第四部 第二章 第三話 嘉神領へ


 精神内に潜る魔法陣の輝きが薄れてゆく……。


 場所は変わらず不知火場内・格技場。ライは溜め息と共にゆっくりと目を開く。


 どれ程の時間が経過したか自分でも判らないが必要な情報は手に入った。

 まずはメトラペトラへの報告を……と周囲を見回せば、そこにはまだ大勢の兵の姿が……。


「何じゃ?失敗したのかぇ?」

「へっ?いや……かなり長く潜った筈ですけど……」

「いや……一瞬じゃったな。ものの数秒で光は消えたぞよ?」

「…………マジですか」


 魔法陣の光がすぐに消えたというのは本当の様だ。不知火兵達は潜る前の位置から殆ど動かないままライを見ている。


 どうやら精神世界の時間は、現実時間とは流れの感覚が違うということらしい。



 ともかく……ライドウが一般兵達を役目に戻るよう命じた後、一同は天守へと場を移しライの報告を聞くこととなった。


 ドラ息子・リンドウはまだ不満が残っている顔だが、自分の言葉をライが信じてくれたことから一応大人しくしている。


「で……どうだった、ライ殿?」

「ん~……何から話せば良いやら。まず、この曲者は嘉神領の間者で間違いないですね。それと、命令を出した男は『テンゼン』と呼ばれてました。知ってる人ですか?」

「テンゼン……嘉神領の重臣の一人だな。直接話したことはないが、比較的近年家臣になった者だった筈。だが、何故こんな真似を……」

「テンゼンは嘉神領主の補佐をしてました。他の家臣より随分と偉そうでしたけど……」


 ライドウは唸っている。嘉神領の内情をある程度知るライドウだが、現状が理解出来ないらしい。


「嘉神領主……わが実弟コテツには、無二の親友にして優秀な家臣がいる。その者を差し置いて筆頭家臣になるなど考えられん」

「……じゃあ、やはり何かあったと考えるべきですかね」

「うぅむ……しかし、探ることも出来ぬ。王に報告をすべきなのだろうがな……」


 各領地間で揉めた場合、国王への報告後改めて調査に入るのが決まりだ。故にライドウは動けない。

 もし隠密裏に動こうとしても、相手から仕掛けられた以上待ち伏せされている可能性も高い。迂闊に動けば罠に掛かることになる。


「嘉神領主から許可がないんじゃ、俺は王に会えない訳ですね?」

「……済まぬ、ライ殿。こうなれば飯綱領主に掛け合ってから……」

「いや……認可状ならあるぜ?」


 リンドウが懐から取り出したのは、嘉神領主が発行した認可状。


「リンドウよ……何処でそれを?」

「嘉神領からの使者……そこの曲者が持って来たんだ。本当は破り捨てるつもりだったんだがな……」


 曲者は全身を縛られ猿轡のまま放置されている。一応は他領地の者なので、即時の処刑はされずに済んでいた。


「……………」

「……………」

「なっ……何だよ?」


 全員から冷たい視線を受けたリンドウは戸惑っていた。何故そんな視線を受けるのか……認可状を隠したことが不味かったのかと今更ながら不安に陥っている様だ。


「お前、やっぱアホだな?」

「何だと、テメェ!」

「その認可状出せば使者が来た明らかな証拠だろ?」

「あ……」


 リンドウのアホさ加減はともかく、これは確かにおかしな話だった。認可状を手渡した時点で嘉神領からの使いの存在は明らか……。つまり、何れはリンドウの言葉の正しさが証明される。結局、嘉神領主の行動は意図が読めない。


