第七部 第十章 第四話 ウィステルトとの旅路


 家族であるルチアとの別れを選んだウィステルトは悲しさで一頻り泣いた。ただ無言でその身体を撫でつつ寄り添っていたライは、ウィステルトの心が落ち着いた頃改めて問い掛ける。


「……ウィステルト。お前はこれからどうしたい?」

『…………』


 ウィステルトが帰るべき家にはもう誰も居ない。しかし、他に当ても無く目的も失った。ウィステルトは自分でもどうすべきか迷っている様だった。


「お前が嫌じゃないならウチに来ないか?」

『ライの……家?』

「ああ。ウチにはまぁ……ウィステルトと似たようなのが沢山居るからさ。勿論、モーリスさんやルチアさんの代わりにはなれないけど……でも、やっぱり一人は寂しいだろ?」

『……うん』

「それにな? 先刻さっきは“最後になるかもしれない”って言っちゃったけど、ルチアさんがウィステルトを大切に思っていたことが分かった。なら、また会うこともできると思うよ」


 ライの言葉に反応したウィステルトは垂れていた耳をピンと起こした。


『また……ルチアと会えるの?』

「今回みたいに人の姿なら……ね。でも、出来れば今度はウィステルトが自分の力でやれるようになって欲しい」

『…………?』

「ウィステルトみたいな魔物はね……成長すると人の姿を取れるようになる。そうすればルチアさんにも迷惑が掛からないで会えると思う。でも、その為にはもっと強くなる必要があるんだ」


 ルチアが自分の人生の為にウィステルトを煩わしいと考えていたならば別離する方が互いの為だとライは考えていた。しかし、ルチアはウィステルトの自由を縛らぬ為に距離を置こうとしたことが分かった。

 そこに家族の愛があるならば二度と会えぬのはルチアにとっても辛いこと……再会できるのは悪い話では無い筈……。


 事実として種族の違いを人の心が超えられるかは分からない。しかし、ライにとってははどうでも良かった。


「ウチにもウィステルトと同じ様に家族の傍に居たいと頑張ってる子達が居る。きっと色々教えて貰える筈だよ。それに……」

『それに……?』

「遠くから見守ることはいつでも出来るだろ? いつかウィステルトが自分の力で会いに行けるまで、時折様子を見に行けば良いんじゃないか?」


 ウィステルトにとってライの言葉は大きな希望となった。いつか【本当の別れ】は来るかもしれない。でも、その時が訪れるまでルチアと会えるのならば……答えは既に決まっていた。


『本当に……ウィステルトにできるかな……』

「できるさ。家族想いのお前なら、きっと」

『うん! じゃあ、ライのところに行く!』

「良し。それなら直ぐ城へ……といかないんだった」


 トシューラの結界が張り直された今、転移魔法は阻害されていると考えるべきだろう。結界自体は然程の強度ではないが、戻る為に一度、再訪する為に更に一度破れば流石に本格的な対応を取られ兼ねない。

