第二部 第四章 第三話 四元の一柱
海王の体内……その暗き洞を少しづつ進んだ先にて、大量の魔物が一斉に押し寄せる事態が起こる。
だが、事前に察知していたライとメトラペトラには些事でしかない。飛翔魔法で宙に回避し、眼下の敵を把握。魚の様な……それでいて植物の様な大量の魔物は、まるで波のように蠢いていた。
「前より多いっすかね?」
「三割増しって感じかの?じゃが問題あるまい?」
「そうですね。じゃあ露払いと行きますか!」
飛翔魔法を継続しながらの圧縮魔法は、想像以上に扱いが難しい。少し不安定な飛翔をしながら魔力圧縮をかけるライにメトラペトラが檄を飛ばす。
「気合いを入れんか!一つに集中するのではなく、己の中で幾つもの力が生まれるイメージをせい!そしてその全体を俯瞰して感じよ!」
「はい!」
目を閉じながら言われた通りにイメージを働かせる。空中に逃げたのは不慣れな飛翔魔法を使う『訓練』の為だ。いつ如何なる時も訓練……。修業馬鹿の為せる業とも言えよう。
飛翔はまだ不安定だったが、一応の魔法構築に成功し下方に向けて放つ。使用したのは風属性オリジナル魔法 《空縛牢》──。広範囲の空気を魔物諸共に圧縮する魔法は、かつてベリドの使用した《黒蝕牢》からイメージを得た魔法だ。重力ではなく空気による圧縮……魔物達は掻き集められるように圧縮され肉塊と化した。
だが、《空縛牢》はそこで終らない。圧縮された空気は指向性を持たせた状態で炸裂。空気と肉塊の散弾は残っていた魔物の多くを撃ち抜いた。
「……うっ、エグいのぅ」
「……ま、まさかこんな魔法になるなんて思いませんでした」
眼下のグロい光景は流石にやり過ぎた、と後悔するライ。今後、《空縛牢》の対生物使用は控えようと密かに決意したのだった……。
気を取り直し、休まず続け様に魔法を繰り出す。放たれたのは《雷迅餓獣》、《氷華柩》、そして最後に《炎焦鞭》……。
《炎焦鞭》は、圧縮火炎魔法 《穿光弾》を鞭の様な形状として固定し剣に付与する中距離用魔法。殲滅しきれなかった魔物を上空から距離を取りつつ駆除するには打ってつけだった。
思ったより時間が掛かったが、動く魔物全ての殲滅を果たしたライ。そのまま空中にて視線の先にある異様な存在を捉える。
「これが……夢傀樹……」
今居るのは恐らく、海王の胃袋付近……。その肉壁の四方八方には樹木の根の様なものが食い込んでいる。まるで蜘蛛の巣の様な形状、そしてその中心には木の質感を持つ『
「………師匠」
「……何じゃ?」
「夢傀樹って植物の魔物でしたよね?」
「うむ、間違い無いぞよ?」
再び『瘤』に目を向けるライのその顔は、かなり複雑な表情だ。
「………師匠?」
「……何じゃ?」
「あれの何処が『樹』なんですか!」
「知らんわ!こっちが聞きたいくらいじゃ!」
確かに『樹』と言うには怪しい形。瘤を中心に伸びる根や枝はともかく、その瘤には目や口が付いているのだ。しかも複数、不均等に……。
「葉っぱすら無ぇ……」
「ま、まあ、この中には光すら差さんからのぅ……」
「じゃあ何で目があるんですか?暗闇じゃ要らないでしょ……」
「知らんわ!そんなに知りたければアイツに聞いて見ぃ!」
皮肉で言ったつもりのメトラペトラ。しかし痴れ者はそれを実行する。いつもの『意思確認』のつもりで夢傀樹に近付いて行くが、メトラペトラは流石に距離を取って様子を窺っていた。
「お、お~い……言葉分かるか~?」
恐る恐る問い掛ける痴れ者。だが……夢傀樹の核であろう『瘤』は、目をギョロリと忙しなく動かし“ゲッゲッゲ”と笑っている。
(おいお~い……笑ってるぞぉ?植物の癖に……)
その気持ち悪さにドン引きしながらも、気を取り直して再び問い掛ける。
