第四部 第二章 第二話 嘉神よりの使者


 不知火領主居城・白馬城。その内部にある格技場には多くの兵達の姿があった。


 領主の嫡男リンドウと異国の男ライの手合わせ。それは不知火に仕える者には非常に興味深い戦いである。

 勿論、不知火兵達はリンドウ贔屓。しかし、厳正な手合わせである以上余計な野次などが入ることはない。ただ静かに見守るだけである。 


「逃げ帰るなら今の内だぜ、赤毛」


 不敵な笑みを浮かべるリンドウ。しかし、ライは相変わらず全く聞いていない。鼻唄混じりで準備運動をしている。


「おいコラ!無視してんじゃねぇぞ?おぉ?」


 続けて無視。一通り準備運動を終えたライは、リンドウそっちのけでライドウの元に向かう。


「さて……ライドウさん。どのくらい痛め付けます?選択してください。



 一.全殺し(再起不能)

 二.半殺し(重傷)

 三.生殺し(精神苦痛)

 四.皆殺し(不知火壊滅)

 五.女殺し(略奪愛)



  さあ、如何に!! 」


 生温い表情のライドウ。任せておきながら何だが選択肢が酷すぎる、と言いたげだ。


「ワシなら四番かなぁ……ウフフ」

「だ……大聖霊様!何で嬉しそうなのですか!」

「……五番」

「す、スズ!お、お前まで何をいっ……何故頬を染めている!?」

「リル!なまがいい!」

「か、海王様?生魚と生殺しは違いますからね?ちょっと!何を笑っているのだ、ライ殿!」


 ギャーギャーと賑やかな領主様。不知火兵はこんなライドウを初めて見た。いや、不知火兵だけではない……リンドウの記憶にもこんな父や母は存在しない。


 ライドウは厳格でありながらも優しい父だった筈。リンドウは益々ライが気に入らなくなった。


(ちっ!必ず殺す!そうすればまだ間に合う。父上も母上も洗脳されているに違いない。先程も異国人は妙な魔法を使った。間違いなく……奴が元凶だ!)


 狭い思考の渦は繰り返しライを憎悪する。やがてそれは完全な殺意に変わった。


「はい、ライドウさん。あと三秒、二、一、終~了~!」

「ちょっ…………。い、いや……どうか馬鹿息子の事をお頼み申す」

「では、六番の『ライにおまかせ風お仕置き。大聖霊の香りを添えて』に致しましょう」

「………え?」


 結局、意味がわからず混乱するライドウ。その肩を叩く大聖霊様は既に出来上がっていた……。


「まあ心配要らんじゃろ……お主も飲め」

「い、今はそんな場合では……」

「ニャンだと、このぉ……!ワシの酒が飲めねってのか、この顎髭が!毟るぞ?まばらになる様に毟るぞ?おぉ?」


(くっ……!た、質が悪い!)


