第六部 第七章 第十三話 シロマリとクロマリ
二体一組の聖獣『聖刻兎』の異常を治すことは、思いの外複雑な行程が必要だった。
そして……その負担がライを襲う。
「くっ………ま、魔力が……」
聖刻兎の調整に必要なのは『ロウド世界との適合』……魔力という概念を持たなかった玉兎にその概念を刻む行為は、想像以上に魔力を必要としたのだ。
そもそも聖獣は精霊寄りの性質を持つ。通常は実体化していても魔力体にも変化が可能なのだ。
刻兎と玉兎の融合による不具合はまさにそれが原因で、玉兎の身体を聖獣の性質に治す必要があった。
玉兎という存在は、異世界に於いての伝承、伝説、そして空想などがウサギに宿ったという非常に稀な存在。所謂『都市伝説』や『幻影』の様なもので、魔力とは別種の【霊力】を宿した存在だ。先ずはこれに魔力の概念を刻み固定する必要がある。
続いて魔力体と実体化の調整、更に刻兎と玉兎を同質の存在として共鳴させる。
この段階で玉兎に大量の魔力を蓄えさせねばならなかった。聖獣が誕生するに必要な魔力……しかも神獣級となると、その魔力も膨大な量が必要だったのだ。
それでもライだけの魔力で事足りたのは、異空間内ではフェルミナとムクジュ以外の各種契約が一時的に途切れていた為。結果として、ライはその膨大な魔力の大半を消費したことになる。
しかし──これで調整は成し得た。実際に刻兎と玉兎は以前よりも確かな繋がりを感じているという。
『感謝するのである!』
『感謝するでおじゃる!』
二体のウサギは歓喜のあまり花園を駆け回る。思わずホッコリと見守る一同……。
「神獣様、嬉しそうだね。良かった良かった」
「何とか上手くは行ったけど、安定するまでは時間が掛かると思う」
「そうなの?見た感じ問題無さそうだけど……」
クラリスが言うように、聖獣『聖刻兎』は一見して問題は見当たらない。
しかし、戻ってきた刻兎と玉兎の言葉はライの指摘が正しいことを証明する。
『どうやら少しの間、力は使えないようでおじゃるな』
「やっぱり……。大聖霊のクローダーでもそうだったから、もしかしてと思ったんだ。多分、安定化の為に眠りが必要なんじゃないか?」
『うむ。急いでいるというのに済まぬのである』
「まぁ、それは仕方無いさ……覚悟はしてた。それに、一応考えが無い訳じゃない」
ライの言葉に首を傾げるクラリス。
「考えって何だい?」
「刻兎も玉兎も力が使えないだろ?」
『そうであるな』
「それなら……」
ライは、試しにその身に宿す力を『波動』から『纏装』に切り換える。すると、問題なく使用が可能になっていた。
「やっぱりね……」
「どういうことだい?」
「この空間は魔力が使えなくなる訳じゃない。必要な部分にだけ魔力が働くようになっているんだろ?」
『その通りである。そうでなければ限定空間内で魔力の無駄遣いになるのである』
つまり、精霊人も実体化していなければおかしいのだ。
確信したのは塔の内部に光る魔石……異空間内には確かに魔力が利用されている。
「で、それは刻兎と玉兎が調整していた。因みに空間の維持は塔で固定していると」
『そうでおじゃる。この空間に悪人が来て暴れられても被害が少ないようにしたでおじゃる』
「だけど、今は管理者がいないから魔力は普通に使える……と思ったんだ」
聖刻兎の力が完全に安定していないことは、この異空間での管理者が居ないことを意味する。
「つまり、刻兎も玉兎も只の喋るウサギ。今なら多少の魔法も受け付ける。そこで、だ……」
ライが提案したのは『聖刻兎』の時間だけを加速する方法。時間という概念があまりない聖獣ならば一、二年の刻を早送りにしても問題は無い筈だ。