「お、お~い……。言葉が分かるなら話がしたいんだけど~……」
夢傀樹は変わらず“ゲッゲッゲ”と笑っている。
「………。バーカ、バーカ!お尻ペンペーン!」
夢傀樹は変わらず“ゲッゲッゲ”と笑っている。
「ゲッゲッゲッゲ?」
夢傀樹は変わらず“ゲッゲッゲ”と笑っている。
「うん!駄~目だ、コイツ!」
ライが見切りをつけた瞬間、夢傀樹の枝が蔓の様に伸び襲い掛かる。反射的に《炎焦鞭》を発動し蔓を焼き斬るが、続けて大量の蔓がライに一度に迫った。途端、ライは飛翔魔法に集中しメトラペトラの居る場所まで全力で逃げ出した。
「……満足したかぇ?」
呆れるメトラペトラの背後に隠れながら、ビクビクと夢傀樹を覗き見るライ。ネコの背中に隠れる勇者……『勇者チキン』、再びの降臨である。
「と、取り敢えず話が通じないことは分かりました。となると殲滅あるのみですね……」
「うむ。そうじゃな」
「でも、どうするんですか?何か火も効果が薄いみたいなんですけど……」
「ヤツはずっと海王の体内にいるからのぅ……。水分を多量に含む術を身に付けたのかも知れんし、海王の魔力を奪っているから少量の火では効かぬのやも知れん。じゃが……相手が悪かったのぅ」
メトラペトラはニンマリと笑っている……。それは邪悪に感じるような妖しい笑みだ。
「し、師匠?」
「フッフッフ……滾りよるわ!解放されてより以来、まだ明確な敵と戦っておらんかったからのぅ……。と言っても封印が掛かっておる訳じゃが、丁度良いリハビリじゃろうて」
爛々と目を輝かせる様は獲物を狙う猫の如し!まぁ実際ネコなのだが……そのあまりの頼もしさにライの目にはメトラペトラが『漢』に見えていたという……。
「では先生!宜しくお願いします!」
「うむ!とくと見ておくが良い!四元の一柱とはどういうものかをな!」
悪人に雇われた用心棒の様なやり取りが交わされ、メトラペトラは“ズイッ”と前に出る。
まず行動を起こしたのはメトラペトラだった。
背中の翼の更に背後に、新たな翼の様なものが顕現。その数、三対……翼は炎と氷で形成されていて、左右互い違いに配置されている。
その光景にライは思わず息を飲んだ……。新たな翼は超越魔力の塊。その圧力だけで脂汗が滲み出る程だったのだ。
「行くぞ!」
目にも止まらぬ速さ、という表現が相応しいだろう。高速で飛翔するメトラペトラは、海王に食い込む全ての根や枝を瞬時に焼き払った。
しかし夢傀樹も負けてはいない。焼き切られた端から再生し、再び蜘蛛の巣の様な姿を保つ。その直後、大量の蔓がメトラペトラに巻き付いた。
「師匠!」
ライは叫んだ。常識外の力は理解している。まさか殺られはしないと思いながらも気を揉んでしまうのは、それだけメトラペトラの存在が大切だと想う故だろう。
案の定、巻き付いた蔓は一瞬で燃え上がり炭化……中からは無傷なメトラペトラが姿を現す。
「フン……この程度かぇ?つまらん奴め!」
その言葉を理解した訳では無いのだろうが、夢傀樹は枝を硬質化させ射出を始める。が、その全てがメトラペトラに触れるや否や瞬時に炭化した。
「ヒャッホ~ッウ!流石、師匠~。痺れるぅ~!!」
ライはノリノリだった……。危機とは無縁の安全圏からの応援。初の『お任せ』は、ライには少々もて余す様である。
メトラペトラが高速で夢傀樹の枝を焼き切れば、ライは意味もなく飛翔魔法で高速回転を始め、メトラペトラが氷柱を打ち出すと、ライは魔力を奪えそうな奇妙な踊りをノリノリで踊り出し、メトラペトラが瘤を高温の結界に封じると、ライは奇声を上げて高速で腰を振る……。
端から見れば完全に『マナーの悪い観客』に成り下がっていた……。
(くっ……あ、あの馬鹿弟子めが!)
