修行の章

第三章 第一話 利益と問題


 早朝セトの街を出たライは、半日程でエルフトの街に到着した。


 本来の距離を考えれば徒歩で数日掛かる距離……。それを《身体強化》を使い一気に駆け抜けたことで大幅な時間短縮に成功したのである。


 勿論、フェルミナも一緒。マントを掴み滑るような移動はフェルミナのお気に入りになっていた。


 出来れば移動と共に剣の修行をしたかったライだが、予定を変えディコンズの近くで集中訓練に方針転換。その方が時間的余裕も生まれると考え街までの走破を選択したのである。


 代わりにエルフト到着まで《身体強化》の効果時間を測ることにした。何度発動しても効果時間は一定だった為、効果が切れた瞬間に再発動をして持続性を持たせることを試していたのだ。これならば身体に負担をかけずに戦略の幅を持たせられる、と考えていたが……甘かった。


 一定時間以上、連続使用すると心臓や筋肉にしっかり負担が発生することをその身で理解させられることとなったライ。『重ねがけ』の激痛とは違う重い鈍痛疲労は、寧ろ鍛練不足を突き付けられる結果となった。


 それでも『回復の湖水』を一口含むとたちどころに全快したのだが……考えれば無茶な話である。

 魔物が反応してライ達を追跡して来ても瞬く間に小さくなり見えなくなる、そんな強化……間違いなく馬の倍は速い。持続させ続けて負担が無ければ狡いとしか言いようがない。



 因みに、道中一応ではあるが何体かの魔物と戦っている。理由は『金』だった……。


 ノルグーで得た資金はまだ半分以上残っているが、装備を考えれば不安が残る額。そこで『三つ目鹿』と『炎牛』の二種に標的を定め狩りを行い、資金の補充を図ったのである。


 『三つ目鹿』は額にある第三の目で幻を見せる魔物である。脚力と角の攻撃が強力だ。そしてその『角』は煎じて使えば様々な薬になる貴重品になる。


 『炎牛』は、炎の鼻息を吹く魔物である。突進の際は全身を燃やしながら体当たりしてくる油断ならない相手。やはり『角』は魔法道具の材料として重宝される品だった。

 本来ならばその革も貴重であるが、処理の手間を考えると時間が掛かり過ぎるので今回は諦めることにした。


 父から教わった智識でより高く売れる二種の素材……効率の為それらを集中的に狙うことにしたのは、角ならば切り分け嵩張らずにかなりの数を持てるという利点からのこと。

 そして《身体強化》という反則技は、本来苦戦する相手さえいとも簡単に仕留めることが可能だった……。


 余談だが、魔物の肉は一部を除きあまり売れない。毒を持つ個体は少ないのだが味の問題として買い手が付かないのである。何より肉が堅いのだ。

 但し、非常に美味と言われる魔物も僅かに存在する。それは機会があれば出会うこともあるだろう。




 ともかく……道中に魔物の角を大量に手にしたライは、上機嫌でエルフトの街を練り歩くのだった。


「ライさん。商人さんから教えて貰った方に会いに行かないんですか?」


 ライと並び歩いている(フリの)フェルミナが素朴な疑問を投げ掛ける。頭からフードを被りライの服を掴んでいる移動しているフェルミナは、下から除き混むようにライに視線を向けた。


「う~ん。やっぱり資金が欲しいから先ずは素材を売らないとね。紹介状があると言っても、本当にタダで譲ってくれるかは難しいと思うんだよ。そうなると、どの位の値段で売ってくれるか分からないだろ?」

「はぁ……良く分かりませんが、お金は貴重なんですね?」

「そうだよ?俺の母さんは如何に金が必要か常々力説してたからね。金がなければ人は大変なんだ。フェルミナの服だって買えなかったろうし」

「私は服が無くても困りませんよ……?」

「ダメ!色んな意味で俺が困る!」


 大聖霊には金銭など必要ないのは理解出来る。しかし、その辺も学んで貰わなければ今後ライが大変なのだ。


「ともかく素材を売らないとね。幸いこの街は高く売れそうだ」


 ノルグー領・エルフト──。


 セトに比べれば五倍程の大きさがある街である。適度な活気に溢れているこの街は、少々他と違う発展をした街でもある。


 『魔術の街エルフト』


 この街の近くで採れる鉱石は不思議な性質を持つ。更に森には様々な薬草類が自生しており、貴重な素材になる魔物も周辺地域に少なからず棲息していた。


 魔術の研究には欠かせない品々を求め、魔法に携わる多くの者が居を構えたのがエルフトなのだ。


 そう言った事情から、魔術師以外……冒険者なども魔術師が造る便利な道具を求めてエルフトに来訪する。素材を高値で売りに来る者、鉱脈に一攫千金を狙う者なども集まり、街は中々に盛況な様だ。