「……ライ殿。もっと情報は無いのか?」

「それは……そこにいる『曲者』から直接聞いた方が良いかと……」

「どういうことだ?」

「その曲者……シギとか言う名前らしいですが、記憶操作されてましたよ。一応、元には戻せましたけど……」


 ライが曲者……シギに近付いて拘束を解くと、素早く佇まいを直し深々と頭を下げた。

 シギは改めて見ればライとさほど変わらない歳の黒髪の男だ。


「ご無礼を御許し下さい。私は筆頭家臣ハルキヨ様の密偵、シギと申します」

「ハルキヨ……コテツの親友の……。事情を教えて貰えるか?」

「はい」


 シギの話では、筆頭家臣ハルキヨは突如謀叛の疑いをかけられ牢獄に入れられたのだという。

 その後、シギはコテツからの命により不知火に認可状を届ける任に着いた。城を出る際に新たに筆頭家臣になったテンゼンに呼び止められてから、その後の記憶が無いのだという。


「記憶操作か……厄介だな」

「テンゼンが何か目論んでいるのは間違いありません。ですからコテツ様は、私に認可状を名目に不知火に向かうよう指示を。警戒を促すつもりが逆に利用されるとは……迂闊でした」

「テンゼンの目論み……何かわからんか?」

「申し訳ありません……」


 シギは悲痛な顔を伏せる。結局、それ以上はわからないということだ。


「……どのみち王に会わねば何も始まらぬか。先を急ぐことにする」

「父上!叔父御を見捨てんのか!?」

「コテツを救うにせよ王に進言せねば動けぬのだ。私が直接動けば領主同士の争いになるのだぞ?それこそ事が大きくなる」

「畜生……テンゼン!ナメやがって」


 畳を強く叩くリンドウ……だが一番苦しいのはライドウなのだ。一同はそれ以上の言葉が出なかった。


 となれば、御存知トラブル勇者の出番である。


「認可状あれば嘉神領で行動出来るんですよね?」

「あ……ああ。認可を出した領地での行動は自由だ。だが……ライ殿。まさか……」

「ちょっくら嘉神領覗いてきますよ。ライドウさんは先に豪独楽領に行ってて下さい」

「それでは本末転倒だ。ライ殿が居なければ豪独楽領主の許可が下りぬ」

「でも、気になるんでしょ?許可を貰った領地を異国人が勝手に歩く……ただそれだけの話ですよ。豪独楽にはすぐに向かいますから」


 ライドウとしては、これ以上ライに手間を取らせたくないのが本音である。

 海賊に続き身内の揉め事はライに関わり無きこと。ましてや頼んで久遠国まで来て貰ったのだ。心苦しいことこの上ないだろう。


「だが、嘉神の地に不慣れなライ殿に頼る訳には……」

「なら、シギに同行して貰います。記憶を覗いた限り結構優秀ですよ、彼は」

「しかし……」


 渋るライドウ。しかし、ここで思わぬ横槍が入る。


「俺も行くぞ」

「は?な、何を言っとるんだリンドウ?」

「叔父御を操ろうとしてやがるんだろ、テンゼンてのは?なら俺がぶっ飛ばしてくる」

「お前など足手まといでしかないわ!馬鹿者が!」


 またしても我が子の短絡。流石のライドウも怒りを露にしていた。しかし、リンドウは退かない。


「……赦せねぇんだよ。テンゼンて奴が叔父御を利用してることも、俺を騙して親父にけしかけたことも。何より俺の手で殴らねぇと気が済まねぇ!」

「たわけが!自分勝手も大概に……」

「別に良いですよ、ライドウさん」


 助け船を出したのはライである。リンドウはキョトンとした顔でライを見た。


「リンドウにもリンドウなりの筋があるんでしょう。どうせこのまま放置してもこんな馬鹿……ゲフン!こんな短慮じゃ何するか不安でしょ?」

「おい……今、馬鹿っつったか?」

「ついでだから性根を直しておきますよ。こんな馬鹿……短絡嫡男じゃ不知火の未来が危ない」

「おい!二度も言ったな、テメ……痛い!」


