第三章 第二話 “狂人”ラジック


 その日、朝一番にラジック・ラングの家に向かったライとフェルミナ。


 シグマの書いてくれた地図は的確で、迷うこともなくラジック邸を見付けることが出来たのだが……驚くことにラジック邸は半壊していた。


 どうやら内側から高熱が放たれたらしく、見える範囲家の至る所が黒々と炭化している。周辺は森なのだが焼かれていたり枯れていたりと異様な風景だった……。


(……爆発……狂人……どうも不安になってきた……)


 ゴクリと息を飲み少し怯んだライだったが、今更後には引けない。覚悟を決めた後、かろうじて無事なドアを叩いた……。


「ラジックさ~ん!バーユさんの使いで来ました!居ますか~?」


 しばしの沈黙。建物内の反応を窺っていると足音が勢い良く近付いて来たのがわかった。足音の主は扉の前で止まると、壊れんばかりの勢いで扉を開く。

 油断していたライの鼻先を掠め、扉は外壁に激突。跳ね返った扉は、それを開けた人物を反発の勢いそのままに強打……屋敷の中へと吹き飛ばした。


「………は?」


 あまりのことに思考停止してしまったライ。扉に撥ね飛ばされた人物を確認すべく家の中をそっと覗く。


 倒れていたのは、分厚い眼鏡をした不精髭の痩せ男。研究着らしい薄汚れた白衣を着用していた。


「あ、あの~……」


 全く動かないので心配になり声を掛けると、男は何事も無かった様に素早く立ち上がる。かなり長身でやや猫背な男の鼻は打撲痕で赤くなっていた……。


「やあ!やあやあ!良く来たね!キミ……達?さあ、入りたまえ!早く!さあ、早く早く!」

「あ、あの、バーユさんの使いで……」

「あ~もう!いいから早く入って!こっちだ!」


 早口で捲し立てる男に引っ張り込まれたライとフェルミナは、そのまま地下室へと案内される。ガラクタや書物で散らかり放題のそこは、まさに研究室といった景観だった。

 一応接客用のソファーに座る様促されるが、ボロボロで座る場所が狭い。


「それでですね……」

「さて!何が見たい?それとも聞きたい?ああ、何か持って来たのかな?ん!何だねその箱は!見せなさい!良いから早く!お、おお……こ、これは噂に聞いた重魔石!素晴らしい!これはしばらく研究に困らな……ん?君達、まだ居たの?帰って良いよ?」


 一方的に捲し立て人の話を聞かない男。終いには『まだ居たの?』ときた。流石にライもキレそうだったが、深呼吸で落ち着こうとした矢先……。


「ああ、素晴らしい……。ん?ま、魔力計のこの反応は!キミか!何だねその魔力は!あり得ない数値だ!こっちに来なさい!早く脱いで!」

「やめて!触らないで下さい!嫌ぁ~! 」


 フェルミナに触れたこの瞬間、ライは完全にキレた。素早く男の首根っこを掴むと勢い良く引き抜く。壁に激突しズリ落ちた男は、ライに視線を向け抗議の声を出そうとした。

 しかしその声は、男の顔のすぐ脇に刺さったショートソードにより妨げられる。男は恐怖でゴクリと喉を鳴らした。


 そして……。


「人の連れに何してくれてんですか?ん?」


 ライは笑顔だった。但し殺気に満ちた笑顔。魔物に対しても【アクギョさん】に対しても、フェルミナが魚だった時も、アニスティーニに対してですらここまで激怒はしなかった。旅立ち以来、初の……いや、人生初の完全ブチギレである。