「取り敢えず、あそこで聞いてみるか……」


 ライが選んだのは見た目は古いが人の入りが多い魔法道具屋。既に夕刻近いがこれだけ人の流れがあるならば老舗に違いないと判断したのであった。


「いらっしゃいませ。どの様な御用ですかな?」

「うぉう!」


 中に入ると幾人かの店員が目に付いたのだが、そちらに話し掛ける前に突然後ろから声を掛けられた。

 振り返ると立派な顎髭を蓄えた老齢の人物が笑顔で立っている。


 そこで、ふとライの脳裏を過る既視感……。


「あ……あれ?以前どこかで……」


 記憶を探ったライはノルグーの道具屋が思い当たった。あの時の店主が、何故かそこに立っているのだ。


「何でここにいるんですか?もしかして仕入れとかですか?」

「?何のことですかな?」

「いや……だって、ノルグーでお会いしたじゃないですか……」


 老人はそれを聞いた途端、思い当たったように笑う。


「ハッハッハ。それは多分、私の兄ですな。双子なのでよく間違われるんですよ。私は店主のシグマと申します」

「そうでしたか。失礼しました」

「いや何、これも縁ですな。どうぞこちらへ」


 笑顔のシグマはライ達を奥に案内した。縁を感じた為か親切に接客室で茶を用意してくれたのだ。何やら特別な茶らしく、一口ごとに精神が癒える感覚がする。そして何より美味かった。


「おいしいですね、コレ!」

「ホッホッ。店で販売していますので良ければ購入して下さいな。さて……今日は如何様なご用件ですかな?」

「実は素材の買い取りを……コレなんですが」


 ライが道具袋を開くと角がギッシリと詰まっている。その量に店主は少し驚いた様だが、改めて手に取り鑑定を始めた。


「ふむ……中々の上物ですな。これをお一人で?」

「はい。まあ、少しズルかもしれませんが……」

「ズル……とは?」

「私の着ているコレ、エルドナ社の品物でして……」

「ああ……成る程。それはズルではなく幸運なだけですよ。わかりました。お買上致しましょう」


 シグマは席を外し更に奥の部屋へと姿を消した。待つことしばし……シグマはその手に袋を下げ戻ってくる。どうやら買取金を持ってきたらしい。


「今の相場だとこれくらいになりますが、宜しいですかな?」


 袋の中は大金だった……。父に聞いていた相場よりかなり高い。これだけあればバーユの持っていたエルドナ社製品を一つだが手に入れられる。


「ちょっ!こんなに……高すぎませんか?」

「いいえ。間違いなくこれだけの価値はありますよ。実は今、南の大国トシューラで魔王軍と勇者フォニックが激突し大規模な戦になっているらしいのです」


 店主シグマの話では、一月前にトシューラ国内で魔王軍幹部が街を襲い始めたのだという。始めは少数と甘くみていたトシューラ国。どうやら上位の魔物が複数体混じっていたそうで、騒動の被害が一向に収まらなかったらしい。


 そこに『三大勇者』の一人、フォニックが参戦し戦いは拮抗。戦は長期化のまま現在も続いていると報告されている。


「物資……特に回復薬や呪いの解除薬などが足りないらしく、同盟国であるシウトは王命で出来る限りの支援を許したのだそうです。その結果、今度は我が国の相場が上がってしまったのですよ」


 ライにしてみれば角が高く売れるのはありがたいが余り喜んでもいられない。比較的魔物が少ないとはいえ、今襲撃を受ければシウト国に混乱が起きる可能性もある。


「ですから三つ目鹿の角は傷薬としては貴重ですし、炎牛の角は野営の火種にもなりますからこの相場に……」


 シグマが困った顔をしているのは相場の高騰が理由ではないのだろう。魔物を倒して用意するにしても魔物を絶滅させる訳にはいかない。結局、物資不足は避けられないのだ。


「エルフトの技術でも薬類は足りませんか?」

「はい……何より時間が掛かるのですよ。三つ目鹿の角でさえ天日による完全乾燥が一度必要ですし、炎牛は角が硬く保存加工一つにも手間が掛かる。他も同様なので回復は魔術師に頼った方が速いかと」

「でも限界がある、という訳ですね?エルドナ社の様な品でもない限り魔力を使うのにも躊躇いがある訳ですか……」

「はい。おっしゃる通りです」


 しばしの沈黙。フェルミナだけが空気を読まず茶菓子を黙々と食べている。流石は大聖霊様、豪胆であらせられる。


 考え込んでしまい無言になったシグマは慌てて謝罪した。


「申し訳ありません。どうしようもないことを旅の方に…」


 手立てがない訳ではない。ライには心当たりがあるのだが、出来れば内密にして置きたいのが本音だ。何より信用が出来る相手でなければ必ず問題が起こる。


「シグマさん……実は心当たりがあるんです。ただ、節度があり、市場を理解し、信用出来る人間にしかそれは教えられない。私はあなたを信用する程知りませんが、どうすれば良いですか?」


