第二部 第四章 第二話 過去からの厄災


 海王の体内を進む勇者と大聖霊。呼び掛けてくる声の方へと向かうその途中、様々な船を見掛けることとなった。


 船の年式はバラバラ……破損状態も法則性が無く、古い船がほぼ完全な形で残っていたりと奇妙な光景だった。

 時々船を物色し貴重品……あわよくば魔導具を探して見たのだが、何の機能もない小さな腕輪を見付けることが出来たのみである。


 道すがら《感知纏装》を張ったまま移動したことが功を奏し、魔物の襲撃は事前に察知し対応することが出来た。先刻の様に大群が押し寄せることは無く、殆どの魔物は《雷蛇》により殲滅……遮られること無く進んで行く。


「長いっすね……どこまで続くんでしょう?」

「まあ、この巨体じゃからのぅ……しかし、そろそろ何か見えて来ても良さそうじゃがの」


 体内を照らすのは魔法の光であり、日の傾きによる経過時間が分かない。感覚では二刻程は過ぎた気がする。恐らく外は夜中ではなかろうかとメトラペトラは言った。


「メトラ師匠でも時間はわかりませんか?」

「ふぅむ……海王の中は少々感覚が狂うのじゃよ。外と隔絶された結界の様な……恐らくそんな力があるんじゃろう……」


 海王を内側からの魔法で傷付けることは出来ないだろうと告げたメトラペトラ。が……バベルの結界の様に大聖霊を封じることに特化しているなら別だが、メトラペトラには【概念の力】がある。その気になれば破ることは容易だと胸を張っていた。


「そんなことにはならないで欲しいですけどね」

「わかっとるよ。飽くまで最終手段じゃ」

「にしてもあの魔物は何なんですかね?」

「さてのぅ……ただ」

「ただ?なんですか?」


 何やら言い淀むメトラペトラ。気になることがあるらしい。


「恐らくあの魚は元々、魔物ですらないじゃろう。他の生物を支配し操る植物の魔物……以前話したのぅ。覚えておらんかぇ?」

「植物の魔物……ま、まさか【夢傀樹】ですか!滅びたって言ったじゃないですか!」

「その筈じゃったんじゃがの……今も確証は無い。が、可能性はある。もし鳥の魔物などが【夢傀樹】の種を食していてそのまま海王に飲まれたならば、内側で開花したやも知れんからの」

「そ……それじゃ外にも……」

「いや、それは無かろう。夢傀樹を倒した際、念入りに探ったらからのぅ。神聖国がわざわざ夢傀樹を探す為だけの探知魔法まで生み出したんじゃ。見逃すとは思えん。海王の体内は先程も言った様に外界と遮断されておる。じゃから見付からなかったのじゃろう」


 もし……夢傀樹が海王の中に存在しているのならば、何としても殲滅しなければならない。外に出れば間違いなく大変な事態に陥る。魔王が台頭している現在、夢傀樹が解放されれば三百年前の再現宜しく大混乱になってしまうのは目に見えていた。


「……海王が封じてくれていた、と考えるべきですかね?」

「海王にそこまで考えがあったかは知らん。が、結果としてはそうなるじゃろうの。救いを求めてきたのは抑えきれなくなったのやも知れんのぅ……」

「じゃあ、やっぱりあの声は……」

「海王ならば辻褄が合う。しかし……そうなれば厄介じゃぞ?もし、本当に夢傀樹ならば寄生型。恐らく海王にかなり食い込んでいると考えるべきじゃ。海王が無傷のままで【夢傀樹】を倒すのは今のお主では難しかろうて」


 無差別攻撃ならばライでも殲滅は可能だったろうとメトラペトラは告げる。しかし、ライは海王に食い込んだ夢傀樹のみを倒す術を持っていない。それに夢傀樹自体の強さも含めれば引き剥がすなど至難の業となる。


「多分、夢傀樹の周辺にはあの魔物も山程いるじゃろうな……。並の方法では海王は救えまい」

「……メトラ師匠、の俺には無理だと言いましたよね?なら倒す方法自体はあるんでしょ?」

「ある。しかし、時間を考えればワシがやった方が良い。さて、どうするかの……?」


 メトラペトラからすれば海王がどうなろうとも知ったことではない。しかし採掘場での行動を見る限り、ライは海王を見捨てないだろう。ならばメトラペトラが救ってやっても良いが、それではライの修行にならない。だが、いつまでも時間も掛けたくない……。


「手段があるなら教えて下さい」

「……ワシが言うことではないが、お主はもう少し誰かを頼ることを覚えた方が良いの。確かにお主は成長著しいが、人は……いや……我々は皆、万能ではない。やれることの見極めも重要じゃぞよ?」