勿論……その為の魔法式を生み出す必要があるのだが、管理者が居ない今ならば意識拡大も可能。どうにか魔法式を構築できるだろう。
「一応聞くけど、フェルミナが治してやれる?」
「出来なくはありませんが、極力自己調整した方が存在には優しいんです。存在の概念に関わることですから」
「じゃあ、そうしよう。スフィルカさんやクラリス、ムクジュは『時間加速系』の魔法使える?」
全員、首を振っている。スフィルカは減速系は使えるらしいが、加速系はまだ修得していないそうだ。
聖獣ムクジュは植物操作、回復、防御という優しい存在。更なる進化をすれば分からないが、現時点では時空間魔法は使用できないという。
そしてクラリス……。
「ワタシは防御と回復、後は補助魔法しか使えないんだよ。ゴメンねぇ?」
「いや、良いよ。クラリスは……精霊人もムクジュと同じで優しい存在なんだろ?それで十分だと思う」
「………。キミは……天然かな?」
「?……天然ボケの自覚は無いけど?」
「……。うん。天然だよ、キミは」
「……………?」
クラリスの意味深な言葉に首を傾げつつ、ライは『聖刻兎』に確認する。
「安定にどのぐらい掛かりそう?」
『うむ……ちと分からんのである』
「う~ん。ま、仕方無いか」
ここまで面倒を見たのだから最後までやろうと決めている。後は術の構築と魔力補給。
分身体を生み出した際クラリスとスフィルカは驚いていたが、説明は後回しで【法則矛盾】の魔力吸収により準備を整える。
そして改めての【思考加速】──出来上がったのは限定空間内の時間を加速する魔法 《
《光陰》は球体の空間を構築し、内部の時間を加速する魔法。《加速陣》の様に対象の速度を上げるものとは違い、時間そのものを加速させる。
本来これを行えば、外界との時間のズレで異常エネルギーが発生し解除の際に暴発が起こるのだが、そのエネルギーの蓄積毎に魔力に変換させ魔法空間を維持する。それは世界の法則に干渉する魔法といっても良い。
但し、欠点もある。空間内の物は実質時間経過で朽ちる。物質は雨風もなければそうそう風化しないが、生物はそうもいかない。酸素等も空間内の分しか存在しない。
少なくとも生物は、呼吸を除いても栄養不足で瞬く間に死に絶えるだろう。
これは飽くまで『聖刻兎』の為の魔法……それ以外は攻撃魔法としての転用しか出来ないのだ。
「良し。準備は出来た……覚悟は良いか、刻兎?玉兎?」
『頼むのである』
『宜しくでおじゃる』
二体のウサギは互いに身を寄せ合い光る球体に包まれる。そしてそのまま深い眠りに就いた。
それを確認したライは魔法式を展開し『聖刻兎』へと手を翳す。そして光の玉は、更なる黒き球体に包み込まれた……。
後は魔力の消費。ライの魔力が足りなくなる前に目覚めれば重畳。そうでない場合はフェルミナやスフィルカを頼ることになる。
そうして一刻の間、魔法を展開し続けた結果──。
『気持ちの良い目醒めである!』
『こんなに満たされたのは初めてでおじゃる!』
聖獣『聖刻兎』は完全な状態へと進化を果たした。
二体のウサギが眠りから醒めた姿は以前と変わらない。申し訳程度の小さなシルクハット。色違いのタキシードにお揃いの赤い蝶ネクタイ。
但し、二体のウサギには変化もあった。
刻兎は銀の、玉兎は金の小さな腕輪をそれぞれ逆手に装着していたのだ。
「神獣様……その腕輪は?」
『これは互いを繋ぐ要である。どれだけ離れてもこの腕輪が魂を繋いで離さないのである』
「へぇ~。良かったね、神獣様」
『うむ!良かったである!』
嬉しそうな『聖刻兎』は再び花園を駆け回った。
対してライはその場に腰を下ろした後、大の字に寝転がる。
魔力大量放出の二連続は流石に精神への負担となった様だった……。
