラリと言われ、まばたきの回数が物凄いことになるライ。突然フェルミナに一気に置いていかれた気がする。自分はボロ雑巾でまだ初級なのに……。


「サスガ ハ ダイセイレイ サマ ダネ?」

「な、なんでカタコトなんです、ライさん?私、何かしました?」

「ハハハ ナンデモ……グスッ…ナイ……ナイデス ヨネ?」

「な、何で泣いてるんですか?何で疑問形なんですか?ねぇ?ラ、ライさ~ん?」


 フェルミナに肩を揺すられつつ乾いた笑いを漏らすライ。妹に先に旅立たれたことが実は軽いショックだったのだが……その記憶が甦って来たのである。


「ライ様~。そろそろ訓練を再開したいのですが……」

「了解であります!マリアンヌ先生!」


 急に機敏な動きになったライはそそくさと走り去った……。フェルミナはそんなライを呆然と見送ることしか出来なかった。

 実はライなりに負けじと発奮しただけなのだが、フェルミナの心には妙な寂しさが残る結果となった……。


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