 下手をすればその異変を狙ってアバドンがトシューラ国を標的とする可能性もある。現在の対策具合でそれが起これば確実に犠牲は大きくなる。


「……。仕方が無い。クロカナの力で結界を飛び越えるか」

『待て』

「何ですか、カブト先輩?」

『折角だ。利用できるものは利用せよ。その方が互いの為となろう』

「……? 何の話ですか?」


 ライの胸元から離れウィステルトの額に貼り付いた蟲皇は念話で問い掛けた。


『我が名は黄金光おうごんこう蟲皇之尊ちゅうおうのみことという。ライの師だ』

『シダ……?』

『先生ということだ。そして契約精霊でもあるが、そのことはどうでも良い。ウィステルトと言ったな……お主、ライを手伝う気はあるか?』

『うん。手伝うよ』


 ウィステルトは内容も確認せず即答した。


『……。では、その前に一つ聞く。お主は何故ライを信じた? 突然現れたをどうして受け入れたのだ?』

『始めは怖かったけど、ライの声が優しかった。それにモーリスが言ってた。“相手の目の奥にある光を見ろ。そこから感じれば考えが読める”って。だからライの目を見た』

『それで信じたのか?』

『うん。何かライの目を見てたら全身がフワッと温かくなったんだ。奥にはお陽さまが見えた。だから任せて良いかなって』

『そうか』


 ウィステルトは野生由来にしてモーリスから学んだ【見抜く目】があり、それがライの本質を感じ取った……ということらしく、蟲皇も得心がいった様子だ。


『では、ウィステルトよ。しばしライに力を貸すのだ』

『何をすれば良いの?』

『我等を乗せ走れば良い。行き先はライが示す』

『うん。わかった』


 トントン拍子に進むウィステルトの協力話だが、当のライは置いてきぼりにされ頬を搔いている。


「カブト先輩……」

『拒否権は無いぞ?』

「いや、でも……」

『お主は少し休むことを覚えよ。能力はクロカナから引き出しているとはいえ遠隔で繋げるのはお主の契約印魔力……あまり多用すればやはり疲弊する。何より、ウィステルトの速度であればクロカナの《短距離加速転移》と同等の速度が出ている筈だ』


 小型の転移門を連ねその中を加速してゆく時空間精霊クロカナの能力は、転移と加速を交互に行い移動する。驚くべきことにウィステルトの脚はそれにほぼ並ぶ程の速度を見せていた。


『戦わせる訳ではない。今後お主はウィステルトを家族として見るのだろう。ならば頼ることだ。得手があるにも拘わらず頼られぬことは不満に繋がる。家族ならば尚更……お主とてそうだろう?』

「…………」


 それは大地精霊コンゴウに言われたことにも通じていた。


 守られるだけ、見ているだけの存在であることを望む者は居ない。ましてや親しき者の為に何もしないことは苦痛となる。

 ウィステルトとはまだ知り合ったばかりだが、きっとこの先はライの影響を受けるだろう。結果としてウィステルトがライに頼りきることになっては駄目なのだ。


 だからモーリスはそうならぬようウィステルトに狩りを教えた……同じ様にライも周囲に行動をさせるべきだと蟲皇は口にした。


『これはウィステルトが己を知ることにも繋がる【試し】と思え』

「……分かりました」


 これまでの忠告の中で最も重みのあった蟲皇の言葉にライは納得し従うしかない。


「悪い。ウィステルト。手伝ってくれるか?」

『悪くないよ。ウィステルト、お手伝い好きだもん』

「ありがとう」


 白色の体毛に覆われた首元を撫でるとウィステルトはゴロゴロと喉を鳴らした。


『ウィステルトは何をしたら良いの?』

「この国を回る助けをして欲しいんだ。その背中に乗せて走ってくれるか?」

『そんなに簡単なことで良いの?』

「ウィステルトには簡単でも皆には大変なことなんだ。だから頼むよ」

『わかった』


 体を伏せライ達が乗ったのを確認したウィステルト。ライはその背を優しく撫でる。


『ただ走れば良いの?』

「目的地へは誘導するから、なるべく人里を避けて欲しい。ウィステルトが疲れたらいつでも言ってくれ。その時は休もうな」

『ウィステルト、何日走っても疲れないよ?』

「そりゃあ心強い。じゃあ、頼むよ」


 《千里眼》を使用しアバドンが侵入可能な経路を確認したライは《感覚共有》にて位置情報を共有。脳内に流れた情報に驚いたウィステルトだがすぐに適応して見せた。 


『変な感じだけど面白いね』

「気持ち悪くないか?」

『大丈夫。じゃあ行くよ?』


 視界の端にはコンパスの如く行く先へと矢印が向いている。目的地へ向かって踏み出したウィステルトは……まさに風のように加速した。


 その背に乗っているライが驚く程にウィステルトには振動が無かった。旗がそよ風になびく……または緩やかな川を流れるとでも表現すべき感覚。巨体を持ちながらこれ程に柔軟な移動が可能なのかというのがライの感想だった。