「そう……ですね、確かに」


 囚われている間の修行……そしてメトラペトラの指導によりライの実力は飛躍的向上を果たした。しかし……今までほぼ一人で戦闘していた為か、自力解決が当たり前になっているのだ。


「そういや、共闘とか二回しかやったことないんですよねぇ……」

「……それ、どんなボッチ勇者?」


 考えてみれば正式な仲間がフェルミナしかいなかった。一応、仲間候補は何人か存在はしていた。

 フリオは立場上無理だったかも知れないが、マリアンヌは頼めば同行してくれただろう。オーウェルも今ならば仲間になってくれる自信もある。


 まあ、それらはこんなところにいる時点で今更遅い話ではあるのだが……。


 如何せんライの旅は慌ただしいものだった……。故に、落ち着いて仲間を誘う機会が無かったのがボッチ勇者たる由縁と言えなくもない。


 そんなライに対し痛いものでも見るような視線を向けるメトラペトラ。しかし、大聖霊様はその偉大な御心でボッチの件には触れないことにした……。


「ま……まあ、それはさておき時には師匠らしいこともせんとな?では少し戻るとしよう。お主にも知識として学ぶ必要があるからの」


 来た道を少し戻った所には比較的無事な小型船がある。そこまで戻れば身を隠すことが出来るだろう。必要もないのにわざわざ魔物に姿を晒す意味もない。


「さて……では予定より少し早いが、お主には高みの魔法を教える。といっても生半可な難易度ではないので要修業を心掛けよ」

「お願いします」

「うむ。時にお主……同時に幾つの属性を使える様になった?」

「三つ……いえ、四つまでは何とか……」

「ならば十分じゃな。今から教える魔法は二つ以上の魔法を組み合わせるものじゃ。じゃが身体が無防備では意味がないからの。最低一つは纏装に使わねばならん」


 そうしてメトラペトラは新たな魔法の説明を始める。

 口にしたのは今までの魔法と一線を隔する特殊な魔法……現在では【神格魔法】と呼ばれている喪失したとされる魔法だった。


「一応口伝になっとるからそれを覚えておくと良いじゃろう。一度しか言わんから、ちゃんと記憶することじゃ」


 そしてメトラペトラは詩のように語り始める。特殊な法則の魔法……神格の概要を……。


【天と地、交わること無し。故に天地交わるは神の御業。則ち万物『創造』の神の御手】


【火と水、交われば互いに消え去るは必常。故に力強き火と水交わればその『消失』の力甚大となり万物喪失す】


【光と影、交われば混沌が生まれる。混沌には定まるもの無く、ただ無造作に在るのみ。『空間』と『時』により混沌を在るべき姿に定めよ】


【生と死は友にして兄弟。生まれ出でる根源は同じ。生と死共に在ることは命の意義『創生』の顕現なり】


「メトラ師匠。それって……」

「気付いた様じゃな?大聖霊の力を魔法で再現する……それが【干渉魔法】じゃ」

「干渉?神格魔法じゃないんですか?」

「今は神格魔法と呼ふのじゃろう?この世界万物の根源法則に干渉する魔法じゃから【干渉魔法】と呼ばれとったのじゃが、【神格魔法】でもあながち間違いじゃなかろうの」


 メトラペトラが綴った言葉──そこにあるのは『創造』『消滅』『時空間』『創生』の神格四属性魔法。


「創造はアムルテリアの司る【物質】じゃ。物質創造魔法、とでもいうべきもの。魔力を物質に変化させる還元魔法で、無から有を生み出すものじゃ。例えば武器が欲しければパッと出せるし、その気になれば城とか造れるぞぇ?」

「人の土地に城とかいきなり造っても怒られるでしょうが……」

「例えじゃ例え。創造だけじゃなく、物質を消すことも形を変えることも自在じゃからの……野宿は無くなるじゃろ?想像力で幾らでも応用は利く筈じゃ」


 そもそもが【神格】というだけあり常識から外れている。どうせ今は使えないのだ。使い方を思案するくらいで丁度良いのかも知れない。


「消滅はワシの領分……『熱』じゃな。物質の消滅は勿論、形無きものの消滅も可能じゃ。加えてエネルギーの吸収、その逆流も出来る。魔法や魔力、相手の能力や存在、場合によっては概念すらも消し去れるぞよ?」

「なんかヤバイ響きが多いですね……」

「ワシの概念は破壊特化型じゃからの……代わりにワシは魔法全般が得意でもある。大聖霊の中で最も戦闘向きと言って良いじゃろう。まあ、大聖霊同士は戦うことは無いから『最強』とは言わんがの?」