 ライドウ相手にズケズケと指摘したライ。その言葉に食って掛かったリンドウの頭にスズの扇子が炸裂した。


「止めても無駄じゃぞ、ライドウよ。此奴は言い出したら聞かん。諦めよ」

「……済まぬ、ライ殿。但し、くれぐれも無理はせずに」

「了解。では早速……」

「は?もう行くのか?ちったあ準備を……ゲヒッ!」


 リンドウの首筋にライの手刀炸裂。リンドウはグッタリとしている。


「キッチリ躾けますが構わないですか?」

「う……うむ。存分に頼む。それではこれを……」


 背後の棚から小さな袋を取り出したライドウ。自らの脇差と合わせてライに手渡した。


「路銀には少ないやも知れぬがな。その脇差は王より拝領の品。役に立つ筈だ」

「わかりました。ありがとうございます」

「いや、こちらこそ感謝するばかりだ。ありがとう」

「メトラ師匠はどうします?折角だから酒呑んで……」

「弟子が行くのに師匠が行かんでどうするんじゃ。同行してやるわ」

「アハハハ……じゃあ、お願いします。リルはライドウさんとスズさんを守ってくれるか?」

「わかった!まもる!」


 立ち上がったライは、リンドウとシギの襟首を掴み天守から飛び出した。一瞬シギは硬直したが、そのまま天守の屋根へ飛翔すると呆然とライを見つめている。


「シギさん。その馬鹿息子が落ちないように抱えてて貰えます?」

「シギで良いですよ、ライ殿。私はしがない隠密ですので」

「俺にはこの国の身分なんて関係ないですよ。それに記憶を見たけど、シギさんのが歳上だ」

「しかし……」

「わかった。じゃあシギと呼ぶけど俺もライで良い。堅苦しいのは苦手だし、これから畏まられても目立つだけだろ?」

「わかった……。では、ライと呼ぼう」


 ニンマリと笑うライ。視線をメトラペトラに移し打ち合わせを行う。


「ちょっち不知火領の中を探ります。待っててください」

「やれやれ……心配性だのぉ。ライドウは優秀な様じゃから無用な手間と思うがの?」

「まあ、念の為ですよ」


 そのまま目を閉じたライは感知纏装を発動。繭の様な纏装はゆっくりと拡大して行く。勿論気付く者は殆どいない。

 しかし……シギには見えているらしく、驚愕の色を浮かべていた。


「一体何を……」

「曲者の炙り出しじゃな。不知火領全土の、な?」

「そ、そんな……!どれ程の広さかわかりませんが?」

「今の此奴がその気になればディルナーチ大陸を包める。時間や警戒の問題でそこまではやらぬがな」

「……………」


 出鱈目……シギの脳裏にはその文字だけが浮かんでいた。


 大陸側の不知火領地を囲んだ【感知纏装】は、そこに住まう全ての者達に触れる。ライは意識を限界まで拡大して把握に努めた。

 纏装を使えぬ者は当然無反応。使用出来る者でも害意無き極細の纏装はそよ風程度の感覚だろう。だが、この感知纏装に反応する用心深い者……それこそが侵入した密偵の可能性がある。


(見付けた。数は……四人……)


「シギ。この国に潜入している密偵の数、わかる?」

「え?ああ……恐らく三……いや四人だな。俺がテンゼンに派遣される前に何人か派遣されていた筈だ」

「それはテンゼンの命で?それとも領主の命で?」

「恐らくテンゼンの命でだろう。俺は飽くまでコテツ様からの書状を届けに来たことになっている。正式な理由無く密偵を送り込めば領主間の対立になるからな。コテツ様がその様な愚行を犯す訳がない」

「じゃあ全員【敵】ということで。もし操られていても今回は勘弁して貰おう」


 感知纏装を密偵らしき四人に集中。遠方に分身体を形成し四人の密偵と対峙させた。


 突然現れたライの分身に対し、密偵達は素早く反応した。逃げる者。斬りかかる者。会話を選択する者……しかし、全員問答無用で《雷蛇》の餌食となり近くの不知火兵に引き渡された。後はライドウに報告が来れば問題は無いだろう。