 だが……それは飽くまで振動の話である。実際は猛烈な風が正面から吹き荒んでいた。纏装使いのライにとっては問題は無いが常人ではとっくに風圧で振り落とされていただろう。


「凄いな、ウィステルト。先刻さっきもそうだったけど本当に速い」

『全力じゃないけどね』

「そういえば全力で走ったことあるのか?」

『ないよ。モーリスに駄目って言われたから』

「あ〜……まぁそりゃそうか」


 先程までのウィステルトは焦りで速度を上げていたが全力ではなかったことになる。只でさえ衝撃波が発生しているのだ。モーリスはそれを知っていたからウィステルトに制限を掛けていたのだろう。

 しかし、そうなるとウィステルトの全力がどこまでのものか知りたくなるのが人情である。


「問題は衝撃波と地面の破損かな……。ウィステルトが全力で走ると地面はどうなる?」

『少し爪痕が残るけど壊れたりはしないよ?』

「つまり、踏み込みに関しては被害が出ないのか……。衝撃波にだけ気を付ければ良いのなら」

『……?』

「ああ、そのままそのまま。少し作業するけどウィステルトは気にしないで走って」


 そう伝えたライは空間収納庫から燐天鉱を取り出しブツブツと独り言を始めた。やがて考えが纏まったらしく小さく頷くと、燐天鉱を《物質変換》し神具の作製を行った。

 完成したのは人の胴が包める大きさの二つの足環あしかん。ウィステルトには一度脚を止めて貰い両前脚に装着許可を貰った。


「動きにくいとか無いか?」

『大丈夫だけど……これ何?』

「ウィステルトが全力で走っても大丈夫なお守り……かな?」

『全力で走って良いの!?』

「ちょっと試してみて大丈夫ならね。そしたら普段も好きなだけ走れるようになる。早速試してみようか」


 再度ウィステルトの背に乗ったライは先程の速度で移動しつつ神具の説明を始める。


「足環はウィステルトの気持ちに反応する。幾つか機能はあるけど一番の目的は“全力で走りたい時の影響操作”かな」

『あんまり難しいとわからないよ』

「その内分かるようになるとは思うけど、まぁ簡単に言うと【見つからない様に走れる】【被害が出ない様に走れる】【被害が出ても構わない様に走れる】に使い分けができる」


 ウィステルトの為だけに作製したその神具の効果は一言で言うならば【衝撃操作】である。


 【見付からない様に走れる】は音も含め全ての衝撃を消す機能。派生した衝撃はウィステルトの足環神具の魔法式にて吸収。生まれたエネルギーは神具の魔石に蓄積される。

 使用している魔石は片側七つ──内五つがエネルギーのストックとなるが余剰分は《魔力変換》されウィステルトへ還元される仕組みだ。


 範囲内全ての音を消すだけでなく《認識阻害》の効果も付けてある完全隠密機能。但し、隠密機能は走らない場合は解除される。


 【被害が出ない様に走れる】も基本は同じ。周囲へ風の影響や衝撃波が伝わらない構築だ。


 【被害が出ても構わない様に走れる】は衝撃波に指向性を持たせる効果である。これは今後ウィステルトが会敵した際に必要となる。

 魔石にストックされたエネルギー分の衝撃波はそのまま攻撃として使用もできる。また走行しながら衝撃波を発生させた場合、そのベクトル操作も可能となっていた。単発で巨大なものから連発で弱めのものまで魔法の様に放てる謂わば自衛用機能だ。

 

 衝撃波を用い敵となったものを排除する……その機能が今後必要となるかは分からない。だが、万が一そうなった際この機能はウィステルトの身を守ることに繋がる。それはライなりの思いやりとして考えたものだった。

 


 

 

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