 不安と酔っ払いに挟まれたライドウが見守る中、ようやくライとリンドウが対峙した。


「……よぉ?死ぬ覚悟は良いか」

「ルールはどうすんの?」

「んなもんルール無用で死んだら敗けで良いだろ。とっとと殺ろうぜ?」

「………リンドウとか言ったっけ?歳は幾つだ?」

「テメェの知ったことか!早くしろ!」

「はぁ……やれやれ……」


 諦めてライドウに視線を向け首肯くライ。リンドウとの距離を取り手合わせ開始の合図を待つ。


 ライとリンドウ、共にその手に持つのは細身の長刀。ライは木刀を進言したのだがリンドウはそれを拒否した。故に真剣である。


 そして皆が見守る中──。



 【放浪息子】 対 【ドラ息子】


 世紀の親不孝者対決が開催されたのである……。



「死ねっ!」


 先手を取ったのはリンドウ。一気に踏み込み間合いを詰めると、渾身の刃を袈裟斬りに下ろす。


「死ぬぅ!」


 対するライは完全な直立不動。刃は肩口から食い込み身体を両断する筈だった。

 しかし、鈍い音を立てた刃は身体に触れただけでピタリと止まる。


「あれれぇ~っ?死ななかったねぇ?」


 誰もが“ イラッ ”と来るであろう顔で笑うライ。だがリンドウは驚愕で余裕がない。


「ぐっ……何でだ!」

「何でって……お前、まさか纏装も知らないんじゃ無いだろ?」

「纏装だと?成る程な……。ならばこれならどうだ?」


 今度こそ『纏装を切り裂く技』かと期待して構えたライだが、リンドウが使用したのは命纏装だった……。

 だが、不知火兵達は興奮気味に唸っている。


「………」

「へっ!恐ろしくて声も出ねぇか!」


 物凄く困った顔のライ。視線をライドウに向けると、領主様は実に申し訳無さそうだ。


 その隙にライに何度も斬り掛かるリンドウだが、やはり刃は全く通らない。


「クソッ!何だってんだ、チクショウが!」


 何度も斬り付ける内、段々と疲れてきたらしいドラ息子。命纏装の維持すら短い……ライはあまりの手応えの無さに開いた口が塞がらなかった……。


 しかし一気に倒す訳にも行かず、そのままリンドウを放置。ライドウの元に向かい困り顔で確認を始めた。


「ライドウさん……。スズさん……。アレ、マジでどうします?」

「……す、済まぬ」

「いや、『済まぬ』じゃなくてですね?」

「ワシなら一番かなぁ?」

「ま、まだ先程の選択が……」

「良いんすか?殺っちゃって良いんすか?」


 ライドウは心底困った顔をしていた。


「リル!よんばん!」

「リルよ……皆殺しは『皆仲良し』とは似て非なるものじゃぞ?」

「やっぱり五番を……」

「スズ!何故、いまべにを差すのだ!?」


 まさにカオス──魔人勇者……その真骨頂である。


「はい、終~了~!三番に決定~」

「ラ、ライ殿……せめて二番に……」

「では、間をとって二番と三番で……」

「それ、間じゃない!ライ殿~!」

「もう……我が儘だなぁ……。わかりました。じゃあ五番で」

「うおぉぉい!貴様!不知火を敵に回すつもりか!」


 混乱は続く……。スズは頬を赤らめ満更でもない顔をしていた。


「じゃあ、仕方無いのぉ……やはり四番じゃな」


 世間知らずのドラ息子のせいで、【人外三人組(&スズ)】対【不知火】の抗争が勃発しそうだった……。




「テメェら!いい加減にしろ!今戦ってんのは俺だ!!」


 その間……ひたすらライを斬り付けていたリンドウは、痺れを切らし息切れしながらもまだ強気を崩さない。


「わかった、わかった……さて、そろそろ社会勉強の時間かな。ん~……まずは」


 突然姿を消したライは、リンドウのすぐ目の前に姿を現す。驚愕して飛び退くリンドウ。だがしかし、その目前にはやはりライの姿が……。

 何度距離を取ろうとも眼前にはライの姿が現れた。


「こ、この野郎!」


 今度は飛び退きながら刃を横に薙ぐリンドウ。しかし、その刃はライに握られ止まっている。


「この刀に思い入れがあるなら言えよ?消さないでやるから」

「思い入れだぁ?んなもん無ぇ!」

「じゃ、遠慮なく……」


 リンドウの刀は色褪せ、粒子となり指の間を崩れ落ちた。


「な、何だ!一体なん……」

「さあ、どうする?武器は無くなったぞ?」

「そんなもの無くたってなぁ……!」


 ライに向かい拳を振るうリンドウ。一方的に殴っている筈なのに、どうみてもリンドウの方が疲弊して見える。いや……実際、疲弊していた。

 やがてリンドウは限界に達し、拳は止まり疲労困憊で膝を付く。


「ゼェ……ゼェ……くそっ!こんな……!」

「こんな筈じゃなかって?アレだけ大言吐いて恥ずかしくないのか?あれ程父親に恥をかかせてその程度なのか?」

「ち……ちっくしょう!」

「そうだ!もっと……もっと熱くなれよ!!」


 リンドウの肩を叩くライ。そして回復魔法を発動しリンドウを復活させる。


「テ、テメェ……何のつもりだ!」

「ま、ライドウさんには少し世話になったからね。稽古をつけてやろうかと……因みに拒否は出来ないよ?拒否したら……」


 ライは纏装の制御を徐々に解放する。その纏装の輝きは金ではなく黒。それだけでリンドウ及び不知火兵は、冷や汗が吹き出し動けない。


 【黒身套】


 覇王纏衣を幾重にも重ねた纏装の最終形態。ライは纏装の常時展開を、覇王纏衣から【黒身套】に変化させていた。


 久遠国の人間が纏装をも切り裂く技を持つのであれば、【黒身套】ならば僅かなれど防御になるだろうと考えたのである。

 結局、効果の程は判らず仕舞いだったが……。



 ともかく……ライは日頃の極薄展開を解き、通常展開に出力を引き上げたのだ。その圧力は当然ながら並ではなく、例えるなら『裸一貫で山程大きなドラゴンと対峙している』……そんな絶望的イメージが浮かぶ程のもの。