 破壊特化型のメトラペトラだからこそ魔法に長けていたのだが、ライは当然そのことに気付いてはいない。出会いは必然……かも知れないが、ライの足りないものを補う様な出会いはやはり幸運の賜物なのだろう。


「創生はフェルミナの司る『命』。回復だけではなく育成、無からの生命作製、喪失の補充・再生なども可能じゃ。更には無機質なものへの生命付与、命ある者へのあらゆる干渉……極めつけは生命の剥奪……」

「……そう言えば以前、『フェルミナが生命じゃないと認識したら生命じゃなくなる』とか言ってましたよ?あれって……」

「勿論、即死」

「………うわぁ」


 それは生殺与奪とも言える力──。実は大聖霊の中で最も残酷な力にも成り得るフェルミナ。もしフェルミナに慈愛が無ければ、さぞ混沌とした世界だったことだろう。


「時空間はそのままじゃな。『時』と『空間』。則ちオズ・エンの領分じゃよ。重力操作や飛翔、転移、異空間の創造、時間操作……」

「時間操作……?」

「制約があって『世界の巻き戻し』は出来んが、対象の時を操作できるんじゃよ。例えば一気に老化・風化させたり、逆に停滞させて維持したりの?」

「それ……不老不死とか可能じゃないですか……」

「いや、『ほぼ不老』までじゃな。といっても、存在が概念であるワシらには無縁の話じゃ。それに、人がそこまで辿り着くことはまず無いじゃろう」


 寿命の無い大聖霊は世界が終わらない限り消えることはない。また、人が『ほぼ不死』に至るには才覚が足りないのだそうだ。


「なんじゃ、お主……不死になりたいのかぇ?」

「いや、別に……。てか、そうなりたかったらフェルミナと結婚した方が早くないですか?」

「そういえばそんな話じゃったな……」

「それはともかく、【時空間】とか便利そうですよね~。荷物とか持たなくても良さそうだし、移動も楽そうだし……」


 気軽に考えているが、そもそもライが使えるのかもかなり怪しい。


「先に言っておくが、【神格魔法】は纏装の数倍難しいぞよ?何せ【反属性】同士の掛け合わせじゃ。属性融合の際、間違いなく制御に苦労するじゃろう。加えて成功してもそちらに意識を取られては、隙が多すぎて戦闘の役には立たんからの?ま、モノは試しじゃ……簡単なヤツから練習といくかの?」

「押忍!お願いします!」


 メトラペトラが出したお題は『飛翔魔法』である。魔法式や詠唱は『高速言語』の植え付けをされた時点で理解している。新たに覚える必要がないのは非常に有り難かった。


「本来なら長文詠唱を重ねる手間があるんじゃが、ワシの教えた技法は属性変化を『纏装』で省略している。よって、詠唱は『高速言語』でも範囲・威力・性能程度で済む訳じゃが……そこまでは判るな?」

「はい、一応は……」

「じゃから今回も纏装に集中すれば良い。但し、先程も言った様に【反属性】は制御が難しい。間違いなく“暴れる”ぞよ?」

「暴れる……ですか?」


 言い得て妙だが、まさにそんな感じだとメトラペトラは言った。


「ともかく、実践じゃな」

「了解」


 メトラペトラが飛翔魔法を選んだのは、それでも制御が容易な部類だからだ。光属性は簡単に言えば『明かりを灯す』だけ。闇属性は『暗くする』だけである。攻撃の様な力の奔流がない分、神格魔法の中では扱いが容易なのだ。


 そして実践の結果──。


「おおっ……!う、浮いてる!!」

「……そういやお主、魔人化しとるんじゃったな」

「え?それ、関係あるんですか?」

「大アリじゃ。魔人化は魔力制御が楽になるからの。歴代の魔人は皆翔んでおるし、お主だけ翔べんということは無かろうよ」


 ライは嬉しさの余り船内の部屋を胡座をかいたまま浮遊している。いつもの如く調子に乗り、そのまま高速で横回転を始めた。


「ヒャッホ~ゥ!!」

「あまり調子に乗るでないわ。まだ……」


 メトラペトラの忠告が届く前にライは魔力制御に失敗した。壁に接触し回転の勢いで部屋中に激突を繰り返す。その姿、さながら独楽の如し……。


「馬鹿モンが!船が壊れるわ!」

「うぅ……気持ぢわるい……」

「………」


 時折目を見張る成果を出すのに、時折アホそのものになるライ。その落差の原因が何かを本気で悩むメトラペトラであった……。


「後は慣れじゃな。飛翔魔法は魔力出力分、加速が可能じゃ。それと【神格魔法】の圧縮は更に困難じゃ。少ない魔力で高威力にするには膨大な力じゃからのぅ……。魔法というのは上位である程魔力を喰い制御も難しくなるのじゃ。まあ、今のはお主には関係無い気もするが……理解したかぇ?」

