第四部 第七章 第十七話 因縁の歴史
ドレンプレルの居城にて対峙したライとクレニエスは、互いに剣を構えて距離を取る。
クレニエスは獣化を解き人の姿に戻っていた……。
戦いを始める前に、クレニエスはルーダを睨め付け怒号する。
「ルーダ!エニーを解放しろ!」
「その男を倒したら解放してやる」
「今すぐ、無傷で、解放しろ!」
「クックック……無駄だ、クレニエス。私には利かぬ」
「……くっ!」
二人の会話に違和感を覚えながらも、ライはその間もルーダを観察し続けた。
「時間稼ぎか?早くせねばエニーの呼吸すら危ういぞ?」
「……ルーダぁ!くっ……仕方無い、ライ」
「ああ。分かってるよ」
初めは様子見で剣を振るう二人。互いに纏装を纏うが、その技量は【黒身套】を極めたライに分があるようだった。
ライは纏装と身体能力の高さで圧倒出来るのだが、クレニエスを倒してしまっては本末転倒なので加減をしている。高い運動神経を誇る獣人の血……そしてクレニエスが使用出来る『覇王纏衣』でもその差は埋まらない。
反面、クレニエスの剣はライを翻弄する程の技量。純粋な剣の勝負だった場合、ライは苦戦を強いられた筈だ。
「……ライ。考えがあると言っていたが………」
剣撃の合間を縫う様に会話を続けるライとクレニエス。クレニエスは少しでもルーダの裏をかく為に申し合わせをしようとしていた。
だが、ライの言葉を聞きクレニエスは眉間にシワを寄せる。
「……ん~……あるっちゃあるんだけどさ?ルーダって野郎は心を読んでるみたいなんだよ。あまりハッキリと考えると警戒される」
「……心を?クソッ……道理で……」
「何?どういうこと?」
「……俺は【存在特性】を使ったんだ。だが奴には効かなかった」
クレニエスの存在特性は【言霊】。言葉に力を乗せ対象に命令や制限を掛けられるという能力……。
しかし、条件として相手がその言葉を自らの耳で聴かねば効果がない。
「だから
「……いや。その程度なら力が通る筈だ。恐らく耳が聴こえていないのだろう」
「まさか、自分で耳を潰したとか?」
「……それは分からない。恐らく会話は唇を読みつつ心を読んでいるのだろう。だから俺の能力も知っていたんだな」
他人に話したことなどないクレニエスの力。半獣人化、そして【言霊】──。ルーダが心を読んでそれを知ったならば、対策を行った可能性も否定出来ない。
勿論ハッタリだということも考えられるが、今は安易に動くべきではないだろう。
(思ったより厄介だな……)
ライの力ならルーダを倒すことは可能と考えていた。しかし、それは倒すことに行動を絞ればの話だ。
ルーダが何より厄介なのは、『心を読める転移使い』であること。僅かな機微でも感付かれ転移されてしまうのでは、エニーの無事が保証出来ないのである。
仮にライが全力でルーダを倒したとして、エニーが閉じ込められている繭は《天網斬り》や《吸収》で破壊出来る。しかし、僅かな隙を付いて毒や呪詛を残されてもエニーの命は危機に陥る。
最善はルーダを一瞬で排除すること。しかし、その為の決め手が足りない……。
そんな中でも、ライはクレニエスと刃を交えながらあることを試みていた。
「………ライ。どうした?」
「…………」
「……おい」
「………へっ?」
「……どうした、ボケッとして」
器用に剣を躱しながらボンヤリしていたライ。クレニエスはかなり呆れている。
「いや……心を読まれるなら考えなきゃ良いかな~と」
「………つまり、無意識で動くということか?」
「いや……もっとこう……心を閉じるという感じで……。思考に壁を作りつつ意識を深層に沈める様な……」
「……それはただ“ 寂しい人 ”じゃないのか?」
「違う!………よね?」
「…………」
人間の意識は常に外部情報を取り込む為に“ 開いている ”のだ。それを更に拡大し体現したのがライの使用する【纏装分身】。ならばその逆……外部からの情報を限界まで遮断し個の意識を世界から隔絶させることも可能な筈。
ライはルーダの読心は念話に因るものだと推測している。念話による表層意識の盗聴……もし深層意識が読めるならライの素性は筒抜けになっているだろう。