「ふぅ……これで良いかな。さて……行こうか」


 流石にライも疲労しているが瞑想であっさりと回復。それを見たシギはライが恐ろしくなった。



 【化け物】



 至極当たり前の反応。ライは気付いているが敢えて触れない。構わずリンドウとシギの襟首を掴み再び飛翔を始めた。


「シギ。嘉神領はどっちだ?」

「方角とすればあちらだ」

「少し飛ばすから気をしっかり持ってくれよ?」

「え?それはどういうこ……」


 急な加速で飛翔を始めたライとメトラペトラ。吊り下げられた足元の景色がまるで川の流れのように過ぎて行くのを見たシギは、股間がヒュンとなった。リンドウが起きていたら大騒ぎだったことは間違いない。



 やがて一行は、嘉神領外れの森の中に到着を果たす。そこは人気のない鬱蒼とした森だった……。



「うぅ……」


 ずっと下方を見ていた為にやや景色に酔ったらしいシギ。時折、急降下や旋回などの『おちゃめなサービス』をライから受けた為限界に達したらしい。


「ハッハッハ!大空の旅はご満足頂けましたでしょうか?」


 シギは密偵としては優秀な方である。過酷な環境も堪え、 感情を表に出さないよう鍛えられてきた。下手な兵よりも余程強靭な肉体も持ち合わせている。だが、今回の飛翔はかなりキツめだったらしい。


「も……もう飛翔は勘弁して欲しい……」

「ここからは歩きだよ。元からそのつもりだったんだけど」

「元からって……嘉神領主の居城までまだ何日か掛かるぞ?」

「うん。だからその間、ちょっとやることがある」


 そう言ったライは極少の《雷蛇》を横たわるリンドウに放り投げた。


「びびびびびびびびぴっ!」


 電撃を受け痙攣しているリンドウだが、一応目は覚めた様だ。


「な、何しやがる!?」

「はい、注~目~!これから君達にはやって貰うべきことがありまーす!」

「はぁ?何言ってんだ、テメェ!」


 ライは再び雷蛇を投げた。蛇から逃げ回った末に結局痺れるリンドウ……ピクピクしながらも呻いていることから意識は残っているようだった。


「ライ。やることとは一体……」

「二人には強くなって貰う。どうもテンゼンってのは得体が知れないみたいだからな」


 かなりの幻覚魔法の使い手であるシギがあっさり操られた。これだけで由々しき事態だとライは判断したのだ。


「そこで戦力として……ではなく、足手まといにならない程度に鍛えようかと。嫌なら止めるけどね」

「……しかし、時間が惜しいのでは?」

「まぁね~。本当はメトラ師匠に指南をお願いしたいんだけど……」


 視線を向けられたメトラペトラは、【収納鈴】から出した酒を煽っていた。


「ん?ワシの弟子はお主のみ。其奴らを鍛えたくば自分でやることじゃな。それも修業じゃよ」


 更に酒の肴まで出したメトラペトラはすっかり寛いでいる。 


「と、いう訳だ。悪いけどビシビシ行く。どうする?」

「頼む。強くなれるなら断る理由はない」


 シギは即答した。実はテンゼンに操られたことがかなり屈辱だった様で、かなりやる気に満ちた目をしている。


「よし。あとはそこのドラ息子。早く起きろ!」


 プルプルと震えながら立ち上がったリンドウは、苦々しげに答えた。


「仕方無ぇ……やってやるぜ」

「はい、駄目ぇ!」


 三度の雷蛇。今度は痙攣しながらも素早く立ち上がるリンドウ。


「て、てててテメェ、な、な何しやががる!」

「お前はまず礼儀がなっちゃいない。師匠になる気は無いから対等な口でも構わないけど、最低限の礼儀を弁えないとお仕置きするからな?」

「ああ?何だ?偉そブベェ!!」


 ライの鉄拳炸裂。しかし、リンドウに怪我はない。今回は回復魔法纏装『痛いけど痛くなかった』を発動している。


「今後、改善しない度に今のが十発ずつ炸裂する。お分かりかな?」

「ふ、ふざけんジュブベベッ!!」


 怪我はしないが激痛に晒される拷問。しかし……リンドウは学ばない。何度も何度も殴られている。

 シギは思った……。コイツ、アホだな?と。


 それでも激痛を繰り返す内にリンドウはようやく学習した。ただ、口数がめっきり減った……。


「さあ、リンドウ。どうする?」

「くっ……お、御願いしますぅ!」


 血の涙を流しそうな苦悶を浮かべ頭を下げたリンドウを見てライは思った……そんなに嫌か?と。


「ハァ……。お前の態度じゃ今後必ずトラブルが起きる。既にライドウさんに迷惑掛けたの……もう忘れたのか?ん?」

「ぐぬっ……わ、わかった。努力する」

「俺は、他人の心を軽んじる奴は総じて屑だと思ってる。今のお前は違うと言えるか?」

「……わかった」

「宜しい。では、今日はここで修業。明日からは移動しながらも修業。嘉神領主の居城までの間だけど実力を無理矢理に引き上げる。覚悟してくれ」


 リンドウとシギの肩に触れ回復魔法を発動したライ。二人は全快して立ち上がった。


「まずは命纏装から……。つっても一から説明は面倒臭いので…」


 二人の額に手を翳したライは、自分の『纏装にまつわる記憶』を流し込んだ。この力もクローダーの置き土産である。

 少量とはいえ記憶の奔流に脳を掻き乱された二人は早速吐いた。しばらく酩酊していたが、先に立ったのはシギである。


「流石シギ君、優秀だねぇ……。おや?領主の小倅はもう限界?修業始まってないよ?」

「ぐっ……ま、まだだ、チクショウ」

「おお……根性は素晴らしい。よし、じゃあ次ね」


 容赦のないライは休む間を与えず次に進む。フラフラしながらも二人は命纏装を展開した。


「感覚も大体記憶で伝わっただろ?衣一枚の纏装……今日からずっと、それの維持だ」

「ず……ずっと?一体何時まで……」

「チッチッチ!シギ君……そんなものの区切り無いよ。常に維持。出来れば寝てる間もだ」

「む……無理に決まってるだろ、そんなの!」

「おやぁ?リンドウ君は根性無しでちゅね?なら、もう帰ったら?スズさんのおっぱいが待ってまちゅよ~?」


 リンドウは顔を引き攣らせている。だが、我慢しているのは意地があるからだろう。

 シギも苦悶を浮かべているが不満を口にしない。隠密になる様な出自……強くなることは願ってもない機会だと理解している様だ。


「俺は晩飯の用意してくるから互いにサボらない様に見張っててね?あ、先に纏装切れした方は追加訓練があります。あのニャンコも見張ってるからズル出来ないぞ?そりでぃ~わ~!」


 バシュッ!と音を立て森から飛び立ったライは、上空で何かを確認するとどこかへと飛び去っていった。


「ぐ……キ、キツい……」

「チク……ショウが……」


 感覚として伝わっているとはいえ、それを制御する基礎が整っていないリンドウとシギ。簡単に言うなら高火力の魔導具制御を、説明書だけ読んだ子供にやらせる様なものである。