 因みに領主夫妻は、メトラペトラとリルがしっかり護っているので影響は無い様だ。



「あ……ああ………」


 見学していた不知火兵達は尻餅を着き後ずさる。ほぼ全員がだらしなく口を開けていた。

 そして間近にその圧力を受けているリンドウ。本人は気付いていないが恐怖のあまり涙を流していた。


「お……おお……おまえ……は……」

「勇者だよ、勇者。ただちょっと変わってるけどな?」

「………………」


 震えるリンドウを見兼ねいつもの極薄展開に戻したライは、まず一発リンドウを殴った。勿論、加減して……。

 今回は回復魔纏装『痛いけど痛くなかった』の使用はしていない。痛みを残す必要があったからだ。


「がっ……!」

「痛いか?だけどな?殴った方が痛いことだってあるんだぜ?お前の親父さんはまさにそんな気分だろうよ」

「何を言って……」


 続いて張り手で頬を叩く。


「ライドウさんはな?何か考えがあって俺を連れて来たのは確かだ。だけど、結果次第では自害すら覚悟している。そうでしょ?ライドウさん?」

「…………」


 ライドウは答えない。今は答えるときではない。そんな覚悟が瞳に浮かんでいる。

 ライは再びリンドウに視線を移すと、髪を掴み上げ視線を合わせた。


「領民の為に海賊退治に直接向かう領主だぞ?不知火の自然を愛し遺そうとする領主だぞ?久遠王の為に……得体の知れない俺に頭を下げる領主なんて忠臣以外の何者でもねぇじゃねーかよ」

「…………」

「誰に唆されたのかは知らないが、お前ちょっと馬鹿すぎないか?一体、自分の父親の何を見てきたんだよ……?ん?」


 リンドウは歯を食いしばっている。


 赤の他人に父を語られる屈辱感。そして頭に血が上っているにも拘わらず、それが目の前の相手に向けても届かない無力感……。領主の嫡男のリンドウには、どちらも生まれて初めてのことだろう。