メトラペトラからすれば夢傀樹よりライの方が厄介だったのではないか?と思われるほどウザイ勇者。後でお仕置きが決定したのは間違い無い。
【世界の厄災 対 大聖霊】という歴史に残りそうな戦い──そんな光景が残念に見えるのは、そこにライがいるからだろう。この男……やはり痴れ者である。
そんな痴れ者を無視し戦う大聖霊ニャンコは、更なる力の解放を始める。三対の翼の内一対を頭上で融合させたのだ。そこに生まれたのは【概念能力】により発生した『消滅の刃』。触れるものをこの世から消滅させる超常なる力──。
宙に浮く剣のように操り夢傀樹の根を切り裂くと、断たれた根は再生する間もなく消滅した。
「凄ぇ……」
ライはいつの間にか戦いに見入っていた……。
その膨大な魔力を当然の様に操るメトラペトラ。当人からすれば【己の持つ力】を操るのは当たり前なのだが、現段階でライに足りない力の使い方を見せ付けている。そして使い熟すことの意味も……。
夢傀樹はようやく眼前の存在の異常さに気付き、伸びる根や枝を変化させ対抗を図る。突然蕾を付け瞬時に開花した紫の花は花粉を撒き始めた。それは、相手を支配する為に眠らせる強力な幻覚花粉……。
しかし、メトラペトラは瞬時に全てを消し飛ばす。その熱波がライにも届くかに思えたが、そよ風が届くのみだった。対象以外に影響を与えない完璧な力の使い方。まさに格が違うの一言である。
「さて……海王の中に三百年も居座り生き抜いた根性は誉めてやろう。じゃが、場所が悪かったのぅ?貴様の頼りの苗床も無く、増やせる手下ももう無い。本体を移動させ逃げるべき大地も無いのじゃ。じゃから……もう充分じゃろ?塵に還れ」
夢傀樹に意味が理解できているかは分からない。しかし、下方に僅かに残った『魔物の残骸』を掻き集め出した時点でメトラペトラが首を振った。
「生存本能……か。憐れでもあり、逞しくもある。が、貴様はこの世界では厄介者じゃ。せめて最期は美しく散るが良い」
メトラペトラの背後にあった炎と氷の翼が全て融合すると、本来持っていた白い翼が大きさを変え光輝く。気付くといつの間にか夢傀樹の核に触れていたメトラペトラは、別れを告げるように呟いた。
「次はせめて『心』を持つことじゃな。さらばじゃ」
夢傀樹が光に包まれる。核から枝や根へ。それは海王に食い込む部分へと伝わって行き、やがて光は粒子になり儚く消えた……。
余韻に浸るメトラペトラ。そのままライに近付くと腕を組みふんぞり返る。しかもドヤ顔の様だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「え、……お…お…」
「えぇい!誉め称えんか、痴れ者め!」
「へぶしっ!!」
尻尾で殴られ錐揉みしながら落ちて行くライ。実はあまりのことに掛けるべき言葉に迷っていたのだが、メトラペトラにはそんなことなど分かる訳もない。当然、誉めて貰えずご立腹と相成った……。
「い、いやぁ……。何て言えば良いのか、頭が真っ白になっちゃいまして……」
「フン……普段破天荒な癖に常識人ぶるでないわ、戯けめ!」
「ゴメンよぉ、おニャンコちゃん。よぉし、良し良し……」
御機嫌斜めを直すべくライは必死にメトラペトラを撫でた。喉元や背中を的確に撫でご機嫌を取るライに、メトラペトラはウットリとしている。
「おふ……ん……。ハッ!……お、お主、テクニシャンじゃの……」
何故かモジモジしているメトラペトラは、何とか御機嫌を直してくれた様だ。
ライは思った……『コイツ、チョロい』と。
「師匠。夢傀樹は……」
「うむ。消滅させた。これで夢傀樹は完全に存在しない筈じゃ。安心せい」
「……師匠は身体、大丈夫ですか?」
「ん~……違和感は無いのぅ。まあ全力じゃないしの?」
「あれで加減ですか……さ、流石は大聖霊様……」
今度は素直に誉めるライにメトラペトラはやはりモジモジしていた。流石は『ツンデレニャンコ』である。