「ふぅむ……中々難しいな。でも、感覚は掴んだ」
「……改めて思うが色々と凄いな、お前は」
「そう?……ま、取り敢えず試してみるか」
意識を閉じながらクレニエスと剣撃を振るい立ち回ったライは、一連の流れの中で振り抜いた剣をルーダに向ける。そして切先から圧縮雷撃魔法 《雷蛇弓》を乱射した。
閃光と共に高速で飛翔した《雷蛇弓》──ルーダは突然の出来事に反応出来ず雷撃を受けることになる。
「ぐあぁぁぁ!」
更に雷蛇弓は、エニーを包む繭にも直撃し霧散した。
「……おい!」
「大丈夫だよ。そんな脆い防御なら最初から俺がぶち破ってエニーを助け出してる。あれを壊すには一瞬だけど隙が出来るんだ。その隙に何をやられるか分からないんで迂闊に突っ込めないんだけど」
「……二人掛りならどうだ?」
「俺はともかくクレニエスは心を読まれるだろう?連携がバレて失敗する」
「……厄介だな」
「まあ、魔王を名乗ってるくらいだからな」
チラリとルーダに視線を送ったライ。ルーダは片腕を焦がし不愉快な表情で睨んでいる。
「悪い、悪い!攻撃が逸れちまってさ?」
「白々しい!貴様、今何をした?」
「何って何が?」
「くっ……この愚物め!」
ルーダはライの質問に答えない。この時点で『ルーダは表層意識のみしか読み取れない』という推察は確信に変わった。
「あ~……そうそう。一応聞くけど、不毛な争い止めない?」
「何を言っているのだ、貴様は?」
「暴れるのを止めてエニーを返すなら、アンタの部下になっても良いよ?」
「…………」
表層意識を閉じて語るライの心は読めないらしく、ルーダは目元を痙攣させている。
「貴様など信用出来るか!」
「何で~?心が読めないから~?」
「……クレニエス!早くソイツを殺せ!でないと、この娘がどうなるかわかっているのか?」
「……くっ!」
いよいよ焦ったクレニエスは、ライに向かい渾身の剣を振るう。鍔迫り合いの中、クレニエスは再びライに謝罪した。
「……悪い。余裕が無いんだ」
「ま……仕方無いさ。まだ試したいこともあったんだけど……」
今度は意識を拡大し大量の情報で表層意識を満たす。だが、ルーダはこれには然程反応しない。
(どうなってる?今のは脳に負担が掛からないのか?混乱すらしない……なら次は……)
拡大意識の情報を隠れ蓑に分身を地中に作製。そのまま移動させルーダを狙うつもり……だった。
だが、ここでライに異変が発生した──。
「ぐあっ!?」
強烈な頭痛……。地中に発生させた分身は霧散しライはガクリと膝を付く。
「……ライ!」
「だ、大丈夫だ……」
分身維持の限界……。拡大意識も再び閉じることになった。
(クソッ……!これはダメか。折角奇襲に使えそうだったのに……)
頭を振りつつ立ち上がったライは、鈍痛が収まらない。
「ハハハハハ!何をしたか知らんが好都合だ!今だ、クレニエス!ソイツの纏装を禁じろ!」
「………許してくれ、ライ!」
クレニエスは距離を取るとライに向かって宣言する。
「ライ!纏装を禁ずる!」
その言葉が響くと同時に、ライの身体を常時包んでいた纏装が発動出来なくなった。
「………これがクレニエスの力か」
「ハ~ッハッハ!良いぞ、クレニエス!ついでに魔法使用と視力を封じろ!」
クレニエスはその命令に躊躇ったが、ルーダがエニーを指差すと苦悶の表情を浮かべつつも従うしかない。
封じられた纏装……そして魔法と視力。ライは瞬く間に窮地に立たされた。
「さあ……クレニエス。全力でソイツを斬り刻め!」
完全な無防備……こんなものは望んでいないとクレニエスの口元が歪む。
だが、ライは笑顔でクレニエスに告げた。
「気にすんな。逆に助けられたよ」
「……どういうことだ?」
「ま、ちょっとな……」
纏装の使用禁止は即ち、分身の解除も意味する。ライはスランディ国の分身だけはどうしても解除に踏み切れなかった。
それはトウカに心配を掛けたくないが故に無理を押していた行為……。
しかし……クレニエスの強制により分身解除された結果、頭痛が軽くなったのである。
「っと……視力はこれで大丈夫かな?」
封じられた視力の代わりは、開いた額の目……チャクラだ。