 シグマはライに顔を向けた。そこには複雑な感情が浮かんでいる。


「難しい……ですな。私はそれに答えられる程に誠実な生き方をしていません。商人とはそういうものですから」


 それが正直な心情だろう。利益があればどうしても求めてしまう。しかしライはそれを責める気はない。シグマが正直な意見を答えたのは、それでも誠意を示したのだろうと感じたライ。


「フェルミナ、どう思う?」


 突然のそんな問いにフェルミナは笑顔で答えた。


「ライさんの思う通りにすれば良いと思います。もし裏切られてライさんが世界を憎んだとしても、フェルミナはあなたの全てを肯定します」


 優しさ溢れる柔らかな笑顔で応えたフェルミナ。口のまわりは茶菓子でベタベタである。大聖霊様は豪胆な上に豪快だった。

 ライはそんなフェルミナの口をハンカチで優しく拭う。保護者は大変なのだ。


「私には打開策がありますが、やはり不安もあるんです。だから最も信頼する友人を頼ることにしましょう」

「それはどういう……」

「実は親友が商人なんですよ。彼を仲介、というより『まとめ役』にしてならご協力します」


 意味の分からないといった表情のシグマに、ライは水筒を一本差し出す。そして鑑定を促した。


「こ……これは!上級回復薬……いや、それ以上の効果が……。魔力まで回復する聖なる水ですか」

「これが相当量あれば問題は解決しますか?」

「はい……ですが……」

「危険ですよねぇ……やっぱり」


 利益の奪い合いは何処にでもある。これ程のものが大量に確保出来るなら必ずや莫大な財を生むだろう。それは即ち『争いの種』でもある。


「そこで私の人脈を頼ることにしました。それもティム……私の親友がいれば調整してくれるでしょう。勿論、シグマさんの人脈も当てにすることにはなりますが……」

「何故……あなたは独占しないのです?恐らく爵位すら買えますよ?」

「私は『面倒臭がり』なんですよ。資源が足りず面倒になるなら、持ってる資源を撒いてでも面倒を避けたいんです。それに爵位なんて国が弱体化したら価値が無いでしょう?」


 言い分が理解できるだけにシグマは笑うしかない。しかし簡単に利益を手放すこと自体、常識的な人間は躊躇うだろうとも考える。目の前の少年が『偉人』か『愚者』か計りかねるのは当然のことだった。


「ともかく、あとはティムと擦り合わせして下さい。手紙を書きますから駆け付けてくれる筈ですよ。実はキエロフ大臣にも多少はツテがありますから……」

「そうでしたか……わかりました。その話、一枚噛ませて頂きます。そうとなれば、ティム殿が到着するまで当方で滞在中の御世話をしたいのですが……」

「あ~。……では、本日だけお言葉に甘えさせて頂きます。それと、実は個人的な用向きがありまして……それ次第では予定が変わるかも知れません」

「用向き、ですか?」


 どうせなら目的の人物の情報を仕入れておきたいライ。商人のシグマなら何か知っているのでは無いかと質問してみた。


「町外れに『ラジック・ラング』という方がいるらしいのですが、ご存知ですか?」


 その名を聞いてシグマは少し困った顔をした。その表情からどうやら問題がある人物だと窺える。


「ラジックは確かに居りますよ。『狂人ラジック』を知らぬものはこの街にいませんからなぁ」

「狂人、ですか?」

「関り合いにならぬ方が良いと思いますが……一応、地図を」


 棚からエルフト観光用の地図を取り出したシグマは、判り易く道順を書き込んでくれた。確かにラジックの住居は街から少し外れている。


「どんな方なんです?」

「一言で言うなら……爆発、ですかな。ライ殿もお気を付けなされた方が宜しいですよ」


 『狂人』に『爆発』。不穏な響きが続き不安を隠せないライだが、シグマは苦笑いをするばかりだった。

 だが、せっかく会いに来たのだ。バーユとの約束もある以上どの道行かなければならない。


(まあ、明日になれば分かるか)


 気持ちを切り替えたライは、その場でティムへの手紙をしたためシグマに託す。早ければ一週程でティムはやってくるだろう。その間修行するにはエルフトは十分良い環境である。


 シグマの手配でその日は良い休息を得られることになった。考えてみればバーユの精力剤のせいで寝不足なのである。世間話のついでにシグマに一包譲ったが、大層喜んでいた。流石は『大人の夢』である。


 次の日。シグマの対応が更に丁寧になり妙に生々しさを感じたライであった……。





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