「よ、よぉ……テ、テメェへの恨み……は忘……れてねぇ……ぜ? 」

「わ……悪いと…は……思ってる……さ……」

「はん!……操ら……れる…方が……悪いのさ。…テメェ……も…俺も……な……」

「ち…違い……ない……な」


 不敵な笑みを浮かべる二人は既に意地の張り合いだ。脂汗を流しながら命纏装を振り絞る。


 薄暗い中ライが食料調達を果たし戻るまで、纏装を維持し続けた二人は同時に倒れた。


「お~……頑張った頑張った!よし、飯にしようぜ?」


 回復魔法による全快。二人はムクリと起き上がる。

 だが、そこは『修業馬鹿魔人』。更なる難題を吹っ掛けた。


「じゃあ次は命纏装の上に魔纏装を重ねて。はい!」

「無茶にも程があんだろうが!テメェ、いいかがががががぴっ!」


 雷蛇炸裂。ピクピクと痙攣するリンドウ。そんなリンドウと『修業の鬼・ライ』を交互に見比べるシギには、畏怖の念が含まれている。


「三日で無理矢理引き上げるんだ。少しは覚悟しなよ……逆に言えば三日我慢すれば一気に実力が跳ね上がる。それ、俺が一年修業に掛かったヤツだぜ?」

「本当にそこまで上がるのか?俄には信じられないんだが……」

「まあ、俺を基準にしちゃ駄目だよ。俺は単身だけじゃなく『大聖霊の力』と『魔人化』も加わってるし」

「な……なら俺達も魔人化させろ!」


 リンドウはライに魔人化を志願した。ライは溜め息を吐きリンドウの頭を鷲掴みにする。


「魔人化ってのは人間を辞めることだ。理解してるか?」

「テメェだって魔人なんだろ?何がも……イデデデデ!」


 ミシミシと音を立てるリンドウの頭蓋。必死に踠くが外れない。


「俺の魔人化は知らずに起こったことだ。別に好きでなった訳じゃない……しかも二年も掛かったし」


 憂いのあるライの表情を見てシギは疑問を投げ掛けた。


「二年も掛かった……ということはもっと早く魔人化する方法もあるのか?」

「ある。けどそれは問題外だ。まず魔力圧縮で土地が死ぬ。更に魔人化成功率は物凄い低い。成功しても精神が壊れる」

「もし、それでも試したいと言ったら?」

「試しても良いけど間違いなく俺が殺すことになる。今、魔人化する緊急性は無い。にも拘わらずそれをやるのは、私利私欲の【魔王】様の誕生だ。人や土地に犠牲が拡がる前に必ず殺す」


 憂いの瞳は殺意の瞳に変わった。シギはそれ以上何も言えなかった……。


 一方、ライの鷲掴みから解放されたリンドウはグッタリとしていたが、辛うじて掠れた声を出して尋ねた。


「お……俺らの先祖は魔人だったなら、堪えられんじゃねぇのか?」

「……知らないよ。ただ、どうしてもやるなら俺は【敵】だ。修業も終わり、ここでお別れ。決めるなら今決めろ」


 重苦しい空気が流れる……。


 魔人化の力……惹かれるのは仕方ないが、本気で望めば危険を一つ増やすだけである。それをお手軽な力として見ているなら、世界がどうではなくライはそれを許せない。

 少なくとも今、二人にそれだけの覚悟や必要性は感じないのだ。まだ努力の余地があるならば尚のこと……。


 そんなライの様子を見兼ねて助け舟を出したのはメトラペトラだった。


「魔人の子孫でも魔人化の成功率は変わらん。まず精神は壊れるじゃろうな。じゃが魔人の子孫には一つ特徴があっての?鍛え続ければ稀にじゃが魔人に近付く変化が起こる。半魔人化、とでも言うのかのぉ……それで我慢することじゃな」

「半魔人化……」

「ライの気持ちも察せよ。早急な魔人化の対価は、親兄弟、恋人、友人すらもその手で殺す。そうなった未来を大事な者を想い浮かべ良く考えることじゃな」


 その日の修業はそこで終了となった。ライが不機嫌になり何処かに行ってしまったのである。メトラペトラも後を追った為、森にはリンドウとシギの二人きり。



「………ちっ。辛気臭ぇ」

「しかし、あのネコの言葉は間違っていないだろ?俺には大事な奴がいる」

「……まあな。俺にもいるさ。だから……あ~……良いや、もう。寝る」

「そうだな……明日も修業だ」



 焚き火が爆ぜる闇夜。空に浮かぶは勇者と大聖霊。


「飯……どうします?」

「うむ。『紀里谷の街』まで戻って食うかの?」

「そっすね」




 その日──。月の夜空を高速で飛ぶ二体の【化け物】の噂が、久遠国に生まれたとか生まれなかったとか……。



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