 そんな我が子に目を向けるリンドウ……。先ずはその無事な姿に安堵した。


「リンドウ……一体どうしたと言うのだ?この父が謀叛など起こす訳がないとお前だからこそ理解できる筈だろう?」


 久遠国の為に愚直なまでに働くライドウ。間近に見て育ったリンドウにそれがわからぬ筈が無い……ライドウにはその確信がある。


「…………」

「何故答えぬのだ。私はそれほどお前の父に相応しくはないか?」

「違う!……違うんだ……」

「…………」

「俺はただ……父上達を救いたかった……」

「救う?何から……」


 リンドウはライに鋭い視線を向け指差す。


「こいつだ!こいつが父上を唆した、そう聞いたんだ!だから……」

「聞いただと?一体誰に……」

「叔父御に……だ。昨日使いの者が来て、ライドウは異国の者に唆されたと……」

「何を馬鹿なことを……」

「う、嘘じゃない!兵に聞いて貰えば使いが来たことはすぐに判る。後は叔父御に確認して貰えば良い!」

「……お前達、本当か?」


 床にへたり込む兵に確認するライドウ。しかし兵達は首を横に振った。


「い……いいえ、分かりません。誰か知っているか?」


 兵長の声に兵達は首を傾げている。誰一人、使いを見た者はないとのことだった。


「ば、馬鹿な!た、確かに来た!嘘じゃねぇ!!」


 慌てたのはリンドウだ。叔父の使いは城の正面からやって来たのを確認している。その際、兵士達も間違いなく見ていた筈なのだ。


「嘘じゃねぇ……。本当に……本当なんだ……」


 呆然とするリンドウ。


 ライドウは迷った……父として息子を信じるのは当然だが、ただ鵜呑みにするのでは兵達に示しがつかない。せめて確証がなければ……。

 そんな迷いを察してか、動いたのはやはりライである。


「俺を見ろ」


 リンドウの顔を自分に向けるライ。不安の色を浮かべているリンドウは言われるがままにライを見た。


「確かに使いが来たんだな?」

「……ああ。嘘じゃねぇ」

「………わかった」


 リンドウの頭から手を離し立ち上がったライは周囲をぐるりと見回した。

 そして何かを悟ったらしく、ライドウに向き直る。


「どうやらコイツ……リンドウは嵌められたみたいですね」

「………その根拠は何だ?」

「勘……と言うのは嘘ですよ?ちゃんと理由はあります。何なら証明できますけど?」

「成る程……では頼む、ライ殿」


 頷くライの指先から小さな蛇が滑り落ちるのをリンドウは確認した。目の錯覚を疑ったが、蛇は確かに移動している。気付いたのはリンドウだけだったが……。


「タイミング良すぎませんか?俺が不知火領に入ってからまだ三日ですよ?だけど、リンドウは『唆された』と言いました。時期的におかしいですよね?」

「確かにな。まるで以前から用意していた様な……」

「そう……。俺が居なくても進めていた謀略だったのでしょう。俺が槍玉に上がったのも利用されたのも偶々たまたま。でもそれは、俺が不知火に居ることを把握していたからです」


 ライドウの帰還を見計らいリンドウをけしかける……百漣島での行動も把握していたのだろう。当然、ライの存在を確認していた筈だ。


「兵達が気付かなかったのは直接接触しなかったからじゃないですかね?リンドウ……使いの者の格好、覚えてるか?」

「あ、ああ。間違いなく嘉神領の兵の格好だった」

「顔は見なかったのか?」

「顔……あ、あれ……?見た筈だが思い出せねぇ……」

「まあ、見れば思い出すだろ……。ライドウさん、これは魔法を使う者の仕業ですよ?しかも、それなりの幻覚魔法の使い手。久遠国って魔術師いないって言ってませんでしたか?」


 ライの質問に戸惑うライドウは、スズに視線を向けた。頷いたスズは久遠国の秘事の一部を口にする。


「久遠国では魔術ではなく『異能』──存在特性の方が使い勝手が良いのです。負担が少なく、しかも多様性がある。これは秘事ですが、その為の特殊組織までありますから」

「つまり、魔術対策は甘い……という訳ですね」

「言ってしまえば……そうなりますね」


 腕を組みウロウロ始めたライは、口調を変えて語り始めた。何やらノリノリに見える……。


「んふぅ~……私、考えました。そんな手間をかけて誘導したリンドウを放置するだろうか?と。いや、しない筈です。でなければ、何かの拍子に嘘がバレる。使いの話などは家臣や兵に知れれば警戒されるでしょう?だから私、考えました……犯人は見張っているのでは?と」

「見張っている?ま、まさか、まだリンドウを謀った者が……」

「そう!犯人はこの中にいる!」


 響動めく不知火兵……。わなわなと震えるリンドウ。領主夫妻は目を見開いていた。

 そしてライはかなり満足気だった……。


(くぅぅ!一度言ってみたかった!)


 只それだけの為に回りくどい言い回しをする『探偵気取り勇者』。

 既に犯人は【流捉】にて把握しているので、捕まえて吐かせれば済むこと。


 実に馬鹿馬鹿しいことに拘る漢──ライ。


「そ、それで……その曲者は……?」

「んふぅ~。私……色々と考えた結果、既に見つけています。犯人は……」


 勿体つけながら場を見渡し、人差し指を立てる。そして注目を浴びる中……その指はある者を指し示した!