 しかし男は何とか声を振り絞り抗議しようとしていた……。


「な!何をするん……ダバァッ!!」


 男の言葉はライの張り手により打ち消された。


「はい、やり直し~」

「わ、私は研きゅ……ギュャ!」

「はい、やり直し~」

「ぼ、暴力には屈……グべェ!」

「はい、やり直し~」


 繰り返すこと十数回。男はようやく大人しくなった……。その顔は原型が無い程に腫れている。


「他人に失礼なことをしたらどうするのかなぁ?」

「ず、ずびばぜんでじだ。ごべんなざい……」


 笑顔から殺気が少しづつ薄れていく。流石にやり過ぎた罪悪感もあり、ようやくいつものライの顔に戻った。



「俺は用があって来ました。ちゃんと話を聞いてくれますか?」


 男は物凄い勢いで首を縦に振っている。ライは溜め息を吐きながら水筒を差し出した。


「これを飲めば全部治ります。但し、話をちゃんと聞いて下さいね?それと彼女には最大の敬意を払うこと。約束を破ったら今度は本っ気でキレますからね?」


 十分本気でキレていたのだが、目の前の男にはそんな判断が付く筈もない。ライの言葉に首肯くと恐る恐る湖水を一口飲んだ。

 腫れた顔が元に戻る様は実に気持ちが悪かった……。


「こ、これは!何だね!教え……」


 思わず口走りハッとなった男はライに視線を向け凍り付く。先程の数倍の殺気を感じたのだ。


「す、済みません……どうも昔から研究になると暴走気味になりまして……」

「はぁ……。それは見てわかりましたよ。でも、まず話を聞いて下さいね?」

「はい……」


 それからバーユの紹介状を見て納得したのか、改め自己紹介を始めた男。やはり男は『ラジック・ラング』だった。


「大変失礼しました。不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありません」

「いや、取り敢えず俺もやり過ぎたのでチャラにしませんか?それと俺は年下ですから敬語は止めて下さい」


 ……確かにラジックは無茶苦茶だった。しかし、顔が変形するまでしばき倒しておきながらチャラにしようとするライも大概である。力による制圧を正当化する横暴な様はまさに正義の勇者たる風格……か?


「……そう言ってくれると有り難い。では早速、研究成果を見てくれるかな?どうも一人だとのめり込んでしまってね。色々聞かせてくれると参考になる」


 別人の様に落ち着いたラジックは恐らくこれが本来の人格なのだろう。初見よりかなり理知的な印象を受ける。研究欲に因る暴走人格が『狂人』たる所以といったところか……。


「古い遺跡からの発掘品を解明して作り直したんだが、どうも素材の相性が悪くてね。バーユに頼んで調べる程に魔石と素材、そして魔法式の調和の大切さに気付いた。それから出来上がったのがこの三つだ」


 ラジックが物置きから持ってきたのは『剣』と『杖』、そして『弓』である。どれもエルドナ社を彷彿とさせる装飾がされていた。


「エルドナ社製品は、装飾それ自体もちょっとした魔法式になっているんだよ。魔石は大概、吸収型、貯蓄型、放出型になっていて、基本的に一つの魔石に複数の性能は入らない。私はそこまで知るのにご覧の有り様さ」


 手で示した先には様々な道具が粉々になっている。恐らく爆発の原因の数々だろう。


「魔石の原理は大部分は解明した。素材も大体目星が付いたんだが、それらを纏める構成式で行き詰まりを感じてね……。幾つかエルドナ社の製品を調べたんだけど機能が低いものばかりではあまり参考にならなかった。かといって、高機能の物は価格が高過ぎて手が出ないんだよ」

「でも、ラジックさんの試作品は機能も使えるんですよね?」

「ああ。魔石と構成式さえ調整出来れば機能も選べる。そこまでは突き止めたからね。この中で一番使えるのは杖だよ。杖自体は『天魔争乱』以前の遺跡から出土した特殊な素材。破損した魔石を交換しただけなんだ。機能は吸収・貯蔵の魔石が一個づつと、放出の魔石が三個。古い構成式も生きていたからエルドナ社の製品に引けは取らない筈だ」


 天魔争乱は遥か昔に起きた堕天使と天界の戦いである。太古の魔法文明が滅びたことを発端とするその戦いは、御伽噺ほどに古いものだ。その時代のものが新たに発見されたこと自体奇跡に近い。


