第五章 第四話 勇者フォニック(裏)①


 ノートン商会の倉庫。そこに顔を並べるライ、ティム、ロイの三人。締め切りの倉庫内でランタン一つの明りが照らしている。


「まさか国王が……」

「気持ちは分かりますよ、おじさん。でも忠義を誓っている訳じゃないんでしょう?」

「そうは言っても恩義というものがあるんだよ、ティム君……」


 シウト国専属の雇われ勇者であるロイは、当然国王とも面識がある。小さいながらも安定の暮らしが出来ている以上、王家への義理があるのだ。


「王家への義理を考えるなら今の王を退位させることこそが王家の安泰に繋がるんです。事実、王妃は納得してくれていますし」

「うぅむ……しかしな……」

「父さん。キエロフ大臣に任せれば給料上がるよ?多分だけど」

「よし!王の退位に賛成だ!」

「………」


 ティムはライとロイとを見比べる。似た者親子……しみじみとそう感じざるを得ない……。


「で……今後だけど……」


 予定では、ティムの提案により『勇者フォニック』に扮したライがお得意の演技力で元老院議員を取り込むことになっている。しかし、ライは計画の一部を変更したいと申し出た。

 どれ程真に迫った演技をしようと、始めから懐疑的な人間は誘導出来ない……そのことをライは知っているのだ。


「そこで、勇者フォニックに真実味を持たせる為に魔族さんにご登場をお願いしました~」

「魔族さんてお前……一体どうやって……」

「こちらが魔族のキーフさんで~す」


 紹介する様に手の平を横に向けたライ。その後ろには黒いローブに身を包む異形の存在が佇んでいた。それに気付いた途端、ティムとロイは一気に倉庫の壁まで後ずさる。二人とも実に見事な速さだった……。


「お、おい!ライ、ヤベェって!!」

「キ、キサマ!さてはライじゃないな?正体を現せ!!」


 ロイの言葉に苦笑いするしかないライ。一瞬、本気で落ち込みかけたのは内緒である。


「大丈夫だよ。これは幻覚だから」


 ティムとロイは互いの顔を確認し、恐る恐る異形の存在に近付く。動かない【魔族キーフ】に触れようと手を伸ばした途端、【魔族キーフ】は“ぐりん”と首だけを二人に向けた。硬直した二人は口をパクパクとしていた為、ライはとうとう我慢出来ずに笑い出した。


「だから幻覚だってば。だからこんなことも出来るよ」


 途端にコミカルな動きで踊り出すキーフ。見た目の不気味さに反して実に滑稽な動きである。

 改めて触れようとしたロイの手はキーフに届いた瞬間すり抜けてしまった。


「本当に幻覚かよ……。それにしても凄いな……本物にしか見えないぜ」

「うぅむ……全員が同じものを見るなんて、どれだけ高度な術か分からんぞ?お前、そんな術まで使えるようになったのか……」


 通常の幻術……幻覚魔法は脳神経に作用して幻を見せる。そちらは大まかな指定は出来るが、姿形だけでなく行動まで複数人同じに見せるのはほぼ不可能。つまり、今起こっている幻覚は神経干渉ではなく投影幻術。上位魔法の部類だ。


「俺が使ってるんじゃなくてこの剣の力だよ。思った以上に性能が良いんで色々試してたんだ」


 【幻影の剣】──ラジック作製魔導具の一つであるそれは、特殊な魔石が幾つも柄に埋め込まれている剣だ。刀身はただのショートソードだが籠められた幻覚魔法の性能は並外れて高い。


「そして、こんなことも可能」


 刀身をスラリと抜き放ち魔族の幻影を消す。と同時に、ライの分身があちこちから現れた。


「おぉ!スゲェ!……けど気持ち悪いな」

「ライ……父さんもその剣欲しい」


 刀身を納めると幻影が全て消え失せた為、改めて倉庫の広さを感じる一同。取り敢えず父の意見は無視して話を続けることにした。


「円座協議の場にはこの剣の力を使って【魔族キーフ】君に登場して貰う。それを仕止めた演出をすれば、信憑性を上げられるだけでなく恩売りも出来るだろ?」

「流石はライ。悪よのぅ」

「人聞きが悪いな、ティム。これは注意喚起だよ?実際、魔族からすれば勝手に名を騙るトシューラ国は目を着けられてもおかしくない。ましてやウチの国から物資が流れる先は魔族とやり合っているアステ国なんだし、因縁吹っ掛けられるには充分だろ?」


 その言葉で納得したのか、ティムは感心する様に頷いている。しかし、幻術だけで大丈夫なのかはまた別の疑問の様だ。


「で、ティムには大臣を通じて仕込みを頼みたいんだよ。円座協議での協力者が欲しいから」

「具体的にはどうしたら良い?」

「まず協議会場の出入口の衛兵をキエロフ大臣直属の兵にすること。中で騒ぎがあっても内側から扉が開くまで動かない様にして貰いたい。あとは……信用できる諸公と王妃にも話を通しておくべきだろうな……流石に幻影で驚かせるのはマズイだろう?」


 そこでそれまで沈黙していたロイが口を開く。


「で、私はどうしたら良い?」

「ん~……父さんには後で沢山仕事があるんだ。それまでは家で休んでて良いよ。ただ、後で大臣とは会って貰う」

「それはどういう……」

「ヒ・ミ・ツ!」


 ライは可愛く言ったつもりだろうがとても気持ち悪かったらしく、ロイは硬直してしまった。そんな父を放置して話を続けるライ。


「ティム。元老院議員の内情はどんな感じなんだ?」

「キエロフ派が六、国王派が五、無所属派が四だ。数の上では勝ってるけど、問題は無所属派をどれだけ取り込めるかで流れが変わる。今はそれで動いてる最中さ。何とか円座協議開催までは納得してくれたみたいだけど、そこから先は難しい舵取りになりそうだ……」

「じゃあ、より危機感を高める為にキエロフ派で信用出来る人にも演技協力して貰おう。あと、ノルグー卿って来てる?」

「昨日到着してる。大臣に頼めば会えると思うぜ?」

「よし。じゃあ大臣と打ち合わせして仕上げだな。ちょっと行ってくる」


 今のライは鎧を着けていない。簡素な服装だが不敬な服装でもないので、門前払いにはされないだろう。


「そういや俺も鎧を用意しといたんだけど、今回は使わないのか?」


 ティムは勇者フォニック用の鎧と兜を用意してくれていたらしい。しかし今回は不要である。


「折角だからそれは後で使わせて貰うよ。今回は【愛用っぽい】装備の方が良いだろ?兜も鎧も合わせた方が良いし」


 ライの用意した鎧の方が幾分使い込んだ感があるのに対し、ティムの用意した物は真新しい。ライの物の方がより現実味を感じる筈だ。




 その後、更に数日を掛け打ち合わせを行い円座協議当日に至る。『本当の勇者フォニック』が登場する歴史的舞台は整った。あとはライの演技力次第……。


 シウト国の命運を左右する政争の火蓋は遂に切って落とされた……。



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