「犯人はお前だぁぁぁ~っ!」

「へっ?ワ、ワシ?」


 指差されたのは猫……メトラペトラだ。当然、信じられないといった顔をしている。


「バカもんが!何でワシになるんじゃ!」

「むむ?違ったか?ならばお前だ!」


 次に指されたのはスズだ。


「……そんな筈は」

「ちっ、違うだとぉ?な……ならば、お前か!」


 続いて指されたライドウは、既に生暖かい眼差しをしていた……。


「クソゥ……ならば貴様だな?吐け!今すぐ吐けぇ~!!」

「え?えぇ~……?」


 胸ぐらを掴まれ揺すられているリンドウ。ライのあまりの無茶苦茶さに晒されたリンドウは、死んだ魚の目をしていた。

 その時、ライが『流石は親子……同じ目をしてやがるぜ!』と思ったのは内緒である。


 そしてその場には、如何ともし難い残念な空気が流れ始めた……。




 だが、変化は突然訪れた。兵の一人が叫び声を上げて倒れたのだ。警戒し身構える兵士達……。

 そこで高らかに痴れ者の声が響き渡る。


「フッ……ハーッハッハ!ホラ、そこぉ!真実は一つ!犯人はお前だぁ~!」


 身体は大人、頭脳は子供、その正体はかなり残念な異国人。今さら自信満々で倒れた兵を指しても説得力がない……。


「リンドウ。アイツの顔を確認してみ?」

「あ……ああ」


 倒れた兵を警戒しつつ近付き顔を暴くリンドウ。その顔を見た途端、リンドウの記憶が蘇る──。


「た、確かにコイツだ!コイツが叔父御の使いと名乗って……」

「よし。じゃあ詳しくお聞きしようかね?コッチ引っ張って来てくれ」


 ライドウの前まで移動させられた曲者を縛り上げる際、ライが何やら細工を施している。が、誰も関わろうとはしなかった。

 アイツはヤベェ……不知火兵にはそれが根付いたらしい。



 やがて曲者は目を覚まし尋問が開始される。




「さて……貴様は何者だ」


 ライドウの威厳ある声が格技場に響き渡る。兵士達は静かに見守っていた。


「わ、私は不知火の兵です。仕えてもう何年も……ギィヤァァ!!」


 突然のたうち回る曲者。兵達は怪訝な表情で仲間と確認しあっているが状況を理解出来ない様だ。


「お前には呪縛をかけてある。嘘を吐くと激痛が流れるぜ?あ、自害しようとしても同じ。結局、吐くしかないよ」

「くっ……。化け物め……」

「おや?化け物と言ったな?やっぱり百漣島で見てただろ?」

「……………」

「沈黙……ねぇ?予想してないと思った?」


 すると曲者は突然のたうち回りながら笑い転げた。


「質問に沈黙で返すと十秒間、尋常ならざる擽ったさが襲う。さあ……往くも地獄、退くも地獄、沈黙も地獄だ。諦めろ」

「ク……クソッ……」

「あ……それと、舌打ちすると尋常じゃない快楽に襲われるからな?」

「か、快楽?」

「そう、快楽!皆の前でビクンビクン!とナチャウよ!」

「……………」


 得体の知れない異国人は、ディルナーチには無い未知の技を使う。そのことに曲者は警戒の色を浮かべた。


「まずは貴様の所属だ。吐け」

「……!……ぐきゃあぁ!!」

「強情な奴だ……貴様の主は誰だ!」

「が……がが……ぐあがぁ!」


 その後のライドウの質問にも一切答えずのたうち回り続ける曲者。ライドウは溜め息を吐いた。


「……吐かぬか。もしや此奴は苦痛で自ら壊れる気か?ぬぅ……どうしたものか」

「しょうがない……記憶を覗きますか」

「そんなことが可能なのか?」

「まあ、事情がありましてね……」


 メトラペトラに視線を向けると“ フンッ! ”と視線を逸らしている。ライとしてもバツが悪いのだが、使えるものは使うべき……それがライの流儀だ。


 万物の記憶の覗き見は、クローダーとの契約の置き土産である。確かに記憶を覗く力があればクローダーを救う手段も見付けやすいかも知れない。

 非人道な気がして使用しないつもりだったが、謀略を用いる相手に気遣いをする必要はないと結論付けた。



「となれば、邪魔だから眠ってろ」


 掌を曲者の頭に乗せ電撃で意識を刈り取ったライは、呪縛の内容を『他者への害意禁止』に書き換えた。


 そして改めて記憶を探り始める。


 床に展開されるのはクローダーの紋章。紋章内にはライと曲者のみ。その外で皆は見守っている。


「しばらく掛かると思うんで一度解散して下さい。師匠とリルは警戒だけお願いします」

「フン。仕方無いのぉ……」

「お~!リル!ライまもる!」



 魔法陣が眩く白い光を放つ──そしてライの意識は『曲者』の中に潜っていった……。



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