「弓は偶然の産物で出来たものでね。魔物由来の素材との相性を調べた時に、新たな魔法式を編み出したんだ」


 弓というより弓銃の形状をしているそれは、手の平に納まる小型な物。どうやら折り畳み収納が可能な様である。魔石はとても小さめのものが六個、大きいものが一個付いている。


「随分小さいですね……」

「基本は魔法を使うものだからね。あまり嵩張ると意味が無い。魔石をやたら付けまくった道具は強力だが、扱いが難し過ぎて暴走することもある。結局、扱い易い物でないと意味が無いんだ。魔導具は飽くまで持主の補助だからね」


 ライは苦笑いしながら自分の鎧を見た。実質、鎧に頼りっぱなしの旅だった。


 しかし、ライのその視線に気付いてしまったラジックは震え出す。


「……ま、まさかそれは『魔導式赤竜鱗装甲纏鎧』なのか!!どうして……な、何故君が!!!」

「あ……しまった……」


 そんな御大層な名前と初めて知ったライだが、実は説明書にはちゃんと書いてある。しかし今はそれどころではない。ラジックの狂人が目を醒ましそうなのだ。


「す、済まないが見せてくれないか……た、頼むから……そ、れ、を……」

「怖い怖い!ラジックさん怖いですよ?」


 ゆらりゆらりと近付くラジックは既に研究欲に飲まれかけている。ライの肩に手をかけたラジックの目は血走っていた。


 その時……。


「えいっ!」

「ブバォッ!」


 ライの目の前のラジックが突然消えた。代わりにフェルミナが入れ替りで目の前に現れる。

 突然のことに辺りを見回すと、がらくたの山の中に足が見えた。それは、フェルミナの盛大な飛び蹴りが炸裂した結果だった……。


「大丈夫ですか、ライさん?」

「……あ、ああ。うん。ありがとう。フェルミナは偉いな」

「えへへ……」


 仮にもライを助ける為の行動を邪険には出来ない。感謝として頭を撫でるとフェルミナは実に嬉しそうだった。その場にはほのぼのとした空気が満たされる。

 フェルミナの精神が幼児化していってる気がするが、深く考えるのは止めようと思うライだった……。


「さて……ラジックさんは無事かな?」


 瓦礫に近付きラジックを掘り返すライ。するとラジックは目を見開きキョロキョロとし始めた。存外丈夫な狂人である。


「……一体、何が?」

「大聖霊様の罰が炸裂したんですよ」

「?」


 何事か理解していないラジックだが、フェルミナは胸を張って誇らしげだった。


「そ……それより、君の鎧なんだが……」

(ちっ!記憶は飛んでないのか……)

「ん?な、何か言ったかい?」

「いえ、別に……」


 仕方なくラジックを助け起こしボロボロのソファーまで運ぶ。するとラジックは、ソファーから滑り落ちる様に滑らかな土下座を繰り出した。そしてライの足にしがみつき懇願を始める。


「た、頼む!その鎧を貸してくれないか?」

「いやいやいやいや、無理ですよ。必要なんですよ、コレ」

「そこを何とか!代わりに出来ることがあれば何でもする!欲しいものがあれば全て持っていって良い!だからお願いします!」


 大の大人が真剣に土下座をしている。その熱意は分かるのだが、ラジックという人物は色々と信用出来ない。

 その旨をラジックに伝えると、ライを必死に説得し始めた。


「こんな機会、もう二度とないだろう。無理なら私はもう人生に意味がない。命を絶つ……。それ程にこの廻り合わせが『か細い』のだ。頼む!エルフトに滞在中だけで良い!鎧に手を加えたりも絶対しない!必要なのは魔法式の調和を解析することなんだ!」