「と、ともかくじゃな?力の使い方は参考になったかぇ?」
「はい!というか後半は凄すぎて参考にする自信すらありませんけど……」
「まあ、今は無理でも後に使いこなせる筈じゃ。お主なら、の……」
「メトラ師匠……」
「では、少し疲れたから休むわぇ。後は任せたぞよ?」
「了解、ボス!」
メトラペトラを抱えたライは飛翔魔法を覚えたあの船まで引き返す。そのままメトラペトラを包むように自分も眠りに落ちた。
魔力の疲労は回復しているものの、不慣れな飛翔魔法は予想以上に精神が疲労するらしく睡魔に堪えられなかったのだ。
そのままどれ程の時が過ぎたか分からないが、目を覚ましたのは何者かに身体を揺すられた為である。
「バベル!起きた!」
「……へ?」
「バベル!バベル!」
寝ぼけ
バベルと騒ぎ駆け回る子供。五、六歳ほどに見える髪の長い子供は、端整な顔立ちに深い海の様な髪色、そして赤い瞳をしている。全裸の身体には不思議な紋様が描かれていたが、一番の驚きは下半身が魚であることだ。水の無い船内を器用に尾びれで跳び跳ねている。
やがて、そのけたたましさでメトラペトラも目を覚ましたのだが……やはり絶句していた。
「何じゃ、この童は?」
「さ、さぁ……」
見つめる勇者とニャンコに気付き、再び近寄ってくる『人魚の子』。今度はライの胸目掛けて飛び込んだ。メトラペトラは素早くライから離れた為に押し潰されずに済んだが、かなり不満げだった。
「あなた!私というものが有りながらその子は何なの?……一体どういうつもりよ!?」
「………えぇ~っ…」
「冗談じゃ冗談。にしても何じゃ、その童は……」
「いや、俺にも良く分からないんですよ。気付いたら目の前に……」
「バベル~!バッベル!バッベル!」
伝説の勇者の名を連呼する子供。そこでようやくライはある事実に気付いた……。
「あっ!この声ですよ!呼び掛けていたのは!」
「何じゃと?」
メトラペトラはライに抱かれている子供をマジマジと見つめている。そして突然、ネコなのにそれと判る程の驚愕の表情を浮かべたメトラペトラ……。
「こ、此奴……海王じゃ……」
「え?えぇ~!!マ、マジですか?」
「うむ、間違いない。正確には海王の精神を宿した分身じゃろうがな?」
無邪気にはしゃぐ子供は満足気に尾びれを振っている。ライにはとても魔の海域のあの魔物とは思えない……。
「で……どうしましょう?」
「……どうするって……体内から出して貰わねば話になるまいよ」
「……そ、そうでした」
胸元の子供に囁く様に問い掛ける。子供は真っ直ぐライに視線を向けていた。
「あ、あのさ?そろそろ外に出してくれるかな?」
「いやぁ!あそぶ!バベルくる、やくそく!」
「や、約束?」
「きたらあそぶ!やくそく!やくそく!」
「……どうしましょう、師匠?少し遊んでやるべきですかね?」
「うぅむ。だがのぉ……遊んだら遊んだで『帰したくない』と思われたら出られん様な気がするがのぅ……まぁ、いざとなればぶち破れば良いんじゃが」
「そんな物騒な……」
メトラペトラには大人子供の判断材料はない。子供だから可哀相などとは思わないし、大人だから耐えるべきとも思わない。何より興味が無い。ライが親しくなれたのは只の幸運でしかないのだ。
「まあ、お主の好きにせい。ワシはまだ眠いから寝る……」
「そんな殺生な……」
「………」
アクビを一つ。その後は完全に居眠りモードのメトラペトラ。残されたライは子供……海王をじっと見つめる。
自分でも悪い虫が疼いていると理解はしているのだが、海王の長い孤独を考えると放置することは出来なかった。
「……わかった。じゃあ遊ぼう!でもずっとは無理だからね?」
「あそぶ!あそぶ!」
海王の体内には、もう少しの間滞在が必要な様だ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます