第五章 第五話 勇者フォニック(裏)②
円座協議会場。予定通りキエロフの『護衛役』として同行したライは、会議の動向を見守っていた。
もし国王が考えを改めるならこのまま何もせず物資不足の対応をすれば良いと考えていたのだ。
しかし……。
「トシューラ国から更なる支援要請があった。折角の円座協議だ。この場で決を取りたいと思う」
「国王様!これ以上はシウトが疲弊してしまいます!私は賛同出来ませんぞ!」
「えぇい!それは円座協議で決めれば良かろう!」
まるで円座協議を狙った様に再支援を提案するシウト王・ケルビアム。キエロフの調査ではトシューラ国から王都に書状は届いていない筈。つまり、他の何者かの手引きであることは間違い無い。
更に問題なのは他国にシウトの情勢が駄々漏れなことである。これは今後、シウトにとっての害にしかならない。
「では決を取る!トシューラ国への支援に反対な者」
ティムの情報通りキエロフ派六名が手を上げる。宰相キエロフ、王妃シンシア、ノルグー卿レオン、ディルモア卿、デルテン卿、エグニウス賢人。彼らはキエロフのことを支持している者達である。
「賛成な者はどうか」
ケルビアム王、フラハ卿、トラクエル卿、ルード卿、ピエトロ公爵の五名が挙手。王自身を除けば皆、王に取り入っている者達だ。
「挙手していない者はどうした!」
「お言葉ながら、易々と決めるべきものではないかと」
手を上げなかった者の一人、トゥインク卿が意見する。しかし、その煮え切らない姿勢をフラハ卿とトラクエル卿が責め立てる。
「ほう?ならばトゥインク卿はトシューラ国が魔族に敗れても構わんと?トシューラ国は我々の壁となってくれているのに……」
「支援が遅れれば遅れる程、それこそ我が国への危機が迫る。トゥインク卿はその際、最前線に立たれるのですな?」
「し、しかし……」
まだ渋る諸公に半ば恫喝じみた王の声が上がる。これは本来ルール違反であるが、愚王にはそんな思慮など既に無い。
「えぇい!いい加減にせぬか!もう一度問う。支援に賛成な者は?」
前線に立たされる……この言葉は中立派を強制するには充分な響きである。一瞬キエロフを見た後、トゥインクを含む中立派が手を挙げようとしているのは誰の目にも明らかだった。
その刹那、キエロフはライに視線を送る。ライは小さく頷き素早く【幻影の剣】に触れ幻術を発動した。
「クックック……どうやら間違いないようですね」
突然、会議場に不気味な声が響き渡る……。元老院議員達はキョロキョロと視線を動かしその声の主を探した。すると、一同が円座している丁度中心に黒くヌルリとした影が出現。床から這い出すように浮かび上がった……。
途端、その場の者達は思考が停止した。異形の存在の出現……明らかに禍々しいそれは一つの言葉に繋がる。
魔族──。
長年魔族の侵入を許さなかった王都ストラトでの異常事態……と言っても、そう感じていたのはキエロフ派以外の者達だけである。全て予定通りだった。
それからのライは大忙しだった……。
【魔族キーフ】を操り、勇者フォニックの分身を創り出し、自らは姿を消した。そしてケルビアム派の元老院議員達を幻術で消した縄で縛り上げる。
勿論、キエロフ派の人間は誰も縛られていない。動けないのはフリ……つまり演技である。
(皆、役者だねぇ……さてと)
キーフの幻影を操り掌を向けると、打ち合わせ通りディルモア卿が苦しみ出した。しかし、その演技はお世辞にも見事とは言えない。この状況であるからこそ気付かれずに済んでいるレベルである。とはいえ、領主様に『演技力』を求めるのは少々酷な話……。
「貴方はご存知ですか?」
「グッ!ぐうぅ!」
この瞬間、ディルモア卿の従者が【幻影キーフ】に斬り掛かった。勿論打ち合わせ通りの行為なのだが、ここで従者さん迫真の演技。予定では【キーフ】の振り払う仕草で倒れるだけだったのだが、見えぬよう風魔法を自らに当て壁まで吹き飛んだ。コレにはライも一瞬固まった。
(む、無茶するなぁ、あの人……。あ……ヤバイ。あまりの事にディルモア卿が素に戻ってる……)
ライは慌てて周囲の意識をキーフに向けさせる。
「やれやれ。ワタクシは魔王軍を騙る痴れ者に用があるのですが……」
キーフの動きに合わせてケルビアム王派の議員ピエトロ公爵を“見えないライ”が殴り倒す。そこには個人的怒りが籠められていた。
この協議前、キエロフの護衛として追従したライ(フォニック)はピエトロ公爵に散々絡まれたのだ。キエロフへの嫌がらせのつもりだったのだろう。しかし、それが運の尽き……自業自得なり……。
更にライは、駆け寄った従者の手を掴み電撃魔法を見舞う。完全な不意打ちでビクンと痙攣したのを確認し満足げなライ。しかし、その邪悪な勇者の笑顔は場の誰にも認識されることはない。
そんな小細工もここまでやれば充分だった……。
ケルビアム王派の議員は縛られている事に気付かず恐怖で混乱し、王が喚いても衛兵は事前の命令通り動かない。あとはフォニックの登場で流れは確定する。
そして前代未聞の護衛騎士を含めた大人数円座協議開催──王を糾弾し、キエロフの存在の重さを再確認させ、トシューラ国への支援を打ち切る決議を成したのだ。
この会議で国賊も既に特定している。後はキエロフとティムの仕事。出来ればキエロフを支える優秀な補佐官が欲しいのだが、今回は取り急ぎの為仕方あるまい。
そんな今回の会議。最優秀助演男優賞はディルモア卿の従者・カトル君である。彼は自ら血を流す程の演技をやり遂げたのだ。主の大根役者振りを打ち消す名演技……後で金一封を進言しようと決めたライであった……。
しかし、まだ問題は残っている。
それは『勇者フォニック』の存在……大々的にクローディア王女の後見人を名乗った以上、ストラトから無暗に離れる訳には行かない。とはいえ、ライ自身は王都に縛られるのは御免だった。
そこで考えたのが父ロイの代役である。身長や体格は今のライとほぼ同じ父。これを利用しない手は無いだろう。ごねる可能性もあるが、報酬として【幻影の剣】を渡しておけば丸め込めると確信していた。
だが、それは飽くまで一時的な代役。本命はノルグーの騎士、レグルス君である。
実はノルグー卿レオンにはレグルスを借り受けたいと相談を持ち掛けていた。まだ若輩とはいえ聖騎士の素質持ちであるレグルスなら、フォニック役に相応しいだろうと判断したのである。
勿論……現在のレグルスはかなり弱いので、エルフトの街でマリアンヌに修行をつけて貰ってからロイと入れ替りをして貰う計画だった。
これらの計画はティムと相談したものである。『勇者フォニック、超面倒臭い』と考えたライは、とにかく誰かに擦り付けたかった。それがロイでありレグルスであることは、当人達も露程も知らぬだろう。
「勇者ライよ……本当に助かった。礼を言わせて貰うぞ」
「いいえ。キエロフ大臣こそ本当にありがとうございました。あなたが居なければ、最悪戦争が起こったかも知れません」
今、ライはキエロフの館にいる。場には館の主キエロフとその執事、そしてライ、ティム、ロイ、ノルグー卿レオンが揃っていた。
「これでしばらく大丈夫だろう。しかし、まだトシューラ国と繋りある者の掃除が残っている。ノルグー卿……協力願えますかな?」
「わかりました、大臣。直ぐ様準備に取り掛かりましょう。ライ君。君にはアニスティーニとドラゴンの件での礼もある。レグルスのこと、確かに承った」
ノルグー卿レオンはライと固い握手を交わす。レオンは武に長けた者と聞いている。しかし、実に柔和な笑顔の渋い色男だった。
「レグルス君は納得しますかね?」
「何……アレもノルグーの騎士だ。主命には逆らわんよ。それにドラゴンの件で君に負い目があるらしいから挽回の機会を与えてやりたいのだ」
「ありがとうございます。ノルグー領は私にとって縁深き地になりました。またお伺いさせて頂きます」