存在特性同士は力が拮抗し、より強力な力が有利になる。神の存在特性であるチャクラともなれば、クレニエスの言霊でも封じることは出来ない。
同様に、存在特性をも上回る力がもう一つ存在する……それは大聖霊紋章。
とはいえ、大聖霊紋章は扱いが難しいのでクレニエスに対しては使用出来ない。操作次第ではクレニエスを傷付けてしまう恐れもある。
「気にするな、クレニエス」
「……ライ」
ライはクレニエスに目で合図を送ると、ルーダの方に顔を向けず大声で問い掛ける。
「なぁ、魔王さんよ?少し話があるんだが?」
「また時間稼ぎか?無駄だ。クレニエスの力は本人が解かない限り解除されない」
「違う違う……ここまでされたんだ。冥土の土産に聞きたいことがあるんだよ。少し長くなるからその娘……エニーの呼吸くらいはさせてやってくれないか?」
「ふん……そんな義理はないわ」
「何だ……ビビってんの?魔王の癖に?」
「……何だと?」
目元を痙攣させているルーダ。ライの背中に殺気が突き刺さる。
そんなルーダに対し、ライはそれを遥かに上回る殺気で返す。纏装を封じられているとはいえ、その凄まじいまでの殺気にルーダは息を飲んだ。心が読めるなら尚更強力に感じた筈だ。
「大体、勘違いしてねぇか?俺はアンタを殺すだけなら今の状態でも出来るんだぜ?エニーが死ねば加減する義理もない」
「………。ふん……良かろう」
ルーダは神具の魔法発動を一時止め、エニーの傍らに寄り添う様に飛翔している。
「で……話とは何だ?」
「まずアンタ、いつ魔王になった?古の……魔法王国時代の一体か?」
「さてな……。だが、一つだけ教えてやろう。私は三百年前の魔王エイルの配下だ」
「……こんな所にも【魔王エイル】の置き土産が存在したのか」
「こんなところにもだと?」
「少し前、ヤシュロと戦った」
「成る程……。ふん……私はヤシュロと違い【魔人転生】を受けた訳ではない。正気を失い猛威を振るうエイルを利用していただけだ」
エイルが率いた魔王軍の幹部……。何体居るのかはわからないが、ルーダの言葉を信じるなら自然派生の魔王ということになる。
「アンタはどうしてドレンプレルを狙った?」
「この地は侵略の歴史で成り立つ領地だ。つまり侵略を正当化出来るのだよ。数代前の領主に執事として取り入り、以来領主を裏から操らせて貰った。お陰で私の都合の良い領地になったわ!ハッハッハ!」
ルーダの語る事実にクレニエスは怒りで震えている。
「……貴様……まさか父上まで!」
「イポリッドか……。ドレンプレルの領主の中で唯一私に逆らった者……それだけではない!私を封じた魔術師めが!」
「……父上が魔術師?どういうことだ?」
「……知らなかったのか?そうか……隠していたのだったな。イポリッド・メルマーは元々ドレンプレルの者ではない。あれは養子としてメルマー家に入った男だ」
先々代のメルマー家当主には娘しか生まれなかったのだとルーダは語る。その娘と婚姻し生まれたのが長男グレス。だが、グレスが生まれて直ぐに領主の娘が病で逝去。次に再婚した相手が次男ボナートの母だ。
因みに、グレスの母とボナートの母は親類……従姉ということになる。
「元々は私の正体に気付いた先々代のメルマー家当主が密かに呼んだ魔術師よ。イポリッドはどこで学んだか知らぬが、強力な封印術を使う。そして、隙を突かれた私は封印されたのだ」
「……おかしくないか、ソレ?何でその時お前は討たれていないんだよ?それに、お前を傍に置く意味が無い」
「ハッハッハ!簡単な話だ。イポリッドは私を封じたつもりだが、封じきれなかっただけの話よ。私はイポリッドの記憶を改竄。そして疲弊した力を回復させる為に、執事に扮して力が戻るのを待った。何よりこの地が気に入っていたのだ。手離すのは避けたかったからなぁ?ハ~ッハッハ!」
記憶を改竄されたイポリッドは、メルマー家に迎え入れられた。それはルーダがやがてイポリッドに復讐をする為に仕組んだことだという。
「妻が死んだ時の悲しみようは私の復讐心を満たしてくれたぞ?だが……ある日、一人の女が現れた。それがクレニエスの母……クレナだ。クレナは一目で私の正体を看破しおった。あの感じ……存在特性に違いない」