「しかし、剣の修行にも使いたいんですよ。これを着ていれば死ぬこともないし……」

「そ、それなら良いものがある!それで君が納得したなら鎧を貸して欲しい!」


 あまりに必死なラジックは涙まで浮かべている。流石に無視するのは可哀想になってきた。かつてなく腹の立った相手なのだが、ライも大概お人好しである。


 しかし、ほだされかけている理由はそれだけではない。理由の一つは羨ましさだ。こんなに必死になれるものをライは知らない。人との関わり以外で執着出来ることを見付けられないのだ。

 そしてもう一つは打算。ラジックは狂人と言われるほど無茶苦茶な部分があるが、研究者としては中々優秀なようだ。その道具が手に入るなら協力も悪い話ではない。


「わかりました。でも、それが修行に役立たなさそうなら諦めて下さいよ?」

「断る!意地でも借りるんだい!」

「子供かっ!」

「ダメなら仕方ない……。クッ!殺せ!」

「それ、不精髭の男の台詞じゃないから!色々台無しだ!」


 しばらく子供じみた問答が続いたが、ラジックは諦めない。最後には修行の手助けになると自信満々に宣ったものを奥の部屋から持ってきた……というか連れてきた。


 それは機械兵と呼ばれる魔物を基礎に作った人形である。身体は女性を元にデザインされた形状に変更されているが、腕が四本あった。顔は鉄板にテキトーな顔を書き頭部に貼り付けてあるだけ。しかも驚くべきことにメイド服を着ている。


「……はい、終了~!」

「ま、待ちたまえ!これは数年前、シウト国から頼まれ作製した『新兵訓練用魔導人形』だ!様々な達人の技能を会得した非常に優秀な教官としてだね……」

「何でそんな優秀なものがここに有るんです?」

「うっ!それはその……ごにょごにょ……だ」

「何ですか、ごにょごにょ……って!そのまま言う人初めて見ましたよ!」

「……強すぎたんだ」

「はい?」


 どうも歯切れが悪いラジック。追及すると諦めて素直に語り始める。しかもどこか誇らしげに……。


「国から依頼され作製したのだが、新兵が相手にならない程に強くし過ぎてね……。新兵どころか近衛兵まで相手にならなかったのさ。それで危険視され突き返された」

「………」

「仕方なくメイドとして……」

「はい、ストーップ!何でメイドなんですか!」

「いや……普通に家事も熟せるようにしてあるからね?助かってるよ?」


 どっと疲れたライ。そんな代物で訓練が出来るのか不安になる。それに……。


「それ、魔導兵ですよね?ゴーレムと同じヤツ。大丈夫なんですか?急に暴れたりしないんですか?」

「大丈夫さ。徹底して倫理観を調整したから。このマリアンヌは……」

「はい!またストーップ!何ですか、マリアンヌって?」

「え?この子のことだよ?な、マリアンヌ?」

「はい、ラジック様」

「し、喋った!!」


 魔導兵、もといマリアンヌはラジックに顔を向け頷いた。まるで中に人が入っているような自然な動きだ。


「欠点は動力が魔力だから消費が激しいんだ。だからたまに休ませて魔力吸収させなくちゃならない」

「そ、それより今、喋りましたよ?」

「そりゃ喋るよ……そうでなければ訓練で欠点の指摘出来ないだろ?でも感情までは流石に持たせられなかった様だけど」


 自分の勘違いをライは実感した。ラジックは狂人と言うより変人である。そして同レベルで天才だ。もし今、ラジックと同等の技術を持つとしたらエルドナ社くらいだろう。しかし、相手は稀代の変態。まだ油断は出来ない……。


「じ、じゃあ早速、試しに訓練して貰います。その魔導兵……」

「マリアンヌ」

「マ、マリアンヌ……?さん?に」


 魔導兵と言おうとしたライは、マリアンヌ自身から訂正されてしまった……。

 思わず魔導兵相手に『さん付け』してしまう辺りが小物勇者の性か……。というか本当に感情は無いのか疑う訂正の仕方だった。


 ともかく、ライは鎧の貸出を賭けて『新兵訓練用魔導人形・マリアンヌ』相手の手合わせをすることになったのである。



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