「そうだな。我が子らも喜ぶだろう」
何故に『我が子?』と首を傾げていると、レオンから確認があった。
「ああ……あれらは説明していなかったか。フリオとレイチェルは我が子らだ」
「え!一言もそんな話は……」
「まぁ、事情があってな……。機会があれば何れ話そう。それではまた」
レオンは一礼し颯爽と立ち去った。
それにしてもフリオとレイチェルがノルグー卿の子息とは全く気付かなかったライ。事情が気になるが、先ずは今後の相談である。
「大臣。私はまだ旅の途中……。しかし勇者フォニックが不在という訳にはいかないので、一時的に父に代役を頼もうと思いますが……宜しいですか?」
「うむ。勇者ロイならば実力的にも問題は無いだろう。仮面にしたのはその為か……ハハハ。相変わらず食わせ者だな」
「ハハ……。ノルグー卿に依頼した者が修行を終えればその者をその後のフォニックとして頂きます。と、同時に父を大臣の副官にして頂ければ幸いです」
この言葉でロイは息子ライを見た。勇者では無くなるが安定した厚遇を受けられる。悪い話ではない。
「ライ。父さんは……」
「父さん。今の大臣には信頼できる実力者が必要なんだ。ティムはしばらく物資対策や情報網の創設をして貰わなくちゃならない。それに、父さんが王都にいれば母さんも安心するから……頼めないかな?」
【幻影の剣】、白い仮面、白い鎧を父に手渡すライ。ロイは代わりに自分の長剣をライに手渡した。魔導具ではないがそれなりの名刀らしい。
「わかった。私もとうとう『旅の勇者』卒業だな」
ロイはライから受け取った装備に身を包む。少し高揚している様だったが堂々と一礼して部屋を出て行った。部屋の外から『ヒャッホー!』と聞こえたのは空耳だと思いたい……。
「さて……ここから本題です。エノフラハで何か良からぬ画策が動いているらしいのですが……ティム、どうなってる?」
エノフラハの女店主レダとの連携については、既にティムに話を通していた。連絡用の通信魔導具をレダに届け連携を始めていると聞いている。
「ああ。フラハ卿の動きが怪しかったから追跡をかけていたんだが、エノフラハに潜んでいる貴族ってのは十中八九はフラハ卿だろうな」
「うぅむ……トシューラの間者はトラクエル卿とフラハ卿の二名。国境警備の要・トラクエルはノルグー卿が対応することになっている。フラハ卿は王都から派兵せねばなるまいな……今まで情報が手に入らなかったことが由々しきことだと改めて感じる」
またしてもライの功績、とキエロフは考えた。しかし、実際の功績はフリオの名とティムの交渉能力の部分が大きいだろう。何せティムは発掘屋組合との協力関係にまで漕ぎ着けたのだから。
「ともかく何かあるかも知れません。大臣……私はエノフラハに向かい探りを入れます。念の為一番近い街に精鋭の兵を配置して下さい。そして出来れば民には訓練と伝えた方が良いですね……フラハ卿討伐目的であることは隠した方が不安が少ないかと」
「わかった。色々と気苦労を掛ける。ティム殿も宜しく頼む。私はトシューラ対策と即位の準備もせねばならぬのでな」
「わかりました。失礼します」
話し合いの後、キエロフの館からノートン商会倉庫に移動したライとティム。父は今頃、母と今後の相談をしている頃だろう。
「で、どうする?」
「どうするって言われてもなぁ……エノフラハは危機的な状況なのか、ティム?」
「う~ん。少なくとも今回の会議で追い込まれたことは自覚している筈だぜ?逃げるか謀叛か図々しく居座るか……まあ、シウトの領主という地位を捨てられる度胸があるかは別だがな」
フラハ領は王都ストラトやノルグー程ではないが、領土としてはかなり栄えている。但し、治安が今一つな土地柄で犯罪が横行しているのだ。
その原因はフラハ卿自身にあるとティムは語る。治安維持に務めることは無く、寧ろ領主自らが犯罪を行っているのだと。それがトシューラ国からの指令なのかフラハ卿の本性かは判らないが、間違いなく現在のフラハ卿はシウト国にとっての膿である。
「とにかくフラハ領……エノフラハに行って確認するしかないか。父さんに【幻影の剣】渡しちゃったのは失敗だったかも」
「一度エルフトに行ってまた創って貰えば良いじゃんか?」
「エルフトまで行くと時間がなぁ……、仕方無い。エノフラハで何か探すか……そこで、この鎧だけど本当に貰って良いのか?」
倉庫内にはティムが用意して使用されなかった鎧が置いてある。白銀に見事な装飾が施された鎧はキズ一つ無い新品だ。
「大臣が資金を用立ててくれた物だからな。それを着て行くのか?」
「うんにゃ?売り飛ばそうかと……」
「……おい」
「だって、目立つだろ……こんなの着てエノフラハ歩いてたら身ぐるみ剥がされるわ!」
大通りから道を逸れると治安が一気に悪くなるエノフラハ。目立つことは避けたい以上、豪華な品など不要品でしかない。
「ハァ……鎧は置いてけ。代わりに金出してやるから」
「マジで?」
「まあ大臣からも対策の金も出して貰ってるからな。但し、そこまでの大金は出せないぜ?」
「充分だよ。今回は一人で行くから」
その言葉で目を丸めたティム。それはつまりフェルミナを置いていくということに他ならない。ライにベッタリだったフェルミナが納得するだろうかと疑問に感じたのだ。
その疑問の答えをライは事も無げに口にする。
「大丈夫だよ。このまま行くから……大体、連れていける訳無いだろ?人攫いまでいるって話なのに……」
確かにフェルミナの容姿では直ぐに人攫いに狙われるだろう。しかし、それでもライの後を追わないとは限らない。
「約束したから心配ないさ。それにフェルミナには母さんから色々学んで欲しいんだ」
「いや……お前が良いってんなら構わないけど……」
「今回の騒動が終わったらしばらくエルフトで修行するつもりだ。その時はフェルミナも連れて行くから少し我慢して貰う」
ティムの知るライはここまで活動的ではない。半ば巻き込まれているとはいえ随分と印象が変わったものだと感心しているティム。
いや……燻っていただけでこれこそがライの本来の姿なのかも知れない──そう考えていたティムはとんでもない間違いだ。
【後の面倒を減らす為なら、今の面倒を喜んで受ける】
この矛盾としか言えない思考こそがライの行動原理である。一見して効率的思考だが、後は後で問題が幾らでも発生すると気付かない辺りが残念な点であろう。事実、ライには現在に至るまで問題が連鎖的に起こっている。
「じゃあ行ってくる。ノルグー卿から馬の継続借り受けも承諾して貰ったし二日もあれば到着する筈だ。用がある時はレダさんに連絡してくれ」
「わかった。気を付けてな」
「……………。ヘヘッ。ティム。俺、戻ったら夢があるん……」
「やめろ━━━━!!!」
一瞬、ライの背後にドクロの描かれた黒い旗が見えたティムは思わず力の限り叫んだ。対照的にライは爽やかに笑っている。
「ティム。俺、帰ってきたら結こ……」
「うわぁぁぁっ!!やめろよ!何で言った?何で二回も言ったよ?」
「大丈……夫だ。ここは俺に任せて先に……」
「まだ言うか!まだ言うのはこの口か!」
往復ビンタをされているライはヨダレを垂らし白目を剥いている。どうやら相当に疲労が溜まっていたらしい。怪しい発言もそれが原因の様だ。
考えてみれば一人でフォニックを演じている間、幻覚魔法を使い続けていたのだ。魔石による補助が加わっているとはいえ、精神的疲労は相当なものだった筈である。
そして最後に、白目で頬を腫らしたライは口を開く。
「……何だか……疲れたよ、ティム。凄く眠いんだ……。大丈夫、少し眠るだけさ……後は頼ん…だ……ぜ」
「衛生兵━━━━っ!!」
その後ティムの店秘伝の魔力回復薬を口に流し込まれたライは、一見元気そうに旅立って行ったという……。
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