「……母上」
「そしてイポリッドはクレナと協力し再び私に挑んだ。その際に疲弊したせいで私は二十年もの時を無駄にしたが、思いがけぬ形で封印が解けた。今回は流石に肝を冷やしたぞ?」
ルーダを封じた際にクレナは深手を負い戦士であることを辞めた。イポリッドはクレナを自らの領地に丁重に迎え入れ、やがて恋に落ちた。
だが、その時の怪我の影響に加え無理な出産で身体が衰弱。クレニエスが五歳になる頃には他界した。
二度の強力な封印はイポリッドの身体に負担を与えるものだったという。やがて少しづつ魔力疲弊が起こり肉体にまで影響が出たイポリッドは、リーア王子に召喚された戦で死亡。それはルーダの狙いではなく、まさに不運だったと言えよう。
「だけど、それでも滅びなかったんたな……アンタは?」
「フッフッフ……それが魔王よ」
ずっと感じている違和感。隠されているその答えにライが辿り着く前に、ルーダは話を打ち切った。
「もう十分だろう?大人しくクレニエスに殺されるが良い!」
「………ああ。確かに十分かな?思ったより饒舌で助かったよ」
「何だと?」
「賢者は聞きたがり、愚者は喋りたがる……意味わかるか?」
「貴様ぁ……やれ!クレニエス!」
ルーダの掛け声でクレニエスが踏み込もうとした矢先、ライはルーダに向かい飛翔を始めた。
超高速の跳躍からの飛翔。大聖霊紋章を身体に満たした概念力のそれは、纏装とは別のもの。ライ自信にも扱いきれぬ為に負担が大きい。
だが、それでもルーダの意表を付くことは出来た。反応が遅れたルーダは回避しきれず、ライの体当たりを受け上方の城壁に激突した。
「ぐはっ!……愚か者め!後悔するが良い!」
壁に埋もれた状態で杖を遠隔操作したルーダ。一連の流れは一瞬。クレニエスはまだ飛翔の準備は叶わず、ライは紋章の力の反動で動けない。
そんな状態でも、ライは確かに笑っていた。
その笑みの意味……杖の魔法が発動する直前、エニーは一瞬で姿を消した。
「なっ!て、転移だと!?」
「ハッハッハ~!残~念~!アンタの言う通り時間稼ぎだったのさ」
「わ、私が感知出来なかっただと……?一体誰が……!」
「ワシじゃよ、ワシ」
のっそりとクレニエスの傍に現れたのは翼ある黒猫……。ルーダは目を見開き固まっている。
「ま、まさか!大聖霊か!貴様はメトラペトラだな!?」
「ん?ワシはお主とは面識など無いはずじゃがの?」
「………大聖霊の中で特に人間嫌いな貴様が、何故人に加担している!?」
「長く存在すれば変わる切っ掛けもある……それだけの話よのぉ?」
「くっ……!こんな誤算が……」
ルーダといえど大聖霊相手は余りに分が悪い。半精霊体に力は格落ちしているとはいえ、理に絡む大聖霊の思考を読むことは不可能。しかも、気配を遮断する術まで持った相手……。
己の不利を悟ったルーダは、即座に転移で逃げることを選択した。
しかし、それは一歩遅かった。
既にクレニエスは【言霊】を解除している。力を取り戻したライが飛翔し、ルーダの周囲を《魔力消失》の繭で包んだのだ。
先程とは逆の立場。ルーダの顔は怨嗟で醜く歪んでいる。
「クソッ!貴様如き者が魔王たる私の邪魔を……!」
「悪いね?俺、魔王と出会して戦う運命みたいでさ?」
「一体何なんだ!貴様は!?」
「だから言っただろ?勇者だよ、勇者」
「最後まで世迷言を……!貴様が勇者の訳が……」
「はい、終~了~!」
一気に魔力を吸い上げルーダの魔力を空にしたライは、更にその身体にある魔力製造器官を破壊した。
無力化されたルーダはライに襟首を掴まれ降下し、クレニエスの前に差し出される。
「これはドレンプレルの問題だろ?後は好きにしてくれ」
「……ああ。恩に着る」
魔王を名乗るルーダの陰謀はこうして打ち破られた。
犠牲もなくエニーを救出し、ルーダを捕らえることが出来た結末は僥倖──に思われた。
しかし……ドレンプレルの魔王騒動は、まだ終息していない。
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