「わかりました」

「それと上位の神格魔法になる程、更なる属性を加える必要がある。先程の口伝は飽くまで基礎部分じゃ」


 三種類以上の属性融合……それも反属性は確かに今のライでは練度不足だろう。


 しかし、メトラペトラはこうも告げた。


「実は、大聖霊と契約しているお主は【概念能力】を魔法として使えるんじゃがな?無論、ワシとフェルミナの概念だけじゃが……」

「じゃあ、それで良くないですか……?」

「ぶっちゃけそうなんじゃが、強くなるにはやはり自分で使える技量も必要じゃろう。紋章を利用してもイメージ構築に時間が取られるのは同じじゃからの。慣れれば間違いなく魔法展開が速くなる。それには確かな自分の力とすることが肝心じゃ」

「……つまり、ズルはイカンということですね?」

「端的に言えば……そういうことじゃな」


 結局は修業。しかし既に修業の虫とも言えるライは、趣味が『修業』になりつつあるのだ。俄然、ヤル気が湧き上がる。


 その後、色々試してみるが残念ながら今のライには飛翔魔法以外の神格魔法は扱えなかった……。

 しかし、妙に浮かれているライの姿をメトラペトラは怪訝な目で見つめている。


「何で楽しそうなんじゃ?」

「だって空翔べるんですよ?ある意味人類の夢じゃないですか」

「ワシは元々翔べるからのぉ……よう分からんわ」

「むぅ……。この感動を伝えられないとは……何てもどかしい……」

「そんなに言うなら常に浮いておれ。良い修業にもなるからの?ついでに新たな称号もくれてやるわ」


 ライは『浮かれた残念勇者』の称号を手に入れた!


「………何故に『飛翔』じゃなく『浮かれた残念』?」

「自分の胸に手を当てて良ぉく考えることじゃな」

「フ、フン……この勇者様に心当たりなど……」


 言われたように自分の胸に手を当て目を閉じる『浮かれた残念勇者』。初めは余裕の笑みを見せていたが、やがてその笑顔に脂汗が流れ出し“クワッ”と目を開く。その顔は驚愕の表情だった……。


「へへ……御師匠様も人が、いや……ニャンコが悪いや」

「……どうやら自覚はあったんじゃな?『残念勇者』よ」

「くっ……。そ、そんなことないモ~ン!俺が残念勇者なら、師匠だって『浮かれた残念師匠』だモ~ン?」

「おい、貴様……言うに事欠いて『残念師匠』とは何じゃ!」

「なら、自分の胸に手を当てて良ぉく考えて下さいよ。特に運搬船での日々をね?」

「フフン……大聖霊たるこのワシに心当たりなど……」


 メトラペトラは自らの胸に手を当てて目を閉じた。初めは余裕だったが、やがて毛が総毛立ち“クワッ”っと目を見開く。その表情は驚愕……に見えなくもない。


 思い返せば運搬船での日々は酒浸りだった。事実、今もニャンコは酒臭い……。


「ライよ……この話は……」

「ええ……引き分けですね……」


 劇画風の表情で不都合を無かったことにする辺り、実に良く似た師弟である。




 ようやく行動を再開した『残念勇者』と『残念師匠』。未だライにしか聞こえない声を頼りに、海王の体内を進んで行く。

 勿論、探知纏装は忘れていない。更に、修業の一環として飛翔魔法を常時展開している。


 そうして更に一刻程経過したかという頃……ライの感知の網に魔物が掛かった。


「前と同じで魔物が大量に居ますね……。ただ……」

「ん?何じゃ……?」

「ただ……前と違うのは、デカイ何かが海王の身体のアチコチに食い込んでます。もしかして、これが……」

「うむ。間違いあるまい。其奴こそが体内の魔物の親玉、【夢傀樹の親木】じゃろう」


 過去の悪夢の再来……。


 世界を滅ぼしかけた厄災と対峙するという尋常ならざる事態。しかも海王の体内……普通ならば不安が付き纏う筈だ。


 だが、ライには恐怖も気負い無い。何故なら今回戦うのは大聖霊様なのだから!



 ライの旅立ち以来、初の『他人に投げっぱなし』の戦いが始まる……。





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