そしてライは、いつもの如く眠りへと誘われた──。
「はっ!い、今、どれくらい寝てた?」
カバッ!と身を起こしたライは慌てて周囲を見回す。そこには眠りに落ちる前と変わらぬ顔が並んでいる。
「ほんの僅かですよ?寝息を立てた次の瞬間には起きました」
「そ、そっか……」
無意識に急いでいる自覚があったのだろう。疲労は殆ど回復していない中で強制的に目覚めたといった感じの気だるさがある。
『勇者よ……感謝するのである』
『我等の魂を盤石なものにしてくれた恩に報いたいでおじゃる』
花園からヒョッコリ頭を出す刻兎と玉兎。
「別に良いよ。元々は迷子を連れてきただけだし、この空間から出してくれればね……?おっと、そうだ!異空間の外と中、どれ位時間にズレがある?」
『今は無いでおじゃるよ?』
「じゃ、じゃあ、俺がこの空間に来てからどれ位外の時間が経ったか判る?」
『大体一日と二刻といったところである』
「い、一日も……間に合わなかった……」
ライはガクリと項垂れた……。
やはり中と外での時間はズレていたのだろう。体感では半日は過ぎていない筈だったが、時間を修正した時点で一日と二刻……。
仕方無いこととはいえ、出来るだけ急ぐ必要はある。
しかし……フェルミナがそれを許さない。
「駄目です!少しは休んで下さい!」
「でも……」
「ライさんがどうしてもというのであれば、私がトゥルクに出向いて邪教全員の生命活動を止めてきます」
「フェルミナ!それは駄目だ!」
「じゃあ、ちゃんと休んで下さい……私はライさんが心配なんです。そうしてくれないなら私は……」
「フェルミナ……」
涙を浮かべるフェルミナに逆らえず、ライは諦めて塔の一室で休むことになった。
『聖刻兎』の力により外界と異空間の時間を変えられる為、ライは僅かな時間で十分な休養を取ることが出来たのは幸いだった……。
そして目覚めた時……ライの苦労に報いる事柄が発生する。
まず最初は『聖刻兎』からの申し出だ。
『勇者ライよ。我等と契約するである』
「……え?」
『我々は恩義に報いたいでおじゃる』
「凄いじゃないか、ライ!神獣様と契約なんて!」
興奮気味のクラリス。平穏だった異空間内で次々に起こる出来事に、クラリスは実に楽しそうだ。
「……。でも、この空間の管理は?」
『無論、続けるでおじゃるよ?それでも力になることは今の我々には
「…………」
『認めぬと言っても付いていくのである。異空間は何処に居ても繋がるので問題無いである』
ライはフェルミナの顔を見た。フェルミナは満足そうに微笑んでいる。
「………わかった。有り難く申し出を受けるよ」
『では、我等に名を与えるである。刻兎、玉兎にそれぞれ名を与えれば、聖刻兎には更なる存在意義が生まれるのである』
「刻兎、玉兎じゃ駄目なのか?」
『それは存在に対する呼び名でおじゃるよ。人間、動物という区別みたいなものでおじゃる』
「う~ん。名前か……」
少し悩んだ末、ライは刻兎を『黒毬』、玉兎を『白毬』と名付けた。
『吾輩がクロマリであるな』
『麻呂がシロマリでおじゃるな』
「うん。モフモフの毬の様で可愛らしいかと……」
二体のウサギは再び花園を駆け回る。どうやら御満足な様子。
『では、主よ!』
『契約を交わすでおじゃる!』
契約魔法陣を展開し契約は滞りなく終了。しかし……ライの腕には聖獣の数が刻まれず、アグナの紋章のやや上部に月の紋章が新たに刻まれた。
聖獣『聖刻兎』との契約は想定外の結果だが、時空間の力に長けた者が少ない現状を大きく変える力になる──。
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